懲戒の事由

 懲戒事由と懲戒処分の就業規則への明記が、労働基準法89条9号によって義務づけられています。

 どのような行為が、どのような制裁にあたるのか、制裁理由とそれに対応する制裁の種類と程度を出来る限り具体的に定めておきましょう。

 就業規則のポイントとしては、「経歴詐称」「誠実義務違反」「職務懈怠」「業務命令違反」「業務妨害」「服務規律違反」「私生活上の非行」などの項目にそって事由を規定していくと良いでしょう。

 特に懲戒解雇とする行為に関しては、トラブルとなることが多いため、出勤停止や減給などとは別に定めておきます。懲戒解雇については、その事由を就業規則に限定列挙する必要があり、明示がなければ懲戒することができません。懲戒処分をするには、その禁止事由が就業規則に定めてあるものに該当した行為の違反でなければなりません。

 懲戒処分該当の事由は、起こりうる職場規律違反行為について、具体的かつ網羅的に定めておくべきです。「○○○をすれば、○○の処分を受ける」ということを事前に規定しておくことが重要です。

 しかしながら、起こるかも知れないすべてのことを規定するのは、現実には不可能です。

 該当事項がない場合は、包括規定に該当するかどうかで判断する。各事項を列挙した最後に、「その他、前各号に準じる事由のあるとき」という定めをおくことが重要です。

 

 ここでは、具体的に懲戒の事由について載せてみました。

○経歴詐称

 経歴詐称については、判例も一貫して懲戒事由になることを肯定しています。

 詐称された経歴は重要なものであることを要し、最終学歴、職歴、犯罪歴などがこれにあたるとされています。採用面接時に使用者がどの程度注目していたか、詐称がどの程度業務に影響を及ぼしたか、詐称の程度が悪質か否か等から、その処分の程度が妥当かどうか判断されます。

・大和毛織事件(東京地裁 昭25.8.31)
 経歴詐称の詐術を用いて雇入れられたこと自体を制裁の対象とするに妨げなきもの。

 ・炭研精工事件(最高裁 平3.9.19)
 経歴の詐称を理由とする懲戒解雇につき、他の情状をあわせ考慮し、懲戒解雇事由としては相当であり、使用者の懲戒権の濫用には当たらないとされた。

(不信義性と解雇)
 「資料の一つである前歴を秘匿してその価値判断を誤らしめたという不信義性が懲戒事由とされる。」(東京出版販売事件 東京地裁 昭30.7.19

(学歴詐称と解雇)
 「2回にわたり懲役刑を受けたことを及び雇入れられる際に学歴を偽ったことが被上告会社就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する。」(炭研精工事件 最高裁 平3.9.19

 

○職務懈怠

 職務懈怠はそれ自体では債務不履行として賃金カットの対象になるに過ぎませんが、そのことが同時に服務規律に違反する場合は懲戒事由ともなります。

 職務懈怠による懲戒解雇が有効とされた例
 ・東京プレス事件(横浜地裁 昭57.2.25)
 ・日経ビーピー事件(東京地裁 平14.4.22)

(労働者の責に帰すべき事由と解雇)
 「原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合」 「出勤不良又は出欠常ならず、数回に亘って注意を受けても改めない場合」(昭和23.11.11 基発1637号、昭和31.3.1 基発111号)

(多数回に及ぶ遅刻と解雇)
 「回数にして60回、累計時間にして6630分(110時間30分)に及ぶ遅刻」(日産自動車事件 東京高裁 昭61.11.28

 

○業務命令違反

 時間外労働、休日労働、出張、配転出向等の業務命令違反です。

 その命令が労働契約に基づく正当な権限の行使かどうか、労働者側にその命令に服しないことにやむを得ない事由が存在するかが判断事由になります。

  所持品検査など労働者の人格に関する侵害を伴いやすい場合には、使用者の権利行使の適法性は厳しい要件が課されることになります(西日本鉄道事件 最高裁 昭43.8.2)。

 ・愛知県教育委員会事件 最高裁第1小(平成13.4.26)

 

○業務上の虚偽報告
 「警告を熟知していたにもかかわらず、あえてこれを無視し、前記不正打刻に及んだものであって、このような事実関係のもとにおいてはこの不正打刻がふとしたはずみの偶発的なものという認定は極めて合理性に乏しく、原告の懲戒解雇は有効である。」(八戸鋼業事件 最高裁 昭42.3.2

 

○服務規律違反

 横領、背任、リベート、会社物品の窃盗、損壊、同僚への暴行、セクシュアルハラスメント、部下の不正の見逃しなどです。

崇徳学園事件(最高裁 平14.1.22)
 法人の事務局の最高責任者が会計処理上違法な行為を行い、法人に損害を与えた行為について、法人が同人を懲戒解雇したことは、客観的にみて合理的理由に基づくものであり、社会通念上相当であるとされた。

・関西フェルトファブリック事件(大阪地裁 平10.3.23)
 業所長ないし所長代理として、経理担当者の横領行為を容易に知り得る状況にあったにもかかわらず、経理内容のチェックを著しく怠ったため、横領行為の発見が遅れ、その結果、被害額を著しく増大させた事例で、懲戒解雇が認められた。

・バイエル薬品事件(大阪地裁 平成9.7.11)
 場合として、所定の手続を経ることなく無断で総額1, 500万円の機器を私用のため購入し、納入業者から不正納品書及び請求書を提出させ、同社から過払いとして返金を受けた現金10万円を勝手に使用した事例で、懲戒解雇が認められた。

・東栄精機事件(大阪地裁 平8.9.11)
 無断でコンピューターデータを抜き取り、メモリーを消去し、加工用テープを持ち帰った事例。本件は懲戒解雇事由が認められる場合であったが、通常解雇として解雇された。

・ナショナルシューズ事件(東京地裁 平2.3.23)
 商品部長という要職にありながら、勤務会社の業種と同種の小売店を経営し、勤務会社の取引先から商品を仕入れ、また、商品納入会社に対する正当な理由のないリベートの要求・収受を行った事例で、懲戒解雇が認められた。

八戸鋼業事件(最高裁 昭42.3.2)
 同僚の出勤表にタイムレコーダーで退出時刻を不正に打刻した事例で、懲戒解雇が認められた。

 

○会社の名誉・信用の毀損

(会社の信用の毀損と解雇)    
 「会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認めなければならない。」(日本鋼管事件 最高裁 昭49.3.15

 

○内部告発と機密漏洩

 企業の違法行為を正すための労働者の内部告発行為に関しては、平成16年に制定された公益通報者保護法によって、一定の公益通報をしたことを理由とする解雇が無効とされ、その他の不利益取扱いが禁止されました。

(内部告発・機密漏洩と解雇)  
 「内部の不正疑惑を解明する目的で行動していたもので、実際の疑惑解明につながったケースもあり、内部の不正を糾すという観点からはむしろ被控訴人の利益に合致するところもあったというべき(中略)、控訴人らの各行為に懲戒解雇に当たるほどの違法性があったとはにわかに解されない。」(宮崎信用金庫事件 福岡高裁 平14.7.2

 

○会社内の政治活動

 会社内の政治活動について、判例は、従業員間に対立を生じさせやすく、また企業の施設管理や他の労働者の休憩時間自由利用に支障を及ぼすおそれがあることから、これを就業規則等で一般的に禁止したり、許可制や届出制によって制限することは合理性があるとし、労働者の行う政治活動が実質的にみて企業秩序に違反していない特段の事情のあるときには、就業規則等の規定の違反にならないと解しています。

目黒電報電話局事件(最高裁 昭52.12.13)
 「職場は業務遂行のための場であって政治活動その他従業員の私的活動のための場所でないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでない(中略)、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許される。」 

明治乳業事件(最高裁 昭58.11.1)

 

○従業員たる地位・身分による規律違反

 二重就業、私生活上の非行等があります。

 二重就業禁止の違反について、会社の職場秩序に影響せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度、態様のものは禁止の違反とはいえず、そうでないものは懲戒処分の対象となるとされています。

・橋元運輸事件(名古屋地裁 昭47.4.28) 
 懲戒事由としての「二重就職」について、会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度のものは含まれないとした。

福井新聞社事件(福井地裁 昭62.6.19)
 ある会社の退職者が設立したライバル会社が、大量の労働者を引抜くという異常な事態が進展している中で、その会社を退職しライバル会社に就職した場合は、就業規則上の退職金不支給事由である、「競争関係にある同業他社へ就職するため退職したとき、又は引抜きに応じ退職したとき」に該当するとして、既に支払った退職金を不当利得として返還を認めた。

(二重就職禁止義務違反と解雇)  
 「無断で二重就職したことは、それ自体が企業秩序を阻害する行為であり、債務者に対する雇用契約上の信用関係を破壊する行為と評価されうる。」(小川建設事件 東京地裁 昭57.11.19

(二重就職禁止義務違反の例外と解雇)    
 「休職期間中近くの守田織物工場の主人の守田某に手伝いを頼まれた(中略)もので(中略)、企業秩序に影響せず、会社に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度のものは含まれないと解する(中略)、したがってこれを懲戒事由とすることが出来ない。」(平仙レース事件 浦和地裁 昭40.12.16

 

○従業員の業務外の非行

 原則的には、従業員の業務外の非行に対して、会社が懲戒処分することはできません。しかし、業務外での行為でも、社会的に影響を与えるような行為であって、会社の信用を失墜させたり、名誉を著しく汚すような行為を行った場合には問題は違ってきます。社員が刑法上の犯罪を犯したときなどには、罪状によっては懲戒解雇などの厳しい処分に付することもできます。職場外で勤務時間外で行う行為でも、労働契約上の誠実義務違反となり、懲戒処分の対象となることがあります。

 職場外での犯罪行為については、その行為の性質、情状、会社の種類や規模や地位等、労働者の会社内での地位や職種などを総合的に判断し、会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当程度重大といえる場合には、客観的合理性が認められます。

 男女関係の問題については、懲戒解雇の社会的相当性が認められることはあまりないようです。

関西電力事件(最高裁 昭58.9.8)
 内容が事実を歪曲しかつ中傷誹謗にわたっている会社攻撃ビラをまき、従業員の不信感をあおるとして企業秩序に反するとされた事例

 業務外の私事行為について、会社の信用や名誉を失墜するほどまでなかった場合は、譴責処分等、比較的軽い処分で済むことが多いようです。

(例)
 ・終業後に酒酔い運転で物損事故を起こした場合
 ・終業後にパブやクラブ等で無断で働いていることが判明した場合
 ・妻子ある上司が、部下と不倫関係を続けていることが発覚した場合
 ・インターネットを使って会社や上司・同僚を中傷した場合
 ・カードによる買い物で自己破産の宣告を受けた場合

 (酩酊による非行と解雇)
 「右犯行は酔余に出たものであることが認められ、その処罰が小額の罰金刑に止まる点からみても、その罪質、情状において比較的軽微なものであった(中略)、社会的に報道されなかった事実は争いがなく(中略)、企業上問題となるような現実の損害を生じた事実については、疎明がない(従って、懲戒解雇は無効)(横浜ゴム平塚製作所事件 東京地裁 昭41.2.10

 

(判例)

愛知県教育委員会事件 最高裁第1小(平成13.4.26)
帯広電報電話局事件 最高裁判所第一小法廷(昭和61年3月13日)
岳南鉄道事件 静岡地裁沼津支部判決(昭和59年2月29日)
小倉炭鉱事件 福岡地裁小倉支部判決(昭和31年9月13日)
ジャパン・タンカーズ事件 東京地裁判決(昭和57年11月22日)
昭和自動車事件 福岡高裁判決(昭和53年8月9日)
大正製薬事件 東京地裁判決(昭和54年3月27日)
大和交通事件 大阪高裁判決(平成11年6月29日)
中国電力事件 最高裁第3小(平成4・3・3)
東京厚生年金病院事件 東京地裁判決(昭和41年9月20日)
東北日産電子事件 福島地方裁判所会津若松支部(昭和52年9月14日)
十和田観光電鉄事件 最高裁第2小(昭和38・6・21)
日平産業事件 横浜地裁判決(昭和38年4月22日)
日鉄鉱業事件 福岡地裁飯塚支部判決(昭和34年7月31日)
日本ファイリング製造事件 東京高裁判決(昭和51年7月19日)
ファースト商事事件 東京地裁判決(昭和48年1月29日)
富士重工原水禁事情聴取事件 最高裁判所第三小法廷(昭和52年12月13日)
平和産業事件 神戸地裁決定(昭和47年8月21日)
三矢タクシー事件 浦和地裁(昭和63年3月7日決定)
洋書センター事件 東京高等裁判所(昭和61年5月29日)
山口観光事件 最高裁第1小(平成8・9・26)
横浜ゴム事件 最高裁第3小(昭和45・7・28)
リオ・ティント・ジンク事件 東京地裁(昭和58.12.14)

 

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