うつ病の原因

 うつ病がなぜ発症するのか、その原因やメカニズムについては、まだはっきりと解明されていません。うつ病のような精神疾患は、人間の心に関する病気であるだけに、内科的また身体的な病気以上に、その原因を探ることは難しいのです。うつ病は一つの原因だけでなく、幾つかの原因が複雑に重なり合って起きているのではないかと考えられます。

 現在、発症の要因と考えられている主なものは、「性格」「遺伝」「ストレス」「生物学的な原因」などが挙げられます。昔から、うつ病はうつ病になりやすい性格が原因しているのではないかと指摘されています。近親者にうつ病が多い家系があることから、うつ病は遺伝が大きく関与しているのではないかと言われていました。しかし、性格や遺伝だけがうつ病の原因だとすれば、患者の数はほぼ一定して変わらないはずですが、近年のうつ病の罹患率が急増していることを考えると、性格や遺伝の側面だけでは説明がつきません。また、急速に変貌する現代社会の中にあって、それに対応しようとすると大きなストレスが現代人を襲ってきます。近親者の死亡、家庭内のトラブル、病気、離婚、会社の人事異動や転勤、仕事上のトラブル、過労などさまざまなストレスがうつ病の発症の大きな誘因となっているという調査や研究も行われています。しかし、同じようなストレスを受けながら、うつ病になる人とならない人がいることを考えると、必ずしもストレスだけが要因という事にはならなくなります。

 近年研究が進められているのが生物学的な原因説です。脳の中で、重要な情報伝達の働きをしている神経伝達物質といわれるセロトニンやドーパミンなどの代謝異常が、うつ病の発症と深く関わっているのではないかという有力な説があります。これもまだ解明されたわけではありません。ただ、うつ病のタイプによっては、要因の影響度は異なります。例えば、内因性タイプのうつ病でも、躁状態とうつ状態を交互に繰り返す「躁うつ病」(双極性障害)では遺伝的要因が大きいことが。また、心因性では、急増している「軽症うつ病」などがこのタイプになりますが、この軽症うつ病においては、ストレスの影響が非常に大きいことが認められています。ストレスといっても、人によって感受性や耐性は異なり、また性格的な面もありますが、軽症うつ病のほとんどのケースにおいて、ストレスが発症の要因となっています。日常生活でのさまざまな出来事において心理的葛藤が多い現代社会は、まさに高ストレス社会であり、誰でも軽症うつ病にかかる可能性は高いといえます。  

 うつ病の原因に関する分類としては、以前から「内因性うつ病」「心因性うつ病」(神経症性)に分けて考えられていました。

 内因性うつ病というのは、ストレスのようなきっかけがあって発症するうつ病ではなく、純粋に脳内の生物学的な原因によって発症する うつ病です。一方、心因性うつ病というのは、何らかのストレスがきっかけになって発症する うつ病のことです。ただし、脳科学的なうつ病のメカニズムからみて、この分け方は必ずしも明快なものではありません。うつ病の患者を診ていると、それが心因性のうつ病であっても内因性のうつ病であっても、ほとんどの人が発症前にストレスを体験している。はっきりしたきっかけがある心因性のうつ病だから、抗うつ薬を飲む必要はないかといえば、決してそうではなく、気分が沈み込んでいるときは脳内の神経伝達物質がバランスを崩しているときですから、抗うつ薬を使って調整する必要があります。ストレスが原因で起きた心因性うつ病の患者のうち、かなりの数の患者が、生物学的原因による内因性うつ病の状態になるという。双生児の遺伝研究でも、内因性うつ病と心因性うつ病は区別できないという結果が報告されています。

 精神学的障害の診断においては、原因ではなく、障害の中心になる症状によって分類するのが妥当な方法ではないかとして、アメリカをはじめ世界各国で行われるようになりました。この観点に立ち、今までのように原因になっている病因に基づいて分類しようとする立場から、その分類の集大成となったのがアメリカ精神医学会が作成した『DSM-Ⅳ』(精神疾患の診断・統計マニュアル)なのです。

 

うつ病をひき起こす主な誘因・原因

ストレス

 うつ病を発症させる大きな誘因のひとつにストレスがあります。ストレスが大きくて強いほど、うつ病を引き起こす危険性が高くなります。ただ、同じストレスでも、その人の受け止め方やストレスに耐える力(ストレス耐性)によって異なります。ストレスに敏感な人は、小さな出来事であっても心の大きな負担になりますし、比較的ストレスに強い人であっても、突然大きなストレスに襲われるとやはり心に大きなダメージを受ける事になります。 

 ストレスは、受け止める人によってプラスに作用することもあれば、マイナスに作用(うつ病などを誘因)することもある。

 「ストレスとは「心や体に受けた刺激によって起こる精神的な緊張」または「外圧に抗して体が懸命に持ちこたえようとする防衛反応」です。

 ストレスが強いと、緊張や不安、イライラが募って、うつ病をはじめさまざまな病気を引き起こす原因になります。心とストレスの強弱が微妙に関係し、影響しあって、うつ病を発症させる複雑なメカニズムを作り出しているものと考えられます。一般に、ストレスを感じる「外圧」または「刺激」となるものには、身体的なもの(痛み、発熱、空腹、過労、睡眠不足など)物理的なもの(天災、騒音、寒い、熱い、細菌、化学物質、感染etc.)精神的なもの(心労、怒り、悲しみ、不安、恐怖、興奮など)、社会的なもの(経済、仕事、家族、家庭、人間関係など)が挙げられます。

 普通、何らかの強いストレスを受けると、身体面では自律神経系・内分泌系・免疫系に作用して体に変調をきたし、精神面では不安・イライラ・気分の低下などを招き、行動面ではタバコや酒の量が増えたり、過食になったりすることがあります。それでも、うつ病やその他の病気にならず元気にいる人は、身体の中でうまく処理しているからです。私たちの体は、「生体恒常性=ホメオスタシス」といって、生体の内部および外部の変化にかかわりなく、生理的活動を常に一定に維持しようとする仕組みが備わっています。例えば、外界から強い刺激を受けると、体のさまざまな機能が乱されます。すると、体の内部ではその乱れを修復しようとして、自動的に調節機能が働きます。これが生体の恒常性です。つまり、体にストレスが加えられたとき、それがどんなストレスであってもホメオスタシスが働いて、体内では必ず一定の反応が起こります。

 セリエのストレスに対する学説では、こうしたストレスに対する反応を「全身適応症候群」と名づけて、その過程を3段階に分けて説明しています。

 第1段階は『警告反応期』です。

  まず、体がストレスを受けると、そのショックで体温・血圧・血糖値などが下がって、体の機能が一時的に低下します。この時期を「ショック相」といい、通常はこのショック相は数分から1日程度で終わって、「反ショック相」に移行します。反ショック相になると、間脳(視床下部)から自律神経を通して副腎髄質に命令が伝わり、アドレナリンなどのホルモンを分泌させて血圧を上昇させます。同時に、心拍数や呼吸数なども増加させます。急に強い刺激をうけると、心臓がドキドキしたりびっくりしたりするのは、自律神経の作用によるものです。さらに間脳(脳下垂体=内分泌系を司る)から副腎皮質に命令が送られ、さまざまな抗ストレスホルモンを分泌して全身の臓器を刺激し、体温、血圧、血糖値などを上げたりして、神経や筋肉などの活動を活発にさせます。これはすべて、ストレスに対する体の防衛反応で、ストレスから心身を守ろうとする働きです。  

 第2段階は『抵抗期』です。

 なおも継続して重くのしかかるストレスに対して、なんとかそれを跳ね返そうとして体が抵抗している時期です。体内では反ショック相でみられた防衛状態が続いていて、さらに防衛力が高められ、必死でストレスに打ち勝とうと体が戦っています。したがって、抵抗力は普段よりも強くなっています。  

 第3段階は『疲はい憊期』です。

 大量に、長期にわたってストレスを受け続けたために、体が疲労困憊し、もはやストレスに適応できなくなった状態です。つまり、ストレスとの戦いに敗れ、疲れ果てた状態です。長期化したストレスに対しては生体の抵抗力にも限界があり、体の調整機能では処理できなくなってしまうのです。こうなると、最初ストレスを受けた時のショック相に似たような症状が起きてきます。ホメオスタシスが破綻してしまったために、それ以降のストレスはすべて生体にとって悪玉以外のなにものでもありません。疲憊期になると、もはや体の持っている抵抗力は極端に減退して、非常に病気になりやすくなり、うつ病や心身症などの発症率も高くなってきます。そして、このまま放置すると、生命を維持するのは困難になって、死に至ることもあります。  

 いかに第3段階までいかないようにして、ストレスとどう向き合うかです。ストレスをどのように受け止めるかが問題です。ストレスをストレスと感じるか感じないかは、その人自身の問題になります。同じ仕事をしていても、それをやり甲斐のある仕事だと思って張り切ってやる人もいれば、自分には出来ないと最初から諦め、大きな負担を感じてやる人もいます。もちろん、ストレスの強弱や程度もありますが、やはり受け止め方が最大のポイントになります。  

 ストレスを上手に受け止める方法としては、ストレスと上手に付き合うという発想が重要です。ひとつは、ストレスを日常生活の中でうまくかわしていく方法です。趣味や運動、旅行などで、上手に気分転換をはかってストレスを解消することです。もうひとつは、ストレスから逃げず、積極的に立ち向かっていく方法です。むしろ、ストレスをうまく活用していくのです。上司や親などから叱責されても、うつうつと悩まず、「自分の成長のために」「自分の幸福のために」叱ってくれたと発想転換し、「よし、必ず結果をだしてみせる」と自分自身を励まして頑張る生き方です。うまくかわすか、それとも真正面から向き合ってバネにしていくか、人によって解消方法は違うと思いますし、またストレスの内容によって使い分ける方法もあります。うつ病を未然に防ぐためにも、セルフコントロールが大切です。  

 主なストレスを度合いの高い順に並べると、次のようになります。
  ①配偶者の死
  ②倒産・失業
  ③離婚
  ④夫婦の別居
  ⑤仕事上のミス
  ⑥単身赴任
  ⑦転勤・配置転換
  ⑧労働条件の変化
  ⑨ポストの変化
  ⑩上司とのトラブル
  ⑪結婚
  ⑫子供の受験勉強
  ⑬職場のOa化
  ⑭家族数の変化
  ⑮長期休暇

 中高年になると、失業や病気といったマイナスの出来事ばかりでなく、昇進や新築移転など嬉しい出来事もストレスの要因になっています。この年代は、男女を問わず、喪失体験や環境変化に見舞われることが多くなり、そうした事態に直面した時に強いストレスとなって、うつ病になる場合があります。

 中高年にとって、うつ病を起こしやすいストレスは次のようなものです。

大切な人との死別
 親や配偶者、親友など自分にとって大切にしていた人を亡くしたとき、それをきっかけにしてうつ病になる人も多くいます。また、これまで献身的に介護していた人が亡くなったときも、うつ病を発症する要因になっています。この場合は、亡くなった悲しみと同時に、張りつめていた気持ちが突然に解き放たれ、その虚無感がうつ状態を招くことになります。

離婚
 最近は中高年の離婚も増えてきました。特に相手から一方的に離婚を迫られた時は、精神的なショックが大きく、立ち直れずにうつ病になるケースです。離婚によるうつ病は、これまで女性が圧倒的に多かったのですが、最近は男性にもみられます。仕事や趣味にのめり込み過ぎて家庭を顧みなかったために、妻から離婚を迫られる男性も多くなっています。

病気
 大きな病気をしたことが引き金となって、突然うつ病になることがあります。高齢者の場合は、腰や膝が悪くなって歩けなくなり、寝たきりの状態になってうつ病を発症する人も多くなっています。病気という肉体的な苦痛や不安がストレスになるだけでなく、社会から取り残されたような孤独感や焦燥感がたまって うつ病になるのです。現役のころ病気知らずに働いてきた人ほど、落ち込みやすいと言われています。

人間関係
 人間関係では、家族であれば夫婦、親子、嫁姑などの関係、親戚づきあいや近所づきあい、また職場や組織などにおける人間関係の不和などが、うつ病の引き金になることがあります。また身近な家族関係の不和によって、うつ病になる危険性は高くなります。逆に家庭内が円満であれば、うつ病になる危険性は低くなります。人間関係がこじれると、慢性的なストレスを受けやすくなります。

子供の独立
 子供が、就職や結婚で家を離れたとき、うつ病を発症することがあります。それまでは、子供の成長を生き甲斐にしてきただけに、特に母親にとっては大きな喪失体験になります。

転居
 「引っ越しうつ病」という言葉があるほど、転居は大きなストレスになります。準備から引っ越し後の整理など、心身ともに疲れてストレスが溜まります。引っ越しが済むまでは気が張っているのでよいのですが、転居先に落ち着いたころに、突然発症することがあります。専業主婦にとっては、人づき合いが苦手の人が多く、転居先の環境や地域にすぐに溶け込めません。子供や夫が家を出たあと、孤独感が強くなって、それがストレスとなり、うつ病の引き金になります。

更年期障害
 女性は、50歳前後の10年間は更年期になります。この頃になると、何十年も続いてきた周期的な女性ホルモンの分泌が急激に減少してきます。ホルモンバランスが崩れると、いわゆる更年期障害といって身体的にも精神的にも不調をきたしてきます。めまい、動悸、肩こり、頭痛、便秘、不眠などの不快な症状が現れ、大きなストレスとなります。加えて、老後への不安や喪失感が心理的なストレスとなり、うつ病の発症につながります。これが「更年期うつ病」といわれるものです。

リストラや倒産
 近年、中高年の自殺が増えており、その主な原因が会社のリストラ、倒産、出向、また事業の失敗などが挙げられます。先が見えない不安や絶望感、経済苦に責められてうつ病を発症し、自殺につながっているものと思われます。

転職・転勤など
 転職や転勤など環境の変化は、ビジネスマンにとって大きなストレスになります。新しい職場や仕事に対する不安、それに伴う責任感が心労となり、心を病む人が増えています。また、部署の配置転換などで、初めての仕事に対して自信喪失し、うつ病になるケースも目立ちます。さらに、人事による昇進や栄転も うつ病のきっかけになることがあります。コンピューター化に伴う仕事への適応ができなくて、うつ病を発症する人もいます。

定年退職
 定年退職を機に、うつ病を発症する人もいます。退職した後これから先どう過ごそうかという不安感、自分の役割は終わり社会は自分をもう必要としていないという喪失感などがストレスとなります。特に仕事一筋できた人は友人も少なく、趣味もあまり持っていないこともあり、孤独感や不安感が影響しているものと思われます。

 

性格

 ある人がうつ病になると、周囲の人は「あの人は几帳面で真面目だから」「仕事好きで責任感が強い人だから」と無意識に性格のことを言う場合が多いようです。几帳面で真面目で責任感が強いとストレスを溜めやすく、うつ病にかかりやすいということになります。同じストレスを受けながら、うつ病になる人とならない人の個人差があります。ストレスをうまく処理できるか出来ないかは、その人の性格によるところが大きいのではないかと考えられています。  

 この「性格」と「うつ病」の関係については、精神医学界でも早くから研究されていました。性格といっても千差万別で、精神医学界では古くから類型化が試みられており、これまでに3人の学者によって提唱されてきました。1つはドイツのクレッチマーが提唱した「循環性格」、2つ目は日本の下田光造博士が提唱した「執着性格」、3つ目はドイツのテレンバッハの提唱した「メランコリー親和型性格」です。

 1つ目の「循環性格」というのは、親切、善良、温厚、明朗、活発、社交的である一方において、物静かで気弱といった反対の性格を併せ持っているのが特徴的です。

 こうした性格の人はとかく八方美人で優柔不断のところが多く、物事をどちらかに決める際には、なかなか決断ができずに悩んで板挟みになり、うつ病にかかることが多い。  

 2つ目の「執着性格」は、凝り性、仕事熱心、強い責任感、几帳面、徹底的、熱中型、強い正義感、正直、潔癖性、ごまかしが出来ない、完璧主義といった傾向が強いタイプの人です。

 こういう性格の人は、物事にとらわれやすく、ひとつの事に徹底的に取り組み、どんなに疲れていても弱音を吐きません。普通の人なら休養をとるところ、疲労困憊しても休まず、与えられた仕事をやり遂げようと無理をします。また、頼まれると断れない性格で、何でも自分で抱え込んでしまい、最後は身動きがとれなくなってしまいます。そのため、心身ともに疲れ果て、ついにはうつ病になることが多いのです。  

 3つ目の「メランコリー親和型性格」は、2つ目の「執着性格」とよく似ています。生真面目、誠実、正直、勤勉、律儀、献身的、几帳面、小心、綿密、正確、仕事熱心、強い責任感、人に頼まれると断れない、世話好き、他人に対する気配り、融通がきかない、人との争いを好まない、対立したときは自分が折れる、周囲に気を遣う、秩序や規律を守るといった性格の人です。

 特徴的なことと言えば、秩序を重んじ変化を好まないという性格です。物事や人間関係が秩序どおりになっていないと気が済みません。秩序が変わったり崩れたり、いままであったものがなくなったりすることに非常に敏感です。物事に対して柔軟に対処できないので、環境の変化に非常に弱いのです。例えば、定年で退職、昇進、引っ越し、結婚、出産、死別などは大きな環境変化を伴いますので、こうした変化についていけず、うつ病を発症しやすくなる。  

 もうひとつ特徴的なのは、他人との関係を円満に保とうとします。人に対して気を遣い過ぎ、物事を頼まれれば断れず、能力以上に何でも引き受けて自身で抱え込み、ついには身動きがとれなくなりストレスを内に溜め込んでしまいます。また、正確さや綿密さにこだわるのも特徴的で、仕事量が増えたり、病気などで仕事を休んだりしたとき、量と質の問題に悩むことが多く、人一倍ストレスを感じるようになります。こうした性格は日本人にはよく見られるタイプで、むしろ「あの人はよい人だ」「性格がよい」などと言われる人です。このような性格を持った人達は、一様に職場では模範社員であり、社会では信頼の厚い人として評価と尊敬を受けるのです。およそ、信頼・評価・尊敬は、他人がいてはじめて成立する人間関係の極意だけに、人との折り合いに気を配るのは当たりまえのことなのです。これは「人間らしさ」を形成する重要な側面でもあるので、この性格を否定するというのではなく、むしろ堅持すべきことなのです。ただ「気を遣う性格」という一点では、常にストレスと隣り合わせにあることは確かなことです。この性格がすべてうつ病になるというのではなく、あくまでも誘因のひとつであって、他の誘因と影響し合うなかでうつ病が起きていることを知っておく必要があります。  

 

遺伝

 自分がうつ病の場合、子供にもうつ病が見られるのではないか、また、家族をはじめとする血縁にうつ病の人がいた場合、自分も発症するのではないかと心配になります。これまでのうつ病と遺伝の研究からすると、全く無関係とは言えないようです。例えば、うつ病の患者が家族にいる場合、また過去にいた場合、そうでない家族と比較してうつ病の発症率が高いことがわかっています。親子または兄弟姉妹の直系の血縁者がうつ病だと、家族内での発症率はそうでない家族に比べて2~3倍も高いとされています。また、子供のときに養子にだされた人を調査した研究報告によると、育ての親がうつ病になったとき養子がうつ病になる確率に比べると、生みの親がうつ病になった場合の実の子供がうつ病になる確率はずっと高いといいます。同じ双子でも、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が発症率は高く、その一卵性双生児においては片方がうつ病になると、もう片方が発症する確率は30~90%と、幅はあるもののかなり高い数字になっています。一卵性双生児は遺伝子が同じで、二卵性双生児は違うという事実からしても、遺伝と深く関係していることが伺えます。ただ、遺伝子だけがうつ病の原因だとすると、一卵性双生児の1人がうつ病になれば、もう1人も必ずうつ病を発症する事になりますが、その確率は約40%と報じられています。このことから、必ずしも遺伝子だけがうつ病の原因であるとは言えないのです。

 うつ病の発症は、ある程度遺伝子との関係はあるものの、体質やストレスなど他の心理的要因が幾つも重なって発症するものと考えられます。

 

生物学的な原因

 うつ病の発症メカニズムはまだまだ未解明の部分が多い。近年の研究によって、心の作用を生み出す脳そのものの機能障害によって発症しているのではないかという説が発表されています。いわゆる「生物学的な原因」によってうつ病は発症しているというものです。

 うつ状態のとき、私たちの脳の中ではどのような事が起こっているの、でしょうか。

 私たちの脳は、思考・感情・意欲を生みだし、記憶をつくっています。人間らしさを形成し、心を生み出している根本機能です。うつ病がこの思考・感情・意欲にかかわる病気であるとすれば、脳機能になんらかの障害が起きていることが十分に予想できます。人間の脳は、約140億個もの神経細胞から出来ていて、それが網の目のように張り巡らされ、無数の神経細胞が複雑にして綿密な回路をつくっています。神経細胞と神経細胞は直接つながっているのではなく、その間はシナプス間隙と呼ばれる隙間があります。ひとつの細胞から他の細胞に情報が伝達されるときは、情報を伝えようとする神経細胞の末端(シナプス前部)から、神経伝達物質と呼ばれる化学物質がシナプス間隙に放出され、つぎに情報を受け取る側の神経細胞(シナプス後部)の受容体(レセプター)に届けられます。情報伝達が終えると、神経伝達物質は元の神経細胞に再びとり込まれます。こうした動きが、コンピューターのデータ変換のように猛烈な早さで、次から次へと情報が伝達され交感されているのです。

モノアミン仮説

 うつ病は、この脳機能の障害に起因しているという学説が「モノアミン仮説」です。

 情報は電気信号となって伝達されるが、そのとき重要な役割を担っているのが神経伝達物質です。神経伝達物質は、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリンなど、さまざまな種類の化学物質が発見されていますが、中でも特にうつ病にとって重要な働きをしているのがドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンと言われています。これらの物質は、構造上の共通点からモノアミンと総称されています。モノアミン仮説というのは、このモノアミン(ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン)が不足し働きが低下することによって、脳内の神経細胞間の情報伝達が阻害されることで、うつ病が起きるという仮説です。セロトニンが低下すると、感情や意欲、食欲や睡眠などに障害が出やすくなります。また、ノルアドレナリンの不足は、不安や恐怖といった精神状態と深くかかわっている物質とみられます。うつ状態のときは、このセロトニンとノルアドレナリンが極端に減少しており、この2つの神経伝達物質の減少がうつ病の原因ではないかという考えが有力となりました。実際に、うつ病の治療に使用されている抗うつ薬の多くは、モノアミンを増強する働きをもっています。最も効果が上がるのはセロトニンを強める薬で、次に効果を上げているのがノルアドレナリンを強める薬です。また、ドーパミンを増強する薬が効果を発揮することもあります。

 以前から血圧を下げる降圧剤にはモノアミンを減らす作用があり、副作用としてうつ状態が現れることも知られています。例えば、降圧剤のレセルピンなどは脳内のモノアミンを減少させる作用があり、服用した患者の10~20%にうつ状態が現れました。

 結核の薬であるイソニコチン酸ヒドラジドには、モノアミンを増やす作用があり、この投与を受けた患者の中には躁状態がみられることがありました。

 多くの臨床例から言えることは、双極性障害の患者の場合、うつ状態の時期においては脳内のモノアミンが減少し、躁状態の時期には増加する。

 こうした事実を考えると、モノアミン仮説はうつ病発症のメカニズムをすべて解明しているかのように思われますが、決してそうではありません。モノアミンを増やしたからといって、うつ病が必ず治るわけではなく、モノアミンの増減の他に、いろいろな要素が複雑に関与しているものと考えられます。

受容体仮説

 モノアミン仮説は有力ですが、しかし、モノアミン仮説だけでは説明できない問題が起きてきました。抗うつ薬は、モノアミンの再取り込みを防いで、シナプス間隙内のモノアミン量を減らさない作用があるため、抗うつ薬を服用すればモノアミンの量は正常に保たれます。ところが、うつ症状は薬を飲んで1~2週間経過しないと改善されないのです。この時間のズレを説明するために、新たに「受容体仮説」(セロトニン受容体感受性亢進仮説)が立てられたのです。普通、正常時では、放出されるモノアミンの量とその情報を受け取る受容体の許容量はバランスがとれています。ところが、うつ病になりやすい人は、モノアミンの機能が弱いため、受容体の数を増やすことでバランスをとろうとします。神経伝達物質が減っても、受容体の数を増やすことで感受性を高め、敏感に反応しようとしているわけです。そこに何らかのストレスが加わると、一気にモノアミンが放出され、敏感になっている受容体が過剰に刺激されて混乱し、それがうつ症状を引き起こしている原因ではないかというのが受容体仮説です。

神経細胞仮説

 「受容体仮説」にもいろいろな矛盾が生じてきました。抗うつ薬の中には、増え過ぎた受容体を減らす働きのないものもあり、現時点では抗うつ薬の作用メカニズムによって うつ病の状態を十分に説明できなくなっているのです。最近では、脳の神経細胞が情報伝達したあとの細胞の働きに何らかの問題があって、うつ病を引き起こしているのではないかという「神経細胞仮説」があります。脳の一部で新しく細胞が新生することがわかってきましたが、この細胞新生が起こりにくいために、うつ病が生じているのではないかという考えです。  

 

 ところで、従来の抗うつ薬に効果が期待できないというわけでは決してありません。モノアミンの再取り込みを防ぐ抗うつ薬は、現在のうつ病治療の主役として広く用いられており、その効果もすでに実証されている通りです。

 

身体的な病気

 うつ病は心の病気ですが、体の病気が原因でうつ病を引き起こすことがあります。これを「身体因性うつ病」といいます。がん・糖尿病・高血圧などの病気がうつ病を誘発しやすいといわれ、脳や神経の障害もうつ病を引き起こすことがあります。病気になったというショックで気分が落ち込むことも原因ですが、内分泌や代謝などの生物学的要因も関係しています。体の病気が改善すれば、うつ病も改善する事が多い。しかし、うつ状態がひどくて薬が飲めなかったり、意欲を喪失して治療を受けようとしなかったりするケースがあります。体の病気とうつ病を併発している場合は、内科医や精神科医が連携して治療にあたる必要があります。体の病気だと思って検査を受けたら、うつ病が発見されたり、うつ病の陰に体の病気が隠れていたりすることがあります。どちらの病気も見逃さないように十分なチェックが必要です。

 うつ病を誘発しやすい体の病気としては次のような疾患が挙げられます。

がん
 各種のがん(悪性腫瘍)が原因でうつ病になるケースは少なくなく、患者の25%にもおよぶという報告もあります。がん治療は最近かなり進歩してきて、治る確率も高くはなってきているものの、死と結びつけて考える人も多くいます。がん と診断されただけで、気分が落ち込み、不安や絶望感に苛まれ、また、激しい痛みに襲われたりし、がん による代謝障害なども関係して、うつ状態からうつ病を発症する場合があります。

糖尿病
 糖尿病の患者が うつ状態やうつ病になるケースもあります。糖尿病は膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの量が減少して起こる病気で、このホルモンの分泌異常が うつ病を引き起こすと考えられています。また、慢性膵炎など膵臓の病気が原因で うつ病を発症したケースも伝えられています。糖尿病になったという精神的なショックが憂うつ気分になっていることもあります。糖尿病の治療は、血糖値のコントロールが重要ですが、うつ病になると治療への意欲や気力が低下するため、糖尿病の治療に影響を与えることも考えられます。また、糖尿病の人がうつ病を併発すると、糖尿病が悪化することが多いのですが、うつ病の治療で抗うつ薬を使用すると、抑うつ感や不安、焦燥感などが取り除かれて、糖尿病に対する治療意欲が湧き、糖尿病そのものが改善される場合があります。

高血圧
 高血圧症になる原因には、体質や加齢などがあるほか、ストレスも引き金になっています。このストレスがうつ病の誘因になります。降圧剤を服用すると、その副作用としてうつ状態になることがあります。

 一方、抗うつ薬には血圧を下げる作用があります。抗うつ薬を止めても高血圧が悪化することはなく、むしろ降圧剤が不要になったりするなど、少量の薬で血圧をコントロールできるようになることもあります。

無症候性脳梗塞
 無症候性脳梗塞とは、脳の血管が梗塞しているにもかかわらず、脳梗塞の症状が現れていないものを言います。この無症候性脳梗塞がうつ病を併発することがあります。(うつ病と診断された高齢者の脳をMRIで画像診断すると、無症候性脳梗塞を起こしている例が予想以上に多い。)

その他の病気

 パーキンソン病や全身エリテマトーデス、リウマチ、通風などにおいて うつ状態になることがあります。

 心筋梗塞や脳血管性障害は、生死にかかわる病気だけに、うつ状態に陥ってうつ病を引き起こす場合があります。

 アルコールの飲み過ぎで肝障害を起こした後に うつ病を発症する事があります。

 胃潰瘍や十二指腸潰瘍はストレスが原因で起こる病気ですので、うつ病を合併することがあります。

 甲状腺機能亢進症(バセドー病)や甲状腺機能低下症などは、情緒を不安定にするためうつ病を併発することがあります。

ホルモン分泌の変化
 男性よりも女性にうつ病が多く見られるのは、女性ホルモンが影響しています。

 女性は、月経、妊娠、出産、閉経、更年期などを通じて、ホルモンバランスが大きく変化します。月経前になると、女性の5人に1人が心身において不快な状態になり、不安や憂うつな気分になります。これは黄体ホルモン(プロゲステロン)の影響と見られます。妊娠すると憂うつや不安になったり意欲が低下したりして うつ状態になることがあります。出産においては、出産直後10~50%の女性において不眠や うつ状態になり、涙もろくなったりするマタニティーブルーの状態になって うつ病になる人もおります。女性特有の更年期になると、エストロゲン(卵胞ホルモン)の分泌が低下し、ホルモンバランスが崩れ、心身にさまざまな症状が出ます。心理的、社会的な要因とからんで うつ病を発症しやすくなります。

季節の変化
 冬になると決まって うつ状態になる人がいます。特定の季節にのみ発症する うつ病を「季節性うつ病」といいます。

 脳の中でつくられるメラトニンという物質は、光によって分泌量が異なります。メラトニンは睡眠や覚醒、生体のリズムを調整する働きがあるが、冬場の日照不足によって分泌量が変化します。メラトニンの減少が心の状態に影響して、うつ病を引き起こすことも考えられます。

 

薬剤性うつ病の原因となる薬

○ステロイド
 ステロイドは副腎皮質ホルモン剤であり、その免疫抑制作用、抗炎症作用から様々な疾患に用いられます。関節リウマチを代表とする自己免疫性疾患をはじめ、喘息や花粉症(アレルギー性鼻炎)などのアレルギー疾患にも用いられます。  
 ステロイドで薬剤性うつ病が引き起こされることは比較的よく知られています。また、投与量が多いほどうつ病発症リスクも高くなります。  

○降圧剤  
 血圧を下げる作用を持つ薬の多くが、薬剤性うつ病を引き起こす可能性があることが確認されています。
 ・ACE阻害薬  
 ・β遮断薬  
 ・カルシウム拮抗薬    
 ・αメチルドーパ    
 ・レセルピン    
 ・クロニジン    

○抗結核薬  
 結核の治療薬にもうつ病を引き起こす副作用があります。  

○インターフェロンα(IFNα)  
 インターフェロンαは、免疫や炎症などの調整をするサイトカインの一種です。主にC型肝炎の治療薬や抗がん剤として使われます。
 C型肝炎にインターフェロンα治療を行った場合、1~3割ほどに薬剤性うつ病が認められる。
 インターフェロンの副作用としてうつ病が生じたら、場合によっては抗うつ剤などを一時的に使用することもあります。  
 主に抗がん剤として使われるインターフェロンβがあり、これもうつ病を引き起こす可能性があります。   

○抗がん剤  
 一部の抗がん剤は、副作用としてうつ病を起こす可能性があります。

・腎癌、血管肉腫に投与・・・インターロイキン2製剤  

・乳癌に投与・・・タモキシフェン

○GnRH誘導体製剤  
 性腺刺激ホルモン放出ホルモンアゴニストと呼ばれ、性ホルモン(エストロゲンやアンドロゲン)の分泌を減少させる働きがあり、子宮内膜症や前立腺癌などに使用されます。   

○胃薬(H2受容体遮断薬)  
 胃潰瘍などの治療に用いられる、胃酸分泌抑制剤にも薬剤性うつ病のリスクがあります。

 

誘因としてのきっかけ

 うつ病になるには、何らかのきっかけ(誘因)が必ずといってよいほどあります。近親者の死亡、家庭の不和、引っ越し、退職、失業など、心理的および環境的な変化がうつ病のきっかけになっています。男性であれば仕事にかかわること、女性であれば結婚や離婚、子供の教育や自立、家庭や家族のことなどです。高齢者になると、自分や家族の病気、配偶者や友人との死別などです。うつ病のきっかけは「対象喪失」が多い。逆に。、獲得状況においてもきっかけになります。結婚、妊娠、出産、昇進、栄転、子供の結婚、マイホームの完成など、幸運な出来事がうつ病のきっかけになることがあります。

 うつ病のきっかけ(誘因)となる出来事は以下のような場合です。
 ・喪失体験(配偶者の死亡、近親者の死亡 など)
 ・健康上の問題(病気、事故、妊娠、出産、流産 など)
 ・家族や家庭の問題(家庭内の葛藤・不和・緊張、子供の結婚や自立、受験 など)
 ・結婚問題(結婚、離婚、別居、愛情関係のもつれ など)
 ・環境の変化(家の新築や引っ越し、旅行など)
 ・仕事上の問題(就職、昇進、栄転、左遷、転勤、退職、失業、単身赴任、仕事上の失敗 など)
 ・経済的問題(事業の失敗、投資の失敗 など)
 ・社会的状況の変化(高齢化社会、長寿社会、核家族化、経済不況、価値観の変化、世代ギャップ など)

 

考え方の癖

 うつ病になる人は考え方に癖や傾向があります。そのパターンを挙げると以下の項目になります。

・良い出来事でも常に悪く受け止める
 物事について悪いところばかりを見ます。かりに良い出来事があっても、悪く受け止める傾向があります。仕事上で成功しても、「たまたま運が良かっただけだ」と自分を常に過小評価し、「あの時もっとこうすべきだった。自分はダメな人間だ」と考えてしまうのです。

・ひとつの失敗をすべてに当てはめる
 良くないある出来事が一回起きたことを、生活のすべてに当てはめ、今後も繰り返し起こると思い込んでしまいます。たった一回の失敗で「自分はダメな人間だ」と決め込みます。

・結論が飛躍し心を読み過ぎる
 どんな事でも過程があり順序や段階がありますが、うつ病の患者は、ひとつの出来事に対してその過程を考えず一気に結論を出します。それも最悪のケースを想定して結論を出す傾向があります。ひとつの状況から人の気持ちを深読みして、それをずっと思い込んで修正できなくなります。

・すべては 0点か100点しかない
 すべての物事は「100点満点でなければならない」と決めつける考えです。100点でなければ0点しかないと考えて、すべては白か黒かで、その中間がない考えです。普段の生活では100点満点で完璧なことはないので、すべては 0点で不満の連続です。 

・するなら完璧にすべきである
 何事も自分のすることに対して「こうすべきである」という考え方です。するなら完璧にすべきであるという考え自体は間違いではないですが、その気持ちが行き過ぎると、自分で自分を縛ってしまう結果になります。

・自分の感情で状況を決めつけてしまう
 例えば、自分が置かれている状況が絶望的であれば、その他の事もすべて絶望的であると考える癖です。そのような状況でなくても、他に目を向けて可能性を考えようとしないのです。

・自分にレッテルを貼る
 「自分は何をやってもダメだ」というレッテルを自分に貼る傾向の人です。マイナスイメージを自分の代名詞としてしまう。些細な失敗でも、「だから自分はダメな人間だ」とひどく落ち込み、ほかの可能性を考えようとしない思考タイプです。

・すぐに自分のせいにする
 身の回りに起こるいろいろなことに対して、自分に責任があると思い込む癖です。自分に関係がない事でも自分のせいだと考え、不必要な責任感を背負い込みます。

 このような考え方の癖や性格に対して働きかけ、治療したり予防したりする精神療法が認知行動療法です。

 

うつ病の根本的な原因は「心の状態」にある

 宗教的には、うつ状態とは、人間関係における板ばさみや環境の変化などから来る、度重なる精神や身体のストレスによって心の状態が不安定になり、常時、悪霊の影響を受けている状態であるととらえられる。

 「霊性・宗教性が うつ症状 を抑制し、ストレス対処を改善する」

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