出向
出向とは、労働者が出向元企業に在籍のまま他の企業(出向先)に赴いて、当該出向先企業の指揮命令により労務関係を提供する形態をいいます。
出向には、籍を出向元の企業に残しておく『在籍出向』と、籍を出向先に移す出向『転籍』があります。
在籍出向については、出向応諾義務と出向後の労働条件が就業規則に定められており、その就業規則が従業員にあらかじめ周知されている場合には、包括的に同意があったものとして、必ずしも本人の同意を得る必要はないという包括的同意説をとっています。
一方、転籍は従業員の「個別的な同意」が必要であるとされています。
転籍の場合は労働契約の全部が転籍先に移転するため、出向と比べて従業員の身分が大きく変化しますので、「包括的同意」という抽象的な同意によって転籍させるのは従業員にとって不利益が生じる可能性があるからです。
労働者の出向先での労働条件は出向元、出向先及び出向社員との間の取り決めによって決定されます。この取り決めによって定められた権限と責任に応じて、出向元事業主又は出向先事業主が労働基準法上の使用者責任を負うことになります。
出向命令は、就業規則に出向応諾義務が規定されており、これを提示することで包括的同意を得たとされます。 (古川電工事件 東京地 昭52.12.21)
しかし、これはグループ企業やあらかじめ予想され得る出向先の場合に限られます。
出向において、完全他社への出向やあらかじめ予想できない企業等への出向の可能性がある場合は、下の規定例のように労働条件の明示等が必要となります。
就業規則規定例 第○条 (出向命令等) |
就業規則
身分にかかわる事項(定年、退職、解雇等の労働契約に関する事項)は、出向元の就業規則が適用されます。
労務提供と指揮命令関係にかかわる事項(服務規律や労働時間、休憩、休日、休暇等勤務に関する事項)については、出向先の就業規則が適用されます。
条項としては、少なくとも以下の項目が必要となります。
(1) 出向先の範囲
(2) 出向の際の手続き
(3) 出向期間
(4) 出向中の労働時間
(5) 復帰の際の手続き
(6) 復帰後の労働条件
労災保険
出向社員が実際に労務を提供しているほう(出向先)で適用されます。
労働保険料の申告・納付について、労災保険は出向元で支払われた賃金を出向先で支払われたものとみなして、出向先の賃金総額に含めて申告・納付します。
労災保険は、労働者個々人ごとに保険関係が成立するわけではなく事業場単位で成立するし、保険料も全額使用者負担になります。出向者の場合、通常は出向先の業務を処理しているから、当然に出向先企業の労災保険の適用を受ける。労働保険料は、その事業場における労働者の賃金に一定の保険料率をかけて算出するが、出向者の場合は、賃金を合算して出向先事業場に加算すべきことになります。
雇用保険
出向元と出向先の両方の雇用関係を有する出向社員は、同時に2つ以上の雇用関係にある労働者に該当し、その人が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受けている方の雇用関係について被保険者となります。
どちらが主なのか判断が難しい場合には、出向社員が選択するほうで被保険者資格が認められます。
労働保険料の申告・納付について、雇用保険は主たる賃金の支払われているほうで申告・納付します。
雇用保険は労働者個人ごとに成立するが、一人の労働者について保険関係は一つしか成立し得ない。したがって、出向労働者の場合は二つの雇用関係があるが、そのような場合は、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受けている雇用関係についてのみ成立することになる。したがって、どちらか賃金支払額の多い方に保険関係が成立することになる。その場合は、賃金額は合算しません。
健康保険・厚生年金保険
出向先、出向元のうち、給与を直接に出向社員に支払うほうで適用されることになります。
報酬の支払が出向先では行わず、出向元で支払っているような場合は、出向元で適用となります。
出向元、出向先、各々の事業所が、人事、労務、給与の管理等を行っているのであれば、常用的使用関係があると認められ、2以上勤務の被保険者となります。報酬を合算して保険料を決定し、報酬額による按分して保険料を決定します。報酬が2箇所で出ていた場合は、これらを合算した上で、二以上勤務として、どちらかを選択することができます。(ほとんどのケースで出向元が選択されます。)
労働時間、休日、休暇等
労働時間、休憩、休日、有給休暇などの勤務管理に関する事項は、出向規定等での定めがなければ、原則として出向先での適用とされます。
出向者の労務の提供に関係する労働条件については、まず出向規定等の定めに従い、この定めがない場合には、出向先の就業規則その他関連諸規定が適用されるのが原則です。労働時間、休憩、休日、有給休暇などの勤務管理に関する事項は、出向規定等での定めがなければ、原則として出向先の就業規則等が適用されます。
出向元より出向先の方が、労働時間を始めとする勤務管理に関する労働条件面で劣っていることがあります。出向元との違いで不利益が大きくなる場合には、出向元で一定の手当を支給するなどの配慮が必要でしょう。
年次有給休暇
出向は、出向元の会社を退職して他の企業に再雇用されるわけではありません。出向元との労働契約はそのままで、その契約関係の上に立って他の企業に赴き労務を提供するものですから、雇用の中止や中断とはいえず、継続した勤務といえます。従って、出向先においても出向元で発生した年次有給休暇を取得することができます。
厚生労働省の通達では、年休発生要件の「継続勤務」の意義について、 「継続勤務とは、労働契約の存続期間、すなわち在籍期間をいう。継続勤務か否かについては、勤務の実態に即し実質的に判断すべきものであり、次に掲げるような場合を含むこと。この場合、実質的に労働関係が継続している限り勤続年数を通算する。」とし、次に掲げる場合に、「在籍型の出向をした場合」を挙げています(昭和63年3月14日基発150号)。
年次有給休暇については、継続勤務したものとして、勤続年数を通算し、付与基準は出向元の規定によることとされ、請求手続きや時季変更権等については、出向先の規定を適用するのが妥当でしょう。
出向先の規定が適用されます。
しかし、期間満了しても復帰できない場合は退職となりますから、実際には、休職が発令された時点で出向元に復帰するような方法が多いでしょう。
なお、期間満了しても復帰できない場合は退職となります。
賃 金
出向社員の賃金をどちらが労働者に支払うべきにするかは、出向元と出向先が協議して決めるべきものです。
一般的には、出向元の規定が適用され、出向元が出向者に支払います。出向元との違いで不利益が大きくなる場合は、出向先は出向契約に定める負担額を出向元に支払うという方法によります。
(1) 関連会社に出向し、報酬の支払は出向先では行わず、出向元で報酬を支払っているような場合
「出向元との労働契約は存続しており、そのうえで報酬が出向元から支払われているものと思料する。労務管理は出向先で行われているとのことであるが、出向元で報酬を支払うに際して、その労働者の勤務状況等について把握していると考えられ、また、昭和32年2月21日保文発第1515号によると「労働の対償とは、被保険者が事業所で労務に服し、その対価として事業主より受ける報酬の支払ないし被保険者が当該事業主より受けうる利益」とあることから出向元で適用するのが妥当。」すなわち、出向元との雇用関係が継続している状態で、給与が出向元から支払われている場合、出向元で適用ということになります。
(2) 出向元事業所、出向先事業所の両方より、基本給等を按分して支給している場合
「出向元、出向先、各々の事業所が、人事、労務、給与の管理等を行っているのであれば常用的使用関係があると認められ、二以上勤務の被保険者となる。」すなわち、二以上勤務の適用となり、報酬は合算して保険料を決定した上で、報酬額による按分で保険料を納付することになります。
(3) 出向元事業所より、基本給等を支給し、出向先事業所より通勤手当、住宅の給与(現物給与)を支給している場合
「出向先事業所においては通勤手当、住宅の供与のみの支払いであり、これのみをもって常用的使用関係があるとは認めがたいことから、二以上勤務の被保険者とはならない。」このケースでは、雇用関係は両事業所との間にあっても、被保険者としての常用的使用関係を考えると、出向元でのみの適用(標準報酬の対象に、出向先での通勤手当、住宅が入らない)となるということになります。
日本製麻事件(大阪高裁昭和55年3月28日判決)では、出向元と出向先との間で、出向社員の給与は出向先において支払う旨の合意があった場合には、出向先が経営不振で給与が支払えずに、出向元に復帰しました。出向先が不払いにしていた給与について出向元に支払いを求めたが、裁判所は次のように述べて、出向元の支払義務を肯定しました。 「出向元である控訴会社が被控訴人(出向社員)との間に存続している前記雇用契約に基づいてこれを支払うとの暗黙の合意が・・・・成立していたものと認めるのが相当である。そうすると、訴外会社(出向先)が支払不能の状態に陥って被控訴人(出向社員)に対する給料・賞与の支払義務を履行することができなくなったことは右認定のとおりであるから、控訴会社(出向元)は被控訴人に対し、前記未払給料及び賞与の支払をなすべき義務を負うものといわなければならない。」
割増賃金については、賃金、賞与、労働時間・休日と同様に、出向規程等で定めていればこれに従い、定めがなければ原則として出向先での負担となります。
賞与
賞与は、基本的に支給対象期間の勤務に対応する賃金と考えられていますので、出向規定等で定めがない場合には、所定内賃金と同様に、出向先基準となります。
出向規定等の例では、出向元基準で出向元が支払う、あるいは出向先が出向先基準分を支払い、出向先基準での金額と出向元基準での金額との差額を出向元が補てんするというものが多いようです。
退職金
勤続年数については、通算するのが一般的です。
受益者負担の原則から、出向期間中の退職金は出向先が負担すべきものと考えられます。
出張旅費
出向先の業務遂行に伴ってかかる費用ですから、出向先の規定によるとされるのが一般的です。
福利厚生
出向規定等で福利厚生に関して定めていなければ、労務の提供に関係する分は出向先基準で、それ以外の出向元従業員たる地位に関係する分は出向元基準(場合によっては出向先の分との重複適用)となります。 社員食堂の利用や単身者用社宅・寮については労務提供に関係するものであることから、出向元の施設を利用できないことになります。 出向元の慶弔規定適用や社内預金・従業員貸付制度の利用は、出向者に残っている出向元での従業員たる地位に関係するものですので、出向者も利用・適用対象となります。既婚者向社宅とレクリエーション施設については、出向先から提供があるのかどうか、出向者が単身で出向先に行かざるを得ないのかどうかなど、それらの施設と労働提供との結び付きの強弱等からの総合判断で決まります。
労災給付
出向労働者については、「出向先事業の組織に組み入れられ、出向先事業の他の労働者と同様の立場で、出向先事業主の指揮監督を受けて労働に従事している場合」には、出向先の労災保険を適用するのが原則です。その際、出向元で払っている賃金を出向先賃金とみなし、出向先が保険料を納付します。出向元が賃金の一部のみを支払っているケースでも、同様に処理すべきです。出向先が出向元に追加の保険料負担分を請求するか否かは、出向先と出向元の話し合いによります。
退職、解雇、懲戒
出向労働者の出向先での勤務態度不良、上司の指示命令違反を理由に、出向元もしくは出向先どちらが懲戒処分・懲戒解雇することができるかについてですが、出向労働者が出向先の指揮監督下において、出向先の企業規律, 企業秩序の中で労務を提供している以上は、その服務規律違反に対しては、出向先が自社の就業規則に基づき、懲戒処分を行うことができます。
出向元は、出向労働者に対し、出向期間中は出向先の指揮命令に服して労働するよう命じ、出向労働者が出向先で労務を提供します。出向労働者は、出向元の出向命令に従って業務を遂行しているのですから、出向先における労務の不提供や服務規律違反は出向元に対する義務違反を意味することになります。したがって、出向契約や就業規則等において出向元に処分権が存する場合には、出向元に処分権が認められます。とくに、労働契約の解除を伴う処分(普通解雇・懲戒解雇)に関しては、そもそも出向労働者が出向元の従業員という身分を維持しているのですから、その権限は出向元にあると考えられます。判例でも、出向元は、出向先における勤務怠慢、上司の指示命令違反行為を自社の企業秩序違反とみなして、懲戒処分を行うことができるとしています(岳南鉄道事件・静岡地裁沼津支部昭59.2.29判決)。
・勧業不動産事件 東京地裁平成4年12月25日判決
・ダイエー事件(大阪地裁 平成7年10月11日決定)
出向労働者は出向先において労務を提供し、出向先の職場規律に服することになり、その規律を乱す行為がある場合には懲戒処分に処せられることになる。他方、その違反行為が出向元に立場からみても職場規律を乱したと思われる場合には、出向元にても懲戒処分をすることができます。
在籍出向中の者は、出向元、出向先それぞれに労働契約関係が存在するため、懲戒処分することにつき双方で処分を行うと、二重処分に該当する可能性があります。二重処分であるにもかかわらず有効とした判決もありますが、多くの批判、疑問があり、実務としては二重処分を避けるよう規定することが重要です。出向契約などの特約がない限り、原則として懲戒権は出向元(あるいは出向先)に属するなどと規定しておくことが無難といえます。
転籍
転籍には次の2つの場合があるとされます。
(1) 転籍元における雇用関係を終了させて、転籍先との間で新たに労働契約を締結する場合
(2) 転籍元と転籍先との間で労働契約上の使用者の地位を譲渡する場合
いずれの場合でも、転籍をした場合には、転籍元企業との間の労働契約関係は終了し、 転籍先企業との間の契約関係のみが存在することになります。
転籍は、企業の個別の人事異動として行われる場合も多いのですが、営業譲渡に伴い、事業の譲渡と一緒に労働契約が譲渡される転籍もあります。部門を独立させて別会社にする場 合、このような企業組織再編に伴う転籍もあります。会社分割の伴う労働契約の承継も転籍の一場面です。
(判例)
小野田セメント事件 東京高等裁判所(昭和48年11月29日)
三和機材事件 東京地方裁判所(平成7年12月25日)
新日本製鉄在籍出向事件 最高裁第2小(平成15.4.18)
日東タイヤ事件 最高裁第2小(昭和48・10・19)
日立製作所横浜工場事件 最高裁第1小(昭和48.4.12)
古河電気工業事件 最高裁第2小(昭和60・4・5)
労働相談・人事制度は 伊﨑社会保険労務士 にお任せください。 労働相談はこちらへ