適応障害

 日常生活において、誰しもストレスに直面しえます。家庭では夫婦の不和や教育、職場では過重労働、転勤、退職などです。これらのストレスにうまく適応できなくなると、しばしば身体的、精神的な症状が出ます。たいていの場合は一定範囲内にとどまり短期間でおさまりますが、時と場合によっては予想以上に大きくなり、「病的な」レベルに達することもあります。すると、仕事や学業、家庭生活に悪影響が及びます。このような生活のストレスに起因する過剰反応を適応障害といいます。健康な状態と病気の状態の境目に生じる症状ともいえます。

 適応障害とは、「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」(ICD-10 世界保健機構の診断ガイドライン)と定義されています。

 ストレスとは「重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活上の出来事」です。ストレス因は、個人レベルから災害など地域社会を巻き込むようなレベルまで様々です。 ある人はストレスに感じることがほかの人はそうでなかったりと、個人のストレスに対する感じ方や耐性も大きな影響を及ぼします。

 適応障害とは、ある生活の変化や出来事がその人にとって重大で、普段の生活がおくれないほど抑うつ気分、不安や心配が強く、それが明らかに正常の範囲を逸脱している状態といえます。

 「発症は通常生活の変化やストレス性の出来事が生じて1ヵ月以内であり、ストレスが終結してから6カ月以上症状が持続することはない」とされています。ただし、ストレスが慢性的に存在する場合は症状も慢性に経過します。もうひとつ重要な点は、ほかの病気が除外される必要があります。統合失調症うつ病などの気分障害不安障害などの診断基準を満たす場合は、こちらの診断が優先されることになります。適応障害と診断されても、5年後には40%以上の人が うつ病 などの診断名に変更されています。適応障害はその後の重篤な病気の前段階の可能性もあるといえます。

 

適応障害の症状

 適応障害の症状は3つに分けられます。精神症状身体症状社会的問題行動です。

 精神症状として代表的なものは、抑うつ症状と不安症状です。頭痛や肩こりといった不定愁訴、さらに不眠などの身体症状が出現することも多いです。問題行動がみられる場合もあります。遅刻欠勤のような目立たないものもあれば、ギャンブルや酒による乱費、さらには離婚といった大問題に至ることもあります。自殺念慮を示すこともあります。これは、多くの場合、専門的治療を要するレベルです。

 適応障害には、抑うつ気分、不安、怒り、焦りや緊張などの情緒面の症状があります。置かれている状況で、何かを計画したり続けることができないと感じることもあるでしょう。また、行動面では、行きすぎた飲酒や暴食、無断欠席、無謀な運転やけんかなどの攻撃的な行動がみられることもあります。子どもの場合は、指しゃぶりや赤ちゃん言葉などのいわゆる「赤ちゃん返り」がみられることもあります。

 不安が強く緊張が高まると、体の症状としてどきどきしたり、汗をかいたり、めまいなどの症状がみられることもあります。適応障害ではストレス因から離れると症状が改善することが多くみられます。たとえば、仕事上の問題がストレス因となっている場合、勤務する日は憂うつで不安も強く、緊張して手が震えたり、めまいがしたり、汗をかいたりするかもしれませ。ただ、休みの日には憂うつ気分も少し楽になったり、趣味を楽しむことができる場合もあります。しかし、うつ病となるとそうはいかないことがあります。環境が変わっても気分は晴れず、持続的に憂うつ気分は続き、何も楽しめなくなります。これが適応障害と うつ病 の違いです。持続的な憂うつ気分、興味・関心の喪失や食欲が低下したり、不眠などが2週間以上続く場合は、うつ病と診断される可能性が高いでしょう。

 

診断

 適応障害の診断は、除外診断であるという点でほかの精神疾患と趣が異なります。

 日常的範囲のストレス症状が出た後、1~3ヵ月という比較的短期間で、精神症状(うつ、不安、イライラ、焦燥、怒り、混乱)、身体症状(不定愁訴、睡眠障害、食欲低下、易疲労感、倦怠感、痛み、下痢)、問題行動(遅刻、欠勤、飲酒、夫婦不和、乱費、ギャンブル、自傷行為)などが顕著に出現します。そしてその結果、学業や仕事などの社会的機能が障害されます。精神疾患やストレス関連障害に該当する場合は当該疾患であるとします。そして、生死にかかわるような強大なストレスがある場合も、PTSDなどほかの疾患に分類されます。残ったものが適応障害となります。すなわち、適応障害とは、日常的ストレスと因果関係がはっきりしており、精神疾患や定型的なストレス関連障害の素因がなく、比較的軽度な症状にとどまるものをいいます。

 

適応障害の治療

 適応障害の治療のひとつは「ストレス因の除去」になります。また、ストレスをストレスと感じる人とそうでない人もいるように、ストレス耐性は人それぞれ異なります。治療はここにアプローチすることになります。つまり、「ストレス因に対しての本人の適応力を高める」方法です。さらに「情緒面や行動面での症状に対してアプローチ」することもあります。

ストレス因の除去

 ストレス因の除去とは環境調整することです。たとえば、暴力をふるう恋人から離れるために、ほかの人に助けを求めるなどがこれにあたるでしょう。ストレス因が取り除ける、あるいは回避できるものであればいいのですが、家族のように動かせないもの、離れるのが難しいものもあります。こうなるとストレス因の除去だけではうまくいきませんので、次のステップも必要となります。

本人の適応力を高める

 ストレス因に対して本人はどのように受け止めているかを考えていくと、その人の受け止め方にパターンがあることがみられます。このパターンに対してアプローチしていくのが認知行動療法と呼ばれるカウンセリング方法です。また、現在抱えている問題と症状自体に焦点を当てて、協同的に解決方法を見出していく問題解決療法もあります。

 この認知行動療法も問題解決療法も、治療者と治療を受ける人が協同して行っていくものですが、基本的には治療を受ける人自身が主体的に取り組むことが大切です。

情緒面や行動面への介入

 情緒面や行動面での症状に対しては、薬物療法という方法もあります。 不安や不眠などに対してはベンゾジアゼピン系の薬、うつ状態に対して抗うつ薬を使うこともあります。ただし、適応障害の薬物療法は「症状に対して薬を使う」という対症療法になります。根本的な治療ではありません。

 適応障害の治療は薬物療法だけではうまくいかないことが多いため、環境調整やカウンセリングが重要になっています。

 環境調整には、ストレスを自認・開示(家族や上司など周囲に伝える)、負荷経減(問題の先送り、仕事の軽減など)、体調管理(食事(バランス良、腹八分目)、休養・睡眠、健康チェック)、気分転換(元来自分が楽しめることをする、愚痴をいう)のような方法があります。自らのストレスを認め、その状況を職場や家族に率直に明かします。そして、バランスのよい食事をとり、ぐっすり眠る。ストレスに真正面から取り組むよりは、気分転換したほうがよいケースが多いです。負担のない趣味を続けたり、利害関係のない友人に愚痴を開いてもらうだけでも効果があります。主治医が聞き役になることも適切な治療といえます。

 

(1)認知行動療法

 認知行動療法とは、認知の歪みを正すことにより患者の行動を変容させるというものです。 

 適応障害の治療においては、自分がストレスに暴露して症状が出ていることを正しく把握させ、当該場面における適切な対応法を学習・訓練させます。最終的には状況のセルフコントロールを目指します。

(2)薬物療法

 適応障害において、薬物療法はあくまでも補助的役割でありますが、不眠症状がある場合は対症療法的に睡眠導入薬を処方します。重症化した際はSSRIや抗不安薬を出します。睡眠導入薬や抗不安薬は依存を形成することがあるため、処方は数ヵ月にとどめ、改善しない場合は精神科を受診することが望ましいです。

 

経過と予後

 ストレスに起因するだけに、そのストレスが消えると治癒することが多い。また、仮にストレス状況が続いても、慣れによっておさまることもあります。適応障害は予後がよいものです。

 一部、うつ病など他精神疾患に移るものもありますが、その場合は診断当初に遡って診断を変更すべきケースです。