退職金の不支給、減額、返還

 懲戒解雇の原因である行為の度合いにより、その行為が会社の社会的信用を著しく損なうものであり、勤続の功労を抹消してしまう程のレベルの行為なら、就業規則の定めにより全額不支給も妥当であると認められます。行為のレベルにより、減額ということになるでしょう。  

 具体的には、
・退職後の不支給事由発覚に備える為、「不支給」、「減額」、「返還」事由を設けること。
・退職後の非行調査中に時間を要する事を想定して、「支払い留保」の旨を定めることが考えられます。

 たとえば、業務の引継ぎを完了しない場合の、退職金不支給や減額の規定を定めておきます。「退職願提出後、14日間正常勤務しなかった者には、退職金を支給しない。」という旨の定めが有効とされた(大宝タクシー事件:大阪高裁)。

 退職金の全額不支給は、使い込みや著しい背信行為などのような「これまでの会社に対する貢献をすべて抹消するような背信行為があった場合のみ有効」との裁判例がありますので、これらの運用には注意が必要です。

 例えば、ある従業員が自主退職し、その後に会社のお金を横領していたことが発覚した場合において、その横領について懲戒解雇に処し退職金も不支給にしようと思っても、自己都合退職が成立してしまった後ゆえ懲戒解雇が無効で、退職金不支給にはできないということがあり得ます。就業規則の規定で「懲戒解雇の場合、退職金を不支給とする」とした場合、「懲戒解雇」は現役社員にのみ対象となる表現の為、退社後の従業員には引用する事が出来ません。そこで、ポイントは「懲戒解雇」ではなく「懲戒解雇事由」という文言です。就業規則の退職金規定には後になって不正が発覚した場合にも対応できるようにしておきます。「懲戒解雇事由に該当する行為が発覚した場合」とすれば、退社後に非行が発覚した場合でも退職金の返還などが認められることになります。

就業規則規定例
第○条 (退職金の不支給、減額)
 従業員が懲戒解雇に処せられたときは、退職金の全部又は一部を支給しない。
2 従業員が退職した後であっても、在職中の行為が懲戒解雇事由に該当すると判明した場合、退職金の全部又は一部を支給しない。この場合、既に支払っているものについて、会社は返還を求めることができる。

 

競合他社へ転職する社員の退職金を減額することができますか?

 退職後一定期間内に競業他社に就職した場合や競業する業務を自営する場合、退職金の減額規定は有効とされています。職業選択の自由が認められているため、ここでは地位や職種、期間等の合理性が求められます。

 競合他社へ転職する社員の退職金を減額することができるかどうかについては、退職金が、恩恵的に支給されるものなのか、それとも就業規則や退職金規程に定められた基準に基づいて制度的に支給されているのかによって異なります。

 退職金が恩恵的に支給されている場合は、例えば社長が気に入っていた従業員にはある程度まとまった額の退職金を支給するが、気に入らなかった従業員には退職金も支給しないということは可能です。しかし、退職金制度があって退職金規定がある場合は、支払いが必要となってしまいます。退職金を減額(または不支給)とするためには、その事由等について、あらかじめ就業規則等にしっかりと定めておくべきです。

就業規則規定例
第○条 (退職金)
  ・・・
 退職し又は解雇された従業員は、会社の承認を得ずに離職後1年間は会社と競業する他社への就職あるいは役員への就任ならびに同業の自営を行ってはならない。また、会社在職中に知り得た顧客と離職後1年間は取引をしてはならない。 
 この競合避止義務に反した場合は、退職金の一部を減額又は返還を求めることがある。

(判例)

三晃社事件 最高裁第2小(昭和52・8・9)

 

労働相談・人事制度は 伊﨑社会保険労務士 にお任せください。  労働相談はこちらへ

人事制度・労務管理はこちらへ