『うつ病』の認知行動療法

うつ病独特の認知を知る

 うつ病の認知行動療法は、アメリカの心理学者アーロン・ベックの認知療法をもとに発展してきました。ベックの研究では、うつ病患者の認知の特徴として、3つの否定的な認知の徴候をあげています。

 一つ目は「自己に対する否定的観念」、二つ目は「人生や社会に対する否定的解釈」、三つ目は「将来に対する空虚で絶望的な考え」です。いずれも独特の不合理な信念で、何らかの喪失をめぐって生じてくる悲観的な考え方です。うつ病特有の抑うつ気分や落ち込みなどの情緒は、これら3つの否定的な認知の結果生じるものであるとベックは定義しました。  

 抑うつ症状が生じる仕組みについて、ベックは、過去の体験がスキーマとなり、やがてそれが自動思考を生み、抑うつの感情や行動となって現れる考えました。

 自動思考(automatic thought)とは、状況に対してほとんど意識せずに生じる反射的な思考のことです。「自分は心が弱いからこんな病気にかかるのだ」「これは怠け者がかかる病気だ」「こんな自分はいないほうがましだ」といったような自動思考は、場面によって、さまざまな形をとって現れます。言葉の場合もあれば、イメージや記憶の再生として現れる場面もあり、また、ネガティブな場面ばかりではなく、時にはポジティブな場面で生じるものもあります。この反射的に生じる自動思考(イメージまたは記憶)は、患者自身の自己概念の影響によるところが大きい。つまり、「自分をどう見て、どう捉えるか」によって自己概念が形成され、多種多様なバリエーションを示します。特に記憶と密接な関係をもち、自己概念を形成するようなエピソードは何度も想起され、また、自己を語るエピソードとして他者にも語られやすい。将来に対する視点や世界に対する視点も、同様に自分をどう捉えるかによって異なりますが、その場合の自己概念も自然に発生したものではなく、患者が今までに経験してきた出来事から学び取って身についたものと考えられます。その自己概念が患者にとって信念のレベルであればスキーマであり、状況に応じて想起されるレベルであれば自動思考ということになります。

 ベックの考えたうつ病における認知のゆがみの傾向を分類すると、次のような内容になります。

①恣意的推論:
 証拠が少ないにもかかわらず、あることを信じ込み、独断的に思いつきで物事を推測し判断します。

②二分割思考:
 常に白黒はっきりさせておかないと気がすまない考えです。

③選択的抽出:
 自分が関心のある事柄にのみ目を向けて抽象的に結論付けます。

④拡大視・縮小視:
 自分の関心のあることは大きくとらえ、反対に自分の考えや予測に合わない部分はことさらに小さく見ます。

⑤過度な一般化:
 ごくわずかな事実を取り上げて決めつけます。

⑥情緒的理由づけ:
 その時点の自分の感情状態から現実を判断します。

⑦自己関連づけ:
 悪い出来事をすべて自分のせいにします。

 抑うつ気分は、そのほとんどが否定的、悲観的な認知から生じています。ベックの挙げた「自分への否定」「社会や人生への否定」「将来への否定」の3つの否定によって、何も信じられなくなり、気分がふさいで、行動することができなくなるのです。完璧主義のために必要以上に頑張って、そして、少しでも失敗すると、「自分はダメ人間だ」と悲観的になるのです。感情面では、失敗したことに喪失感を抱き、抑うつ気分に支配され、やる気が出なくなったり、対人関係がこわくなったりします。行動面では、活動範囲がせばまり、趣味もおろそかになり、完璧を求めるあまり何事も楽しめず、何もしなくなります。

 

否定的な自動思考に対処する

 うつ病における認知行動療法の目的は、抑うつ気分を軽減し、コントロールできるようになることです。

 その手法の第一は、うつ病の要因となっている否定的な認知に対して、反論や問答を行い、認知のゆがみに気づくことです。「本当にダメなのか?」と問い直すことで、他の考え方に目を向けさせます。心に根付いた信念は、疑いをもたないとなかなか変わりません。考え方の幅を「ダメ」から「ダメでもないかもしれない」へと広げることです。自動思考をつくりあげている 3つの否定的な考え方に対して、「その根拠は何か」「本当に良くない結果になるのか」「他の考えはないのか」と反論することから始めます。考え方を広げることによって、認知のゆがみに気づくことになります。

 この自動思考の反論と合わせて重要なのは行動活性化です。行動活性化とは、心から楽しみたいことを少しずつ行動にして現すことです。例えば、「毎朝犬と散歩する」という習慣や、毎日日記をつけることによって、徐々に物事が楽しめるようになります。義務感をもたずに取り組むことが大切です。この行動活性化は、治療初期から試行的に導入できる技法で、スケジュール表を用いて行うこともできます。  

 うつ病患者の認知システムは、基本的には閉鎖システムになっているため、外部から新たな視点を与えないと、なかなか違った視点で物事を捉えることは困難です。外部からみてそれが不合理であっても、患者自身から見ればもっともらしく感じることが多いのです。この不合理な認知を合理的なものに変えていこうとするのが、認知行動療法という技法です。

 認知行動療法を受けると、思考や行動のパターンが少しずつ変わってきます。その変化に伴って、心と体が少しずつ元気を取り戻してきます。

 

対象期や適用できる病態

 うつ病に対する認知行動療法の対象期は幅広く、急性期、寛解期、維持療法中、入院中、外来患者などのいずれの場合でも可能です。また、方法論においても、個人療法、集団療法と幅があり、最近ではコンピューターを使った方法も開発されています。

 認知行動療法の適用の幅の広さは、認知を中心に病態レベルを把握し、患者の認知レベルに合わせて対応が可能である点です。患者の状況を把握し、いま患者の認知がどのような状態にあるかによって、認知行動療法を適応するかは異なってきます。認知行動療法が適用できる病態とは、治療者がうつ病患者に対して、認知の3徴候について疑問を投げかけたとき、その偏りを患者が認識し、もしくは病気のせいでそういう認知をしやすくなっているという認識がもてるような病態のときをいいます。

 認知行動療法の実施においては、薬物療法や呼吸法、リラクゼーション、自律訓練法などと組合わせて行う場合が多い。 

 

うつ病の集団認知行動療法

集団認知行動療法の特徴

 構造化され、時間制限的な枠組みをもつ集団療法です。

 ひとつのクール(一般的に12回くらいのセッションで構成されている)の開始から終了まで、また、各セッションの開始から終了までが構造化されていて、それぞれ目標や内容、進め方、時間配分などを段階的に設定した時間制限的な枠組みをもつ集団療法です。

 個人認知行動療法と同じように、患者は認知・行動に関する知識や方法を学びますが、集団の場合はその作用を活用しながら知識や方法を獲得していきます。

 さらに、集団に対して治療的に働くという相乗効果が期待できます。

 集団療法の治療的因子としては、①希望をもてること、②普遍性、③情報の伝達、④愛他主義、⑤社会適応技術の発達、⑥模倣行動、⑦カタルシス、⑧初期家族関係の修正的繰り返し、⑨実存因子、⑩グループの凝集性、⑪対人学習などが挙げられます。大切な点は、患者同士が互いに共通する経験を分かち合い、安心感を得る体験ができることです。

 目標は、患者それぞれがセルフコントロール力を高め、自身の社会生活上の問題の改善や課題解決をはかることです。

 集団認知行動療法の最終的な目標は、患者それぞれが、自分自身をコントロールできる力を高め、社会生活における問題や課題を改善し解決していくことにあります。

 

うつ病患者への効果

 集団認知行動療法は、個人を対象にした認知行動療法と同程度、もしくはそれ以上の効果があり、また単独でも、薬物療法との併用でも症状改善に有効です。

 さらに、集団認知行動療法は短期間で多くの患者を治療できる点から、経済面でも効率がよいと考えられます。

 他者の認知の評価が、自分自身の認知の評価や修正に役立ちます。また、認知の修正作業が、他の患者の認知を共有することで、より容易になります。

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