躁うつ病の診断

うつ状態の診断

 うつ状態の診断は「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」という2つの中核症状のうち、どちらか一方が2週間にわたって症状が存在しているかを確認します。症状が始まって数日しか経っていなければ、うつ状態とは言えません。また、この2つの症状がまったくなければ、それも うつ状態ではありません。

 これらの2つの中核症状に加えて、以下の症状のうち5つ以上が2週間以上にわたって毎日出ていることが確認されれば、「うつ状態(大うつ病エピソード)」と診断されます。

 □ 寝付きが悪く、途中で目が覚めてしまう。
 □ 夜眠れない。
 □ 暗いうちから目が覚めてしまう(早朝覚醒)。
 □ 何を食べても美味しさが感じられない。
 □ 食欲がなくて体重が減ってしまう。
 □ 食欲が亢進して体重が増えてしまう。
 □ 身体全体が疲れやすい。
 □ ちょっと休んだだけでは疲れがとれない。
 □ 何をする気にもなれない。
 □ 自分を責める気持ちになってしまう。
 □ 生きていても仕方がないと考える。
 □ 自殺したいと考えてしまう。  

 双極性障害は、躁から始まるか、それともうつ状態から始まるかは人によって異なります。最近の研究で、約3分の2はうつ状態から始まるという報告があります。しかし、双極性障害の患者の場合、明らかに躁状態や軽躁状態が現れるまでに、数ヵ月から数年かかることがあります。そのため、躁状態になるまでうつ病と診断されても、一概に誤診とはいえません。双極性のうつ状態とうつ病のうつ状態の症状はほぼ同じだからです。また、治療においても、双極性障害であってもうつ病であっても、うつ症状そのものへの治療は共通するところがあります。残りの約3分の1は躁状態からはじまります。その後うつ状態が発症すれば、双極性障害という診断は容易になります。

 初診時の診断とその後の診断のプロセスを整理すると、4つのケースが考えられます。

○ 躁状態で受診 → 双極性障害と診断される。

○ うつ状態で受診 → うつ病と診断される → その後躁状態が出現する → 双極性障害と診断される。

○ うつ状態で受診 → うつ病と診断される → 治療してもなかなか治らない → その後躁状態が出現する → 双極性障害と診断される。

○ うつ状態で受診 → うつ病と診断される → 治療してもなかなか治らない → 難治性のうつ病に → その後躁状態が出現する → 双極性障害と診断される。

 一般に うつ病と診断された患者の内訳をみると、その内の約60%が「1回のみの単極性うつ病」です。残りの内の約30%が「反復する単極性うつ病」で、最後に残った約10%が「双極性障害」と言われています。いかに10%の双極性障害の患者を、早く正しく診断し、適切な治療をするかが、病気回復への決め手にもなります。そのためには、医師による患者への問診が非常に大切になってきます。出現している症状はもちろんのこと、家族からも患者本人の普段の様子や病歴など、家族が知り得る少しの情報でも聞き出すことです。意外と本人も家族も躁状態に気づいていない場合があるからです。また、患者自身も過去に躁状態があったことに気づいていたら素直に話すこと。医師に話すことをためらって話さないケースもありますので、冷静に振り返ってこれまでの自分の行動や体調の変化などを詳しく正直に話す必要があります。

DSM-Ⅳ-TRに基づく診断基準

 双極性障害は、気分障害の中のひとつの疾患です。したがって、さまざまな気分障害を構成している病相を知ることが大事です。この病相のことをDSM-Ⅳ-TRでは、気分エピソードと言っています。

 気分エピソードには、「大うつ病エピソード」「躁病エピソード」「混合性エピソード」「軽躁病エピソード」がありますが、これらのエピソードはそれ自身の診断コードはありませんので、独立した疾患単位として診断はできません。あくまでも疾患の診断の構成部分として用いるものです。双極性障害という疾患を診断するうえで、これらのエピソードは重要な構成要素となります。

 個々の気分エピソードについてDSM-Ⅳ-TRに記載されている内容を紹介します。

気分エピソード

大うつ病エピソード

A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、あるいは(2)興味または喜びの喪失である。〈注:明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない〉

①その人自身の言明(例:悲しみまたは空虚感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。(小児や青年ではいらだたしい気分もありうる)

②ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退(その人の言明、または他者の観察によって示される)。

③食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加。(小児の場合、期待される体重増加がみられないことも考慮する)

④ほとんど毎日の不眠または睡眠過剰。

⑤ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または抑止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)。

⑥ほとんど毎日の疲労感または意欲の減退。

⑦ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめたり病気になったことに対する罪の意識でない)

⑧思考力や集中力の減退、または、決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または他者によって観察される)。

⑨死についての反復思考(死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図するためのはっきりとした計画。

B.症状は混合性エピソードの基準を満たさない。

C.症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の著しい障害を引き起こしている。

D.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能低下症)によるものではない。

E.症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち、愛する者を失った後、症状が2ヵ月を超えて続くか、または、著明な機能不全、無価値感への病的なとらわれ、自殺念慮、精神病性の症状、精神運動制止があることで特徴づけられる。

 

躁病エピソード

A.気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的で、またはいらだたしい、いつもとは異なった期間が少なくとも1週間持続する(入院治療が必要な場合、持続期間は関係ない)。

B.気分の障害の期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)が持続しており(気分が単にいらだたしい場合は4つ)、はっきりと認められる程度に存在している。

①自尊心の肥大、または誇大。

②睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけでよく休めたと感じる)。

③普段よりも多弁であるか、喋り続けようとする心拍。

④観念奔逸(考えがまとまらず発言がバラバラ)、またはいくつもの考えが競い合っているという主観的な体験。

⑤注意散漫(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないかまたは関係のない外観刺激によって他に転じる)。

⑥目標志向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動性の焦燥。

⑦まずい結果になる可能性が高い快楽的活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかげた商売への投資などに専念すること)。 

C.症状は混合性エピソードの基準を満たさない。

D.気分の障害は、職業的機能や日常の社会活動または他者との人間関係に著しい障害を起こすほど、または自己または他者を傷つけるのを防ぐため入院が必要であるほど重篤であるか、または精神病性の特徴が存在する。

E.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬、あるいは他の治療)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能亢進症)によるものではない。 <注:身体的な抗うつ治療(例:投薬、電気けいれん療法、光療法)によって明らかに引き起こされた躁病様のエピソードは、双極Ⅰ型障害の診断にあてはまらない>

 

混合性エピソード

A.少なくとも1週間の間ほとんど毎日、躁病エピソードの基準と大うつ病エピソードの基準を(期間を除いて)ともに満たす。

B.気分の障害は、職業的機能や日常の社会的活動、または他者との人間関係に著しい障害を起こすほど、あるいは自己または他者を傷つけるのを防ぐため入院が必要であるほど重篤であるか、または精神病性の特徴が存在する

C.症状は、物質の直接的な生理学的作用(例:乱用薬物、投薬、あるいは他の治療)、または一般身体疾患(例:甲状腺機能亢進症)によるものではない。

注:身体的な抗うつ治療(例:投薬、電気けいれん療法、光治療)によって明らかに引き起こされた混合性様のエピソードは、双極Ⅰ型障害の診断にあてはまらない。

 

軽躁病エピソード

A.持続的に高揚した、開放的な、またはいらだたしい気分が、少なくとも4日間続くはっきりとした期間があり、それは抑うつのない通常の気分とは明らかに異なっている。

B.気分の障害の期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)が持続しており(気分が単にいらだたしい場合は4つ)、はっきりと認められる程度に存在している。

①自尊心の肥大、または誇大。

②睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけでよく休めたと感じる)

③普段より多弁であるか、喋り続けようとする心拍。

④観念奔逸、またはいくつもの考えが競い合っているという主観的な体験。

⑤注意散漫(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないかまたは関係のない外的刺激によって他に転じる)

⑥目標志向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動性の焦燥。

⑦まずい結果になる可能性が高い快楽的活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかげた商売への投資などに専念する人)

C.エピソードには、その人が症状のないときの特徴とは異なる明確な機能変化が随伴する。

D.気分の障害や機能の変化は、他者から観察可能である。

E.エピソードは、社会的または職業的機能に著しい障害を起こすほど、または入院を必要とするほど重篤でなく、精神病性の特徴は存在しない。

F.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬、あるいは他の治療)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能亢進症)によるものではない。

 

うつ状態の妄想

 うつ状態もひどくなると、妄想が出てくることがあります。うつ状態で多く見られる妄想には「貧困妄想」「心気妄想」「罪業妄想」の3つです。貧困妄想とは、根拠もないのに破産した、お金がない、などと信じ込んでしまう妄想です。

 心気妄想とは、自分が重い病気にかかったと信じ込んでしまう妄想です。癌にかかった、不治の病にかかったなどと思い込み、医師や家族がそんな事実はないといくら説明しても、信じようとしません。

 罪業妄想とは、自分は非常に罪深い人間なので、罰せられなければならないと思い込んでしまう妄想のことです。何もしていないのに、自分は大変な罪を犯してしまった、死刑になる、警察の人が自分を連れにくると信じていたりします。

 このように、「自分は取るに足らない小さな人間である」と思い込む妄想を微小妄想といい、うつ状態に特徴的な妄想です。

 妄想といえば被害妄想もうつ状態でよくあることですが、これはうつ状態に限らず、躁状態や統合失調症、アルコールや覚醒剤、また認知症でも出る妄想です。幻聴についてもうつ状態で出ることがあり、「お前はもう死ぬのだ」という幻聴が、貧困妄想、心気妄想、罪業妄想に関連して多く発症します。

 

躁にもうつにも起こる昏迷状態

 昏迷状態というのは、しゃべることができなくなって、身体が硬直してしまう症状です。これは、躁でもうつでも激しくなってくると起こります。重症になると緊張病状態といって、ゼンマイが切れた人形のように、手足が不自然の状態で静止したままの姿勢になります。この症状は、極端な自発性の低下によって起こるものです。  

 また、食事もしない、水も飲まない、トイレにも行きません。

 

混合状態

 DSM-Ⅳ-TRに混合性エピソードという診断名があります。これは、躁状態とうつ状態の両方の症状が顕著な場合の診断名で、この混合性エピソードがあれば双極Ⅰ型障害と診断されることになっています。混合状態という言葉は幅広く、曖昧で、いろいろな意味で使われています。

 例えば次のような場合です。

躁転・うつ転に伴う混合状態

 うつ状態から数日間で急激に躁状態に変わることを躁転といいます。その躁状態に変わる途中で、気分はうっとうしいのに行動が多くなってしまうといったように、うつ状態の症状と躁状態の症状が入り交じって現れる混合状態になることがあります。また、躁状態からうつ状態に急激に変るのをうつ転といい、その時にも混合状態になることがあります。

通常とは違う躁状態・うつ状態の特徴をあらわす混合状態

 躁状態なのに少しうつ気分が入っている場合、また、うつ状態なのに強い焦燥感があるというように、通常とは違う躁状態やうつ状態をあらわすことから、混合状態と呼ばれることもあります。この場合、行動が非常に多くなるのが特徴です。しかも、自殺したいという気持ちが強くなり、うつ状態よりも自殺の危険性が高くなります。

不機嫌躁病

 躁状態にもかかわらず、不機嫌な感じが強い状態を「不機嫌躁病」と呼ぶことがあります。混合状態に近い考えですが、ただどこまでが不機嫌躁病で、どこからが混合状態なのかははっきりしていません。

 

最初うつ状態で受診すると「うつ病」と診断される 

 うつ状態のとき、初めて病院を訪ねて受診すると、それが単極性のうつ病なのか、双極性障害のうつ状態なのか、それを判断するには医師にとって実際のところ難しいところです。診断の手がかりとしては、患者の病歴を効く事が重要なポイントとなります。

 うつ状態から発症した患者の場合、それだけでは双極Ⅰ型障害のうつ状態なのか、双極Ⅱ型障害のうつ状態なのか、また、単極性のうつ病なのかは判断が難しくなります。また、軽躁状態の自覚がなく、うつ状態になって初めて病院にきた患者で、過去に軽躁状態になったことを医師に伝えなかった場合でも、Ⅰ型障害のうつ状態なのか、Ⅱ型障害のうつ状態なのか、また、単にうつ病なのかを診断することは困難です。  

 初めて自覚した症状がうつ状態の方は、まず、うつ病と診断されるのがほとんどです。その後、うつ病として治療をしていくうちに、途中で躁状態が出現すれば、そこで改めて双極Ⅰ型障害の診断が下されます。ただ、うつ状態から軽躁状態になった患者の場合、本当に軽躁状態なのか、それともうつ病が治って、薬によって少し気分が高ぶっただけなのかは見極める必要があります。

 このように、多くの場合は経過をみながら、最初はうつ病と診断、その後に双極Ⅰ型障害と診断、また、双極Ⅱ型障害と診断名が変わる事は、誤診とか見落としということではなく、あり得ることです。うつ病でも、発症が20代前半という若い年齢であること、家族に双極性障害の人がいること、そして妄想や幻聴をもっていること、この3つ条件が重なっている場合は、半分以上の確率で双極性障害と考えられます。最初 うつ病だった人が、双極性障害という診断名に変更されるケースはよくあることです。

 うつ病で精神科に通って治療を受けている人の中には、双極性障害の予備軍と言われるような人が多く存在しております。

 

双極性障害と合併症

 主な合併症には、次のようなものがあります。

依存症

 ある物質や行為などにのめり込んで、止めようと思ってもなかなか止められず、そこから抜け出すことが出来ない状態をいいます。

 のめり込む対象には、大きく分けて3つあります。

1. 物に対する依存症
 アルコール、タバコ、薬物(カフェインなど)など

2. 行為に対する依存症
 買い物、仕事、ギャンブル、メール、ゲームなど

3. 人間関係に対する依存症
 親、子どもなど  

 この中で怖いのがアルコール依存症タバコ依存症薬物依存症です。これらを摂取しすぎると、身体にこれらの物質に対する耐性ができ、身体依存の状態になって、一生その体質と付き合っていかなければならなくなります。依存症は、対象に自分自身が支配され、自分をコントロールする事が出来なくなる病気で、仕事や人間関係など、社会生活に大きな支障をきたすことになります。双極性障害の約3割が依存症を合併しているといわれます。中でも多いのがアルコール依存症や薬物依存症です。これらへの依存は、肝機能障害などの身体的な疾患を発症する恐れがあるほか、自殺リスクを高めております。

不安障害

 不安障害は、その人の状況から考えて、不釣り合いなほど激しい不安が慢性的に、また変動的にみられる精神疾患です。不安の強さは、軽いめまい程度のものから、死を意識するほどのパニック発作まで、多岐にわたっています。息切れ、めまい、心拍数増加などの症状が生じます。広場恐怖をともなうパニック障害の患者が双極性障害を合併している割合は約3割という報告もあります。とくに15~19歳の若い年代でその率が高くなっています。

パーソナリティ障害 

 かつて人格障害と言われていた精神疾患のひとつです。極端な考え方や行動によって、家庭や社会、仕事への適応が著しく困難な状態をいいます。情緒不安定で衝動的に行動し、人に意見されると強い不満や攻撃性を生じます。また、慢性的に空虚感や憂うつを感じます。  

 パーソナリティ障害には、大きく分けて3つの型があり、A型には妄想性パーソナリティ障害、統合失調質パーソナリティ障害、統合失調型パーソナリティ障害の3つが、B型には反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害の4つが、C型には回避性パーソナリティ障害、依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害の3つで、全部で10種類あります。  

 双極性障害の3~4割は、何らかのパーソナリティ障害を合併していると言われています。中でも境界性パーソナリティ障害との合併が多くみられます。パーソナリティ障害を合併していると、診断が難しくなり治療も困難になります。また、医師と患者との信頼関係を維持するのが難しくなり、治療が長期化して周囲への負担も大きくなります。

摂食障害

 摂食障害とは、拒食症と過食症の総称です。表面上は、まったく反対の食行動異常ですが、両者は基本的には同じ病態で、拒食から過食へ以降する場合が多くみられます。発症年齢は思春期の女性に多く、極端な痩せ願望、肥満恐怖、ボディ・イメージのゆがみが見られます。心理的な原因として、家庭、学校、職場、友人関係での悩みなどからくるストレスが要因ともなっています。  

 双極性障害では、摂食障害のうち、特にむちゃ食いとの関連が指摘されています。躁の人が むちゃ食い障害を発病する確率は、一般の人の3倍以上になるとみられています。

ADHD

 ADHDとは、注意欠如多動性障害のことで、発達障害のひとつです。年齢あるいは発達に不釣り合いな注意欠如、および、衝動性や多動性を特徴とする行動障害を起こし、社会活動や学業に支障をきたす症状をいいます。自閉症との併発も多く、学齢期の子どもの3~5%が発症しています。男女比では4~9対1の割合で圧倒的に男子に多く見られます。児童期の双極性障害は、このADHDとの合併が多いとの報告があります。イライラしたり怒りっぽく、衝動性が高いところや、次々考えが浮かんで集中できないところは、双極性障害の症状と重なっています。

 

病態生理

脳機能における患者と健常者の相違

 双極性障害の発症の原因のひとつと考えられている脳機能との関係について、脳の各部位がどうやら双極性障害の病態生理とかかわっているらしいことが分かってきました。関係する部位と思われるところに焦点をあて、頭部MRI検査、脳の機能を見る頭部SPECT、PET、fMRIなどの諸検査を行い、健常者の脳と比較して双極性障害の患者の脳にどのような異常がみられるのか検討したものです。

 以下は、その所見です。 

1.背外側前頭前野
 前頭葉の外側にある部位で、実行機能や問題解決、解析など、さまざまな認知機能を司っていると考えられるところです。ところが、双極性障害の患者の場合、投薬治療をされて寛解状態にある方では、この部位が萎縮していることがわかりました。

2.眼窩前頭皮質
 眼球がおさまっている眼窩の上あたりにあって、衝動性や強迫性、欲動などをコントロールしていると考えられている脳です。成人の双極性障害の患者も小児の患者も、眼窩前頭皮質の体積が減少しているという報告があります。また、機能画像では、悲しい気分に誘導したとき、躁病患者ではこの部分で血流の低下が確認されています。しかし、うつ病患者では血流の低下はありません。

3.前部帯状皮質
 帯状皮質は左右の脳をつなぐ脳梁を囲む位置にありますが、その前部にあるのが前部帯状皮質です。これは前頭部に属し、その上部には背側前部帯状皮質があって、選択的注意を司っていると考えられます。下部には、腹側前部帯状皮質があって、抑うつ気分や不安をコントロールしていると考えられています。

 気分障害の家族歴がある患者の場合、双極性うつ病も単極性うつ病も、ともに左側の膝下前部帯状皮質の体積が減少していることが報告されています。また、服薬をしていない患者で、左側の膝下前部帯状皮質の代謝低下がPETで確認されています。気分障害の患者では膝下前部帯状皮質野体積は、左側も右側も減少していますが、特に左側の萎縮は気分障害の家族歴(遺伝)の影響を強く受けています。一方、単極性うつ病の場合に、うつ病エピソードの時のほうが寛解時よりも膝下前部帯状皮質の血流が亢進していて、抗うつ薬治療により低下するという報告もあります。

4.海馬
 海馬は記憶にかかわっている部位で、感情的な色合いのあるデータを扁桃体と連携しながら記憶にとり込むと考えられています。ところが、双極性障害の患者においては、少数の研究では海馬の萎縮を報告しています。

5.扁桃体
 扁桃体は知覚刺激を感情的に評価する働きをしており、恐怖、怒り、悲しみをコントロールしていると考えられます。ところが、双極性障害の成人においては、扁桃体の体積が増大しており、児童や思春期の患者においては扁桃体の体積が萎縮します。基底状態(無刺激状態)の機能は、成人においては亢進し、うつ病の程度の正の相関を示します。

6.基底核
 基底核は、尾状核、被殻、淡蒼球、視床下核、黒質から構成され運動機能の統合を司っていますが、感情的なデータも扱うことが指摘されています。双極性障害の患者と健常者と比べたとき、尾状核や淡蒼球の体積は変わらず、機能も変わらなかったという報告が多いのですが、線条体(尾状核+被殻)の体積は患者のほうが大きかったという報告や、線条体の体積は双極性障害の罹患期間が長いほど小さく、発症年齢が高いほど小さいという報告もあります。躁状態やうつ状態で、何らかの課題を課した後の機能が亢進するという報告もあります。

7.白質
 前頭前野から眼窩前頭皮質、内包、線条体、視床、脳梁膝部(前部帯状皮質に隣接)、側頭皮質に神経繊維を投射し、連絡する機能をもっています。寛解した双極性障害の成人患者では、左側の膝下前部帯状皮質と扁桃体・海馬を連絡する神経繊維が再構築されているという報告があります。 

 

神経伝達物質や神経栄養因子との関係

 以前より、双極性障害はドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質との関わりが指摘されてきました。まず、1970年代に提唱されたのが、アセチルコリンとノルアドレナリンの不均衡仮説です。その後に、今度はうつ病患者の脳脊髄液でドーパミンの代謝産物であるhomovanilic acid (HVA)の濃度が低いという報告がされました。また、双極性障害の患者の死後脳研究で、セロトニンやセロトニンの代謝物質である5-hydroxyindol acetic acid(5-HIAA)の低下を確認しました。さらに、この年代に提唱されたもうひとつの仮説は、双極性障害の患者では、健常者と比べて赤血球中のナトリウム・カリウムATPaseが低下しているために、電解質の異常が関連しているというものでした。そして、1980年代にはGTP結合蛋白質、cAMPやIP3などのセカンドメッセンジャー、カルシウムなど、さまざまな要因が双極性障害の病態生理と関連しているのではないかと指摘されました。また、神経伝達物質が結合する受容体に関する研究では、まだ治療していない双極性障害の患者において、健常者と比較したとき、中脳縫線核や辺縁系で5-HT1A受容体が、大きく減少していることがPETを用いた研究で明らかにされました。  

 最近の研究では、脳由来の神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)や神経保護因子が不足することで、正常気分を維持する神経回路(前頭前野、前部帯状皮質、海馬、扁桃核、基底核、視床などから構成される)の機能が低下して、気分の逸脱が生じる結果となり、躁病相やうつ病相が生じるという考え方があります。このBDNFは、脳細胞の新生や生存、樹状突起の成長やシナプスの可逆性などをコントロールする重要な栄養因子ですが、大うつ病性障害のうつ病エピソードで、血中BDNF濃度が低下していることが知られています。しかし、この低下は抗うつ薬を投与することによって回復することも報告されています。また、双極性障害においては、躁病エピソードにおいてもうつ病エピソードにおいても、血中BDNF濃度が低下しております。そして、血中BDNF濃度が低下すればするほど躁病エピソードの程度が重症になることも報告されています。そして、低下した躁病エピソードの患者の血中BDNF濃度が、リチウム投与によって上昇し、健常者の血中BDNF濃度と有意差がなくなることも報告されています。このことから、気分障害の病態生理とBDNFは密接に関連していることが考えられます。このBDNFについては、設計図となっているBDNF遺伝子の多型が検討されてきましたが、66番目のvalineがmethionineに置換したVal66Metを有するものは、健常者であってもエピソード記憶が低下したり、海馬の体積が減少したり、N-acetylaspartate活性も低下し、背外側前頭前野の体積も減少することが分かりました。

 

双極性障害の遺伝

 双極性障害の一般人口における生涯罹患率が0.5~1.5%であるのに対して、双極性障害の患者との関係が親子であれば5~10%と高く、一卵性双生児であれば40~70%ときわめて高いことからみると、遺伝の影響を強く示唆する結果となっています。

躁うつ病(双極性障害)の治療 に続く