身体表現性障害

 身体表現性障害とは、症状を説明できる器質的な異常所見に乏しく、心理的要因によって身体症状に影響が出ている種々の障害の総称です。

 「身体表現性障害」という用語は、1980年のDSM –Ⅲ において初めて使用されましたが、同様の疾患概念は古くから知られており、ヒステリ一、ブリケ症候群、心気症、心気神経症、醜形恐怖、神経衰弱、自律神経失調症、心因性疼痛などと呼ばれてきた疾患様の多くを含む概念と考えられます。

 DSM–Ⅳ– TRには身体表現性障害に含まれる疾患に共通の特徴として、
①一般身体疾患を示唆する身体症状が存在しますが、一般身体疾患、物質の直接的な作用、または、ほかの精神疾患によっては完全に説明されない
②その症状は臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、またはほかの領域における機能の障害を引き起こす
③身体症状は意図的でない
などがあげられています。

 身体表現性障害は、DSM– Ⅳ – TR と ICD – 10では若干の差異を認めるものの、おおむね「身体化障害」、「心気症」(ICD – 10 では「心気障害」)、「疼痛性障害」(ICD – 10では「持続性身体表現性疼痛障害」)、「その他」に分類されます。

 

心と体

 心と体がどのように作用し合って健康に影響を及ぼすかについては、長い間議論されてきました。心身という語はこの心と体の相互作用を表します。「心身」を「症」と組み合わせ、心身症という用語が、身体疾患ではなく、精神的な要因によって引き起こされたり悪化したりするような身体症状を表すのに使われました。現在では、身体表現性障害という用語がこのような病気を表すのに使われています。この用語には、身体症状が仮想のものであるとか、ミュンヒハウゼン症候群の場合のように詐病であるといった意味合いは含まれません。身体表現性障害をもつ人はその症状を実際に経験しています。

 

心と体は他にも多くの形で相互に作用します

 対人的なストレスや精神的なストレスは、糖尿病、冠動脈疾患、喘息など多くの身体疾患を悪化させることがあります。また、そのようなストレスによって身体症状が生じたり、悪化したり、長引いたりする場合があります。

 ストレスは、身体疾患がない場合でも身体症状を引き起こすことがあります。恐怖に直面して心拍数や血圧が高くなるのと同様に、感情的ストレスに対する体の自動的な反応として身体症状が現れる場合もあります。

 悲嘆に暮れている人が胸に痛みを感じるように、感情的な経験の影響が身体症状に現れることがあり得ます。また、身体症状が他者の痛みとの一体感を反映していることもあります。たとえば、家族や友人が心臓発作を起こした後で、自分も胸に痛みを感じるといった場合です。

 ストレスや精神症状から生じる身体症状は、重大な精神疾患が根底にない人も含め、だれにでも生じる可能性があります。このような身体症状は、とんどが軽度で一過性です。身体症状は診断が難しく、原因となり得る身体疾患の可能性を否定するためには、さまざまな診断検査が必要となります。

 心理的な要因が病気の経過に影響を及ぼすこともあります。たとえば、高血圧の人が「自分はそんな病気ではない」と言い張ったり、病気の重篤度を否定したりすることがあります。この「否認」は不安の軽減に役立つ防御機構の役割を果たしています。しかし、患者に病気を否定する気持ちがあると治療への参画は適いません。たとえば、処方された薬を服用せず、結果的に病気が悪化することがあります。

 心身症の場合とは逆に、身体疾患が精神状態に影響を及ぼしたり、その誘引となることもあります。例として、命にかかわる病気、再発性の病気、あるいは慢性疾患が誘因となって、うつ病になるなどがあります。うつ病の影響で身体疾患の症状が悪化する悪循環に陥ることもあります。

 身体表現性障害には複数の精神疾患が含まれます。患者は、体の症状を訴えるか、体の症状を示唆するがそれだけでは全てを説明できない不安を訴える、あるいは、些細で、ほとんどありもしない外見上の欠陥にとらわれます。このような症状や不安が多大な苦痛を引き起こしたり、日常生活に支障を来したりする場合は病気とみなされます。

 身体表現性障害は、以前は心身症と呼ばれていたものが含まれます。

 身体表現性障害には、身体醜形障害、転換性障害、心気症、身体化障害、疼痛障害などがみられます。小児にも発症することがあります。

 

臨床所見

 身体化障害は男性よりも女性にはるかに多く、通常成人早期に始まります。主要な病像は多発性で繰り返し起こり、しばしば変化する身体症状であり、適切な検索を行っても、既知の身体疾患や物質の直接的作用として十分に説明できない複数の身体症状が多年にわたって持続します。

 心気症の本質的な病像は、1つあるいは少数の重篤で進行性の身体疾患に羅患している可能性への頑固なとらわれです。男性と女性どちらにも生じ、患者は執助に身体的愁訴を示します。

検査所見

 いずれの身体表現性障害においても、臨床検査の結果、主観的な愁訴を裏づける所見が欠如している点が特徴的です。しかし、たとえば心理的要因と一般身体疾患の両方に関連した疼痛性障害の場合には、適切な臨床検査によって疼痛と関連した病理が明らかとなることがあります(例:根性の腰痛のある患者様におけるMRIの腰椎椎間板ヘルニアの所見)。

 

診断

 身体表現性障害の診断作業における最も重要なポイントは除外診断であり、患者の愁訴の原因となっている身体疾患を見逃さないことです。さらに、身体症状の目立つ患者であっても、精神疾患として気分障害、不安障害、発達障害、認知症などが背景にあることは少なくなく、これらを鑑別・除外することで初めて診療方針が決まります。

 

治療法

 治療者は疼痛性障害患者の立場に立って、そのつらさや苦しみを共感的に受け止める必要があります。治療開始前に、病名、状態、治療方針、経過の予測などを、治療者側が把握できる範囲で説明し、治療の同意を得ることが重要です。

 治療は、痛みが完全になくなることではなく、ある程度の持続的な痛みに対処できるようになることへと、患者の目標を変えることから始まります。

 ほかの身体表現性障害と同様に、疼痛性障害患者への薬物療法の効果は限定的です。向精神薬のなかで比較的効果が期待できる抗うつ薬に関して、患者様の疼痛性障害の病態機序の一部に神経因性疼痛などの器質的要因が介在する場合には、抗うつ作用よりも早期かつ少量で鎮痛作用が発現する傾向があります。このような患者に対しては、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)あるいは三環系抗うつ薬の効果が期待できます。

 薬物依存・せん妄・奇異反応などの有害事象には十分配慮したうえで、不安が強い患者に抗不安薬、睡眠障害がみられる患者様に睡眠導入薬の必要最小限の投与量・期間の処方を検討します。

 疼痛性障害を含む慢性疼痛患者の診療担当医師に望まれることを下記にあげます。
 まず、患者の疼痛を受容する
 痛みの機序や薬効を簡潔に説明する(疾病教育)
 ストレス管理・対処を意識する(認知行動療法、環境調整)
 治療同盟の構築: 「協力して治療にあたりましょう」
 ほどよい楽観主義が望ましい: 「お力になりますよ」
 プラセボ効果を活用する

 

経過と予後

 いずれの身体表現性障害においても、症状は慢性に経過することが多いのですが、とくに患者に知的障害や物質依存が併存する場合、患者が心因の関与を否定する場合は、難治で治療抵抗性であることが多いのです。