うつ病の治療方法

 うつ病は適切な治療をしていけば基本的に治る病気です。早期に発見して早期に治療することが理想的ですが、患者によって状況はまちまちです。かなり症状が重くなってから専門医を受診する人もいれば、軽いうつ症状のうちに受診する人もいて、治療のスタートに大きな違いがあります。したがって、症状の現れ方にも個人差がありますので、一人ひとりの症状を十分見極めて、治療の内容や進め方を慎重に決めていくことになります。

 うつ病の治療の基本は「休養」「薬物療法」「精神療法」の3つです。治療をより効果的なものにするために、また、1日でも早い回復をはかるうえで、治療を受ける心構えとして大事なことは、患者自身が勝手に判断して、服薬を中止したり、通院治療をやめたりしないことです。

 薬を指示どおりに飲まなかったり治療を途中で止めてしまったりして病気を長引かせ、重症になるケースも少なくありません。医師の指示をきちんと守ることが病気回復への第一歩です。

十分な休養

 うつ病の患者は心身ともに疲れており、エネルギーが枯渇してしまっている状態です。休むことに抵抗を感じる患者も多いのですが、休養なくして うつ病の治療は成り立ちません。とはいっても、休むことは患者にとってそう簡単なことではないのです。会社や学校に行っている人であれば、休むと「仕事に支障がでる」「同僚に迷惑をかける」「自分の将来が台無しになる」と考えます。これは うつ病という病気の特徴である罪悪感や自責感がそうさせているともいえます。無理をして仕事をしても、ミスが続いたり、能率が落ちたりして、かえって会社に迷惑をかけることになります。自分は病気であることを自覚して、まず休養をとることを考えてください。休養の取り方としては、有給休暇や休職制度を使うのも方法です。また、入院する方法もあります。自営業や主婦で、家では休めない場合などは入院することで休養できます。その際、家族や周囲の人は、本人が安心して休養できるように、出来る限り援助をしてあげることが大切です。もう一点大事なことは、うつ病を治療している期間中は、人生における重要な問題について、判断したり決定したりすることは避けるようにします。うつ病の人は早まって悪い判断をしてしまうことがよくあります。勝手に会社に辞表を出したり、学校に退学届を出したり、また、金銭にかかわることや大きな契約などをしてしまうことがあります。退職、転職、退学、離婚、結婚など、重大な問題について悲観的な決定をしてしまうことがあります。焦って決断することなく、先延ばしして、うつ病が回復してから考えるように周囲の人が注意してあげることも必要です。

 

薬物治療

薬を正しく使う

 薬は、決められた量を正しく服用することが大切です。自己判断で不適切に使うと、治療効果が得られないばかりか、副作用が起こる原因にもなります。薬物療法は、いま起きている症状を改善させると同時に、認知療法と併用することで、再発予防の効果も高められます。

 薬を正しく使うための注意点をいくつか挙げます。

よく説明を聞く

 病院で薬が処方されるときは、医師や薬剤師から、その薬を服用する目的や効果、服用期間や副作用などについて説明があります。よく聞いて、疑問や不安があれば遠慮せずに質問して確認することです。

効果が現れるまで時間がかかる

 抗うつ薬は、一般に服用してから効果が現れるまでに1~2週間ほどかかります。効果が出る前に副作用が先に現れることも知っておくことです。焦らず根気よく治療を続けていくことが大切です。

薬の量は慎重に決められる

 抗うつ薬は、処方するとき最初は少なめの量から始め、効果と副作用のバランスをみながら少しずつ量を増やしていき、患者に一番合った量を見極めて処方します。患者によっては、効果が現れるまで、不安や緊張を和らげるため、「抗不安薬」を併用する場合もあります。

決められた期間は内服を続ける

 症状が少し改善してくると、自己判断で薬の量を減らし、服薬をやめてしまう人もいます。決められた期間は正しく使わないと、かえってうつ病をこじらせたり、悪化させたりする原因になります。自分では良くなったと思っても、病状はまだ本調子ではないことが多いのです。医師の指示通りに正しく使うことが大切なことです。

薬の使い方は決まっている

 うつ病における抗うつ薬の使い方は、日本の精神科薬物療法研究会が定めた治療の流れに基づいて行われています。

抗うつ薬の種類と効用

 うつ病が発症する原因のひとつに、脳内神経伝達物質の機能異常があります。神経伝達物質であるモノアミンの機能が低下し、情報を受け取る側の受容体の異常などで、情報伝達がスムーズに行われなくなって発病すると考えられています。そこで、脳内の情報伝達機能を正常に戻すために用いられるのが「抗うつ薬」です。

 抗うつ薬には次のような抗うつ作用があって、うつ病のタイプや患者の身体状況、合併症の有無、年齢などを考慮して使い分けられています。

○気分明朗化作用
 気分の落ち込みや憂うつ感をなくして、気持ちを明るくする作用をもっています。

○意欲亢進作用
 思考力や行動力などの低下を軽減して、意欲を高める働きがあります。

○鎮静・抗不安作用
 不安感や焦燥感を取り除き、気分を落ち着かせる作用があります。

 また、これらの抗うつ薬を服用することで、食欲の不振や睡眠障害、頭痛、吐き気、ヒステリー球(のどに何か詰まった感じ)、耳鳴、めまい、立ち眩み、フワフワした感じ、身体各部の痛みなどの自律神経失調症状や日内変動なども改善されます。

 抗うつ薬にはたくさんの種類がありますが、大きく4種類に分類されます。
  第一世代抗うつ薬(三環系抗うつ薬)
  第二世代抗うつ薬(三環系抗うつ薬と四環系抗うつ薬)
  第三世代抗うつ薬(SSRI)
  第四世代抗うつ薬(SNRI)

 

日本で用いられている主な抗うつ薬

三環系抗うつ薬の特徴と副作用

 三環系抗うつ薬は、昔から使われてきた薬で、症状を改善する効果には最も優れていることから、重症のうつ病や、自殺のおそれがある激越型うつ病などに多く使われてきました。しかし、副作用が強いため、高齢者や合併症のある人に用いる場合は慎重な判断を要します。また、効果と副作用の関係では、抗うつ作用が顕著に現れるのは服用して1~2週間後であるのに対し、副作用はそれより早く現れるというのが欠点です。三環系抗うつ薬は、抗うつ作用も強いが副作用も多いということや、効果が出る前に副作用の方が早く現れるという特徴をよく理解したうえで服用することが大切です。  

 三環系抗うつ薬には、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻止して、うつ症状を改善する働きがあります。薬の種類によっては再取り込みの程度が異なるため、作用においても多少の違いがあります。例えば「イミプラミン」は気分明朗化作用が強い薬ですが、「アミトリプチリン」は鎮静作用が強く、「クロミプラミン」は気分明朗化作用と鎮静作用が強い薬です。ただ、治療効果そのものにおいてはそれほど大きな影響はありません。

 三環系抗うつ薬の中には第二世代のものもあります。これを第一世代の薬と比べると副作用が少なく、速効性の面でも優れていると言えますが、薬理作用は弱くなります。第一世代と第二世代の薬は、症状によって使い分けられます。

 三環系抗うつ薬の副作用ですが、主なものは口の渇き、排尿困難、便秘、目のかすみ、眠気などがあります。この中で特に注意が必要なのは、排尿困難です。副作用が出たらすぐに主治医に連絡し、薬の種類を変えてもらうか、排尿を促す薬を処方してもらいます。また、大量に服用すると心臓や肝臓に支障をきたすこともあります。

四環系抗うつ薬の特徴と副作用

 四環系抗うつ薬は、三環系抗うつ薬よりもより速効性を高め、副作用もより少なくする目的で開発された薬です。副作用が少ないので、高齢者にも使用することができます。

 この三環系と四環系の名前は、化学構造式の中に3つまたは4つのベンゼン環があるところからネーミングされたものです。セロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害するという点では変わりません。

 四環系抗うつ薬は、これまで軽度から中程度のうつ病に使われてきましたが、最近は鎮静作用や催眠作用に期待して、不安、焦燥感、激越型うつ病、重度の睡眠障害、せん妄(極度の意識障害)などに使われることが多くなりました。  

 三環系と四環系の副作用として、抗コリン作用と抗ヒスタミン作用が見られますが、これはうつ病と深く関わっているセロトニンやノルアドレナリンを阻害しますが、アセチルコリンやヒスタミンなど他の神経伝達物質の受容体にも作用して、副交感神経の働きが抑えられて起こる副作用があります。アセチルコリンの働きが抑えられると、排尿困難や口の渇き、便秘や頻脈、目のかすみなどが現れ、ヒスタミンの働きが抑えられると眠気などの副作用が現れます。

SSRI

 SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、日本では1999年から使われており、うつ病の薬物療法の第一選択薬です。

 「パロキセチン(パキシル・パキシルCR)」「フルボキサミン(ルボックス・デプロメール)」「セルトラリン(ジェイゾロフト)」「エスシタロプラム(レクサプロ)」などの薬が使われています。

 レクサプロは最も新しいSSRIで、副作用が非常に少なく、薬理作用も強いうえに、内服中断時に起こる離脱症状(退薬症候群)も最も少なくなっています。人の脳は約140億個の神経細胞から出来ていて、それぞれの神経細胞は「神経伝達物質」を放出し、別の神経細胞の表面にある受容体に結合することによって、情報の交換が行われています。神経伝達物質には20種類ほどあるといわれ、この中でうつ病の患者においては「セロトニン」と「ノルアドレナリン」の量が減少しているといわれ、それがうつ症状を起こす原因のひとつとも言われています。減少の要因は、神経細胞から放出されたセロトニンやノルアドレナリンが再び元の神経細胞に取り込まれるために起こるものです。この再取り込みを防いで、シナプス間隙内のセロトニンやノルアドレナリンの量を増やし、脳の情報伝達を活発にすることによって、うつ病の症状を改善するものです。  

 SSRIはその名前のごとく、セロトニンだけを選択して再取り込みを阻害するため、他の神経伝達物質であるアセチルコリンやヒスタミンの受容体には作用しません。したがって、抗コリン作用や抗ヒスタミン作用の副作用はないものです。また、心臓への影響も少ないので、副作用の強い三環系抗うつ薬を使えない高齢者の方や心臓の弱い人、合併症がある人などには、比較的安心して使えます。SSRIは三環系や四環系の抗うつ薬と比べると作用の面で少し弱いため、重症のうつ病や激越型うつ病には適しません。ただ、不安を解消する作用が強いので、うつ病が慢性化したり、神経症化したり、また、漠然とした不安が長期間続いている軽症うつ病などには効果があります。最近では、抗うつ薬としてだけではなく、パニック障害や強迫性障害、社交不安障害、月経前症候群、月経前不快気分障害などの治療にも使われています。また、このSSRIは、薬が効いている時間が長く、1日1回の服用ですむ点も特徴です。

 ただ、副作用が無いといっても皆無というわけではありません。吐き気や嘔吐、食欲不振などの消化器症状のほか、不眠、だるさ、性機能障害(性欲の低下、勃起不全)などが起こることがあります。三環系や四環系の抗うつ薬に比べれば、大幅に副作用は抑えられております。SSRIの副作用というのは、脳以外の部位にあるセロトニンの受容体に影響を及ぼし、特に使い始めのころに吐き気や嘔吐など、消化器症状が現れることです。また、他の薬との相互作用が起こる場合もあります。

SNRI

 SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)は、現在日本で使われている抗うつ薬の中では比較的新しく、SSRIと並んでうつ病患者に最初に使われる抗うつ薬のひとつです。使われ始めたのは2000年からで、「デュロキセチン(サインバルタ)」「ミルナシプラン(トレドミン)」という薬が使用されます。この薬は、神経細胞における神経伝達物質の放出時に、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みだけを選択的に阻害し、神経細胞間のセロトニンとノルアドレナリンの濃度を増加して、うつ病の症状を改善します。三環系抗うつ薬比較すると薬理作用は弱いものです。SSRIと同じように、アセチルコリンやヒスタミンの受容体には作用しないため、副作用が少なく、高齢者や合併症のある人にも使用できます。また、消化器系への副作用もSSRIよりは軽減されています。他の治療薬との相互作用も少ないのですが、前立腺肥大症のある人が使用すると、排尿困難がより強くなるおそれがあるため、禁忌とされています。

NaSSA

 NaSSAはノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬であり、抗うつ薬の分類の中では最も新しく、「ミルタザピン(レメロン・リフレックス)」があります。SSRIやSNRIとは作用機序が異なり、再取り込みを阻害するのではなく、セロトニン・ノルアドレナリンの受容体を刺激して、神経伝達物質の働きを強化させることによって抗うつ作用を発揮します。5-HT2受容体と5-HT3受容体の遮断作用を持つため、SSRIと比較して嘔気・嘔吐、性機能障害等の副作用がかなり少なく、また、H1受容体遮断作用が強い。鎮静効果が高く、激越型うつ病や希死念慮(自殺願望)が強いうつ病患者に効果的です。

 

抗うつ薬以外に使われる薬

 うつ病の薬物療法では、抗うつ薬以外の薬を用いて治療が行われます。おもな薬は次のようなものです。

抗不安薬

 精神安定剤として知られている「マイナートランキライザー」という薬です。体の緊張をほぐし、不安を和らげる効果があります。抗うつ薬だけでは不安が解消しない人やうつ病が神経症化して不安が強い人などによく使われます。副作用としては、眠気やふらつき、頭痛、めまい、口の渇きなどが現れることがあります。

抗精神病薬

 抗精神病薬は、もともとは統合失調症に用いられる薬ですが、鎮静効果を得るために、ハロペリドールやリスペリドンなど非定型抗精神病薬が少量使用されることがあります。

スルピリド

 スルピリドも抗精神病薬のひとつです。少量の使用で抗うつ薬としての効果が得られます。初めは胃潰瘍の薬として開発されたものです。服用したところ、気分の改善が得られ、抗うつ薬として使用されるようになりました。食欲低下などにも役立ち、軽いうつ病や慢性うつ病などに有効です。

睡眠薬

 うつ病の患者のほとんどが、中途覚醒や早朝覚醒などによって睡眠障害を訴えている人が多い。そのため、治療の初期に睡眠薬を処方することがあります。ただし、常用すると依存性が高い薬です。

抗てんかん薬

 抗てんかん薬のカルバマゼピンは、他の薬ではなかなか効果がない難治性のうつ病に用いられることがあります。副作用には、眠気、頭痛、目のかすみなどがあります。

リチウム

 炭酸リチウムは、躁病及び躁うつ病の予防と治療に用いられる気分安定薬の一種です。抗うつ薬と併用することで、抗うつ作用が現れると考えられます。再発を繰り返しているうつ病の予防のために投与されることがあります。少量の投与では、比較的副作用は起こりにくい薬です。まれに眠気やめまい、手の震えがあります。

甲状腺ホルモン

 うつ病の人には、軽度ですが甲状腺機能が低下している人がおります。このような患者に甲状腺ホルモンを用いることがあります。

トリプトファン

 トリプトファンは、必須アミノ酸の一種で、セロトニンを生合成する際の原材料です。抗うつ薬と併用することで、セロトニン機能を正常にしようとするものです。副作用はありません。サプリメントとして入手可能です。

5HTP(5ヒドロキシトリプトファン)

 トリプトファンが体内で代謝されると5-HTPになります。トリプトファンを内服するよりも、5-HTPをサプリとして内服する方が効果は強くなります。5-HTPは、アフリカに自生するマメ科の木「グリフォニア・シンプリフォリア」から、抽出された天然物質です。サプリメントとして入手可能です。

セントジョーンズワート(セイヨウオトギリソウ)

 セントジョーンズワートが うつ病や、また不眠症、精神障害、イライラなどに効果があります。セントジョーンズワートの有効成分ヒペリシンとヒペルフォリンが、脳内の神経伝達物質であるセロトニンを増やす働きがあるからです。ヒペリシンとヒペルフォリンは、神経接合部のシナプス間隙でセロトニンの再取り込みを阻害することによって、セロトニンの濃度を高めるため、SSRIと非常によく似た働きをします。ただし、気管支喘息の治療に用いられるテオフィリン(気管支拡張薬)や、心臓疾患などで用いられるワルファリン(血液凝固防止薬)、経口避妊薬(低用量ピル)などと同時に内服をしてはなりません。

 

心理療法

うつ病に有効な精神療法

 うつ病の症状は、薬である程度治すことはできても、病気の原因になっている心理的な問題を解決しないと、再発を繰り返すことになります。それを防ぐために用いられるのが精神療法です。

 一般的に、精神療法は、薬物療法である程度症状を落ち着かせた後、患者本人が少し自分を客観的に見られるようになってから精神療法を行います。

 自分はどのようなストレスがきっかけでうつ病になったのか、生活習慣のどこに問題があったのか、さらには自分の性格や考え方について、患者自身が見つめ直し、自分で解決できるように医療者が援助する方法です。  

 初めから精神療法を行うことは困難です。始めるタイミングは、医師が患者の状態をみて判断されます。最近は、かなり早い段階から薬物療法と精神療法の併用が試みられています。薬物療法と同じで、導入する時期や方法を誤ると、逆に症状が悪化し副作用も生じることがあります。

 精神療法には、「認知行動療法」や神経症化したうつ病に効果をあげている「森田療法」「簡易精神療法」「精神分析療法」「心理教育」などがあります。

 

認知行動療法

 うつ症状は認知の歪みによって引き起こされるものです。

 「認知」とは、物事に対する「受け止め方」や「考え方」のことです。うつ病になると、どうしても物事を悲観的に受け止めるようになります。その原因は「認知の歪み」によるものです。その好ましくない思考パターンを修正していくのが「認知行動療法」です。

『うつ病』の認知行動療法 詳しく

 この療法は、3つの視点から成り立っています。

 一つは、「その人の感情は、認知によって決まる」ということです。例えば、同じ映画を見ても、ある人は「おもしろかった」と言い、ある人は「つまらなかった」と言います。なぜこういう事が起こるかというと、その人の受け止め方や考え方、つまり認知の違いが「おもしろい」「つまらない」という感情を生み出しているからです。

 2つ目は「気分が落ち込んでいる時、また憂うつな時は、物事を悪い方向に考える」ということです。例えば、落ち込んでいる時に会社で仕事のミスをすると、「なんて自分はダメな人間だ」「もう誰からも信頼されない」「こんな自分は生きていてもしょうがない」と、全てを悲観的にとらえます。

 3つ目は「否定的、悲観的な考え方が認知の歪みからきている」ということです。これは、現実を正しく受け止めず、事実を歪めてとらえているからです。抑うつ気分や不安などの精神症状は、そのほとんどがこうした認知の歪みによって引き起こされているのです。  

 一般に、ストレスが長期間続くと、思考力や判断力は鈍り、物事を悲観的・否定的に考えるようになります。このマイナス思考が気分を落ち込ませ、その気分の落ち込みがさらに悲観的・否定的な考えを助長させて、不安感や絶望感を生み出していくのです。人間の感情というのは認知の仕方によって生じるものですから、マイナス思考という歪んだ認知をプラス思考の方向に修正していけば、心から沸き上がる感情はおのずと変化して、楽観的・肯定的に物事を受け止めることができます。

 

認知の歪みのパターン

 うつ病になると認知の歪み(考え方のクセ)が見られます。認知の歪みには幾つかのパターンがあります。自分では気づきにくいのですが、普段の自分の考え方や行動を振り返り、どの思考パターンに陥っているのかチェックしてみる必要があります。

1.白か黒か2つしかない極端な考え方

 全てについて、「全か無か」「白か黒か」「善か悪か」「100点か0点か」で判断する極端な思考のことです。思考の根底には、完全主義、完璧主義があります。人間は完全な存在ではありませんので、どこかで必ず失敗し、思うようにならないことが日常あります。ちょっとしたミスでも、自分は全てに失敗したと考えます。人生においてパーフェクトなことばかりではありませんので、もし完全だけを求めるならば、永遠に得られないものを求めて苦しむことになり、そのことが気分の落ち込みにつながっていきます。白か黒か思考はきわめて非現実的な思考なのです。

2.一つの出来事を一般化してしまう思考

 たった一度思うようにならなかった出来事があると、それを一般化して、すべてが失敗するのではないかという考え方です。たとえば、入学試験や就職試験で一度失敗すると「どうせ、どこを受けても落とされる」と思い込み落胆します。普通の人であれば、立ち直って次の目標に挑戦しますが、この思考が強すぎると、二度と立ち直ることができない程落ち込みます。

3.心のフィルターが常にネガティブな思考

 自分によくない出来事や嫌なことが起こると、以前よかったことには目を向けられず、悪い方向でしか受け止められない思考です。例えば、会社の上司から注意をされると、以前に褒められたことを忘れ、「俺はやっぱり嫌われているのだ」と思い込んで悩みます。うつ病になると、心のフィルターが、常に暗いネガティブなことしか見えないようになっているのです。

4.良いことでも悪い方向に考えてしまうマイナス思考

 喜ばしい出来事でも、悪い方向へすり替えて受け止めてしまう、いわゆるマイナス思考です。うつ病になると、思考の出発点がマイナスからになります。ですから、自分は常に能力がないと思い込んでいて、仕事に失敗すると「やっぱり自分は無能だ」と考え、仕事に成功しても「この程度ではダメだ」といつも卑下します。すべて悪い方向に受け止める思考です。

5.結論を飛躍して考え悲観的に受け止める思考

 自分勝手に憶測し、悲観的な結論をだす思考です。ある出来事に対し、確かな証拠もないのに、一方的に推論して判断し、それを信じ込んでしまうタイプです。例えば知人を見かけたので挨拶をしたら、相手は気づかず通り過ぎて行ってしまった時、「あの人は私を避けている」と勝手に思い込みます。また、軽い病気でも「この病気は絶対に治らない」と決めつけて受け止め、悲観的になって落ち込みます。

6.成功や長所を過小評価する思考

 人間には成功や失敗、長所や短所の両面があるのに、成功や長所のプラス面は取るに足らないと考え、失敗や短所などマイナス面ばかりにこだわってしまう考えです。良い面を過小評価し、悪い面を大げさに解釈してしまいます。自己評価が著しく低く、常に自分に満足することができません。

7.自分の感情を基準に物事を判断する思考

 物事にとりかかる前から、「自分がこう感じるから、やってもそうなるに違いない」と、自分の感情を基準に判断する考えです。うつ病になるとマイナスの感情しか生まれないため、とりかかる前からマイナスに判断してしまうのです。

8.「すべき」という枠にはめ込む思考

 「この仕事に全力で取り組むべきだ」「この試験には合格すべきだ」というように、全てを「べき思考の枠にはめ込んで考えます。この べき思考は、自分に必要以上にプレッシャーをかけることになり、それがうまくいかなかった時は、自己嫌悪と、罪責感に悩むことになります。これは他人に対しても「すべき」を要求し、それに応えられないとイライラして不満をため込むことになります。

9.「ダメ人間」のレッテルを貼る思考

 自分に対して「ダメ人間」「落伍者」「敗北者」というレッテルを貼る考え方です。例えば、友達とうまくいかないと、「自分は協調性や社会性に欠けるダメ人間だ」というレッテルを貼り、マイナスの自己像を作り上げます。これは他人に対しても同じで、「あの人は無能な人だ」とレッテルを貼り、その人の価値や能力を否定するようになります。

10.すべて自分の責任にする思考

 物事がうまくいかなかった時、それが自分の責任ではなくても、すべて自分の責任として受け止めて、自己関連づけしてしまいます。相手が約束の時間に遅れたりすると「こんな時間に約束した自分が悪い」と考えたり、相手に不愉快な思いをさせられても、「そうさせる自分が悪い」と罪の意識を抱きます。

 

うつ症状は認知の歪みによって引き起こされる

 認知行動療法の最大の目的は、うつ病の症状を取り除くことです。症状が生活に支障を来たしていれば、その支障を軽くし、さらにうつ病の再発や再燃を防ぐために行われる療法です。ものの見方やとらえ方、つまり、認知に歪みやクセがないか検討し、必要があればそれを修正しなければなりません。したがって、患者自身が治療に参加するという意思をもっていることが治療を始めるうえで大事な前提になります。

 軽症のうつ病ならば、最初から認知行動療法だけで治療していく場合もありますが、一般的には、薬物療法で症状をある程度改善し、その後に薬物療法と併用して認知行動療法を行います。他の治療との組み合わせを希望する場合は、患者から医師に伝え、判断してもらいます。

 うつ病の認知行動療法は、医療機関で行われ、外来での治療が一般です。

 この療法の対象になるのは、軽症または中等症の患者で、自分の気持ちを言葉で表現できることが前提になりますので、基本的には成人の患者であることです。子供さんや認知症の方は対象になりません。  

 認知行動療法による治療期間は、一般的には、1~2週間に1回くらの頻度で、3~6ヵ月ほど続けます。1回当たりの治療時間は、医療機関で医師が行う場合は、30分程度が目安です。

 治療は、最初にはっきりとした治療目標を立てます。比較的短期間の治療で出来そうな目標を、患者に合わせて決めます。単に「うつ病を治したい」という漠然としたものではなく、「よく眠れるようになったら旅行にいく」など、具体的に決めることが必要です。

 

電気けいれん療法:

 電気けいれん療法は、精神病性うつ病の場合、自殺をほのめかす場合、食事を拒絶する場合など、特に重度のうつ病の治療に用いられます。また、妊娠中の抑うつの治療で、薬が効かない場合に利用されます。この方法は概して非常に効果的で、効果が出るまでに数週間かかる抗うつ薬と違って、抑うつ状態を迅速に緩和することができます。この即効性が功を奏して命を救える場合があります。

 電気けいれん療法は、電極を頭部にあてて脳に電流を流して、発作を起こさせる治療です。この発作により抑うつ状態が緩和されます。通常は1日おきに1回、少なくとも全部で5~7回の治療を行います。電流により筋肉収縮や痛みが生じるため、全身麻酔下での治療が必要となります。電気けいれん療法で、一時的な記憶喪失が、まれには永久的な記憶喪失が生じることがあります。

 

治療に要する期間と回復率

治療に要する期間

 うつ病の患者が社会復帰するまで、また、完治するまでに要する治療期間は、それぞれ個人差があって一概には言えません。うつ病の初期の段階で診断を受けて、薬物療法や心理療法を受けながら、仕事を続けている人もいれば、1~3ヵ月間ぐらいの休養をした後に、仕事に復帰する人もいます。また、治療薬を何年も服用し続けても完治に至らず、ずっと治療を続けている人もいます。 

 普通、入院をして長期療養が必要となった患者の場合は、病院での療養期間は3ヵ月程度をひとつの目安にして治療が行われます。初めの3ヵ月で症状が改善しなければ、さらに3ヵ月間の療養期間をとって治療を続けていき、それを繰り返す場合もあります。うつ病の危険な状態が解消されても、うつ病自体の症状は段階を経て少しずつ改善していくため、治療期間が長くなります。回復傾向が見られ、自宅での療養に問題がなければ、退院して自宅で療養しながら、通院治療を続けます。通院は数週間から数ヵ月かかる場合もあれば、数年を経て社会復帰ができることもあります。おおよその目安としては、1年間の内服療法や支持的精神療法を続けた方が再発率が非常に低くなります。社会復帰を果たしたときは、家族や会社側のうつ病への理解と協力が必要となります。特に会社勤めの人であれば、出社していきなりその日からフルタイムで勤務することは、心と体に大きな負担がかかるため、最初は勤務時間を短縮してもらったり、仕事内容も軽くしてもらうなどして、リハビリ程度の出勤から始めて徐々に体調を馴らしていくことが好ましい。うつ病は、昨日まで調子が良かったのに、今日は気分が落ち込んで辛いという体調の変化が起こる病気です。そうなると、出勤どころか起き上がることさえも辛いときがあります。こういったうつ病の特徴を、家族や周りの人達が理解して、ストレスを感じさせない人間関係や職場環境、また、仕事内容などに配慮し協力することが不可欠となります。無理をすると、うつ病症状の再燃や再発にもつながって、退職も余儀なくされることもあります。また、治ったと思っても、医師から服薬の継続を指示されている薬については、自己判断で決して止めないことです。服薬を中止すると、うつ病の再発や悪化につながる恐れがあり、場合によっては数ヵ月か数年の治療を要することもあります。うつ病という病気は短期間で治るという病気ではありません。焦らずに、じっくりと治療に取り組むことが大切です。

 

回復率について

 うつ病の回復率ですが、日本うつ病学会の発表によると、初診患者の回復率は、1ヵ月以内 20~30%、1~3ヵ月以内 50%、18ヵ月(1年半)でも回復しない 15%、治療してうまくいけば3ヵ月程度で社会復帰できる場合がほとんどです。再発率については、1年以内 30%、5年以内 40~60%です。

 このほか、国内の研究では6ヵ月程度の治療で回復する症例が50%程度であるとし、多くの症例で比較的短い治療期間で回復するとしています。しかし、一方では、20%程度の症例では、1年以上うつ状態が続くともいわれ、必ずしも全ての症例で簡単に治療が成功するというわけではないといわれます。一度回復した後にも、再発しない症例もあれば再発する症例もあります。また、最近の研究では、うつ病が完全に回復する割合は40%に満たないといわれます。しかし、新しく開発された新薬及び三環系抗うつ薬、抗うつ作用を増強させる薬物と併用すれば、比較的短期間で80%近くの患者が回復しています。

 うつ病の再発率ですが、海外の12研究の比較によると、1年以内で40~50%、一生のうちでは90%くらいの確率で再発するといいます。

 期間別でみると、10ヵ月以内で40%、5年以内で41~75%、10年以内で58%、15年以内で85%、25年以内で80~88%の再発率となっています。今まで1回うつ病になった人が再発する率は50%、2回うつ病になった人では75%、3回うつ病になった人では90%の確率で再発しているといいます。