世界が大絶賛した教育勅語

 教育勅語は、日本を軍国主義に導いたのではありません。

 そもそも、教育勅語とはどういうものだったのでしょうか。教育勅語は、明治天皇が国民に語りかける形で書かれた、「国民の道徳」のようなものです。

 江戸幕府は、武士の政権でした。武士達は、自己の政権を手放すという自己犠牲のなかで明治維新政府をつくりました。当時の弱肉強食の世界の中で、生き残るために殖産興業・富国強兵策を進めてゆきました。そのような中で、日本の良き伝統は失われつつ有り、モラルハザードが起こってきました。それを憂えた明治天皇が、明治23年5月、時の文部大臣(現在の文部科学大臣)に「教育は国家の重大事であるから、特に頑張ってほしい。ついて総理大臣と協議して教育に関する箴言(格言)を執筆するように」と お示しに成られました。そして、日本の伝統文化に根ざした格調高い品格のある日本人を育成する指針として、元田永孚によって勅語という形にまとめられました。これが、明治23年10月30日に明治天皇によって示された教育勅語です。以来,日本の道徳規準として、品格ある国民を育成する指針として成果を上げてきました。

 戦後、東京裁判によって日本を軍国主義に導き侵略戦争を起こさせたのは、この教育勅語による教育に原因があるとして、教育勅語と軍国主義を結びつけようとしました。「一旦緩急アレバ、義勇公二奉ジ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」という一節が特に問題視されました。書き方は古風ですが、「国家の非常事態には、日本の為に、私的な利害を超えて、起ち上がる事」は当然のことです。このことは、どこの国の国民も求められていることです。しかし、この精神を保持させれば、また何時の日か、アメリカ(欧米諸国による植民地支配)に逆らうかもしれないとGHQは考えました。戦争中原爆投下や大都市の爆撃など無差別殺人をおかした復讐されるかもしれないと思い、自衛戦争を侵略戦争と置き換え、日本人を弱体化しようとしました。しかし、いかにこじつけようとも侵略戦争(本当は自衛戦争)と結びつけることは出来ませんでした。大東亜戦争を裁いた東京裁判では、「八紘一宇」という神武天皇による建国の精神も、品格ある日本人を育成する役割を果たしてきた教育勅語も、断罪することは出来ませんでした。しかし、GHQの占領下にある間に、衆議院でも参議院でも教育勅語の失効の決議がなされ、今日に至ります。その結果、日本人は芯を失い、エコノミックアニマルとさげすまれるように、経済的利得のみが行動指針となる卑しい国民になってしまいました。軍国主義批判は、日本を弱体化するための詭弁です。もし、150年前に日本が明治維新に失敗していたら、世界はどのようになっていたでしょうか。歴史に「If」ということは有り得ないのですが、150年経った現在でも、欧米(白人)の植民地支配はつづき、有色人種の独立国家は消滅していたことでしょう。1868年に明治維新政府ができ、殖産興業・富国強兵という軍国主義政策をとったからこそ、日本は欧米の植民地にはならなかったのです。これは、東亜百年戦争の一環であり、最後には大東亜戦争に敗亡しました。しかし、アジア・アフリカ諸国に対する欧米の植民地支配は終わりをつげました。

ククリット・プラモード(1975年~76年タイ首相)

 日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産をして母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは、『身を殺して仁を成した』日本というお母さんがあったためである。  

 12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大な決意をされた日である。さらに、八月十五日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。我我は この二つの日を忘れてはならない。」  

 古代スパルタの軍国主義が有名ですが、そもそも、軍国主義というのは国家の防衛の為の手段です。軍国主義が悪いのではありません。軍隊によって国家を護ることは当然のことです。この国防に失敗すると、国家は他の国の支配下に置かれます。大東亜戦争後においても、中華人民共和国に侵略されてチベットは独立を失いました。失った結果、チベットの文化は抹殺され、国民は漢民族に対して隷属的な地位におかれています。

 歴史をひもとくと、古代カルタゴがあります。ローマ帝国と地中海の覇権を巡って争い、第二回ポエニ戦争後は軍隊を持つことを禁止されます。それを良いことに、国防の意識をなくし、経済的覇権のみに専念します。最後は、第三回ポエニ戦争でローマ帝国によって地上から抹殺されます。第二回ポエニ戦争後の歴史は、大東亜戦争後の現在のアメリカ合衆国と日本の関係にそっくりな関係であると言われます。カルタゴは第二回ポエニ戦争後、約五十数年後にローマ帝国によって滅ぼされました。戦後70年侵略されずに独立を維持できたのはラッキーと言うほかありません。

 日本は、国防意識を失い、自分が攻めなければ相手に攻められないと錯覚していますが、そのような甘い世界では今日でもありません。日本が戦後70年、独立を維持しているのには二つの理由があります。

 一つは日米安保条約によって、アメリカ合衆国により護られてきたことによります。勿論、これには条件があります。アメリカが日本の防衛を担うと言うことは、日本がアメリカの保護国に甘んじてきたということです。アメリカの国策にしたがい、アメリカの利益に適う行動をするようにアメリカ合衆国から圧力をうけ、それにしたがってきたことによります。アメリカの利益にならない限り日本は護られません。例をあげれば、アメリカの庇護下にあるかぎり、昔の貿易摩擦、現在のTPP等アメリカの利益の為に日本は奉仕しなければなりません。そのアメリカの力が弱ってきています。いつまでも護ってくれるとは限りません。  

 二つ目は、日本人は目覚めれば何をするか判らないという意識を周辺諸国(中国、韓国、ロシア、アメリカ合衆国)がもっているからです。  

 大東亜戦争において、日本の兵士は抜群の精神力で抜群の強さを発揮しました。侵略すれば再武装を行い、眠れる獅子が目覚める如く、強い国になってしまうという畏怖心がのこっているからです。家族を護るためにちっていった五千余の「神風特攻隊」に感謝しなければなりません。  

 世界の常識として、国家が国民の安全を守るためには軍隊を整備しなければなりません。日本がこの常識にしたがって普通の国になろうとすれば、これを軍国主義といって批判するのは、世界には200の国と地域がありますが、中国、韓国、北朝鮮、アメリカ合衆国のみです。国内の共産党、社民党を支持する皆さんや歴史学者の皆さんは、真剣に軍国主義の復活は悪であると信じて居るかもしれませんが、あまりにも歴史音痴というほかありません。もしくは、戦争中に一億玉砕をさけんだ国家主義者の目的は、ロシアによる日本占領を招くことによって、日本を共産主義国家にしようと目論んでいたように、日本が周辺諸国に侵略されることを心から望んでいるのかもしれません。  

 アメリカ合衆国は、重要な経済植民地を手放すわけには行きません。

 中国は、共産党の存立基盤が日本の軍国主義と戦って中国国民を護ったというウソですが、体制擁護のために、日本を批判せざるをえません。さらには、沖縄の独立と中国領土となること、日本をもチベットのように占領することを望んでいることも明らかになっています。

 韓国、北朝鮮は、日本に対する嫉みがあるのではないかと思います。  

 「教育勅語」という指針を失ったことに、戦後の日本の精神的荒廃の根本原因があるように思います。「教育勅語」を具体化したのが、戦前の「修身」でした。「修身」を現代風にアレンジして復活させようとしているのが「道徳」です。道徳教育の復活こそ日本の青少年の心の荒廃を救う切り札となると思うのです。

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