最大多数の最大幸福社会

 天国への道を歩むのは、狭き門より入り、狭き山道を上ることに似ている。地獄へ堕ちる道は、その門は広く、その道も緩やかにゆっくりと下ってゆく。

 「最大多数の最大幸福社会」は、与えられるものではない。一人ひとりの思いと努力によって、つくり上げていくべきものである。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『未来への国家戦略』で次のように説かれました。

「ただ、私は、あなたがたに、明らかに言っておきたいのです。「勤勉に働く人たちが意欲を失うような社会は、神仏の願う社会ではない」ということを。この地上は、困難に満ち満ちています。しかしながら、そのなかで、智慧と汗を絞って未来を切り拓いていくことこそ、人々に課せられた責務であるのです。あなたがたは、国家社会主義によって、ゆりかごから墓場まで面倒を見てもらうために、生まれてきたのではありません。あなたがたは、世を照らすために生まれてきたのです。「自分自身を照らし、他の人々を照らす」という目的のために生まれてきているのです。地獄への道は、善意で舗装されています。誰が聴いても耳触りのよい言葉は、残念ながら、天国へは通じていません。天国へ通じる道は、茨の道です。あなたがたは額に汗し、智慧を絞り、共に手を携えて一生懸命に努力しなければ、その茨の道を歩んでいくことはできないのです。天国への道を歩むのは、狭き門より入り、狭き山道を上ることに似ています。一方、地獄へ堕ちる道は、その門は広く、それをくぐる者多く、その道も緩やかにゆっくりと下ってゆくものです。上り坂は誰もが苦しいものですが、下り坂は容易です。そのため、ともすれば、人は、下り坂に入ろうとします。また、下り坂の道に誘う者を、善意のある者と曲解する傾向もあります。これは、まことに悲しいことです。国家社会主義という、20世紀中に終わるべきであった文明実験が、21世紀に入っても続いているわけです。私は、「もう、そろそろ、これを終わらせなければいけない」と考えています。神仏やあの世、霊的存在を否定した世界観に基づく国家は、間違った国家です。日本は、そうした国の仲間になってはなりません。断じて仲間になってはいけないのです。神を信じ、神の御心を信じ、自らの智慧と努力によって、栄冠を勝ち得るような社会を建設しなければならないのです。「最大多数の最大幸福社会」は、与えられるものではありません。巨大権力によって、つくり上げられるものでもありません。一人ひとりの思いと努力によって、つくり上げていくべきものなのです。ゆえに、私は、あなたがたに言いたい。政府に“おねだり”をするのは、もう、やめようではありませんか。それは、あなたがたの本来の使命とは違うものです。あなたがたは、今世で、使命が終わるわけではありません。今世で、命が終わるわけでもないのです。永遠の旅人として、道を歩む者であるのです。そうであるならば、多少、厳しく聞こえるかもしれませんが、私の声に耳を傾けてほしいのです。」