躁うつ病(双極性障害)の原因

 双極性障害の原因は、はっきりと解明されていません。しかし、これまでの科学的な研究から、「遺伝子」「生育歴」「環境」「脳」「性格」「体質」などが複雑に関係しているのではないかと考えられます。

遺伝子

 原因と考えられる中で、もっとも深く関与していると思われるのが遺伝子です。双極性障害は、同じ家系に発症する確率が高いことから、何らかの遺伝子が発症にかかわっているのではないかと指摘されています。たとえば、同じ遺伝子をもつ一卵性双生児では、2人とも双極性障害になる確率が50~70%と言われています。また、双生児の一方が双極性障害の場合、もう一方も双極性障害になる確率が85~89%と高いことが報告されています。ただし、残りの15%ほどは、双生児であっても双極性障害を発症していませんので、100%遺伝子が原因となっているというわけではありません。この遺伝子は、ある特定の遺伝子ではなく、いくつかの遺伝子の組み合わせによって発症するのではないかと推測されています。

生育歴

 乳児期の育った環境や親との関係なども、原因のひとつと考えられています。愛情に恵まれない環境に育ったとか、乳児期に虐待をうけたことなどが関係しているかもしれないと言われています。ただ、はっきりとした因果関係はありません。

環境・性格・体質

 ストレスの多い環境下で、もともと双極性障害になりやすい体質や性格の人が何らかの誘因をきっかけに発症することも考えられます。双極性障害になりやすい体質や性格の人が、ストレスなどのような誘発要因に接したことで発病することもあります。

 双極性障害の発症原因は、脳細胞内のミトコンドリアの機能異常にあるという、有力な仮説が国内で研究発表されています。理化学研究所脳科学総合研究センター(加藤忠史チームリーダー)が取り組んでいる「双極性障害にはミトコンドリアによるカルシウム制御メカニズムの障害が関係している」という仮説に基づく研究で、DNAマイクロアレイという新しい方法でもって双極性障害に関係する遺伝子を直接調べる方法です。一卵性双生児では1人が双極性障害を発症すると、もう1人も8~9割の確率で発症していることから、双極性障害は、遺伝子と深く関わっていることを予見したのです。そこで、同研究チームはNMR(磁気共鳴法)によって、双極性障害の患者の脳内でどのような物質的変化が起きているかを探ったところ、うつ状態のとき、脳内でクレアチンリン酸というエネルギー物質が減っていることを突き止めました。ミトコンドリア病は、まぶたが垂れる眼瞼下垂という症状を起こしますが、これはクレアチンリン酸の低下によるものであることが報告されており、これと同じ症状が双極性障害の患者にもあることがわかり、双極性障害はミトコンドリアの機能障害と深く関係しているのではないかと考えたのです。ミトコンドリアは細胞内にある小器官で、エネルギー物質を生産する働きのほか、情報伝達にかかわるカルシウムの濃度調整などをつかさどっている器官です。一つの細胞の中には、多数のミトコンドリアがあって、細胞核のDNAとは別にミトコンドリアには約1万6000塩基対からなる独自のDNAをもっています。そのDNAの一部に異常が起こると、ミトコンドリア病を発症しますが、その患者の一部に双極性障害の症状がみられました。そこで、同研究チームは、双極性障害で亡くなった患者の脳を調べたところ、一部の患者の脳にミトコンドリアDNAに異常があることを発見しました。1万6000塩基対の中の約5000塩基対がごっそり失われている「欠失」という異常が見つかったことにより、ミトコンドリアの機能障害が情報伝達にかかわっているカルシウム調節に悪影響を及ぼし、それが双極性障害の発症の一因になっているのではないかと考えられたのです。  

 細胞内のカルシウム濃度は、細胞の外に比べて、非常に低い濃度でコントロールされています。神経細胞の突起の先端から出たセロトニンなどの神経伝達物質が、相手の細胞に働いてその細胞の状態を変化させるとき、その信号を伝える重要な役目をしているのがカルシウムです。そのカルシウム濃度が、ミトコンドリアの異常によって正常にコントロールされなくなると、細胞内の情報のやりとりがうまくいかなくなり、双極性障害の発症を誘因するものと考えられます。そこで、研究センターは、精神疾患動態研究チームを立ち上げ、ミトコンドリア仮説を実証するために、動物実験を行いました。ミトコンドリアDNAを合成する酵素の遺伝子は、核(染色体)にありますが、人工的に正常とは異なった配列の遺伝子を入れると、酵素は異常なミトコンドリアDNAを作るようになります。このように、脳の神経細胞だけでミトコンドリア機能障害をもつマウス(人工的な酵素が産生される遺伝子改変マウス)の作製に成功したのです。この遺伝子改変マウスは、双極性障害の患者さんに見られる不眠や行動量(マウスの輪回し量の周期的な変化)の増大と似たような行動異常を起こしました。このマウスに双極性障害の予防薬として使われるリチウムを投与すると、行動異常が改善しますが、他方、双極性障害を悪化させる三環系抗うつ薬を投与すると、行動異常が顕著になったといいます。この研究によって、ミトコンドリアの機能異常が、双極性障害を発症させている原因の一つであることを強く示唆していることになります。

 

ストレスと双極性障害

 双極性障害は、ストレスや生活リズムの乱れが誘因となって発症することがあります。私たちが規則正しく生活できるのは、メラトニンというホルモンが覚醒と睡眠のリズムをコントロールしているからです。メラトニンは、心を安定させる作用のあるセロトニンからつくられ、朝日光を浴びることによって生成され分泌されます。しかし、朝になっても日光を浴びず、夜型生活が続くとメラトニンの分泌が少なくなって働きが鈍り、その原料となっているセロトニンの働きにも影響します。徹夜明けなどで体が疲れているのに、気分が高揚するのはこのためです。双極性障害では、睡眠リズムが日によって大きく変わったり、一定しない人によく発症することがあります。  

 また、ライフイベントをきっかけに発病する人もいます。このライフイベントには、喜ばしい出来事も含まれますが、本人にとっては新しい出来事や悲しい出来事に見舞われると、その変化に対応することが出来ず、大きなストレスとなってしまいます。問題は、ライフイベントそのものではなくて、それに対する受け止め方や重なり具合によってストレスになるかならないかは決まってきます。

 

発病前の性格と双極性障害

 双極性障害の人の発病前の性格を調べると、大うつ病の場合とは違う傾向が見えてきます。双極性障害になりやすいタイプの人は、社交的で明るい、ユーモアのある人と言われています。同僚や友人などと明るく談笑し、気配りも上手で、つねに周囲の人の潤滑油的な役割を果たしています。しかし、気分が高揚しているときと沈み込んでいるときが周期的にあって、状況に応じながら気分や思考を変える面があります。   

 一方、大うつ病になりやすい性格の人は、まじめで几帳面で、義理堅い人で、一度手がけた仕事は忍耐強くやり遂げようとします。深夜残業してでも仕事を終わらせようとします。しかし、その分ストレスをためやすく、自分の考えややり方は変えようとしない頑固な人です。腹でじっくり作戦を練る参謀タイプの人に大うつ病が多いというのが「粘着気質」です。  

 これに対して、双極性障害になりやすいタイプを「循環気質」と言い、社交的で親切でユーモアがある人というのは、一般的に社会では好ましい性格とされています。周囲の気分を盛り上げ、快活に、仕事をバリバリこなすために、社会的に成功をおさめやすいタイプといえます。このような循環気質の人がうつ状態に陥った場合は、双極性障害が疑われます。  

 この循環気質のほかに、病前性格として次のようなタイプが挙げられます。

発揚気質

 循環気質を極端にしたような性格で、いつも自信満々で、後先を考えず突っ走るタイプです。行動派リーダーとして一目置かれますが、しかし、その反面、刺激を求めて気移りするため、浮いた存在にみられがちです。

刺激性気質

 気難しく、いつも不機嫌で怒りっぽく、周囲に対して批判や不満を抱いていますが、それは正常範囲で、病的なレベルではありません。本人は意外と自分の性格に気づいていない場合があります。

 「執着気質」というのは、仕事熱心で徹底的で、几帳面で強い正義感を持った性格です。たとえば、仕事で頑張り過ぎて疲労が蓄積すると、普通の人なら休みをとるところが、疲れてなんかいないといって自らを鼓舞し、さらに頑張り過ぎるという人に双極性障害の発病が見られるといわれます。

躁うつ病の診断 に続く