糖尿病の合併症

 糖尿病の人は、多くの重く長期に及ぶ合併症を経験します。

 合併症は糖尿病になって数ヵ月のうちに始まるものもありますが、大半は数年が経過してから現れます。合併症の多くは進行性です。血糖値を厳密にコントロールしている人ほど、合併症の発症や悪化が少ない傾向にあります。

 ほとんどの合併症は、血管の障害によって発生します。長期にわたって血糖値が高いと、大血管も小血管も狭くなります。それにより、体の各部への血流が減少し、障害が起こります。血管の狭窄にはいくつかの原因があります。糖の複合物質が細い血管の壁に蓄積されて、血管が厚くなり血液が漏れ出します。

 また、血糖値のコントロールが不十分だと、血液中の脂質レベルが上昇してアテローム動脈硬化を起こし、大血管の血流が低下します。糖尿病の人はそうでない人に比べてアテローム動脈硬化が2~6倍多く、若い年齢から起こる傾向があります。

 高血糖が長時間続くと、血液の循環不良によって心臓、脳、脚、眼、腎臓、神経、皮膚に障害が現れ、狭心症、心不全、脳卒中、歩行時の脚のけいれん(跛行)、視力低下、腎不全、神経の損傷(神経障害)、皮膚の損傷などが起こります。心臓発作と脳卒中も糖尿病の人に多く発生します。

 糖尿病の合併症には糖尿病に特徴的な、神経、目、腎臓の合併症と動脈硬化が原因となる心筋梗塞、脳梗塞があります。

 糖尿病に肥満、高血圧、脂質異常症や喫煙の動脈硬化のリスクが加わると、心筋梗塞脳梗塞などの動脈硬化を原因とする病気を発症しやすくなる。

 代謝疾患による障害の認定要領では、糖尿病の合併症として糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症などの慢性合併症があげられている。

 そのほかに大血管障害、高脂血症、慢性感染症と様々な合併症がある。

 

糖尿病の長期合併症

組織または器官

起こる現象

合併症

血管

脂肪性物質(アテローム硬化斑)が形成され、心臓、脳、脚、陰茎の大動脈や中動脈の血流を妨げる。

小血管の血管壁は損傷を受けて組織に酸素を正常に運べなくなり、血液が漏れ出す

血液循環の悪化により傷が治りにくくなり、心臓病、脳卒中、手足の壊疽、勃起機能障害(インポテンス)、感染症が起こる

網膜の毛細血管が損傷する

視力低下、最終的に失明

腎臓

腎臓内の血管が肥厚し、

尿にタンパク質が漏れ出て、

血液は正常にろ過されない

腎機能低下、最終的に腎不全

神経

ブドウ糖が正常に代謝されず、血液の供給が不十分なために神経が損傷する

突然または徐々に起きる脚力の低下、

手足の感覚低下、刺すような感じ、痛み

自律神経系

血圧と消化過程を制御する神経が損傷する

血圧の変動、

ものを飲みこみにくくなる、

消化機能の異常と時折生じる下痢、

勃起障害

皮膚

皮膚への血流が不足して感覚が失われるために負傷しやすくなる

びらん、深部まで達する感染症(糖尿病性潰瘍)、

傷が治りにくくなる

血液

白血球の機能が障害される

感染症を起こしやすくなる(特に尿路と皮膚)

結合組織

ブドウ糖が正常に代謝されず、組織が肥厚または収縮する

手根管症候群、デュピュイトラン拘縮

 皮膚の血液循環が悪いと、潰瘍と感染症が起こりやすく、傷は治りにくくなります。糖尿病では特に下肢の潰瘍や感染症を起こしやすく、これらの傷は治りにくいか、まったく治らず、足や脚の一部を切断しなければならないこともあります。

 糖尿病の人は細菌や真菌にしばしば感染し、それが皮膚に典型的に現れます。血糖値が高いと、白血球は感染と効果的に戦うことができません。どんな感染症でも重症化しやすくなります。

 眼の血管が損傷されると視力を失うおそれがあります。レーザー手術によって眼の出血している血管を塞げば、永続的な網膜の損傷を防ぐことができます。

 腎臓が機能しなくなり腎不全になると、透析あるいは腎移植が必要になります。医師が糖尿病患者の尿をチェックするのは、異常に高いタンパク(アルブミン)値が腎障害の初期の徴候だからです。腎臓合併症の最初の徴候がみられたら、腎障害の進行を遅らせるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が投与されます。

 糖尿病は体に多くの変化をもたらします。足には次のような変化がよくみられ、その治療は困難です。

 神経の損傷(神経障害)によって足の感覚が影響を受け、痛みを感じなくなります。刺激や外傷に気づかず、痛みを感じる前に傷が皮膚を突き抜けてしまうことがあります。

 糖尿病の人は感覚の変化によって体重のかけ方が変わり、特定の部分に負荷が集中して たこ ができます。たこ ができ乾燥肌になると、皮膚の破れるリスクが増大します。

 糖尿病は足の血液循環を低下させ、皮膚が傷つくと潰瘍を形成して治りにくくなります。

 糖尿病は感染に対する抵抗力にも影響するため、一度足に潰瘍ができると感染しやすくなります。神経障害が起きていると、感染症が悪化して治療が困難になるまで不快を感じないので、壊疽に進行することもあります。糖尿病の人は、そうでない人に比べて、足あるいは脚の切断が必要になる可能性が30倍以上になります。

 足のケアは非常に重要です。足を傷つけないように保護し、足の皮膚は保湿剤で潤いを保つようにします。靴は足によく合っていて、刺激する部分のないもの、立ったときにかかる圧力を分散できる適切なクッションがあるものを選ぶべきです。はだしは勧められません。足の専門医のもとで、定期的に爪切りやたこの除去などの処置を受けるのも有益です。足の感覚と血流の測定も定期的に受けるようにします。

 なかでも「糖尿病性網膜症」、「糖尿病性神経障害」、「糖尿病性腎症」は糖尿病特有のもので、「三大合併症」と呼ばれています。

 糖尿病合併症の割合は神経障害がもっとも多く11.8%、次いで腎症 11.1%、網膜症 10.6%となっています。

 いずれも、血糖値が高い状態が続くことによって、細い血管の障害を引き起こし、発症します。

 糖尿病の合併症は、細い血管だけでなく、太い動脈にもおよびます。糖尿病は動脈硬化の危険因子の1つとしても知られており、また、高血圧や脂質異常症、肥満などを合併しやすく、これらの病気と相まって動脈硬化を進行させます。糖尿病のある人は、そうでない人よりも10~20年、動脈硬化が早く進むともいわれております。その結果、脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患のリスクが高まります。

 高血糖値の治療に伴う合併症で最もよくみられるものは、血糖値の低下です。これは、衰弱している、もしくは頻繁な入院が必要な高齢者や、数種類の薬物を使用している高齢者にとって最も大きなリスクです。糖尿病治療に用いられる薬物のなかでも、長時間作用型スルホニル尿素薬は、高齢者の低血糖が最も発生しやすい薬です。この薬物を高齢者に投与すると、低血糖のために、失神や転倒などの深刻な症状や思考の停滞、あるいは身体各部の動作障害を起こすことが比較的よくあります。

 

合併症のモニタリングと予防

 尿中の糖も検査できますが、尿検査は治療の経過観察や治療法の調節にはあまり良い方法ではありません。それは、尿検査で示された尿中の糖の量が、その時点の血糖値を直接反映しているわけではないため、検査結果によって誤った方向へ導かれるおそれがあるからです。血糖値は尿中の糖濃度の変化にかかわらず、大幅に低くなったり、ほどほどに高くなったりします。

 医師は、ヘモグロビンA1Cという血液検査を用いて治療の経過を観察します。血糖値が高いと、血液中で酸素を運ぶタンパク質であるヘモグロビンが変化します。この変化は一定期間の血糖値と直接の相関関係にあります。つまり、ある瞬間の血糖値を示す血糖値測定と異なり、ヘモグロビンA1C値は血糖値が過去数ヵ月にわたりコントロールされていたかどうかを示します。糖尿病の人は、ヘモグロビンA1C値を7%未満に抑えることを目標にします。この値を達成することは困難ですが、ヘモグロビンA1C値が下がれば合併症になる可能性も低くなります。9%以上の値はコントロールが悪いことを、12%以上は非常に悪いことを示します。糖尿病治療の専門医はヘモグロビンA1Cを3~6ヵ月ごとに測定することを勧めています。糖に結合したアミノ酸であるフルクトサミンの測定も、2~3週間にわたる血糖制御状態を知るための指標として有効です。

 診断時とその後少なくとも1年に1回は、腎臓や眼、神経の損傷などの糖尿病の合併症が発生していないかチェックを受けます。厳密な血糖コントロールや早期の薬物療法により、合併症が悪化するのを防止または遅らせることができます。血圧やコレステロール値の上昇など心臓の異常につながる危険因子は、診察を受ける度に評価され、必要に応じて薬による治療が行われます。その他、糖尿病の人には歯周病(歯肉炎)がよくみられるので、定期的に歯科で口内の清掃と予防ケアを受けることが重要です。

低血糖:

 血糖値が高くなりすぎないように保つのは、容易ではありません。血糖値を厳密にコントロールするのが難しいのは、主に血糖値が低くなりすぎる場合(低血糖)が起こるからです。低血糖の治療は緊急を要するため、低血糖の状態に気づくことは重要です。空腹感、動悸、ふるえ、発汗、明瞭な思考ができなくなるなどの症状がみられます。後遺症を防ぎ症状を回復させるには、数分以内に糖を投与しなければなりません。ほとんどの場合、糖を口から摂取して対応します。糖の種類は問いませんが、ブドウ糖の方が食卓用の砂糖(典型的なのはショ糖)よりも速く作用します。糖尿病の人はブドウ糖の錠剤やブドウ糖入り溶液を携帯します。また、コップ1杯の牛乳(糖の一種である乳糖を含む)、砂糖水、果物のジュースなどを飲んだり、ケーキや果物、その他の甘いものを食べたりするのも有効です。さらに重篤な状況では、救急医療の従事者にブドウ糖を静脈注射してもらう必要があります。

 このほかに、低血糖の治療法にはグルカゴンを使用する方法があります。グルカゴンが筋肉に注射されると、肝臓は大量のブドウ糖を数分以内に放出します。グルカゴン入り注射器の小型携帯用キットがあれば緊急時に役立ちます。 

実験的治療

 実験的治療も1型糖尿病の治療法として期待されています。インスリン産生細胞を体内に移植する治療法はその一例です。この方法がまだ日常的に行われないのは、移植細胞に対する拒絶反応を抑えるために免疫抑制薬が必要だからです。

教育:

 糖尿病について学ぶことに加え、糖尿病の管理と他の病気の管理を調整する方法を習得する必要があります。特に重要なのは、脱水、皮膚の損傷、循環障害などの合併症を避ける方法や、糖尿病を悪化させる高血圧や高コレステロール値などの要因を管理する方法です。これらは糖尿病かどうかにかかわらず、加齢に伴って誰にでも生じる問題です。

食事:

 多くの高齢者にとって、バランスのとれた健康な食事で血糖値と体重を制御することは困難です。長い間の好みと食習慣を変えることは簡単ではありません。食事から影響を受ける他の病気を患っていれば、病気ごとにさまざまな食事が推奨され、それらを調整できないこともあるでしょう。

 自宅や介護施設などで他の人が調理を行うため、高齢者が自身の食事を管理できないケースもあります。糖尿病の人が自分で調理しない場合は、代わりに買い物や支度をする人も、どんな食事が必要かを理解していなければなりません。高齢者と介護者が栄養士に相談し、健康で実現可能な食事プランを作成してもらうことも有益です。

運動:

 特に高齢者が活動的でない場合や関節炎などの動作が制限される病気を患っている場合は、日常で運動の機会を持つことが困難です。しかし、車の代わりに歩く、エレベーターの代わりに階段を使うなど、普段の生活の中でも運動はできます。また、各種の地域活動で高齢者向けの運動プログラムが実施されています。

薬物:

 糖尿病の治療に用いる薬の服用は、とりわけインスリンは、高齢者にとって困難な場合があります。視覚やその他の障害があり、注射器に薬を正確に充填することが難しいときは、介護者が前もって注射器を準備し、冷蔵庫で保管しておきます。インスリンの用量が安定している人は、あらかじめ薬物が充填された注射器を利用できます。身体動作が制限されている人は、充填済みのインスリンペンの方が容易に使えます。これらの器具には、数字が大きく、回しやすいダイアルが採用されているものがあります。

血糖値の測定:

 高齢者では視力低下、関節炎による手先の不自由、ふるえ、脳卒中などの身体障害により、血糖値の測定が困難になります。しかし、特別な測定器を利用することもできます。数字が大きく表示され読み取りやすい装置や、指示と結果が音声で読み上げられる装置があるほか、血液サンプルを採取せずに皮膚の上から血糖値を測定できる装置もあります。適切な測定器について糖尿病専門医に相談するとよいでしょう。

治療に伴う合併症:

 高血糖値の治療に伴う合併症で最もよくみられるものは、血糖値の低下です。これは、衰弱している、もしくは頻繁な入院が必要な高齢者や、数種類の薬物を使用している高齢者にとって最も大きなリスクです。糖尿病治療に用いられる薬物のなかでも、長時間作用型スルホニル尿素薬は、高齢者の低血糖が最も発生しやすい薬です。この薬物を高齢者に投与すると、低血糖のために、失神や転倒などの深刻な症状や思考の停滞、あるいは身体各部の動作障害を起こすことが比較的よくあります。 

加齢による影響

 高齢者の糖尿病管理も、若年者と同じ原則(教育、食事、運動、薬)に従う必要があります。ただし、進行癌などで余命の短い人が、低血糖になる危険を冒して厳密な血糖コントロールを行うメリットは少ないでしょう。高齢者の糖尿病管理は若年者の場合より困難です。視力が低下すると、血糖測定器やインスリン注射器の目盛りが見えにくくなります。関節炎やパーキンソン病を患っていたり、以前に脳卒中を起こしていたりして、注射器の操作が難しいこともあります。また、高齢者では低血糖の症状が現れにくくなります。コミュニケーション上の困難や認知症を抱えていると、低血糖になっても症状を伝えることができません。

 高齢者の糖尿病管理も、若年者と同じ原則(教育、食事、運動、薬)に従う必要があります。ただし、進行癌などで余命の短い人が、低血糖になる危険を冒して厳密な血糖コントロールを行うメリットは少ないでしょう。高齢者の糖尿病管理は若年者の場合より困難です。視力が低下すると、血糖測定器やインスリン注射器の目盛りが見えにくくなります。関節炎やパーキンソン病を患っていたり、以前に脳卒中を起こしていたりして、注射器の操作が難しいこともあります。また、高齢者では低血糖の症状が現れにくくなります。コミュニケーション上の困難や認知症を抱えていると、低血糖になっても症状を伝えることができません。

糖尿病と足

 糖尿病は体に多くの変化をもたらします。足には次のような変化がよくみられ、その治療は困難です。

 神経の損傷(神経障害)によって足の感覚が影響を受け、痛みを感じなくなります。刺激や外傷に気づかず、痛みを感じる前に傷が皮膚を突き抜けてしまうことがあります。

 糖尿病の人は感覚の変化によって体重のかけ方が変わり、特定の部分に負荷が集中して たこ ができます。たこ ができ乾燥肌になると、皮膚の破れるリスクが増大します。

 糖尿病は足の血液循環を低下させ、皮膚が傷つくと潰瘍を形成して治りにくくなります。

 糖尿病は感染に対する抵抗力にも影響するため、一度足に潰瘍ができると感染しやすくなります。神経障害が起きていると、感染症が悪化して治療が困難になるまで不快を感じないので、壊疽に進行することもあります。糖尿病の人は、そうでない人に比べて、足あるいは脚の切断が必要になる可能性が30倍以上になります。

 足のケアは非常に重要です。足を傷つけないように保護し、足の皮膚は保湿剤で潤いを保つようにします。靴は足によく合っていて、刺激する部分のないもの、立ったときにかかる圧力を分散できる適切なクッションがあるものを選ぶべきです。はだしは勧められません。足の専門医のもとで、定期的に爪切りやたこの除去などの処置を受けるのも有益です。足の感覚と血流の測定も定期的に受けるようにします。