就業規則による労働契約の内容の変更

 第四銀行事件 (最高裁判決 平9.2.28)では、就業規則による不利益変更の合理性の有無は、次の7つの要素を総合的に考慮して判断すべきとしています。

(1) 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度

 不利益の程度とは、賃金カット前の賃金とカット後の賃金を比べて、そのカット率が何%になるかです。従業員の被る不利益が大きければ大きいほど、合理性ありと判断されるハードルは高くなります。例えば賃金制度を変更する場合、賃金が増えた人もいれば、減った人もいるということがあります。全体として、不利益変更になっているかどうかは、合理性判断の1つの要素として考慮されますが、この場合でも、一部の従業員に不利益が発生するのであれば、不利益を緩和する措置が必要になります。

(2) 使用者側の変更の必要性の内容・程度

 必要性の内容・程度の中身については、会社にとって現実的でかつ具体的なものでなければならない。単に、抽象的に規整緩和の時代だからとか、自由競争の時代だからと言うことはありません。

 過去の判例によれば、次のような事例は、就業規則の不利益変更の合理性が認められやすい傾向にあります。

① 法律の要求に伴う必要性 
 週休2日制の実施に伴う労働時間の延長、定年延長実施に伴う賃金のカット等があげられます。

② 合併による労働条件統一に伴う必要性
 合併によって賃金カット等の不利益変更が実施されても、合併による労働条件の統一の要請が強く作用します。

③ 企業経営の破綻  
 経営状況が破綻にいたるような重大かつ緊急な場合は、賃金カット等の不利益変更の必要性が認定されやすいのです。

 特に、賃金や退職金などの重要な労働条件を不利益変更する場合は、より高いレベルでの必要性が要求されます。つまり、合理的であるかどうかは、ケースバイケースで判断されるということです。

(3) 変更後の就業規則の内容自体の相当性

 就業規則の内容自体の相当性については、次の2点が注意点です。     

① 不公平な適用は行わない。 
 具体的には、賃金カットを55歳以上の従業員に限定し、そのカット分を中堅層に配分するというような事例である。これは、一部の従業員に対するねらい撃ちに当たるため相当性が認められず、その結果合理性もないと判断される。不利益の緩和を図って、少なくとも、そのグループの半数程度には、やむを得ないものとしてでも受け入れてもらえるよう努力すべきです。

② 移行措置を設ける  
 賃金制度を変更する場合は、個々の従業員の賃金総額が下がらないよう調整手当を支給して、3年とか5年の移行期間を設けて、段階的に減額していくような経過措置をとっておけば、相当性は認められやすくなります。  高年齢者やパートタイマーといった一部のグループにのみ大きな不利益を生じるような場合は、不公平な取扱いとされ、相当性が認められにくいです。

(4) 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況

 代償措置とは、賃金の引下げとは別に、労働時間を短縮する、定年を延長する、年次有給休暇の取得促進など、他の労働条件を有利に変更するという措置を採ることです。

 代償措置は、合理性を備えるための極めて重要な条件です。当該代償措置をとるための資金余裕がないために、代償措置をとらずに不利益変更を行う場合は、他の判断要素で合理性を補強する必要性があります。

(5) 労働組合等との交渉の経緯

 多数労働組合又は多数従業員との交渉については、必ず交渉を行い、できれば労働組合や従業員代表の同意を取っておきたいものです。判例でも、同意があればそれが尊重される傾向にあります。

 多数の者が不利益変更に同意しておれば、不利益変更の合理性が備わっているとみなされるといえます。

(6) 他の労働組合又は他の従業員の対応

 他の労働組合又は他の従業員の対応に関しては、これらの該当者に対しても十分な交渉・説明を行う必要があります。少数者といえども無視することなく十分な交渉・説明を行い、不服を出さないよう努めるべきです。  不利益変更をする前に、まずは、役員報酬の減額や遊休資産の売却、交際費の削減などできる限りの努力をしておくことが前提です。いきなり「賃金を切り下げる」と言っても、従業員の理解は得られません。また、不利益をできる限り緩和するなど従業員の同意を得るための措置も必要でしょう。

(7) 同種事項に関する我が国社会における一般的状況

 不利益変更内容の同業他社状況とは、自社の不利益変更内容が同業他社に比べて厳しすぎるか否かの検証を行う必要性があることを意味します。

 最高裁判例によれば、合理的であるかどうかは、就業規則変更の必要性と労働者の受ける不利益を比較考量して、ケースバイケースで判断すべきということです。裁判例は、それが労働条件中最も重要な賃金の低下という労働条件の改悪を意味するところから、とくに大幅かつ中高年労働者等の特定階層への狙い打ち的な急激な賃下げに対しては、賃下げを招く降格・降級、就業規則の変更などを無効とするなど慎重な判断を示しています。

 合理性がないと判断される不利益変更は無効となります。特に、賃金や退職金など労働者にとって重要な権利や労働条件に関する不利益変更には、「高度の必要性」が必要とされています。

 賃金カットを実施せざるを得ない場合は、上記の7判断要素を徹底的に補強してから実施すべきである。賃金カットは決して安易に行うべきものではなく、事前の対策を十分にたててから行わないと極めて面倒な事後対応が待っていることを認識しなければならないのです。

 

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