「福祉国家」から「無税国家」へ

政府の投資会社化

 経営学の父ドラッカーは、「管理不能となった医療保険や年金の大幅縮小が不可欠」と早くから指摘。「大きな政府」である福祉国家は解体され、「小さな政府」に向かわざるを得ないとした。その上で、「成果を上げる政府」が必要だと強調していた。

 その延長上にある一つの理想が、「経営の神様」松下幸之助氏が唱えた、国民に税金を課さない「無税国家」です。

 松下幸之助氏は、「税収から1割でも貯めて、1千兆円規模の資金をつくり、その運用によって税金をゼロにする」という構想を1979年に発表した。同時に、利益を国民に還元する「配当国家」を目指すことも提起した。

 これは、松下幸之助氏が実践した資金や人材などの余裕をつくり出す「ダム経営」や、借金をしないで自己資金だけでやり繰りする「無借金経営」を政府の運営に応用するというものである。

 幸福の科学大川隆法総裁は、法話「国家繁栄の条件」で「無税国家」を目指すべきだとして、「無借金経営はそう簡単にできることではないので、まずは、『思いの力』と『構想力』と『現実の努力』の結果として、そうなっていくことが大切だと言えるでしょう」と強調した。

 現実に「無税国家」を一部実現している国もある。シンガポールでは、政府が投資会社を持って資金を運用。その利益で予算の1割をカバーしているという。

 日本が「無税国家」を目指すならば、「予算はその年度に使い切らないといけない」とする憲法上の単年度予算制の見直しが必要になる。

 

「報徳精神」に由来する

 松下幸之助氏が主張した「無税国家論」の背景には、松下電器(現パナソニック)の経営理念にある「産業報国」「感謝報恩」の精神がある。「個人も企業も与えられたもの以上のお返しをしないといけない」という考え方。それを政府に当てはめると、「無税国家」のアイデアが出てくる。

 もともと、「無税国家」は、明治時代の教育者・福沢諭吉が「可能だ」と提案した。二宮尊徳の「報徳精神」に基づくものだったという。

 二宮尊徳には、「人間はそれぞれ長所(徳)を神仏から与えられており、それを磨くことで、神仏と他の人々に報恩できる」という信念があった。

 

 「無税国家」には、政府そのものを株式会社にするという、過去に例のない方法もある。これは、天国に還った松下氏が、2005年幸福の科学の大川隆法総裁を通じて降ろしたアイデアである。ポイントは以下の通りです。

「資産を洗い出して売却できるものは売却し、時価総額を出したうえで株式を発行。省庁に民間企業幹部を迎え、仕事のスピード化・黒字化を図る」

 1987年の国鉄民営化は、資産を売却して莫大な借金を返済し、JR各社が営利事業を展開し稼げるようにしたので、そのプロセスに近いものがある。

 国鉄は、当然、国営だったので、駅ビルなどを使った「お金儲け」ができず、借金が25兆円にも膨らんでいた。今なら当たり前の「駅ナカ」ビジネスなどができるようになり、鉄道事業の赤字を補えるようになった。

 これと同じように、政府としてビジネスを展開できるようにしようというのが、株式会社化による「無税国家」構想です。

 もちろん、今の大臣や事務次官では、商売がうまくない「武士の商法」で稼げそうにない。商社など実業界から人材を獲得し、権限を与えることが「黒字化」のためには欠かせない。

 重要なのは、リニア新幹線など交通インフラや、防衛・航空・宇宙などの分野に投資し、未来産業を創り出すことです。

 成功すれば、国民にとって、政府は、「税金をどんどん取っていく政府」から、「もっと投資したくなる政府」になる。

 

政府が寄付を集める

 松下幸之助氏は生前「政府の事業を寄付を集めてやる方法があってよい」と提案したこともあった。

 確かに、歴史上豪商や大実業家が自らの資産で「公共事業」を行うことは日常風景であった。現代にもその名が残る大阪の淀屋橋は、江戸時代に商家の淀屋が造ったもの。今も使われている日比谷公会堂や東大の安田講堂は、明治の財界人・安田善次郎が寄付した社会事業の一つ。松下幸之助氏自身も、大阪・梅田の歩道橋を建設し寄贈するなどした。

 「社会の資源や人材を使って大成功したのだから、社会に恩返しをする」ということが当たり前に行われていた。

 明治期はほとんどの労働者に所得税がかからず、富裕層でも数%の税率だったため、インフラや教育に寄付する篤志家が全国にくまなく存在した。

 戦中・戦後は、所得税率が50~90%以上の重税の時代となり、篤志家が出にくくなっている。ただ、震災時の義捐金やボランティア活動に見られるように、助け合い、社会に恩返しする精神は広く国民に根づいている。

 安倍政権は待機児童問題を解消するために、産業界に3千億円を出させようとしているが、子育て経験が豊富で保育士に代わる役割を果たせる高齢者で、「子育てのボランティアをやりたい」という人はたくさんいる。

 「社会にお返しがしたい」という”善意“を集めることが、「無税国家」をつくり出す。

 

政府の宗教国家化

 ほぼ全国民が”善意”を差し出し、空前の大事業をやり遂げた時代もあった。奈良の大仏建立のプロジェクトがそれである。

 聖武天皇が「仏法によって国民を救いたい」と発願。「一本の草、一握りの土であっても功徳を積める」と全国民に資金と労役の布施を呼びかけた。貧民救済などで信望を集める行基を勧進役に起用し、仏への感謝・報恩を募った。

 建立にかかった資金は国家予算の2年分とされるので、今なら200兆円を集めたことになる。国家がどれだけ「尊い仕事」をするかによって、集まる”善意”が桁違いのものになることを示している。

「無税国家」には、政府の「投資会社化」「株式会社化」「宗教国家化」の3段階があるといえる。後者になるほど「社会や神仏に恩返ししたい」という”善意”の循環が大きくなる。

 政府の仕事にも”発展段階”があり、究極の理想は政府の事業に布施をしたくなる「宗教国家」にある。

 

マルクス主義を葬るには

 一方、安倍政権の福祉国家路線は最低レベルに位置づけられそうです。マルクスの共産主義思想を実践していることが大きい。

 マルクスは、自身の思想を、(1)「神仏もあの世もない」という唯物論、(2)「お金持ちは悪人」という嫉妬心、(3)「強制的に他人の富を取っていい」という”強奪”の正当化―によってつくり上げた。であるから、自民党政権は増税ラッシュで富を奪う政策を推し進めている。

 この流れを逆転させるには、マルクス思想をひっくり返せるだけのスケールの大きな「報徳精神」の復活が必要になる。

 それができるのは、(1)神仏への限りない感謝「(信仰心)」、(2)神仏と世の中への報恩「(与える愛)」、(3)「努力する者が報われる」という自助努力、を教え実践する宗教であり、政治勢力である。

 この精神の下で国民は長所(徳)を発揮し、繁栄を実現できる。

 「無税国家」に一歩ずつ近づいていく努力が、いまだ世界を席巻するマルクス主義を葬り去るのです。

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