うつ病 疫学的統計頻度

疫学的統計頻度

 うつ病で苦しむ人は、世界的にみても着実に増え続けています。

 発症の要因の特徴として、現代社会がいかにストレスの多い社会であるかが浮き彫りにされています。  

 アメリカ精神医学会が作成している『DSM-Ⅳ-TR』(精神疾患の分類と診断の手引)には、うつ病の中でも大うつ病と呼ばれる症状にかかる人の割合は、生涯有病率が全体で15%、男性で5~12%、女性で10~25%とされています。

 WHO(世界保健機構)の報告によると、世界の人口の3~5%がうつ病にかかっていると推定しており、これを日本の人口に当てはめると、360万~600万人がうつ病にかかっている計算になります。

 厚生労働省の患者調査をもとにした推計では、うつ病などの気分障害があると医療機関で診断された人の数は、1984年に約10万人だったのが、1994年には約20万人に増え、4年後の1998年には2倍強の約43万人へと急増しています。うつ病に対する理解が年々広がり、以前よりも気軽に医療機関を訪ねる人が増えている事もありますが、うつ病がより多くの人にとってポピュラーな病気となっていることを裏付けていることになります。また、厚生労働省による有病率の統計によれば、うつ病の12ヵ月有病率(過去12ヵ月に経験した割合)は、欧米で1~8%、日本では1~2%と報告されています。生涯有病率は、欧米で3~16%、日本では3~7%です。

 こうして比較すると、日本は欧米に比べて割合は低くなっています。その他の疫学研究によると、生涯のうちにうつ病にかかる可能性については3~16%。生涯有病率は6.7%、12ヵ月有病率では3.1%といった報告もあります。

 これらの研究結果から、生涯の間には15人から7人に1人がうつ病にかかると考えられます。性差の発症率では、男性よりも女性において2倍ほど高くなっています。つまり、100人に4~5人がうつ病らしき病気にかかるという事になります。現在日本のうつ病の患者は、100万人ぐらいと言われていますが、実際には500万人以上いるものと考えられます。また、受診に当たって実際はうつ病であるにもかかわらず、一般の病院の内科を受診しており、その患者のうち約10%はうつ病であることがわかっています。これは風邪(感冒)に次いで多く、高血圧と同じくらいの頻度の病気であることになります。ただし、うつ病は検査などによって明確に診断できる疾患ではないため、診断基準が少し変わるだけで、患者数にかなりの差がでます。

 世界保健機関(WHO)の最新(2012年10月)報告によると、うつ病など精神疾患で苦しむ人が、世界で3億5000万人を超えるとの推計を発表しました。世界では年間約100万人の自殺者がいるなかで、その過半数はうつ病の兆候を示していたとみられます。うつ病で苦しむ人に気付き、治療の支援を行う必要があると訴えています。うつ病になれば、激しい気分の落ち込みが長期間続き、仕事など日常生活に支障がでます。大人のおよそ5%がうつ病にかかるとされるなど、WHOは地域などに関係なく世界的に起こっている現象としています。さらに、女性のおよそ5人に1人が産後うつ病にかかり、アルコールや薬物中毒、経済状況、失業といった外部環境なども、うつ病を招く要因としています。うつ病患者は自分の病気を自覚しにくいため、必要な治療を受けている患者は半数にも満たないと報告しています。  

 うつ病の増加傾向は日本においても同様で、日本の医療機関を受診するうつ病患者数は、ここ十数年で4倍以上に増えており、しかも年々増加しています。内閣府の『障害者白書』によると、精神障害で苦しむ人は人口の約2%にあたる250万人いるとしています。その内、うつ病を含む気分障害の患者数は約42%の104万人に達しています。また、うつ病に限っていえば、7人のうち1人が生涯のうちに1回はかかるという報告もあります。こうした背景もあって、わが国では自殺によって命を落とす方が3万人以上いますが、その約半数の方が自殺直前の段階でうつ状態にあるといわれております。うつ病は今や深刻な社会問題といえます。

 

背景にストレスの増大

 うつ病の増加の背景には、やはり社会的・文化的な要因が強く影響しているものと考えられます。近年の特徴として、特に働き盛りの40~50代の年齢で発病が増えている傾向があります。成果主義や効率主義、また「勝ち組」や「負け組」といった言葉で象徴されるような競争社会のなかで、若者たちは過重労働をしいられ、心身のストレスが慢性的に溜まっています。職場の長期休職者の大半がうつ状態、もしくはうつ病によるものであると言われ、仕事ができなくなる原因疾患の第1位に挙げられています。さらには、インターネット社会が急速に進み、世界のあらゆる情報をいつでも容易に知ることができ、貧富の格差や自己不全、閉塞感などもうつ病を増加させている要因になっています。  

 このように、うつ病が急増している背景にはストレスの増大があります。そのストレスも単純なものではなく、複合的なストレスです。高度情報化、核家族化、高齢化、少子化、都市化に伴う地域コミュニティーの崩壊、都市機能の一極集中化、女性の社会進出、さらにはバブル経済の破綻、不景気に伴うリストラ、社会環境の激変などさまざまな要因があります。確かに、現代の社会は高度化と多様化で生活は便利になりましたが、その反面で人間関係の摩擦や葛藤がうまれ、生活スタイルが変化し、価値観が多様化するなかで、常にストレスにさらされ心のトラブルを抱えながら生活しています。このストレスの要因の他に、日本人特有の依存的体質である「甘えの構造」もあります。年齢を重ねても、大人になりきれないという境界人間 が増え、その結果、さまざまな心のトラブルに悩まされてうつ病の予備軍となり、軽症うつ病の患者が増加しています。もちろん、うつ病患者が増加しているもう一つの背景には、うつ病に関する知識や情報が広まり、以前に比べて精神科を受診する人が増えていることが挙げられます。同時に、医療側の事情としても、新しい診断基準(DSM分類やICD分類など)が普及し、診断が明確になったことも理由に挙げられます。しかし、このことは、うつ病と知らずに苦しんでいた患者が以前はかなりいたことを裏付けることにもなります。今後もうつ病患者数は増えることが予想されます。日本の医療機関でのうつ病患者数は、ここ10年で4倍以上に増えており、年々増加しています。それに伴って精神科クリニックの数も急増しており、診療内容にも差があります。今や、病気による社会の負担は、ガンに次いでうつ病が社会負担の大きな疾患になっていることが統計上で明らかになりました。そのため、うつ病は日本の国民病としてその重大さが認識されようとしています。

 

発見や早期治療が遅れる理由

 うつ病は、一般的には几帳面で真面目で、社交的、協調性のある人に多く発症しています。そして、うつ病の人といえば、見るからにして表情も沈鬱で、何かと自分を責めるタイプのイメージです。しかし、周囲から見てそれがうつ病であるかどうかはなかなか分かりにくいものです。できれば本人がそれと気付いて病院を受診し、治療を受けることがベストですが、なかなかその通りいかないために、うつ病の治療はどうしても遅れがちになります。最初は、食欲がない、眠れない、疲れやすいなどといったごくありふれた症状で始まるため、本人の感覚では、病気になる前の自分と病気になった自分はほとんど同じで、それほど違いを感じていないのが実情です。したがって、どうしても発見が遅れることになり、そのまま放置しておけば、最悪の場合自殺にもつながるというやっかいな病気です。

 うつ病の発見や治療が遅れる理由に、日本の文化や風土も関係しています。それが精神的な病気と分かっていても、本人はすぐに精神科や心療内科を受診しようとはしません。その背景にはアジア的家族主義があって、精神疾患であることを隠し、家族や親戚などの身内で患者を抱え込んでしまうという文化があったのです。そのことが病気をより深刻な状態に追いやっていたことも事実です。近年、そのような文化がなくなりつつありますが、精神疾患への対応はまだ十分とはいえません。

 うつ病においても、たいていはまず一般内科を受診するケースが多く、「特に問題ありません」と医師に言われて、ひとまず安心して帰ってきますが、その間も症状は進行し悪化していきます。その次に訪ねるところは心療内科ですが、ここでも手に負えなくなって、最後に精神科を紹介されるのです。この間の時間的な遅れは、半年から1年になることもあり、もっと早く精神科を受診して治療していれば、これほど重症化しなかったであろうと思われるケースが多いのです。遠回りしてしまう理由には、うつ病への正しい知識がまだまだ一般人に啓蒙されていないことや、何よりもうつ病という病態そのものの特性にあるともいえます。

 

 うつ病について、「心が弱いからうつ病になるのではないか」と考えている人がいますが、これは大きな誤解です。うつ病は、心の弱さから発症する病気ではありません。うつ病にかかる原因は、これまでの研究では、脳内物質の機能障害、性格、遺伝、ストレスなどの要因が重なり合って発症しているではないかとされています。うつ病になる人は、心が弱いことが原因ではなく、むしろまじめでコツコツとやる心の強いタイプの人に多く見られます。こうしたタイプの人が強いストレスや急激な変化に直面したときに、それに対応ができず、疲労や苦痛を抱えることが、うつ病を発症させるひとつの要因になっているのではないかと考えられます。

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