退職金

○退職金

通常、退職金は、3つの性格を併せもつと解釈されております。
 ① 賃金後払いの性格
 ② 功労褒賞的性格
 ③老後の生活保障的性格

 どの性格が強いかは、個々の実態に即して判断することになります。

 一般的に、「自己都合退職」や「懲戒事由」によって退職金を減額するケースが多いのですが、「勤続年数を基礎とした支給率」によって支給している場合、勤続年数に応じて増加する支給率には「①賃金後払いの性格」が、また、勤続年数に応じて逓増する支給率には「②功労褒賞的性格」が認められる根拠となります。

 争われた場合に何も対策を採らないと、② 功労褒賞的性格が認められ「過去の褒賞を打ち消すほどの理由がない」として減額が認められないことになります。よって、退職理由などによって減額を規定するという場合には、退職金規定に退職金の定義・目的を明確に記載するなどの対策をすべきです

 退職金は、労働基準法上は「臨時に支払われる賃金」とされており、退職金制度を設けるかどうかは事業主の任意です。法律で支払いが義務付けられてはいませんので、払わなくでもよいものなのです。

  労働基準法89条は、就業規則の記載事項として「退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」をあげています。ここでいう退職手当とは、労使間において、労働契約等によってあらかじめ支給条件が明確になっており、その受給権が退職により在職中の労働全体に対する対償として具体化する債権であればよいとされており、支給形態が退職一時金であるか退職年金であるかは問いません。

 就業規則等に退職金規定が明文化されていない場合であったとしても、過去に退職金支給の実績が複数回あり、退職金支給の慣行があると認められる場合は、それは「賃金」にあたり、退職金の支払義務が発生することとなります。今後就業規則等に定めるべきです。

 就業規則や労働協約等によって予め支給条件が明確である場合の退職金については賃金と認められますが、口頭での約束や恩恵的に支給されている退職金に対しては、賃金とは認められません。

 退職金は金額が大きいだけにトラブルに発展し、最終的に裁判沙汰になることも少なくありません。慎重に規定する必要があります。

 賃金と同様に、就業規則本体で詳細に定めるのではなく、別規程を作成しておくのが一般的です。 (附属規程「退職金規程」)

 パートタイマーに対しては、退職金を支払わない場合や別の方法により支払う場合には、その旨を定めておかなければなりません。パートタイマーを適用除外にしておかなければ、正社員と同様の退職金を支給することにもなりかねません。

 退職金規程では、
 ・適用される従業員の範囲、
 
・退職金の決定・計算・支払方法
 ・支払いの時期
に関することを定めます。

退職金の支給

 退職金制度は必ず設けなければならないものではありませんが、設けたときは、適用される労働者の範囲、退職金の支給要件、額の計算及び支払の方法、支払の時期などを就業規則に記載しなければなりません。

 退職金の額

 退職金の額の算定は、退職又は解雇の時の基本給と勤続年数に応じて算出する例がありますが、会社に対する功績の度合い等も考慮して決定する方法も考えられることから、各企業の実情に応じて決めてください。

退職金の支払方法及び支払時期

 退職金の支払方法、支払時期については、各企業が実情に応じて定めることになります。

 労働者が死亡した場合の退職金の支払については、別段の定めがない場合には遺産相続人に支払うものと解されます。

 労働者の同意がある場合には、本人が指定する銀行その他の金融機関の口座へ振込により支払うことができます。また、銀行その他の金融機関が支払保証した小切手、郵便為替等により支払うこともできます。

 退職金制度を設けたときは、退職金の支払に充てるべき額について金融機関と保証契約を締結する等の方法により保全措置を講ずるよう努めなければなりません(賃金の支払の確保等に関する法律(昭和51年法律第34号)第5条)。ただし、中小企業退職金共済制度や特定退職金共済制度に加入している場合はその必要はありません。

 退職金は、金額が大きいだけにトラブルに発展し、最終的に裁判沙汰になることも少なくありません 。慎重に規定しましょう。

就業規則規定例

第○条 (退職金の支給)
 従業員が次の各号に該当する場合は退職金を支給しない。ただし、事由により減額して支給することがある。
(1) 就業規則第 条により、懲戒解雇された者
(2) 退職後、支給日までの間において在職中の行為につき懲戒解雇事由に該当する行為が発覚した者
(3) 就業規則第〇条による業務の引継ぎを正当に行わなかった者2 退職金の支払いは退職の日から3ヵ月以内とする。

 

就業規則規定例

第○条 (退職金の支給時期)
 退職金は、支給事由発生後本人又は遺族等受給権者からの申請に基づき、原則として申請のあった日から2ヵ月以内に支払う。なお、2ヵ月を超え又は分割して支払うことができる。

 

注意すべき就業規則規定例

第○条 (退職金の支給)
 ・・・
2 退職金は、従業員が退職した後7日以内に支払う。

 

退職理由によって支給率に差をつけること

 自己都合退職会社都合退職の場合で、支給率に差異を設けることについて、特に法律上問題はありません。

 退職金制度の有無や、制度を設けた場合の退職金支給率、算定方法その他の支給条件をどのようにするかは、企業の自由とされています。
 また、自己都合退職と会社都合退職の場合とで、支給率又は金額に差異を設けることは通例であり、法的な問題は特にありません。
 一般的に、退職金の支給率や支給金額は、定年退職及び会社都合による整理解雇等の場合には優遇され、懲戒解雇又は諭旨解雇する場合には不支給又は減額するという内容のものが多くみられます。

 ただし、企業の従業員構成によっては、例えば、特に女性が多い職場は定年退職するような通常退職が稀にもかかわらず、基準率を通常退職に設定している場合等は、従業員側からすると不服とする制度となる場合もあります。退職理由によって基準率が異なる場合、削減率や割増率等を用いて調整を図ることも一つの方法と思われます。

 

退職金の支払期日を遅らせること

  労使協定や就業規則等で支給条件が明確に定められた退職金は、労働基準法第11条に定める賃金に該当しますので、同法第24条第1項の「賃金の全額払いの原則」が適用されます。

 退職金規程に定める退職金の支払い期日を遅らせることができるかどうかについて、個々の退職者の承諾が得られれば、退職金の支払期日を遅らせることができないわけではありませんが、承諾が得られない場合には、本来の支払い期日までに退職金を支払い、後日あらためて原状回復費用等を請求することになります。

 

退職金の分割支給

 退職金の分割支給について、就業規則や退職金規程などに退職金の分割支給に関する定めがあれば、分割して支給することができます。

 退職金を分割して支給するためには、分割支給することがある旨を定めるだけでなく、「退職手当は、原則として退職の日から1ヵ月以内にその2分の1を、6ヵ月後に残りの2分の1を支給する」などのように、分割する回数、それぞれの支払時期等について、あらかじめ就業規則や退職金規程などに定めておく必要があります。

 

退職金と使用者に対する損害賠償金との相殺

 労働基準法第17条で、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と定めています。同法第16条で「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めていて、賃金全額が労働者に支給されることを保障しています。

 使用者が給料から天引きして貸付金を回収することを禁止しています。

 労働基準法第24条では、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と定めています。

 退職金が就業規則等で規定されていれば労働基準法上の賃金となります。例え実際に損害が発生していたとしても、退職金は、いったん全額を支払わなければなりません。ただし、労働者が自由な意思に基づいて希望しているのであれば、相殺はできるとされています。

就業規則規定例

第○条 (会社に対する債務の控除)
 退職、解雇又は死亡した従業員が、会社に対して債務を負っている場合は、従業員は支給された退職金の全部又は一部をもって弁済を行うものとする。

 退職金は賃金に該当し、労働基準法23条1項で「労働者の退職の場合に労働者から請求があれば7日以内に支払わなければならない」ものとされています。ただし、退職金は、支払期日を就業規則で明示していれば、その期日に支払うことが認められます。支払期日がない場合には、本人からの請求があれば7日以内に支払わなければなりませんので、支払期日は必ず就業規則に定めておくことです。在籍中の非行行為調査(懲戒事由行為の存在調査)に時間がかかることも考えられるため、2~3ヵ月程度の余裕を設けておくべきでしょう。

 パートタイマーに対しては、退職金を支払わない場合や別の方法により支払う場合には、その旨を定めておかなければなりません。パートタイマーを適用除外にしておかなければ、正社員と同様の退職金を支給することにもなりかねません。

 例えば、ある従業員が自主退職し、その後に会社のお金を横領していたことが発覚した場合において、その横領について懲戒解雇に処し退職金も不支給にしようと思っても、自己都合退職が成立してしまった後ゆえ懲戒解雇が無効で、退職金不支給にはできないということがあり得ます。就業規則の規定で「懲戒解雇の場合、退職金を不支給とする」とした場合、「懲戒解雇」は現役社員にのみ対象となる表現の為、退社後の従業員には引用する事が出来ません。そこで、ポイントは「懲戒解雇」ではなく「懲戒解雇事由」という文言です。就業規則の退職金規定には後になって不正が発覚した場合にも対応できるようにしておきます。「懲戒解雇事由に該当する行為が発覚した場合」とすれば、退社後に非行が発覚した場合でも退職金の返還などが認められることになります。

就業規則規定例

第○条 (退職金の不支給、減額)
 従業員が懲戒解雇に処せられたときは、退職金の全部又は一部を支給しない。

2 従業員が退職した後であっても、在職中の行為が懲戒解雇事由に該当すると判明した場合、退職金の全部又は一部を支給しない。この場合、既に支払っているものについて、会社は返還を求めることができる。

退職金の支給規定が不備だったために、支払いたくない社員に退職金を不支給にできなかった問題があった社員にも高額の退職金を支払わなければならないのか?

判例   原告は、連合会が原告を懲戒解雇する前に退職している以上、懲戒解雇が無効であり、連合会に懲戒解雇に相当する事由がある者に対して退職金を支給しない旨の規定が存在しないから、退職金不支給の事由があるということはできない。(部落解放大阪府企業連合会退職金請求事件 平成14年 大阪地裁) これはたとえば、ある経理社員が自主退職し、その後に会社のお金を横領していたことが発覚、その横領について懲戒解雇に処し退職金も不支給にしようと思っても、それは自己都合退職が成立してしまった後だから懲戒解雇が無効で、それゆえに退職金不支給にはできないということです。

 

 内部機密を熟知した従業員が同業社に引き抜かれ、この機密を利用すれば、会社が大きな損失をこうむることは容易に想像できます。これに制限を加えたいと考えるのは会社の自衛として当然でしょう。しかし、憲法に職業選択の自由が定められているため制限を加えることは難しいと考えられますが、はたしてどう判断されるのでしょうか。この場合も、まず第一に就業規則に競業禁止規定が定められているかが問題になります。もちろん、定めていない場合、返還請求は無効です。

 競業禁止規定は「退職後一年以内に同市内の同業他社へ就職した場合または同種の事業を開始する場合には、退職金を減額または不支給とする」といった定めをし、禁止する期間・場所的範囲・職種・代償の有無を特定します。

 退職金を減額(または不支給)とするためには、その事由等について、あらかじめ就業規則等にしっかりと定めておくべきです。

就業規則規定例
第○条 (退職金)
  ・・・
 退職し又は解雇された従業員は、会社の承認を得ずに離職後1年間は会社と競業する他社への就職あるいは役員への就任ならびに同業の自営を行ってはならない。また、会社在職中に知り得た顧客と離職後1年間は取引をしてはならない。 
2 この競合避止義務に反した場合は、退職金の一部を減額又は返還を求めることがある。

 しかし、職業選択の自由も認められているため、この条項は必要最小限のものでなくてはなりません。「日本国内で10年間禁止する」というのは認められません。  そしてこの場合の不支給ですが、よっぽどの事情が無い限り減額は認められますが、全額不支給にするのは難しいと考えます。

 競合避止や守秘義務を徹底させるため、退職金の支払いを一定期間留保する取扱いも考えられますが、全額払いや職業選択の自由を不当に拘束するものと解されるおそれもあり、退職金の一部については、退職年金のように分割払いとして支払時期及び回数を段階的に定め、離職時に取り交わした誓約書や契約書とあわせて運用を図ることが無難といえます。

判例

 「退職願提出後、14日間正常勤務しなかった者には、退職金を支給しない。」という旨の定めが有効とされた(大宝タクシー事件:大阪高裁)。

 

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