生命の探究に向けて

 霊的進化論を語る上では、宇宙の成り立ちに近い、「そもそもの起源論」が必要です。

 宇宙にはもともと、生命が満ち溢れており、汎生命論とでもいうべき世界観から、宇宙は始まりました。幸福の科学大川隆法総裁の著書『信仰論』には、次のようにあります。

 「 根源の仏とは、智慧をふくみ、エネルギーをふくみ、創造する方向性を持つ、目に見えぬ霊的な磁場としての存在、巨大な発電機のような存在です。宇宙にパイプを張り巡らせて、光を供給している根本の存在を、『根本仏』と呼んでいるのです 」

 「人間はそれぞれ生命を持っていますが、その生命の源は何かといえば、もとをたどれば、結局、根本仏が大宇宙を創造したときの光なのです。この光の一部が小さく分光して、個々人の魂として肉体に宿っています。また、その光は動植物のなかにも宿っています。これを『仏性』と呼んでいるのです 」

 

「創造性という方向性」が盛り込まれた霊的進化論

 宇宙の起源について、大川総裁の著書『幸福の法』には、次のように説かれています。

「宇宙が創られたのは、そこに、進化する生命たちをはぐくもうとする念いがあったからです」

 ここでは、「進化する生命たち」と説かれています。つまり、生物は進化するものであり、そこには創造する方向性を持つ光が関わっています。ただ、目に見えない作用で変化した生物にも、自然界において「自然淘汰」は働くことでしょう。

 従来の進化論と霊的進化論が異なるところは、「偶然に起きたのか、あるいは、創造という方向性があったのか」ということになります。

 さらに言えば、適応した生物が存在する理由は、従来の進化論では「自然淘汰」にすべて帰しますが、もとより変化の方向性があるのであれば、自然淘汰が担う役割の比重は軽くなるでしょう。

参考