脳・心臓疾患の労災認定基準

 脳・心臓疾患は、血管病変等が長い年月の日常生活の営みの中で発症するものですが、仕事が特に過重であったため、血管病変等が著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があります。このような場合には、労災補償の対象となると考えられます。

 行政通達で、過労による脳疾患・心疾患の労災認定基準として「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準」(平13.2.12基発第1063号)があります。

1 対象となる疾病 

(1) 脳血管疾患
    脳内出血(脳出血)  くも膜下出血  脳梗塞  高血圧性脳症

(2) 虚血性心疾患等
    心筋梗塞  狭心症  心停止(心臓性突然死を含む)  解離性大動脈瘤

2 認定要件

 次の(1)、(2)又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務上の疾病として取り扱われます。

(1) 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと異常な出来事)。

(2) 発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと短期間の過重業務

(3) 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと長期間の過重業務)。

 脳・心臓疾患の発症時期については、業務と発症との関連性を検討する際の起点となるものであるので、臨床所見、症状の経過等から症状が出現した日を特定し、その日をもって発症日とします。

 「過重負荷」とは、医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をいいます。

異常な出来事とは

 遭遇した出来事が下記に掲げる異常な出来事に該当するか否かによって判断されます。
ⅰ 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態(業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与し、著しい精神的負荷を受けた場合など)
ⅱ 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態(事故の発生に伴って、事故処理等に携わり、著しい精神的負荷を受けた場合など)
ⅲ 急激で著しい作業環境の変化(特に温度差のある場所への頻回な出入りなど)
か否かによって判断されます。

 評価期間は、発症直前から前日までの間となります。a1180_015750

 

短期間の過重業務について

 特に過重な業務とは、日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。)に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいいます。

 評価期間は発症前おおむね1週間です。

 特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、
(1) 発症直前から前日までの間について、
(2) 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合には、発症前おおむね1週間について、
業務量、業務内容、作業環境等具体的な負荷要因を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断されます。

 具体的な負荷要因は、次のとおりです。
  a 労働時間  b 不規則な勤務  c 拘束時間の長い勤務
  d 出張の多い業務  e 交替制勤務・深夜勤務 勤務
  f 作業環境(温度環境・騒音・時差)  g 精神的緊張を伴う業務

 

長時間の過重業務について

 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがあります。このことから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断されます。

 評価期間は発症前おおむね6ヵ月間です。

 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断されます。

 具体的には、労働時間のほか上記短期間の過重業務でみた具体的な負荷要因(不規則な勤務・拘束時間の長い勤務等)について十分検討することとなります。疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると、その時間が長いほど、業務の過重性が増し、具体的には、発症日を起点とした1ヵ月単位の連続した期間をみて、発症前1ヵ月から6ヵ月にわたって1ヵ月当たり、おおよそ45時間を超える時間外労働がみとめられない場合には、業務と発症との関連性が弱いと判断されますが、おおよそ45時間を超える時間外労働が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まるものと判断されます。
 発症前1ヵ月間におおよそ100時間を超える時間外労働が認められる場合、又は発症前2ヵ月から6ヵ月にわたって1ヵ月当たり、おおよそ80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと判断されます。これは、長時間にわたる時間外労働やそこから発生する睡眠不足からくる疲労の蓄積が、血圧の上昇などを生じさせた結果、血管の病気などを著しく悪化させるとの考えから示されたものです。

 以上を踏まえて判断されることとなります。

 

○「過重労働による労働者の健康障害防止」に対して事業主が講ずべき措置
 法定時間外・休日労働が月100時間を超えた場合、又は2~6ヵ月を平均して月80時間を超えた場合において、その労働者から疲労蓄積若しくは体調不良の申出が有ったときは、産業医の面接指導を実施する法的義務が発生します。
 また、産業医の面接指導の結果を5年間保存し、産業医の指導に基づき就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の必要な措置を講じなければなりません。  

(これらの措置を怠っていた場合は、労働者の脳血管疾患虚血性心疾患発症に対し、事業主の債務不履行責任が問われる可能性が非常に高くなります。)

 

(判例)

新宿労基署長事件 東京高等裁判所(平成3年5月27日)
地公災基金愛知県支部長(瑞鳳小学校教員)事件 最高裁判所第三小法廷(平成8年3月5日)
地公災基金東京都支部長(町田高校)事件 最高裁判所第三小法廷(平成8年1月23日)
横浜南労基署長(東京海上支店長付運転手)事件 最高裁第1小(平成12年7月17日)

 

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