リーダーシップ理論
「リーダーシップ理論」とは
リーダーとリーダーシップは響きが似ていることから、意味を混同して使用してしまうことがあります。この2つの言葉は似ているようで違います。
リーダーは組織や集団を運営していく上での役割や機能のことを意味します。
リーダーシップは、指導力や統率力などと表現されますが、共通しているのは、「ある目標を達成するために個人やチームに対して行動を促す力、またはその能力」という意味があります。
組織や集団がある目標を達成するために、リーダーがどのようなスタンスや行動をとることが効果的なのかを考察するのが「リーダーシップ理論」なのです。
リーダシップ行動理論
リーダーシップに関する理論については、アプローチの仕方によって次の3つの理論に大別することができます。
・リーダーシップ特性論アプローチ
・リーダーシップ行動論アプローチ
・リーダーシップ状況論アプローチ
1 リーダーシップ特性論アプローチ
リーダーシップ特性論アプローチとは、優秀なリーダーとは一般の人々とは異なる優れた個人的特性を持つという考え方と、リーダーシップの有効性はリーダーの個人的特性によって規定されるという仮説に基づくものです。
このアプローチについては、1930年〜1940年ごろにかけて多くの研究が行われました。その結果、優れたリーダーの持つ個人的特性として以下のようなものがリストアップされました。
a) 知性:学識、判断力、創造性
b) 行動力:判断力、協調性、社交性、適応力、達成志向、根気、忍耐力
c) 信頼感:自信、責任感、地位
「リーダーは生まれ持った特性によってリーダーシップを発揮している」という考えを基に、その人の性格や資質を分析し、優秀なリーダーかどうか区別しようとしました。しかし、優秀なリーダーを研究しても、必ず特性が同じ結果になるわけではないので、この理論を科学的に証明することは難しく、十分な研究結果を得られませんでした。
それは、優れたリーダーに求められる個人的特性は、集団や組織のタイプやその時々の状況によって異なっているためであると考えられ、リーダーシップ行動論アプローチへと研究は進んでいきました。
2 リーダーシップ行動論アプローチ
特性理論とは対照的に、「リーダーシップは天性のものではなく、行動によって発揮される」と考えられたのが「行動理論」です。優秀なリーダーの行動を研究し、それを他のリーダーに模倣させることにより、優秀な人材に育て上げようとしました。
行動理論は、アイオア大学、オハイオ州立大学、ミシガン大学、九州大学など世界中で研究されました。研究方法に多少の違いはありましたが、結論はほぼ同じでした。
「目標を達成するための行動」と「周囲の人間へ配慮した行動」という2つの項目において、両方とも高い評価を得たリーダーが優秀であるという結論です。結果として、仕事内容と周囲の人間の両方に高い関心を示すリーダーが理想的であるとされました。
リーダーシップ行動論アプローチとは、優れたリーダーシップを発揮する人とそうでない人との間で行動のパターンが異なっているのではないかという仮説に基づくものです。
このリーダーシップ行動論アプローチにおける代表的な理論は、次の2つの理論です。
a) マネジアルグリッド理論
b) PM理論
マネジアルグリッド理論では、「構造づくり」「配慮」という2つの軸に基づいてリーダーシップに関する行動の分析を行います。
構造づくりとは、メンバーに対して仕事を割り振り、業績水準を明確に示し、社内規則や手続きに従うことを求めるような「生産志向」の行動を指します。
一方の配慮とは、メンバーに対して関心を示し、意見を求めたりメンバーの相談に乗ったりして、メンバーの行動を支援するような「従業員志向」の行動を指します。
行動の分析にあたっては、縦軸に従業員志向に関する関心の度合いが、横軸に生産志向に関する関心の度合いが、それぞれ9段階に分けて示され、両方に対して最も関心の高い「9・9型」が最も有効なリーダーシップであるとされています。
PM理論では、「課題遂行(Performance)」と「集団維持(Maintenance)」の軸に対して高低の2段階を組み合わせて4つのタイプを定義し、このうち2軸が両方とも高い水準にある「PM型」のリーダーシップの下では、組織の生産性や満足度が最も高くなるということが実証的に明らかにされています。
3 リーダーシップ状況論アプローチ
行動理論が広く認知されるようになったのち、新たに生まれたのが「条件適合理論」です。「コンティンジェンシー理論」ともいわれます。
「優秀なリーダーは、特定の特性や行動様式を持っているのではなく、リーダーシップのスタイルを状況に応じて使い分けている」という考え方です。
研究の結果、周囲の人間が置かれている環境や状況で、その都度リーダーの行動パターンも変化し、臨機応変に対応していることが分かったのです。
上記のような変遷を経て、長年「リーダーシップ理論」は研究されてきました。そして、それは現在も続いています。
リーダーシップ状況論アプローチとは、メンバーのそれぞれの状況に応じてスタイルを変更していくものです。
状況論アプローチで代表的なものが、フィードラーの「コンティンジェンシーモデル」です。
フィードラーのコンティンジェンシーモデルでは、リーダーシップの特性を「一緒に働くのが一番嫌な人(LPC:Least Prefferd Coworker)」の概念を用いて分類します。
リーダーにLPCに該当する人を評価してもらうことで「LPCスコア」を入手します。
このLPCスコアが高いリーダーは、嫌いな同僚であっても好意的な評価を行っていることから、「人間関係志向」が高いリーダーであるということができ、LPCスコアが低いリーダーは、嫌な同僚を否定的に評価し仕事に感情を持ち込まないことから、仕事への志向の強いリーダーです。
状況に関する要因としては、「リーダーとメンバーの間の信頼関係」「仕事の構造化」「リーダーの職以上のパワー」という、3つの要因から規定される「状況の好意性」の概念が用いられます。
リーダーとメンバーの間の信頼関係が強く、高度に仕事が構造化され、リーダーの職以上のパワーも強いという「状況の好意性の非常に強い」状況と、「状況の好意性の非常に弱い」状況においては、「仕事思考」のリーダーが高い成果をあげ、「状況の好意性が中程度」の状況では「人間関係志向」のリーダーが高い成果をあげると言われています。
リーダーシップの研究については、個人的特性に着目したものから状況への適応に着目したものへと変化してきました。
リーダーが組織においてリーダーとして機能するためには、リーダーにつき従うフォロワーの存在が必要不可欠です。
個人としてどんなに仕事で高い業績を挙げることができたとしても、リーダーとしての存在を認めて従ってくれるフォロワーがいなければリーダーとなることはできません。
そのためにもメンバーとの間の信頼関係を強化し、状況に応じて適切なリーダーシップのスタイルを取ることができるようにしていく必要があります。
リーダーシップ行動理論
リーダーシップは、企業・組織編成において必要不可欠な最重要要素のひとつであり、古今東西を問わずいつの時代もあらゆる研究が行われてきました。研究初期のリーダーシップ理論は、偉人や歴史的な英雄を優秀なリーダーとしてフォーカスし、性格や勇気、行動力など、その人物が生まれながらにして持ち合わせた能力によりリーダーシップが発揮されると考えられていましたが、それら先天性の資質を持ち合わせた人物が必ずしもリーダーシップを発揮するとも限らないことから、リーダーの行動特性による行動理論の研究が推し進められ、現代では、リーダーシップは言動やマネジメントのあり方で持ち合わせることができるとして、経営方針の違いによるリーダーシップのあり方を類型化したリーダーシップ行動理論が展開されています。
リーダーシップはいくつかの理論で分類されています。
コンセプト理論
コンセプト理論は、ビジネスにおける環境、組織の状況、メンバー構成などの状況に応じたリーダーシップの具体的な方法に着眼した理論です。
コンセプト理論は、状況に応じてリーダーシップ・スタイルを変化させる必要があるとして「条件適合理論」を継承した理論であり、環境変化に応じたリーダーシップのあり方をさらに深掘りし、具体的なリーダーシップを以下の5つのスタイルに分類しました。
1 「カリスマ型リーダーシップ」 企業・組織を力強く牽引する
カリスマ型リーダーシップとは、並外れた力を発揮するリーダーシップのことです。たとえば、Apple社の元CEOスティーブ・ジョブズ氏やセブン&アイ・ホールディングスの元CEO鈴木敏文氏などが発揮したリーダーシップです。
カリスマ型リーダーシップにおいて重要なのは、いかにして周囲にカリスマ性を認知してもらうかにあります。カリスマと認知されるためには、日頃の言動はもちろん、組織を牽引するビジョンの発信、ビジョンの実現に向けた並外れた行動力、そしてリスクを恐れないチャレンジ精神、さらには現実的かつ客観的な評価スキルを持ち併せ、組織全体のモチベーション源泉となる人間性や人徳が不可欠であると言えます。
明確なビジョンを提示すると同時に、リスクを一手に引き受けます。環境を現実的に評価しつつ、組織を構成するメンバーのニーズや感情に的確に対応し、理解を示すような特徴があります。
カリスマ型リーダーシップが機能すれば、企業を業界トップにも押し上げる力をリーダーは発揮するのです。
カリスマ型リーダーシップは、組織を急成長させる原動力となる大きなメリットがある一方、リーダーの影響力が強すぎることで生じるリーダーへの依存や、後継者育成の問題などが生じる懸念を孕んでいます。
強烈なリーダーシップに甘んじた場合、社員の自主性は失われます。リーダーへ依存すれば、次世代のリーダーの育成問題に大きな影を落とすでしょう。能力の差がプレッシャーとなれば、後継者は育ちにくくなります。
2 「変革型リーダーシップ」 変わるべき時に力強く発揮される
「企業の業績がV字回復した」といったニュースに象徴されるのが、変革型リーダーシップです。変革型リーダーシップは、経営危機に面した企業を大胆な改革により回復を遂げる場合に発揮されます。
組織内の危機感を醸成し、それをもとに企業の進むべき新たなビジョンを構築します。変革のための組織づくりをし、組織内で自発的な活動を促すのです。そうすると、早い段階で小さな成功がもたらされるため、その成功の積み重ねで企業の業績は回復します。
リーダーシップ論の権威であるハーバード大学ビジネススクールのジョン・コッター教授は、「リーダーシップは変革能力であり、マネジメントは管理能力である」と言っています。
変革型リーダーシップにおいての要点は、リーダーシップ=変革能力とし、管理能力=マネジメントと明確に区別している点にあります。また、変革を必要とする状況下において必要なリーダーシップは、①方向を定めること、②部下を目標に向けること、③部下のモチベーションを高めること、の3点に集約し、部下の自発的な行動を促し行動変容を促すことこそリーダーシップであるとしています。
また、変革型リーダーシップにおいて重要なのは、ビジョンを明確に定め、最初に明示することだとしています。ビジョンとは具体的なゴールであり、ゴールに到達した状態を明確化することで、部下のモチベーション向上を図り、行動変容を促します。
変革型リーダーシップ理論の代表的な学者である、ミシガン大学ビジネススクール教授のノール・M・ティシー(Noel M.Tichy)は、「企業・組織が長期的に勝ち続けるために変革型リーダーシップは必要なものである」と述べており、早い段階で小さな成功をもたらすことができたり、その積み重ねにより、さらに大きなブレイクスルーを実現できるメリットがあるとしています。
カリスマ型リーダーシップ同様に、組織を牽引するビジョンの発信、ビジョンの実現に向けた並外れた行動力、そしてリスクを恐れないチャレンジ精神、さらには現実的かつ客観的な評価スキルが必要となることから、次世代リーダーの育成には多大な時間を要する点が難点として挙げられます。
3 「EQ型リーダーシップ」 感情レベルに働きかける
EQ型リーダーシップは、リーダー自らが組織の構成員の感情やモチベーションに働きかけ、ポジティブな方向へと舵を取っていくリーダーシップです。
EQとは「Emotional Intelligence Quotient」の略で、直訳すると「感情的知能指数」です。
20世紀末期にアメリカの心理学者、ダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman)により提唱されました。
EQ型リーダーシップは、「部下の感情を正しく導くことで、組織運営を良い方向に導く」という考えに基づいています。
組織のマインドを高め、チームワークよく組織を動かしたいときに有効なリーダーシップといえます。
EQ型リーダーシップは、リーダーが自分の感情を理解するところから始まり、自分の感情をコントロールし、他者理解に進むのです。
他者を理解のうえで、他者の感情への働きかけをコントロールしていき、感情を汲み取ってもらったメンバーは、リーダーに対する忠誠心を持ち、職務に対して意欲的に取り組みます。その結果、企業業績にも大きな利益をもたらすわけです。
EQ型リーダーシップは、メンバーとのコミュニケーションが不可欠とされており、以下4つのポイントから成り立っており、①から④を段階的にクリアすることではじめて、EQ型リーダーシップを適切に発揮することができます。
①自分の感情を認識する
②自分の感情をコントロールする
③他者(メンバー)の気持ちを認識する
④人間関係を適切に管理する
メンバーを理解し、信頼関係を構築するには共感が必要です。共感するためには、まず自分の感情を認識し、コントロールできなくてはなりません。また、メンバーの気持ちを認識することも重要です。これらができて、はじめて人間関係を適切に管理することが可能となり、価値観を共有しながら組織を率いるリーダーシップを図ることができるのです。
P行動よりもM行動に重きを置いている概念だといえるでしょう。課題軸でも、EQの下支えがあり、感情が成果を妨げるわけではないと主張しています。
現代のリーダーシップ理論で重要となるポイントは、「リーダーシップは個人の資質やスキルだけでなく、他者や環境により変化させる必要がある」という考え方です。EQ型のリーダーシップでは、そのリーダーシップ・スタイルを6つに分類し、状況に応じて6つのリーダーシップを使い分けることが大切であると提唱しています。
(1) ビジョン型リーダーシップ
方向性を示すことで、部下の感情を上向かせ、企業・組織を良い方向へと導いていくリーダーシップです。チーム全体で共通の目標を設定するなど、組織としてのコミットメントを生み出す点がポイントです。
(2) コーチ型リーダーシップ
部下の長所・短所、得て・不得手などを対話を通して引き出し、自覚を促すプロセスからメンバーをサポートするリーダーシップです。自覚に基づいて行動目標の設定をサポートする点がポイントです。
(3) 関係重視型リーダーシップ
業務目標の達成よりも、メンバーの感情面のケアを重視したリーダーシップです。メンバー一人ひとりのメンタルケアを行うことでチーム内のコミュニケーションを円滑にし、組織の結束を強めていく点がポイントです。
(4) 民主型リーダーシップ
個別対話やグループミーティングなど、メンバーとのコミュニケーションに多くの時間を割き、メンバーの考え方をヒアリングしながら方向性を決定していくリーダーシップです。メンバーの意見を徴収することで、摩擦なく意思決定をチーム内に共有することができる点がポイントです。
(5) ペースセッター型リーダーシップ
リーダーが部下に高レベルのパフォーマンスを求めるだけでなく、それを自らがやってみせることで「できる」ことを背中で見せていくリーダーシップです。メンバー全員が有能でモチベーションが高い場合に際立った成果を上げることができる点がポイントです。
(6) 強制型リーダーシップ
メンバーに対し一方的に指示・命令を行う一方、理由を説明しない強制的なリーダーシップです。組織内の不協和音を招く懸念が高い一方、緊急時など危機的状況を乗り切る場面では効果的に働くことがある点がポイントです。
オーセンティック・リーダーシップ
米国の最先端医療技術企業であるメドトロニック社でCEO兼会長を勤めたビル・ジョージは、2003年に「Authentic Leadership」(邦題「ミッション・リーダーシップ」)を発表しました。
この著書の中で、巨額の粉飾決算により破綻に追い込まれたエンロン社に関し、リーダーの倫理観の欠如を批判しました。そして、5つの特性を備えたオーセンティック(真正な)・リーダーの必要性を説いています。
その特性とは、課題軸では、目的をしっかり理解していること、しっかりした価値観に基づき行動していることです。一方、人間軸では、真心をもってリードすること、しっかりした人間関係を築くこと、自己を律することが挙げられています。
これら2つの新しいリーダーシップ論では、課題軸より人間軸を重要視していることが理解できます。課題軸に重きを置く「変革型リーダーシップ」でさえも、人的ネットワークという人間軸の要素も組み込まれています。こうして見てみると、この2軸は、時代の変遷にも関わらず、貫き通されているということが理解できます。
4 ファシリテーション型リーダーシップ
多くのメンバーの自主的な意見を吸い上げる、ファシリテーション型リーダーシップがあります。
メンバー個々の自主性を尊重し、メンバーの積極性を高めるとともに、意見や情報を引き出すファシリテーションを行いながら全体を牽引していくリーダーシップです。
リーダーとは、組織を率いるものではなく、上下関係のない中立な立場と捉えています。
ファシリテーション型リーダーシップは、たとえば「君ならどうしますか?」「君ならどう考えるのかな?」といった傾聴や質問といった行為でメンバーの意見を最大限に引き出すのです。組織の課題すべてをメンバーが主体的に話し合い、意見をまとめ、行動に移していくことで、組織を運営するのが特徴といえます。
ファシリテーション型リーダーシップにおいて重要なのは、リーダーによる意見の押し付けや指示命令を行うのではなく、自身は中立な立場で、メンバーを主体に意見や情報を引き出す点にあります。時には会議などの場で発言を促したり、議論をまとめたり、意見や情報を提供してくれたメンバーを鼓舞したり、メンバーが自主的かつ積極的に言動を起こしたくなるようサポートしてくことが大切です。
ファシリテーション型リーダーシップには、議論の場において自身の感情をコントロールし、メンバー個々の意見を尊重しながら結論に導いていく「場のまとめ役」としてのスキルが求められます。会議においては、会議の目的とゴール設定、そして意思決定プロセスをあらかじめ明確に定め、メンバーに共有することも重要なポイントだと言えます。
ファシリテーション型リーダーシップは、メンバー主導の組織運営となるため、メンバーのモチベーション向上にとても効果的であると言えます。一方、メンバーの意見の取りまとめができなければ、議論が堂々巡りとなるばかりか、意見の対立からメンバー同士の軋轢を生み出すことにつながる危険性も孕んでいるため、リーダーは適切なスキルを身につけるとともに、日頃からメンバーとの信頼関係を築き、協力したくなる人間関係を構築する必要があります。
5 サーバント型リーダーシップ(支援型リーダーシップ)
サーバント型リーダーシップとは、「リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」という奉仕の精神に基づくリーダーシップで、部下を中心に考えた組織運営を行います。
個々のメンバーとの信頼関係を重視し、部下の話に耳を傾け、気持ちを理解した上で個々のモチベーションに気を配りながら協力して目標達成を図ります。たとえ失敗しても、メンバーを責めるのではなく、それを学びに変える環境づくりを行うなどが特徴です。
R.グリーンリーフの提唱するサーバント・リーダーシップは、課題関連行動よりもむしろ人間関連行動の重要性を説いた理論です。1977年、リーダーがフォロワーに奉仕してくれると思ったときに、フォロワーはリーダーについていくということを提唱しました。
課題軸としては、リーダーはただのサーバント(召使い)になってしまわないために、しっかりとした概念や使命観を示す必要があるとしています。
サーバント型リーダーシップは、現代社会において最も重視されるリーダーシップのあり方だと言われており、上司・部下との信頼関係が築けることで、チームが一体となり目標達成に尽力し、結果的に高い生産性を生み出すことができます。それだけでなく、退職率低下にもつながることから、企業運営に必要不可欠なリーダーシップであるとも言えます。
対照的なリーダーシップには「支配型リーダーシップ」があります。支配型リーダーシップでは、リーダーの強い意思のもと、リーダー自身の考え方や価値観を貫き、部下を管理・命令することで組織を動かしていきます。強制型リーダーシップとも呼ばれ、社員の主体性よりも会社の方針を重視したリーダーシップのあり方でした。高度成長期における多くの日本企業は、この支配型リーダーシップが主流であったと言えます。時代が変わり、社会がグローバル化することでビジネスの目まぐるしい環境変化が起こる現代では、人材にも多様性が求められるようになり、必然と支配型リーダーシップから、サーバント型リーダーシップに移行してきています。
時代の変化とともに、企業が求めるリーダーシップの在り方も変化しています。世の中には自分の思い通りにしたい支配型上司や、チーム内の意見を聞いて方針を決める民主型上司などさまざまなリーダーが存在します。しかし、近年では「召使い」の意味である「サーバント」と「リーダーシップ」を掛け合わせた、新たなリーダーシップ論に注目が高まっています。
支配型リーダーシップとの違い
日本企業で長らく続いていた「支配型リーダーシップ」と「サーバントリーダーシップ」では、以下の違いがあります。
|
サーバントリーダーシップ |
支配型リーダーシップ |
重視している点 |
目標達成のために、メンバーと協力し合うこと |
自分の成功を他人から賞賛されること |
モチベーション |
自分の昇進よりも、他人に奉仕することに喜びを見出す |
高い地位とそれに見合う大きな影響力(権力) |
メンバーへの対応 |
信頼関係を築いて、メンバーの自主性を尊重する |
権力を使って自分の言うことを聞かせる |
コミュニケーション |
メンバーの意見をよく聞く |
メンバーに命令する |
業務遂行方法 |
メンバーと共に学び、コーチングを重視する |
自分の持つ能力を最大限に活かして指示を出す |
成長への考え方 |
メンバーのやる気を引き出し、組織自体を成長させる |
「自分の昇進」を成長と考える |
失敗への対処方法 |
失敗から学び取り、次の成功へとつなげる |
失敗に対しては罰で処分する |
違いを考察すると、サーバントリーダーシップと支配型リーダーシップには「逆ピラミッド型」の組織が必要となります。
従来の支配型リーダーは、自分が組織の中心だと考え、業務を遂行します。自身の組織における影響力を重視し、他者と競争することで社内での地位を高めようとします。
部下には、自身の影響力を背景に一方的に命令するコミュニケーションをとります。そして、業務上の失敗には部下を罰することで責任を取ろうとします。
サーバントリーダーは、「奉仕の精神」を中心に捉え、部下とともに協力して組織運営を行います。個人間の信頼関係を重視し、部下の話に耳を傾けることで目標を達成していきます。
チームメンバー一人ひとりのモチベーションを常に意識し、失敗があってもそこから学びとることで、成功に結びつけようとします。
サーバントリーダーシップの活用分野
サーバントリーダーシップは、ビジネスの分野に限らず、医療や教育といった分野でも活用されています。
医療業界や教育業界では、これまで支配型のリーダーシップにより組織の運営が行われてきました。たとえば、看護の現場では、師長による強いリーダーシップが求められており、部下に正確な業務命令をすることで医療ミスを未然に防ぎ、重大な医療ミスにつながりかねない失敗には厳しい叱責により、看護師のミスに対する意識を強化・指導してきた経緯があります。
しかし、現在では、価値観の尊重や多様な働き方の浸透に伴い、従来の支配型リーダーシップでは部下を適切にマネジメントすることはできません。部下の考えや意見に耳を傾け、上司・部下ともに協力しながら、仕事を進めるサーバントリーダーシップをもつ人材が求められています。
サーバントリーダーシップの属性
サーバントリーダーシップには10個の属性があります。
傾聴 |
相手の話に耳を傾け、相手の考えや意見を聞き出します 同時に自分の考えや意見も考え、自分の存在意義を見直し続ける |
共感 |
相手の立場で考え、相手が何をしてほしいのかを理解する |
癒し |
欠けているもの、傷ついているところを見つけ、補完し合える状態を作り出す |
気づき |
物事を敏感に感じ取りその本質を捉える。自分への気づきを重視する。 |
説得 |
影響力や権威で服従させるのではなく、相手の同意を得ることで説得を試みる |
概念化 |
将来を見据えた大きな目標を持ち、わかりやすく伝える |
先見力 |
現状や過去の事例から、将来の展望を予測する |
執事役 |
大切なことを任せられる信頼できる人を指す。相手の利益を追求できることが大切 |
人々の成長への関与 |
相手の可能性や価値に気づき、その成長を促すことに関与する |
コミュニティづくり |
同じ仕事をするメンバー一人ひとりが成長できるコミュニティを作る |
優しいだけのリーダーとの違い
サーバントリーダーシップとただ優しいだけのリーダーには大きな違いがあります。
誰かがミスを犯してしまった場合、リーダーが一人で解決してしまうことは、他のメンバーの成長を妨げる要因にもなります。失敗を自分一人で抱え込むのではなく、他のメンバーと共有することで、はじめてリーダーもチームメンバーも成長できます。
サーバントリーダーシップが大切にしている「メンバーに奉仕する」ということは、「優しく接する」ということではありません。
「メンバーへの奉仕」は、チームメンバーに積極的に関わり、一人ひとりの意見に耳を傾けて理解を共有することを意味します。サーバントリーダーシップは、相手の将来性・可能性を引き出し、同時に組織全体の成長にもつながるリーダーシップでもあります。
サーバントリーダーシップの浸透方法
サーバントリーダーシップを持つ人材を輩出するためには、経営層を含む従業員の意識改革と組織変革が必要です。
経営陣の意識改革
組織にサーバントリーダーシップを浸透させるためには、組織のトップである経営層の意識改革が必要不可欠です。古い慣習を持つ日本企業では、経営陣と中間管理職を含む現場社員とのコミュニケーションが希薄になることが珍しくありません。まずは、経営陣が中間管理職・現場社員に対して「奉仕の精神」で積極的に関わっていくことで、現場を指揮する中間管理職にサーバントリーダーシップの意識を浸透させることができます。
逆ピラミッド型組織の構築
日本企業の多くは、代表取締役(合同会社の場合、代表)・取締役、執行役員、部長・課長などの中間管理職が続き、現場で働く一般社員がいる「ピラミッド型」の組織が形成されています。サーバントリーダーシップを浸透させるためには、一般社員が最上位である「逆ピラミッド型組織」を意識することが重要です。
組織の中で、顧客に一番近い一般社員を最上位にすることで、顧客を大事にする組織づくりが可能となります。サーバントリーダーシップの浸透は、顧客満足度の向上を最大化できる組織体制の構築にも役に立ちます。
VUCA代に必要なサーバントリーダーシップ
VUCAとは、変動性(Volatility)・不確実性(Uncertainty)・複雑性(Complexity)・曖昧性(Ambiguity)の4つの性質の頭文字をつなぎ合わせたビジネス造語です。現代のビジネスは、この4つの要因により企業や将来の予測が困難になっており、VUCA時代でどのように生き抜いていくかが重要な経営課題として認識されています。不確実性の高いVUCA時代では、自分や組織が環境の変化に柔軟に対応していくことを常に意識している必要があります。
サーバントリーダーシップは、傾聴・共感を重視し、優れた先見力を培います。企業の経営方針やミッションを意識し、チームメンバー一人ひとりがブレない軸をつくりあげることで、組織として競争力の高い経済活動を行うことができます。
そのため、サーバントリーダーシップは、VUCA時代が到来している現代に必要とされるリーダーシップのひとつだといえます。
企業・組織にサーバント型リーダーシップを取り入れる際には、まずは経営層からその精神を持つことが重要です。また、顧客や従業員満足度の向上を最優先課題に置き、上司から部下へとその精神や考え方を徐々に浸透させていきます。顧客との接点を最も多く持つ一般社員を最上位に、逆ピラミッド型を想定した組織づくりを行い、経営者は管理職を支え、管理職は一般社員を支える組織を目指すことが大切です。
行動理論
国家の元首や宗教団体の教祖などのリーダーは、古代から永らく先天的に備わる類まれな資質を持った者のみがふさわしいと考えられていました。しかし、人間の資質を科学的に分析する手法が編み出された後、必ずしも優れた資質を持つ者だけがリーダーシップを発揮しているわけではないことが分かってきました。
リーダーシップは世界中でさまざまな研究がされてきました。そして、現在までに、多くのリーダーシップ理論が確立されています。
1940年代になると、優れたリーダーの行動に関する研究に多くの学者が携わりました。
PM理論
「PM理論」は、1960年代に九州大学の三隅二不二らによって提唱された理論です。リーダーの行動には、P(Performance)行動(=集団の目的達成のための行動)とM(Maintenance)行動(=集団の維持を目的とする行動)の2因子があることから、「PM理論」として知られています。
目標達成機能とは、組織の目的達成や課題解決に関する機能であり、目標設定や計画立案、指示などにより成績や生産性を高める機能を意味します。
例えば、「納期を守るために細かく進捗管理をする」「目標達成のために綿密な計画を立てる」「規則を守るために部下を指導する」などが挙げられます。
集団維持機能とは、組織の維持に関する機能であり、組織の人間関係を良好に保ち、チームワークを強化、維持する機能を意味します。
「人間関係の問題を積極的に解決する」「1人とりを気遣い、声をかける」などがこれに当てはまります。
この2つの能力が高ければ高いほど、理想のリーダーシップを発揮できるという考え方です。
①PM
課題関連行動も対人関連行動ともに高く維持されているのがPMで、目標達成に力を入れながら、人間関係にも気を配る理想的なリーダーと考えられます。PMの文字が大文字なのにも訳があります。
大文字で記された場合には、その効果が大きいことを示し、小文字で記された場合は、その力が弱いことを意味します。
Pは、
・組織の決まり事を守るためメンバーを徹底して指導する
・スケジューリングに重きを置き、その進捗管理を徹底する
などが挙げられます。
Mは、
・意見の対立があったとき、積極的に調整役として関与する
・メンバーが自己の課題を達成できるよう、声かけや指南まで幅広く対応する
といった行動を指します。組織としての成果をあげる力とともに、組織をまとめあげる力も強靭であるとわかります。
②Pm
Pmとは、目標を達成することに重点を置くけれど、組織内の人間関係には大きく関与、配慮しないリーダー像です。
目標の達成に関するPの文字が大文字で、対人関連行動に関するmが小文字であることからも、その特徴がわかるでしょう。
Pの力を大きく伸ばすためにはどうしたらよいかについて、2つの必要要素があります。
・明確な目標提示とそこに行き着くまでの課程を具体的にイメージさせる
たどり着くゴールと、そこまでの地図を明らかにすることで目標達成に大きく近づく
・目標に向けた行動を徹底させる
いくら地図があっても、寄り道をしたり亀のような歩みをしたりするのでは結果は出ない
組織内でそれぞれの行動をコミットメントさせたり、目標を意識する機会を多くつくったりすることで、意識を高めることが必要です。
③pM
pMは、文字通り、目標達成という結果よりも集団内における人間関係に気を配るタイプの行動理論です。Mを伸ばすための能力に必要な要素は、組織内の対人関係にある2つの構図です。
上司と組織メンバー
定期的な個人面談や上司からの声かけ実施といった具体的施策
組織メンバー同士
自由に意見交換できるミーティングの設置など
目標達成に力が及ばない部分があるので、企業としての即戦力にはなり得ないパターンですが、組織内の風通しが良くなるため、組織の成熟期を待てば、何らかの結果を生み出す可能性も秘めています。
④pm
pmは、目標達成に関する力と対人関係行動に関する力が共に弱いという特徴があります。目標達成、人間関係の調整のどちらにも消極的なリーダーのパターンで、組織としては非常に問題です。
リーダーとしての存在意義がないとみなされる場合が多く、このようなリーダーシップを執る人材がその地位に長くいることは難しいでしょう。
企業はパフォーマンスを出し、経営目標を達成することを目的に日々活動しており、そのために円滑な組織運営は不可欠です。その両方に力を発揮できないのは、企業にとって致命的といわざるを得ません。
PM、Pm、pM、pmの4つのパターンのなかで、この位置に属することだけは避けるべきと考えられているゾーンです。
レヴィンのリーダーシップ類型
アメリカ人心理学者クルト・レヴィンのリーダーシップ論は、児童を対象としてリーダーシップの有効性を実験した結果から生み出されました。
レヴィンのリーダーシップ論は3つのパターンに分類されています。
・専制的リーダーシップ
・自由放任的リーダーシップ
・民主的リーダーシップ
1 専制的リーダーシップ
専制的リーダーシップとは、部下や組織は命令をすることでのみ動くという考えを前提にして、目標設定、作業工程、スケジュール管理といったすべての意思決定をリーダーが行うというパターンです。
組織は、専制的リーダーシップによって効率よく指示された仕事をこなすため、仕事量、パフォーマンスともに素早く結果を出せますし、高い生産性も短期間で実現するでしょう。
しかし、組織の成熟度を見るとどうでしょう。メンバー同士が不信感を抱いたり、指示がなければ何のアクションも起こさなかったりという疲弊し空洞化した組織が出来あがるのです。
専制的リーダーシップは未成熟でメンバーだけでは進路を安全に進むことのできない組織や、緊急性が高く一丸となって事態収拾にあたらなければならないケースでのみ、有効性を発揮できます。
2 自由放任的リーダーシップ
自由放任的リーダーシップは、簡単に言えば、部下任せのリーダーシップです。部下や集団の取るべき行動に関して、作業プロセスにもスケジュール管理にもリーダーはまったく関与せず、部下の自由な発想と奔放なやり方で組織運営を行います。
自由放任的リーダーシップで成功を収めるのは、メンバー一人ひとりが高い専門性を持って活動できる場合や、集団としてのレベルが高い場合のみです。具体的には、専門分野を持った研究者が集まる研究開発部門などを思い浮かべるとよいでしょう。
専門家集団では個人の能力が最大限発揮できますので、自由放任的リーダーシップの有効性はいかんなく発揮されます。
ただし、一般的な組織においては組織としてのまとまりに欠け、モチベーションも低下傾向になることは間違いありません。仕事の量・質ともに期待できないケースが多いでしょう。
3 民主的リーダーシップ
民主的リーダーシップは、方針や目標といった組織で決定すべき課題にメンバーの意見を取り入れ、具体的な作業手順についてもメンバーの裁量に委ねるパターンです。
組織の目標設定では、積極的にメンバーの意見を取り入れますし、メンバー間には友好や協調が生まれてともに同じ目標に向かい進む意識が芽生えます。
さらに、アクションプランに関しても、メンバー一人ひとりの裁量に任せます。一人ひとりのモチベーションが高まるため専制的リーダーシップと比べると生産性は低いことも多いかもしれません。
しかし、長期的視点から考えると、組織の円熟度は増して企業の経営課題に全社一丸となって取り組む社風をつくり出すことができるでしょう。
リーダーシップの究極の二軸(課題関連行動と人間関連行動)
リーダーシップの研究者が これまでに発表してきた数多くの理論には、必ずといっていいほど共通して含まれる 2つの大きな軸があります。課題関連行動軸と人間関連行動軸です。
課題関連行動とは、課題やビジョンの設定、仕事の枠組み作り、業務指示など、仕事や課題に関する側面です。
人間関連行動とは、従業員への配慮や思いやり、人間同士の信頼性の蓄積、人的ネットワークの構築など人間的な側面です。
リーダーシップを効果的に発揮するには この2軸が重要です。有名な企業経営者の著書や語録でも、リーダーシップについて語るとき この2軸に関連する言葉が登場します。
課題軸と人間軸の相互作用
実際にリーダーシップで成果を出すことは簡単ではありません。しかし、課題軸と人間軸のスキルを兼ね備えたPM型のリーダーになることは、先天的特性を持った一部の者にしか到達できないということでは決してなく、誰もが努力によってつかみ取る可能性を持っています。
現在リーダーの立場の方であれば、より良いリーダーシップを発揮していただきたい。また、現在フォロワーの立場の方であれば、将来に備えて様々な機会を捕らえて、予行演習をしながら理想に近づいていただきたいと思います。
マネジリアル・グリッド
マネジリアル・グリッドは、テキサス大学のロバート・ブレイクとジェーン・ムートンにより提唱されたリーダーの行動分析ツールです。彼らの研究グループは、リーダーの行動の動機を「人への関心」と「生産への関心」の2軸でとらえます。この2軸は、「PM理論」でいう M行動と P行動に対応していると言えるでしょう。両者の関心がいずれも高い場合に、リーダーが最も優れた機能を果たすという結論に至りました。それぞれ、縦横に9段階づつに分け、合計81個のマスを作ります。リーダーが行動を起こす際に、何にどの程度関心を示していたかを調査し、このマネジリアル・グリッドにプロットしていきます。
①1.1型(消極型)
1.1型と呼ばれているのは、人間関心度、業績関心度ともに低いパターンです。リーダーは部下やチームの目標といったものに無関心で、仕事で生じる責任を回避する傾向にあります。
自己防衛的な振る舞いも多く、部下に対して放任の態度を取るため、ある意味リーダーとしてのリーダーシップが機能していない状態を指します。取り組むのは与えられた仕事のみ、それもよりよい結果を追い求めることは少ないため成果も低いでしょう。
職場内におけるリーダーの存在感は薄く、組織としての統制も取れず全体が崩壊状態にあります。企業の目標達成どころか、組織としての存在すら危ぶまれるような危機的状況をもたらします。
②1.9型(人間中心型)
1.9型は、人間関心度は非常に高いが業績関心度は低いパターンです。企業の業績、組織の目標を犠牲にしてまでも、組織内のチームワークを重んじ、メンバーの意見に耳を傾けた人間中心の組織運営を指します。
リーダーと部下、メンバー同士のコミュニケーションは密で人間関係は良好なのですが、お友達グループのような組織で終わってしまいます。
業績や成果を求められる営利団体である企業経営の観点から考えると、これは非常に問題です。心身ともに安定した職場は、企業の成長には不可欠です。しかし、そこにのみ重点を置くようでは経営が成り立たず、結果的にはメンバーの生活を保障することもできなくなってしまうでしょう。
③9.1型(仕事中心型)
9.1型は、人間関心度が低い一方で、業績関心度が非常に高いパターンです。リーダーが組織の人間を犠牲にしても、企業の目的や組織の目標達成に最大限の力を注ぐ、いわゆる仕事中心の思考が生み出したリーダーシップです。
職務遂行、業績の最大化がもっぱらの関心事項なので、リーダーが強力なトップダウン式統治で組織を引っ張ります。権力型リーダーのもとに動いた組織は、一定の成果、業績を残すことができるでしょう。
しかし、職場内にコミュニケーションや配慮はなく、部下の育成といった視点も欠如しているため、組織の成熟度もままならず、最悪の場合組織からメンバーが離れてしまうことにもなりかねません。
④9.9型(理想形)
9.9型は、マネジリアル・グリッド論で理想形と呼ばれるもので、人間関心度と業績関心度がともに高い状態で組織運営をするパターンとなります。
企業業績や組織目標といった結果に高い問題意識を持ちつつ、組織内の人間関係にも最大限の関心を払います。リーダーが組織メンバーに心を配り、綿密なコミュニケーションを取ることで、相互の信頼関係が芽生えます。その結果、メンバーはリーダーの献身的なサポートを受けて、自らを成長させながら、組織の目標達成に向かって努力を重ねるのです。
すべてが友好的、協調的に進められるため、無理なく適度な成果が上げられるでしょう。バランス感覚を兼ね揃えた理想型リーダーがいることが、マネジリアル・グリッド論のなかで理想形とされている理由です。
⑤5.5型(中庸型)
5.5型は、人間関心度と業績関心度ともに中くらいであるパターンです。中くらいというと中途半端なイメージと思うかもしれませんが、突出する部分がないバランスの良いリーダーシップのひとつであると考えましょう。
リーダーは、組織のメンバーに関してほどよく関心を持っています。無理のない範囲でコミュニケーションを取るので、メンバーの負担感も少ないでしょう。
また、企業や組織の目標に対しても、適度な意識を向けています。目標達成のためにやるべきこと、やらなければならないことに対してアクションを起こし、プロジェクトを進めます。過労といった問題は無縁の、無理のない範囲で適度な成果をあげていける妥協型リーダーシップの形です。
提唱者であるロバート・ブレイクとジェーン・ムートンは、マネジリアル・グリッドのどこにプロットされるかで、5種類の型があると説明しています。そして、リーダーの成果が最も顕著になる傾向が強いのは、(9,9)のチーム・マネジメント型の場合であると結論付けています。
リーダーの行動の2タイプ
「PM理論」と「マネジリアル・グリッド」においても、リーダーの行動の共通する2つの側面に注目している。2側面とは、仕事の成果を追い求める側面と人のモラルを高める側面です。
アメリカのオハイオ州立大学では、1950年代に「リーダー行動記述質問票」が開発され、現在に至るまでリーダーの行動を測定するスタンダードとなっています。この質問票の分析から、「部下への配慮」と「組織の構造づくり」の2点がリーダーの行動から導き出されるものであることがわかりました。
同時期に違ったアプローチからリーダーの行動を研究したのは、ミシガン大学やハーバード大学です。ハーバード大学の研究では、リーダーの行動は、「社会・感情スペシャリスト」と「課題スペシャリスト」の2種類に分類できるという結論に達しました。
一方、ミシガン大学では、「従業員志向型」と「生産性志向型」の2面が明らかになりました。
これらの研究において、いずれも「集団の成果に向けた行動」と「組織のメンバーの関係性や心理に関心を向けた行動」の2軸は、ほぼ共通していると言ってよいでしょう。
行動理論の成果と課題
行動理論では、リーダーが2側面の両方に関心を寄せた場合に集団の成果が出やすいということがわかり、特別な資質を持たない普通の人物でも、リーダーとして実績を挙げることができることも明確になったという成果がありました。
一方、リーダーがこの両面に関心を寄せた場合、必ず実績を挙げることができるかというと、必ずしもそうではないことも判明しました。つまり、リーダーの行動を分析するだけでは、リーダーシップを解明するには限界があることも見えてきたのです。
リーダーの行動を分析するうえでは、現在も行動理論は有効な理論ですが、この後、リーダーシップ研究は、別の方向へも大きく展開して、より精度を高めていくこととなります。
条件適合理論
条件適合理論は、すべての環境や条件に適合して必ず成果を出すリーダーの行動はなく、成果を出すには、環境に応じてリーダーの行動を変化させていくことが必要だという理論です。リーダーシップの理想的なあり方は固定ではなく、時代や事業環境の変化に伴って、適合させることの必要性を示唆しています。
代表的な理論としては、「フィードラー理論」と「パス・ゴール理論」が挙げられます。
フィードラー理論は、リーダーと集団の成員との信頼度、部下のタスクの明確さ、リーダーの人事権や報酬を与える力の3点に注目しました。それぞれの度合の高低の条件ごとに、成果の上がるリーダーの行動を示しました。
パス・ゴール理論は、集団がどのような環境的条件(直面している課題、権限体系、組織等)のもとに置かれているかということと、部下の能力や性格、経験などの側面の2点に着目しました。
それらの要因に応じて、リーダーは「指示型」「支援型」「参加型」「達成志向型」の4つのスタイルを使い分けると効果が上がることを、提唱者であるロバート・ハウスは主張しました。
条件適合理論の生まれた背景
リーダーシップの研究は、優れた国家の首長や軍を率いた将軍などの資質を見出すというかたちで古代から近代まで続いてきました。近代に入って心理学の分野でリーダーの資質を科学的に分析する手法が編み出されると、「特性理論」として研究が進みます。
その後、リーダーシップの発揮される局面は、リーダーの特性だけでは説明しきれないことが徐々に明らかになってきました。
そして生まれてきたのが、優れたリーダーの行動に着目した「行動理論」です。リーダーに付き従う人(フォロワー)への関心(人間関係志向)とリーダーの率いる集団の目的達成への関心(タスク志向)の2軸がそれぞれ高い場合に、比較的リーダーシップが発揮されやすいことがわかってきました。
ところが、特性理論と同じく、行動理論においても、いついかなる場合においても有効なリーダーシップのかたちが見出されたわけではありませんでした。そのような状況から生まれたのが、様々な条件ごとにどのようなリーダーの行動が有効なのかを研究する流れであり、1960年代に提唱された理論が「条件適合理論」です。
フィードラーの理論
1960年代に台頭してきた組織論である「コンティンジェンシー理論」は、普遍的に有効な組織は存在せず、環境によって有効な組織も異なることが主張されていました。
このコンティンジェンシー理論をリーダーシップ論に展開したのが、米国イリノイ大学の心理学者のフレッド・フィードラーです。フィードラーの理論は、様々な環境や条件により、有効なリーダーの行動は変化することを証明し、リーダーシップ研究における条件適合理論の基礎を築きました。
リーダーの行動をタスク志向(任務実行を優先する)か人間関係志向(部下のケアや支援を重視する)かで分類し、集団の置かれた状況により、どちらのリーダーがより成果を出すかを解き明かしました。
フィードラーが、リーダーをタスク志向か人間関係志向かについて判定した方法は、LPC(Least−Prefered Co−worker)という手法です。これは、リーダーが最も一緒に働きたくないと考える仕事仲間をどうとらえるかという心理学的テストです。
集団の置かれた状況は、以下の3つの軸の強弱で評価します。
・部下との信頼関係の度合
・部下の仕事が明確化されている度合
・リーダーの部下に対する報酬力や人事権の度合
評価した結果を8段階に分け、リーダーにとって好ましい状況か好ましくない状況かで順位付けをします。そのうえで、8段階それぞれに、リーダーがタスク志向型と人間関係志向型の行動を取った場合の業績の良し悪しを測定しました。
まず、状況を大きくリーダーにとって「好ましい状況」、「普通の状況」、「好ましくない状況」の3つに分けます。すると、「好ましい状況」と「好ましくない状況」の場合には、タスク志向型の行動の方が好業績となり、「普通の状況」の場合には人間関係志向型の方が好業績となる結論が得られます。
組織の置かれた状況によって、どちらのリーダーがより成果を出すか研究したのです。その結果、組織の置かれている状況によって、リーダーは仕事を優先すべきか、人間関係を重視すべきか、その都度考えて行動しなければならないということが分かりました。
この理論で、「どのような状況下でも唯一変わらない最適なリーダーシップというものは存在しない」ということが証明されたのです。リーダーとして組織の業績を伸ばすためには、まず、状況を分析し、どのような行動を起こすかを検討することが大切だということです。
フィードラーの理論は、普遍的に有効なリーダーの行動タイプは存在せず、環境や条件によって有効なリーダーの行動は変化するというということを解明したという点で意味のあるものでした。
一方、タスク志向と人間関係志向という2種類の志向により、リーダーの行動を固定してしまっている部分において、フィードラーの考え方は融通に欠けるものとなっています。この後、条件によってリーダーの行動は変化させることができるという前提に立っての研究が進んでいくこととなります。
パス・ゴール理論
フィードラーの理論がリーダーの志向がタスク志向か人間関係志向のどちらかであることを前提にしていましたが、リーダーの志向は可変的になりうることを提唱したのが米国の学者であるロバート・ハウスです。
ハウスは、1971年に「パス・ゴール理論」を発表しました。部下が目的(ゴール)に達するまでにリーダーは道筋(パス)をつけなければならないとする理論です。
「優秀なリーダーは、部下にパス(道筋)を明確に示して障害物を少なくし、部下のゴール(目標達成)を助ける」という考え方です。部下の目標達成を助けることは、リーダーの仕事であり、それを達成するために必要な指示や支援を与えることは、組織全体の目標達成に繋がるということです。
まったく同じ人間、まったく同じ状況というものは存在しません。それらに対応するため、リーダーシップも常に変えていく必要があります。適切なリーダーシップを取るためには、組織の現状を正確に把握することが大切です。状況に応じたリーダーシップを発揮することにより、組織の成果は大きくなるということです。
この理論のベースには、期待理論(人間は、利益の最大値を求めて、努力に応じて報酬が得られるという期待から動機付けされていく存在であるという理論)があります。
「パス・ゴール理論」におけるリーダーの行動タイプ別の効果
パス・ゴール理論では、リーダーは、その行動に影響を与える2つの要因を把握する必要があります。
第一は、集団がどのような環境的条件(直面している課題、権限体系、組織等)の下に置かれているかという要因です。第二は、部下の要因(能力や性格、経験など)です。この2つの要因の状況によって、「指示型」「支援型」「参加型」「達成志向型」の4つのスタイルを使い分けることで、有効なリーダーシップを発揮できるとしています。
指示型
・部下の能力が低い場合
・部下の自立性が高くなく、経験値も低い場合
・タクスが曖昧な場合
・チームのメンバー間のトラブルがある場合
(部下の能力が高い場合や豊富な経験がある場合に、リーダーがこの行動スタイルを取ると、逆に部下のモチベーションを下げてしまう)
支援型
・タスクが明確な場合
・リーダーと部下の権限が明確な組織の場合
参加型
・部下の能力が高い場合
・部下の自立性が高く、豊富な経験がある場合
・部下が自己解決する意欲が高い場合
達成志向型
・困難で曖昧なタスクの場合で部下の能力や経験値が高い場合
(部下に努力により高業績が得られるという期待で動機付けを行う)
シチュエーショナル・リーダーシップ理論
リーダーシップ理論のうち、集団の置かれた環境や部下の状況などの条件によって、有効なリーダーの行動は変化するということを主張したのが「条件適合理論」です。1960年代から心理学者であるフレッド-フィードラー(コンティンジェンシー理論)や経営学者のロバート・ハウス(パス・ゴール理論)が独自の理論を展開していました。1977年に、部下の発達度合いにより、リーダーが取りうる行動スタイルを示したのが、オハイオ州立大学のポール・ハーシーとケン・ブランチャードです。このモデルは、「シチュエーショナル・リーダーシップ理論」(SL理論)と呼ばれます。
部下の発達段階
SL理論の提唱者であるハーシーとブランチャードは、リーダーシップのスタイルというのは部下の職務能力と意欲・責任感の発達度によって変える必要があると考えました。部下の発達段階を4段階に分類しました。
4つのリーダーシップ・スタイル
リーダーシップのスタイルを、タスク重視の軸(指示的行動)と部下への人間的配慮を優先する軸(援助的行動)の2軸で4類型に分けました。
この2つの軸は、リーダーシップ研究では1940年代に研究の始まった行動理論以来、既に定番となっている2つの要素です。
①S1:指示型
S1は指示型で、指示の程度が高く、協労の程度が低い特徴を持ちます。この場合、リーダーは目標達成のノウハウを熟知している人物とみなされます。当然、組織のメンバーはリーダーを頼ります。
これが効果的に作用すればよいのですが、メンバーへの一方的な指示はときに不信感や不愉快といった反発も招きます。目先の、いわゆる短期的な見通しや関心しか持っていないようにも受け取られかねないため、組織運営のリスクは高いでしょう。
②S2:説得型
S2は説得型で、指示の程度は高く、また協労の程度も高い特徴を持ちます。目標設定や仕事の組織化といったプロジェクトの成功に向けて熱く取り組むだけでなく、チームのニーズも満たしたチームプレーによって、社会連帯的指示を与えているかのようにも見えます。
一方、熱心な仕事の指示は時に必要以上の介入となり、メンバーに不快な思いをさせることもあります。せっかく築いたチームワークやメンバーとの信頼感も、誠意のない上辺だけの行為と思われてしまうシーンも多いでしょう。
説得型というだけあって、相手の同意を得られるようコミュニケーションを取りながら、リーダーとして目標達成に進む姿勢がこのパターンの特徴です。
③S3:参加型
S3は参加型で、指示の程度は低く、協労の程度は高い特徴を持ちます。リーダーは、組織メンバーに対して暗黙の信頼を寄せており、信頼関係のもとメンバーに任せることで掲げている目標の達成を推し進めるのです。
基本的な考えは「和」で、「和」を保つことが最重要ポイントです。人間関係が険悪になるような状況、「信頼できるリーダー」という自分のイメージが崩壊するような状況を極度に恐れていますので、ときに仕事を犠牲にしてまでも「和」を重んじる傾向があります。
企業にとっては「和」の精神を保っている点は評価できますが、ときに、仕事の結果にコミットメントできない場合もある点は看過できないでしょう。
④S4:委任型
S4は委任型で、指示・協労ともに低調に維持されるパターンです。リーダーとしてチームワークを良好に保ったり、組織の目標を達成したりといった求められる課題があるにもかかわらず、すべてを組織メンバー任せにし、自らの社会的責任を放棄しているかのように見られるリーダー像です。
組織メンバーに任せる、つまり、下手な干渉を一切しない点は組織の内部に伸び伸びとした動きを生み出すかもしれません。
しかし、必要な仕事の組織化、アクションプランの作成、進捗状況の管理といった社会連帯的指示の提供を怠けていると見られても仕方がありません。組織の成熟度も4つのパターンで最も低いとされています。
SL理論に基づくリーダーの行動
D1からD4の部下の発達段階ごとに、どのスタイルのリーダーシップを採用すべきでしょうか。
D1:経験が乏しい状態 → S1:教示的リーダーシップ
D2:業務に少し慣れてきた状態 → S2:説得的リーダーシップ
D3:業務を無理なくこなせる状態 → S3:参加的リーダーシップ
D4:リーダーの後任が務まる状態 → S4:委任的リーダーシップ
交換・交流理論
リーダーシップの研究は、古代以来の歴史的な英雄や優秀な戦士の資質に注目するかたちから、近代に入ってリーダーの行動に着目した理論が出てきました。その理論が進化して、「条件適合性理論」が生まれました。
この理論は、リーダーの行動タイプやリーダーと部下との関係などの条件によって、リーダーの行動を変えると、リーダーシップがより発揮されるというものです。また、リーダーシップは、一部の優れた人物のみが発揮できるというわけではなく、適切な行動をとれば誰でもが発揮できるものであることが証明されるにいたりました。
1970年代に入ると、「交換・交流理論」が盛んになります。「交換・交流理論」は、部下(フォロワー)の存在を、従来の理論の前提となっていた「リーダーから一方的に影響を受ける存在」から、「リーダーに影響を与えうる存在」として浮かび上がらせています。
つまり、リーダーとフォロワーとの相互関係の中に、リーダーシップの本質を見出そうとする理論です。
交換理論
人間が行動を起こすか否かの判断は、それを行うことによりメリットがあるのかを検討したうえで下すものです。一方、他者を行動させたい場合には、他者がそれを行う場合に得られるメリットを示すことで、行動を促すでしょう。
つまり、動かす側と動く側が共に利益となるような何かを「交換」することによって、お互いが満足を得ているということが言えるのです。このように、人間社会は お互いに「交換」することにより生活を成り立たせてきました。
米国の社会学者であるジョージ・ホーマンスは、この社会的な人同士の交換を、リーダーシップの観点にあてはめ、「社会的交換理論」を提唱しました。
フォロワーは、一度リーダーの指示に従って満足な報酬を獲得できた、あるいは心理的な快感などの価値ある結果が得られた場合、そのリーダーに次の機会にも進んで付き従おうとします。フォロワーは、単に指示に従うだけではなく、より自発的行動も引き起こされるようになります。
このように、「交換理論」では、リーダーだけではなく、フォロワーもリーダーシップに積極的に関わる存在として位置づけられています。
鎌倉幕府と御家人
交換によって、社会が成り立ってきた実例を、日本の歴史の中で考えてみましょう。
武家政権が本格的に確立された鎌倉時代には、鎌倉幕府とそれを支える御家人の間に、「御恩と奉公」という言葉で象徴される交換関係が存在しました。
将軍を中心とした武家政権である鎌倉幕府は、御家人と呼ばれる各地域に勢力を張る武士たちに、領地を安堵し、その土地で生産される農作物や織物などの製品に賦課することにより得られる収益を認めました。
一方、御家人は、幕府に外敵が現れると兵を率いて戦場に駆けつけたり、幕府の公式行事で役目を与えられたり、幕府の事業に財産を提供したりといった義務が課されていました。成果を挙げた御家人には、外敵から没収した領地を新たに分け与えることで報いました。
鎌倉幕府と御家人の間における「交換理論」の破綻
鎌倉幕府滅亡の原因の一つに元寇が挙げられます。元寇とは、13世紀後半にモンゴルを中心にアジア全域で勢力を拡大した「元」が日本に仕掛けた侵略戦争です。
この時、鎌倉幕府は大量の御家人を戦場となった九州北部に動員しています。鎌倉幕府は、2度の元の襲来を退け侵略を防ぎました。しかし、当然のことながら、この戦闘で敵から奪った領地は皆無です。そのために、御家人の「奉公」に幕府はほとんど「御恩」で報いることができませんでした。
つまり、「御恩と奉公」の交換関係が破綻してしまったのです。そのため、鎌倉幕府に不満を持つ御家人を数多く抱えることとなり、滅亡の遠因を生じさせることになってしまったのです。
社会的交換理論
ジョージ・ホーマンスの「社会的交換理論」において、交換されるのは物や金だけではありません。例えば、通り雨にあって困っている人に傘を貸してあげて、相手から感謝されたり、
自分自身が良い事をしたという達成感を味わったりといった心理的メリットも含まれます。
上司(リーダー)と部下(フォロワー)の関係でも、部下が業績を挙げたときに、昇進や報奨などの直接的なメリットだけではなく、単に上司が部下を褒めるだけでも、部下にとっては努力が報われたと感じることはあると思われます。
一度リーダーの指示に従って、フォロワーにとって良い結果が得られれば、次の指示にもフォロワーはよい結果を期待して従いやすくなるでしょう。
リーダーとフォロワーは、相互に関係し合い、リーダーシップのあり方にも、リーダーだけではなくフォロワーも深く関わっていることがわかります。
信頼性蓄積理論
社会心理学者エドウィン・ホランダーは、よりフォロワーの影響力に注目した「信頼性蓄積理論」を提唱しました。「リーダーの影響力は、リーダーが過去の言動や行動でフォロワーに対してどれだけ信頼を集められたかで決まる」としています。
リーダーは、信頼を集める前に、フォロワーに対し双方が属する集団の規範を理解しているという「同調性」を示す必要があります。また、その集団の目的を達成するために有効な行動ができるという「有能さ」も示さなければなりません。この2点を示すことで、フォロワーのリーダーに対する信頼性を蓄積していくことができるのです。
この理論では、さらにその先があります。リーダーは信頼性が蓄積されていくと、フォロワーから集団を変革することを期待されるようになるとしています。変革が成功すれば、さらなる信頼性の蓄積につながっていき、リーダーの影響力も増大します。
もし、変革に失敗すれば、信頼性の蓄積が減少に転じ、フォロワーがリーダーに付き従うモチベーションは薄れていくことになります。
鎌倉幕府と御家人の信頼性
鎌倉幕府と御家人の関係において、信頼性が蓄積され、リーダーに対してフォロワーから変革の期待が高まった時代はあったのでしょうか。
これは、あくまで想像でしかないのですが、鎌倉幕府を創設した源頼朝が存命だった鎌倉幕府創設当初は、まさにそういう状態だったのではないかと思われます。
付き従う御家人たちは、西日本での平家追討や北関東・奥州の反乱分子の平定のための数多くの戦いに勝利し、功績に応じて新たな領地を与えられ、武家政権の確立のために邁進する頼朝に対する信頼が蓄積されていったことでしょう。
御家人の頼朝に対する信頼の礎となったのは、御家人の利益の前提となる所領の拡大や権益の確保です。頼朝は、それらの獲得に腐心しました。敵対勢力に勝利し領地を召し上げるだけではなく、幕府のパワーを背景に、朝廷との交渉もぬかりなく行い、徐々に全国への影響力を浸透させていきました。
そして、ついには日本の警察権力(守護)を朝廷に認めさせます。同時に、朝廷の直轄地や京の公家が日本全国いたるところに所有していた荘園の管理権限(地頭)も獲得することになったのです。これらの役目は、鎌倉幕府に奉公する御家人に与えられ大きな実利をもたらすことになりました。
頼朝時代の御家人は、戦績や幕府への公式行事への貢献が認められれば、所領や守護・地頭の権益が得られるという確信があったはずです。また、頼朝に対する変革への期待も大きかったことでしょう。頼朝は、御家人の期待を受けて遺憾なくリーダーシップを発揮し、高いモチベーションをもって鎌倉幕府の基盤づくりに臨んだことがわかります。
リーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)理論
リーダーシップの研究が進んで、1970年代に入ると、「交換・交流理論」が盛んになってきました。従来の研究で重要視されてこなかったフォロワーにより注目した理論です。
アメリカの社会学者J.ホーマンスは、フォロワーの業務の遂行とリーダーの報酬との交換によりリーダーシップは成り立っており、リーダーとフォロワーの間には相互依存性があることを見出しました。(「社会的交換理論」)
リーダーとフォロワーの間に、健全な交流が繰り返されると、相互の信頼が蓄積され、よりよいリーダーシップが発揮されます。次の段階では、フォロワーは、リーダーに変革を期待されるようになるという「信頼性蓄積理論」も唱えられました。
リーダー・メンバー・エクスチェンジ(LMX)理論は、リーダーとフォロワーとの関係をより深く掘り下げた理論です。
米国シンシナティ大学のジョージ・グレーンを中心とする研究者たちは、リーダーとフォロワーを様々な取引関係からなると考えました。その取引関係の質が高いほど、集団は高い成果を生み出すとしています。
リーダーは、フォロワーとの関係の質を高めれば、よりリーダーシップを発揮しやすくなります。一方で、リーダーだけではなくフォロワー側からのリーダーシップへの影響力も重要視しており、従来の研究とは一線を画すものとなりました。
in-group(内集団)とout-group (外集団)
ジョージ・グレーンたちは、リーダーとフォロワーとの関係性の質の違いにより、「交換」に差があることを発見しました。
新たに就任したリーダーは、その組織の中に、リーダーに好意的に振舞う集団(in-group)と、非好意的に振舞う集団(out-group)が存在することに気付くとしています。そして、それぞれの集団に属する部下が同じことをやっていても、in-groupに属する部下の評価の方が高くなる傾向があるとグレーンは主張しました。
例えば、リーダーの指示に対し、フォロワーの業務の完了が期限に間に合わなかったとしましょう。in-groupに属している部下であれば、「丁寧に仕事をしているのだな」という評価につながりますが、out-groupに属する部下の場合には、「サボって遅れたのだな」という評価になってしまいがちです。
in-groupのフォロワーは、その評価に満足しますが、out-groupのフォロワーにとっては不当な評価だと感じるかもしれません。リーダーとフォロワーとの「交換」は、このような双方の関係の「質」によって変わってくるとジョージ・グレーンのグループは考えました。
このようなリーダーとフォロワーとの関係性は、上司部下の関係が始って数日から数週間の間の相互の印象によって大きく影響するとしています。
このような状況について、組織の中で実際に働いている人にとっては、思い当たるふしがあるのではないでしょうか。
LMX理論では、リーダーがフォロワーと望ましい関係を構築することで、よいリーダーシップが発揮されるとしています。この望ましい関係について、リーダーとフォロワーとの間で、暗黙のうちに交わされている「心理契約」という概念で説明したのが、米国オクスフォード大学のタクレブとテイラーです。
彼らが、2003年に提唱したのは、リーダーがこの心理契約を守っているとフォロワーが信じていれば、両者は”望ましい関係”であると判断できるとしています。
リーダーは、より良いリーダーシップを発揮するためには、個々のフォロワーをより多くin-groupに招き入れ、フォロワーとの関係性の「質」を向上させていくことが求められます。
リーダーシップ形成の成熟
1990年代にLMX理論を発展させたジョージ・グレーンとアラスカ大学のメアリー・ウール=ビエンは、リーダーとフォロワーとの間の交換・交流関係か゛時間の経過とともに段階的に発達していくことをつきとめました。
2人によると、他人関係→知人関係→成熟したパートナーシップへと変容していくと言います。
リーダーとフォロワーとの関係の初期段階では、互いに金銭などの実利に重きが置かれています。両者に望ましい関係が構築されれば、互いに信頼し尊重し合い、フォロワーには、自発的に属するグループに貢献しようとする行動まで見られるようになることが判明しているのです。
LMX7によるリーダー・フォロワー間の関係の測定
グレーンとビエンは、リーダー・フォロワー間の関係の質を測定するために、「LMX7」という質問票を作成しました。7つの質問に答え回答をスコア化します。リーダーは、それぞれのフォロワーごとに1枚のLMX7を完成させる必要があります。
フォロワーは、自分のリーダーについて回答します。そのスコアが上位であれば、フォロワーはin-groupのメンバーであることを、逆に下位であればout-groupであることを示すというものです。現在でもリーダシップの質を明らかにするために広く利用されているツールです。
1. あなたは、あなたのリーダー(フォロワー)の立場を理解していますか また、あなたのリーダー(フォロワー)が、あなたの仕事にどれくらい満足しているか認識していますか
2. あなたのリーダー(フォロワー)は、あなたの仕事上の問題とニーズをどの程度理解していますか
3. リーダー(フォロワー)は、あなたの潜在能力をどの程度理解していますか
4. あなたのリーダー(フォロワー)が、正式な権限を有しているか否かにかかわらず、リーダー(フォロワー)は、あなたの仕事の問題を解決するために権限をどの程度を行使しますか
5. あなたのリーダー(フォロワー)が、正式な権限を有しているか否かにかかわらず、リーダー(フォロワー)は、自ら労力やコストを使って、どの程度あなたをサポートしますか
6. 私は私のリーダー(フォロワー)が不在の場合でも、リーダー(フォロワー)を守り、正当化するであろうことに、十分な自信を持っています
7. あなたのリーダー(フォロワー)との仕事上の関係をどのように考えますか
7つの質問で選択した答えの番号を合計してスコア化し、関係性の高さを確認します。
このLMX7は、研究者が現場でリーダーシップの質を測定するために最も一般的に使用されている検査方法です。リーダーの立場の方にとっては、自分のリーダーシップスタイルを分析することができます。フォロワーの立場からも、改善の糸口を見つけることができるでしょう。
LMX理論の発展と限界
LMX理論はさらに発展し、リーダーとフォロワー間だけではなく、フォロワーの中での交換・交流関係も成熟すると、グループ内の成果が増大するという報告も出てきています。
一方、リーダーがフォロワーをout-groupからin-groupにどうしたら導きいれることができるのかが具体的に示されているわけではありません。
また、リーダーとフォロワーとの関係が、異動などで短期間で変わったり、階層ができてリーダーとフォロワーが直接交流ができなかったりする大組織の場合には当てはまらない可能性もあります。このような事情から、違った視点でのリーダーシップ研究も展開されていくこととなりました。
信頼性蓄積理論
「信頼性蓄積理論」は、米国の社会心理学者E.P.ホランダーが提唱した理論です。
一般的に、新しいリーダーが就任した際に、必ずしもすぐにリーダーシップが発揮できるとは限らず、まずは部下から信頼を得ることから始めなければならないとしています。そのためには、早々に業務上の成果を上げることが重要だという主張です。
信頼を得られれば、リーダーシップを発揮しやすくなり、従来のやり方を変えることも可能となるとしています。
この「信頼性蓄積理論」において、課題軸として認められるのは、部下からの信頼を得るために、「まずは早い段階で業務上の成果を上げろ」という点です。一方で、人間軸と考えられるのは、「新人リーダーは、いきなりやり方を変えるのではなく、まずは部下との相互信頼を蓄積することが重要である」という点です。
リーダーシップ研究に見る2軸
ここからは更に幅広いリーダーシップ理論を取り上げ、人間軸と課題軸がどのようなかたちで扱われているかを見ていきます。
R.F.ベールズの研究
ハーバード大学のベールズは、あらかじめ司会役の決まっていない討議集団では、議論を進めるプロセスで、複数のリーダーが自然発生的に出てくることを見出しました。
そのリーダーは、良いアイデアを出す課題面でのリーダーと、他者から好かれる社会情緒面でのリーダーに分化するとしています。もともと2面とも得意である人は世の中にそう多くいるわけではありません。そのため、課題面と情緒面の2人のリーダーが発生する場合が多くなるのです。
ベールズは、この2軸のそれぞれのリーダーの相互作用により、議論が質の高いものへと引き上げられていくことを見出しています。
ミシガン大研究
1940〜1950年代に、ミシガン大学では、高業績と低業績のチームのリーダーと部下の行動を比較しました。そこで分かったことは以下の通りです。
高業績チームでは、リーダーは大まかな監督を行い、失敗も成長への投資と考える大らかな雰囲気があり、部下は高い目標を掲げられても不当な圧力とは感じていませんでした。そして、指示した業務は部下に任せ、自ら業務に入り込むことはなかったのです。
一方、低業績のチームのリーダーは、事細かく指示し、些細なことでもミスがあれば部下を叱りつけており、部下は常にリーダーから不当な圧力をかけられていると感じていました。そして、進捗の遅い部下の業務に自ら手を下していたのです。
この研究での短所は、人間軸と課題軸が2軸としてではなく、一つの軸の対極として捉えられていました。そのため、PM理論でいうところのPM型のリーダーが存在するという発想は、この時点ではまだありませんでした。しかし、リーダーシップと業績との関連性を意識している点で先進性があったといえるでしょう。
オハイオ州立大学研究
日本のPM理論と同様、集団の業績面にはこだわらず、リーダーの行動を整理し尺度を確立する研究を行ったのが、オハイオ州立大学でした。
企業で実際にリーダーシップが発揮される現場に出向いて、リーダーの行動を記録、分類整理し、リーダーの行動に関する質問調査票が作成されていきました。度重なる改訂を経て1963年にLBDQと呼ばれる十二次元調査票が作成されています。
十二項目について分析を行った結果、最も影響力の大きい項目が以下の2項目でした。
・構造づくり:
自分の役割を明確に定義してフォロワー(部下)に何が期待されているのか、知ってもらう。
・配慮:
フォロワーを励まし、元気づけ、彼らの立場を気にかける。
このことから、「構造づくり」「配慮」が、オハイオ研究の代名詞ともなりました。まさに、「構造づくり」は課題軸、「配慮」は人間軸に対応していることがわかると思います。
変革型リーダーシップ
変革型リーダーシップは、1980年代以降の米国大企業の業績低迷を背景に発生した理論です。変革を必要とする企業のリーダーの行動と企業の成果の関係を一定の時間軸の中でとらえました。
ハーバード大学のジョン・コッターが、変革のためのプロセスを示して以降、現在までリーダーシップ理論の一大潮流となっています。
変革型リーダーの特徴を3つに絞ると以下のようになります。
・アジェンダ設定
・ネットワークの構築
・実行
課題軸が中心と思われがちな変革型リーダーシップですが、ネットワークの構築については人間軸ととらえることができます。ネットワークの構築とは、リーダーの指揮命令系統以外の社内外の人々についても、アジェンダの実行に参加してもらうために、説得し巻き込んでいく行動であると説明しています。