希望退職制度

 希望退職制度は、経営者側が退職金の増額や退職に伴う有利な労働条件などを提示して、年齢などあらかじめ会社が定めた一定の要件に該当する社員に対して、定年年齢に達する前に退職することを奨励する制度です。

 この制度は、多くの場合、人員整理の手段として整理解雇に先だって行われることが多く、整理解雇の4要件の一つである「解雇回避努力義務」を示す措置とされています。

 希望退職は、最終的には、従業員の退職の意思表示・申し込みを受けて、経営者側が承諾するという合意退職をめざしたもので、法的性質としては、使用者による合意解約の申込みと解されます。

 希望退職を募集する理由や背景、希望退職の条件などを書面により提示します。希望退職の場合には有能な人材が退職してしまうリスクもあるので、対象者に制限を加えるなどの工夫が必要です。

 手順については一般的に、書面により希望退職を募集するに至ったやむを得ない理由や背景などを説明し、募集時期、募集人数、募集対象者、退職日、退職条件、応募の方法などを明記して行います。希望退職を募集するに際して、退職金は、退職金規程のどの退職金を支給するのかを明示することが大切であるといえます

 このような条件や方法、実施については、法的規制はなく、原則的には経営者側が自由に行うことができます。しかし、社会通念上相当性を欠くような場合は損害賠償の対象となることもあるので、慎重に行う必要があります。

 問題となるのは対象者の制限です。年齢や勤務部門、退職金の上積み支給を会社が承認する者に限る方法などが考えられますが、合理的である限りは可能です。ただし、性別で制限するのは、男女雇用機会均等法に抵触するおそれがありますので、避けた方が無難でしょう。

 希望退職の場合には、有能な人材が退職してしまうリスクもあるので、対象者に制限を加えるなどの工夫が必要です。退職して欲しくない従業員に対しては、事前にその旨を伝えておくのも一つの方法です。
 ただし、制度導入の際、あらかじめ次の事項を明示しておく必要があるでしょう。
 すなわち、
(1) 優遇制度の申し出は認めない場合もあること
(2) 承諾か却下かの判断は会社が各種事項を総合勘案して決定すること
(3) 優遇制度申し出の却下は通常に退職することを拒否するものではない(却下された者についても通常に退職することはできる)こと
(4) 申し出を却下された者は退職の意思表示を撤回することができること
(5) 申し出を却下した者に対して会社は何らの不利益な取扱いをしないこと
などです。

 以上の事項をあらかじめ明示しておけば、申し出を承諾された者はもちろん、申し出を却下された者についても基本的に不利益はなく、運用上の混乱もないものと考えられます。

 希望退職の募集は従業員の退職の意志表示や申し込みを誘引する行為であり、退職を強要するものではありません。希望退職に応じるかどうかは、あくまでも労働者の自由です。従業員側はこれに応じる義務はないので、退職する意思がない場合は断ることができます。しかし、いったん希望退職に応じてしまうと、それを翻すことは難しい考えてください。

 なお、使用者が希望退職に応じるように圧力をかけたり、不利益に扱うなどと脅したりした場合には実質的に解雇と認められたり、また、退職の意思表示が強迫によるものとして取消が可能となります。

 また、繰り返してなされる執拗で半強制的な退職の勧めは違法とされ、退職勧奨を行った者は損害賠償責任を負うことがあります。

 男性教師らに対して教育委員会が退職を強く勧め、3~4ヵ月の間に11~13回にわたり出頭を命じ、長いときは2時間にもおよぶ退職勧奨を行い、さらに退職勧奨を受け入れない限り配転をほのめかすなどした事件で、裁判所は、退職勧奨は多数回かつ長期にわたる執拗なものであり、退職の勧めとして許される限界を超えているとして、男性教師らがこうむった精神的苦痛に対して損害賠償責任を負うと判示しました(下関商業高校事件 最高裁 昭和55.7.10)。

 

早期退職優遇制度 応募上の留意点

1.優遇制度へ応募する以前の段階

 この場合、制度の内容がどのようなものであるのかを確認するのが重要である。制度が適用された場合の退職条件(退職日、退職金額等)がどのようなものかを確認するだけでなく、応募することによって当然に制度が適用される(退職の合意が成立する)のか、制度適用を拒否されることがあるのか。適用を拒否されるとすれば、それはどのような場合か、会社の全くの裁量に委ねられるのか、早い者勝ちとなるのか、それ以外の一定の条件によって決められるのか。これらについて確認することが重要である。その上で、制度適用が会社の裁量に委ねられている場合には、応募しても優遇条件に基づく退職が認められないことがあり得る。

  当然のことながら、退職の意思表示をするに際しては、優遇制度に基づき退職する旨を明らかにしておくべきである。

 なお、過去に希望退職募集をしていた企業において、任意の退職を考えている場合には、今後優遇制度の実施があり得るかを確認しておくことも必要であろう。

2.優遇条件に基づく退職金等の請求をする場合

 申し込みをしたものの、使用者が承諾をしないようなケースでは、判例で企業の広汎な裁量権を認めていることに留意しつつ、以下のような観点から制度適用を求めるべきである。

(1) 第1に、従来の裁判例の中で問題になっているケースは、規定上、使用者の承諾が要件となっていたケースである。

 このようなケースでは、希望退職者の募集は申し込みの誘引であり、承諾によって初めて合意退職の効力が生じるとの結論もやむを得ないであろう。しかし、適用条件の規定上、使用者の個別承諾が明示されていない場合には、希望退職者の募集自体が申し込みであり、労働者がこれに応じた段階で合意退職の効力が生じ、使用者の承諾の有無にかかわらず制度が適用されるとの主張が考えられる。

 最終的には当事者の合理的意思解釈の問題となるが、過去にも希望退職が行われており、これに応募した場合に特段の承諾行為もなされず、自動的に退職の手続がされてきたようなケースでは、希望退職募集自体が使用者による合意解約の申し込みであると解する余地があろう。

(2) 第2に、労働者の期待権は一定程度保護されるべきであり、使用者の裁量権も、平等原則(憲法14条)や均等待遇原則(労働基準法3条)に基づき、一定の歯止めがかけられるべきことである。

 合理的な根拠なく、特定労働者への適用を排除することは、上記原則に反するものとして、裁量権の濫用となる可能性がある。神奈川県信用農業協同組合事件判決についても、承諾しないこととした理由について検討し、その理由が不十分とはいえない旨判示しており、承諾しないことが明らかに不当なケースでも、一切救済の余地がないとしたわけではないと考えられる。

(3) 第3に、退職金は重要な労働条件(=契約内容)であるから、使用者は、制度内容について労働者の理解を促進する措置をとらなければならないのであって(労働契約法4条1項)、労働者に私有地されていなかった要素(内規の定めなど)による制度の適用拒否は許されないと言うべきであろう。

 上記(1)、(2)の観点に基づく場合の主張としては、裁量権の濫用により、承諾の効力が生じるという構成での優遇退職金請求の他、労働者の期待権を侵害した不法行為に基づく損害賠償請求も考えられる。

3.退職の申し出を撤回する場合

 この場合、まず、退職の申し出が優遇制度に基づく申し入れなのか、通常の退職の申し出なのかを確認した上で、優遇制度がある場合には、合意退職の効力発生に使用者の承諾が必要とされているかを確認することが重要である。そして、使用者の承諾が必要とされている場合には、使用者の承諾がなされていない限りは、あくまでも申し込みの誘引を受けて申し込みを行ったにとどまる以上、合意退職の効力が生じていないとして、撤回を主張することが考えられる。最終的には、申し込みを受けた後の使用者の行動が承諾と評価できるか否かという意思解釈の問題となるが、制度の規定の仕方によっては、書面等により明確に合意(承諾)がなされたと言えるまでは承諾はなされていないとして、撤回を求めることは十分に考えられる。

 雇用の期間を定めていない労働契約は、労使のいずれからであっても「何時ニテモ」解約の申込ができます(民法627条)。一方からの解約申込を他方が受け入れることにより、合意退職が成立します。もし会社による早期退職募集が、「優遇条件付きの解約の申込」であるならば、労働者の応募は「申込の受諾」であり、この時点で優遇退職の合意が成立することになります。それでは、辞めてほしくない人にも優遇条件を適用して退職を認めなければならないのでしょうか。  この点につき判例は、早期退職募集は、合意退職の申込ではなく、申込の「誘引」であり、したがって合意退職は労働者の応募によって成立するものではないとしています(津田鋼材事件 大阪地判平11.12.24)。そこで会社としては、応募後に退職者を確定するという意思を明確に表すため、早期退職募集の際に、募集対象(年齢・勤続年数等)を示すとともに、優遇条件の適用は会社が認めた者に限る旨の規定を明示することが望ましいでしょう。会社にとって必要不可欠な者の退職を思いとどまらせるため、割増退職金が支給される早期退職の適用について会社の承認を要件とすることは不合理ではなく、公序良俗にも反しないとする判例があります(浅野工業事件 東京地裁判平3.12.24)。
 もっとも、民法627条は、解約の申込後2週間の経過をもって雇用は終了すると規定していますから、会社は労働者の退職そのものを拒否できないのはいうまでもありません。

 

退職金優遇

 退職金の優遇措置の内容には、
 (1) 一定額を加算する
 (2) 退職時の給与の一定月数分を加算する
 (3) 退職時の年収の一定率を加算する
 (4) 退職金の一定率を加算する
 (5) 退職事由係数を「定年」とする
 (6) (1)~(5)を組み合わせる
などがあります。

 割増加算の設定方法には、「月給×倍数」方式のほか、「通常の退職金×割増率」「年齢・資格・勤続年数等の条件別定額」等の種類があります。優遇条件の水準を実感しやすい「月給×倍数」方式を採用する事例が比較的多いようです。

 

○早期退職制度と雇用保険

 雇用保険の失業給付は、退職理由が会社都合(倒産・普通解雇等)か自己都合(本人に重大な帰責事由がある場合の解雇を含む)かによって、給付開始日や給付日数が変わってきます。早期退職制度による退職は、自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇でないのはもちろんですが、形式上、本人の意思で応募したわけですから、会社都合であるとも言い切れません。とはいえ、会社が雇用調整目的で実施する希望退職募集の場合は、これに応じた退職を自己都合として取り扱うのも酷といえるでしょう。

 早期退職募集による退職をどう取り扱うかについて、判断基準によりますと、直接もしくは間接に退職することを勧奨されたことにより、または、希望退職者の募集に応じて退職した場合には、正当な理由なく自己の都合によって退職した場合に該当しません。給付日数について、直接もしくは間接に退職するよう勧奨を受けた場合は、倒産・解雇等による給付日数が適用されます。常設型の早期退職制度に応募して退職した場合は、一般の離職者として取り扱われることになります。

 

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