孫子の兵法 第一章 計篇

 戦争の重大さを自覚し、開戦前に慎重を期して敵味方の実力を計らねばならぬこと、その際の目安とすべき項目について説く

兵は国の大事

『兵は国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざる可からざるなり。

故に、之を経るに五事を以てし、之を校ぶるに計を以てして、其の情を索む。』

 戦争とは国家の重大事であって、国民や国家の生死はもちろん、存亡にも深く関わる行動だということを心得て計画を立てる必要がある。

 戦争は勝っても負けても多くの命が失われ、経済が疲弊するもの。撤収の道を選ぶ場合も、逆に戦線を拡大する道を選ぶ場合でも、国民や国家の生死、存亡に深く関わる行動だということを心得て、確かな計算をしてから決断することが大切だと言っています。

 孫子は、戦争を安易に起こしてはいけない事、重大だからこそ事前に充分な検討が必要なのだという事を教えています。

 

五事と七計

 計篇を一言で表すなら、「無謀な戦いはしない」ということに尽きます。現代を生きる私たちに置き換えれば、戦争とは、人生のあらゆる場面における選択や競争だと言えるでしょう。  

 しかし、『孫子』は、「勝とう」とするのではなく、「慎重に考え、判断し、勝ちを手にせよ」と示唆しています。まわりに流され、勢いで選択・競争するのではなく、事前に十分な準備を整えながら考察すれば、戦う前から勝敗は予想できると言っているのです。

五事

 ゆえに、事前の徹底した研究が不可欠であり、判断の軸となる五事(5つの要点)をもとに徹底して比較検討を重ね、戦況を正しく把握することが重要である。

『一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。道とは、民をして上と意を同じくせしむる者なり。故に之と死すべく、之と生く可くして、民は詭わざるなり。天とは、陰陽、寒暑、時制なり。地とは、遠近、険易、広狭、死生なり。将とは、智、信、仁、勇、厳なり。法とは、曲制、官道、主用なり。凡そ此の五者は、将は聞かざること莫きも、之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。』

 孫子は、戦争をできればしない方がいいと言っています。ただし、もししなくてはならなくなった時は、戦争に突入するかどうかの判断をするために、道・天・地・将・法という5つに関して、それらが整っているかどうかを見極めて判断する必要があります。

 孫子の論の基本は、意外に思われるかもしれませんが『戦争はしない方がいい』ということです。それだけに避けるべき戦争をするならば、絶対に勝つために、「大義名分」をはじめ、「時期」や「地の利」、「大将の器」そして「軍の善し悪し」が整っているかどうかを見極めて判断しなくてはいけないということを説いています。

 人を率いる将というものは、あたまの働き、人から信頼されること、人間味のあること、勇気、厳しさという5つの徳性を備えなければならない、という意味です。

 孫子は、戦争に突入するかどうかの判断をするための5つの基本事項を説きます。

「道」 民と君主が生死を共にすることについて疑いのない状態のこと

 「大義名分」です。その戦争にちゃんとした大義名分があれば、国民も納得し賛成してくれるはず。そうすれば、「主君と生死をともにする」という気持ちにもなる。

 人民を君主と同じような気持ちにさせ、危険をおそれず君主と生死を共にするようにさせるもの、それが「道」であるということを言っています。

 戦いは過酷なものです。それだけにもし戦争になったのなら、上に立つ人の考えや意志が部下までしっかり浸透していなければ、いつか破綻してしまいます。まず、上下に関係なく意志を統一させることが大切だということを孫子は言っています。

「天」 気温の寒暖や四季の推移の定めのこと

 天候や季節の事も含めて、今がその(戦争する)時なのかどうなのか、という事を判断する。

「地」 距離、地形、地形の状態のこと

 まさに「地の利」。地域の広さや地形を考え、どの場所で事を起こすか、などの判断をする。

「将」 優れた将軍の能力のこと

 国の君主が立派かどうか、信頼に値する人物なのか、法令を守って賞罰などを公平に行っている人なのか。いくら色々な条件が整っていても、肝心の大将が情けなくては勝てる戦も勝てない。

 将軍の素質とは、物ごとを明察できる知力、部下からの信頼、部下を思いやる慈しみの心、困難にくじけない勇気、軍律を維持する厳格である。将軍とは、智、信、仁、勇、厳のご条件を満たす人物でなければならない。

リーダーとして求められる5つの資質(要素)  智・信・仁・勇・厳

 孫子は、将(指導者)には、智(知恵があること)、信(人から信頼されること)、仁(いたわりの心があること)、勇(勇気があること)、厳(厳しさがあること)の5つの徳性を備えていなければならないと言っています。これは戦争においてだけではなく、政治やそして会社でも上に立つ者に必要な要素です。熾烈なビジネス戦争に勝つためには、リーダーの資質が重要であるということです。

将とは、智・信・仁・勇・厳なり

 「軍力を運用する原則としては、敵がやって来ないことをあてにするのではなく、わが方に敵がいつやって来てもよいだけの備えがあることを頼みとするのである」と孫子は言っている。

 もちろん、自分がなにかをしている間、敵やライバルがなにもしないでいてくれれば好都合でしょう。しかし現実にそのようなことはあり得ず、それどころか相手も成長し、力を蓄えていくものです。

 戦いでは自分を過大評価するとうぬぼれて負け、過小評価すると恐怖にとらわれて敗北してしまいまます。だからこそ大切なのは、自分を適正評価すること。そのためには、相手を基準に自分を見ないことが重要。なぜなら相手は常に変化しているため、基準にはならないから。それより自分を基準にしてこそ、力を正しく蓄えていけるわけです。

 孫子は、「戦いの最大の敵は相手の兵力ではなく、自分の態度だ」と何度も強調しているのだといいます。しかし私たちは、自分に不備があったりすると、「敵はまだ来ないさ」と思ってしまいがち。でも相手の油断や怠慢に頼るのではなく、常に相手の先を行こうと努力し続けることが大切。迎え撃つ万全の体制が整っていれば、敵の出方を気にする必要はなくなるということです。

 「法」 各人の職権や将軍の指揮権についてのルール

 軍のよしあしの事です。軍の編成や、軍需物資の管理、適材適所への配置など、強いという事も当然ですが、いくら一人一人が強くてもチームワークがなってないと駄目です。軍のまとまりも考えなくてはなりません。

 相手と自分を見比べて、これらの基本的な条件をどちらが満たしているかで、勝てるか勝てないかの判断をする。「勝てない戦争はしない」というのが孫子の鉄則ですから、おのずと戦争をするかしないかの決定もすることになります。

 これらの定義は、現代のビジネスにおいての組織のあり方や、戦略の進め方にも通用する普遍性を持ったものであるといえます。

 5つのポイントとは、「道」「天」「地」「将」「法」である。この5つのポイントは人の上に立つリーダーであれば、誰でも聞いたことがあり、知っていることだが、本当に理解して実践する者は勝ち、分かったつもりなって本当には理解していない者は負けるのです。

七計

 5つの要点を明確にするには、価値観、得意不得意、関心、行動パターンなどを通して自分を知り、自分のモノサシ(判断基準)を持つ必要があります。自分は何をもって勝ち負けとする人間なのか、自分にとっての幸せとは何か。それを明らかにする中で、自分がやるべき仕事、選択すべき判断基準が明確になっていきます。

 彼我の死生の地や存亡の道をはっきりさせるため、優劣を具体的に比較・計量する基準(七計)を用いて、実際に両者の実状を探究してみるのである。

『之を校ぶるに計を以てして、其の情を索む。曰く、主は孰れか有道なる、将は孰れか有能なる、天地は孰れか得たる、法令は孰れか行なわる、兵衆は孰れか強き、士卒は孰れか練いたる、賞罰は孰れか明らかなると。吾れ此れを以て勝負を知る。』

 1:君主はどちらが民心を掌握できる賢明さを備えているか

 2:将軍の能力はどちらが優れているか

 3:天地がもたらす利点はどちらにあるか

 4:軍法や命令はどちらが徹底しているか

 5:兵力数はどちらが強大か

 6:兵士はどちらが軍事訓練に習熟しているか

 7:賞罰はどちらが明確に実行されているか

 7項目とは、国王・将軍が民衆と上下一体となって国としての意識統一ができているかどうか、将軍はどちらが有能か、気象気候地理的条件はどちらの軍に有利であるか、軍規や法令はどちらが遵守されているか、兵力はどちらが強いか、兵士はどちらの軍がよく訓練されているか、どちらがより公明正大な人事・評価がなされているかである。こうした観点による比較検討によって、どちらが勝ち、どちらが負けるかを事前に知ることができる。

 

迎合せずに主張する

『将 吾が計を聴くときは、これを用うれば必ず勝つ、これを留めん。

 将 吾が計を聴かざるときは、これを用うれば、必ず敗る、これを去らん。 計 利として以て聴かるれば、乃ちこれが勢を為して、以て其の外を佐(たす)く。勢とは利に因りて権を制するなり。』

 孫武は自身の言葉として、「計謀をご主君の利益だと判断されてお聞き入れになりますなら、国内で準備すべき勝利の体制はそれで整いますから、次にあなたの軍隊に勢を付与して、外征後の補助手段とします。勢とは、その時々の有利な状況に従って、一挙に勝敗を決する切り札を自己の掌中に収めることです」と言っている。

 そして、このことについて、国王は、「戦略と戦術・戦法の定義はさまざまですが、戦略は戦いの根幹をなす計画であり、よって不変のもの、戦術・戦略は戦いの実践術であり、よって状況に応じて柔軟に変えるべきものだともいえるでしょう」と記しています。

 孫子は国王に迎合してまで将軍になろうとはしなかった。戦争の素人である国王がプロである孫子の言うことを聞かないようでは戦争で勝てないからです。あくまでも孫子の考えを理解し、賛同してもらわなければならない。それが先決であって、もしそれができないなら、自ら去ると宣言したのです。

兵は詭道(きどう)なり

 戦術とは相手をあざむく方法であるという意味です。

『兵とは詭道なり。故に、能なるも之に不能を示し、用いて之に用いざるを示す。近くとも之に遠きを示し、遠くとも之に近きを示し、利して之を誘い、乱して之を取り、実にして之に備え、強にして之を避け、怒にして之を撓し、卑にして之を驕らせ、佚にしてこれを労し、親にして之を離す。其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。』

 本当は自軍にある作戦行動が可能であっても、敵に対しては、とてもそうした作戦行動は不可能であるかに見せかける。本当は自軍がある効果的な運用のできる状態にあっても、敵に対しては そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかける。実際は目的地に近づいていながら、敵に対しては まだ目的地から遠く離れているかのように見せかける。実際は目的地から遠く離れているにも関わらず、敵に対しては、既に目的地に近づいたかのように見せかける。

 「詭道」の「詭」は 偽る とか 騙す という意味です。「兵」というのは「兵士」という意味ではなく、「戦争」の事です。『兵は詭道なり』とは「戦争は騙す事」という意味です。

 これが兵法家の勝ち方であって、その時の戦況によって臨機応変に対応するものだから、事前に伝えておくことはできないものである。

 孫子は、どうしたら戦いが避けられるか、戦うにしても いかに自軍の損傷を少なくするかを常に考えていました。この言葉は、短いながら「戦術とは相手をあざむく方法である」と言って、直接の戦いを有利に運ぶ方法を説いています。

 「近づくためには遠ざかるように見せかけることが大事で、遠ざかるためには近づくようにみせかけること」が大事である。

 戦においては、相手にこちらの動きを悟らせないようにすることが大事です。同じ中国が由来のことわざで、局面や状況などがさまざまに変化してきわまることがないことを意味している「千変万化」というものがありますが、それと同じで、相手の心理的盲点を突けば、より効果的に目標を達成することができます。言い換えるなら相手の裏をかくと言うことが大切だと孫子は言っています。

『能なるもこれに不能を示せ』

 できるのに、できないようなふりをせよという意味です。勝負を有利に運ぶためには、相手の油断を誘うことも大切です。ことわざで「能ある鷹は爪を隠す」というものがありますが、孫子も同じことを言っていて、有能であることを隠すことも、時には有効だということを言っています。

 

 孫子は、14の策略をあげています。

1 出来るのに、出来ない振りをする

2 使っているのに、使っていない振りをする

3 近づいているのに、遠ざかっているように見せる

4 遠ざかっているのに、近づいているように見せる

    以上は「敵を欺くには、まず味方から」というわけです。

5利益で釣って誘い出す

6 混乱させて撃ち取る

7 敵が充実しているときは備える

8 敵が兄弟なときは避ける

9 敵を怒らせて、その心を乱す

10 敵にへりくだって、驕り高ぶらせる

11 元気なら疲れさせる

12 奈河がいなら離間させる

13 敵の備えていないところを攻める

14 敵の思いもよらないところに出る

 

こうした敵にいつわりの状態を示す方法によって

 敵が利益を欲しがっているときは、その利益を餌に敵軍の戦力を奪い取る  

 敵の戦力が充実しているときは、敵の攻撃に備えて防禦を固める  

 敵の戦力が強大なときは、敵軍との接触を回避する  

 敵が怒り狂っているときは、わざと挑発して敵の態勢をかき乱す  

 敵が謙虚なときはそれを驕りたかぶらせる  

 敵が安楽であるときはそれを疲労させる  

 敵が親しみあっているときはそれを分裂させる  

 敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃する  

 敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃する

 これこそが兵家の勝ち方であって、そのときどきの敵情に応じて生み出す臨機応変の勝利であるから、出征する前から このようにして勝つと予告はできないのである。

 

良い意味で期待を裏切り、手柄は他者に譲る

 戦争とは、相手をあざむく行為。ゆえに、戦闘能力がどれだけあろうとも、無いように見せかけ、作戦を遂行しようとする際はそれを気取られぬよう注意する。

 ところで、「あざむく」という教えですが、2つの意味がこめられています。

 一つ目は、相手の期待を裏切るということです。つまりは サプライズ。相手の予想しない領域に感動は生まれるのです。サプライズを成功させるには、事前準備が欠かせません。十分に準備し、相手の思いを先回りして考える。当然、相手のことを知らなければなりません。相手の考えを読み取り、その上を行く。あるいは、相手の言葉の端々から本当の望みを把握し、要求とは違う形で相手の満足を勝ち取る。良い意味での裏切りです。

 二つ目は、「能ある鷹は爪隠す」を実践し、味方をあざむくということ。自分の能力を不用意に見せてしまうと、人は能力をひけらかしているように感じ、反感や嫉妬を生みかねません。ここでは駆け引きが必要です。もし、ある案件の準備に尽力し、それが成功したなら、手柄は他者に譲りましょう。ここで「自分はこんなに頑張った」と言ったところで、それがどれほどの価値を生むでしょうか。見ている人は見ています。下手なアピールで反感や嫉妬を買うより、成功体験を蓄積し、自分に磨きをかける方が得策です。その時は勝ちを譲っても、長期的な視点で見れば決して負けてはいません。

 

勝つイメージを脳裏に焼き付ける 

 勝算が相手よりも多ければ実戦で勝利し、少なければ実戦で敗北する。ゆえに、勝算が一つもなくては話にならない。孫武は、勝算を計るため、徹底した比較検討と戦況判断をくり返すことで事前に勝ち負けを見通している。

 

戦う前に勝敗を知る

『未だ戦わずして廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況や算なきに於いてをや。吾れ此れを以てこれを観るに、勝負見(あら)わる。』

 会戦もしないうちから廟堂で目算して既に勝つのは、五事・七計を基準に比較・計量して得られた勝算が相手よりも多いからである。

 まだ戦端も開かぬうちから廟算して勝たないのは、勝算が相手よりも少ないからである。

 勝算が多い方は実戦でも勝利するし、勝算が少ない方は実戦でも敗北する。

 ましてや、勝算が一つもないというに至っては、何をかいわんやである。

 こうした比較・計算によってこの戦争の行方を観察するに、もはや勝敗は目に見えている。

 

無謀な戦いはしてはいけない

 戦争を決断する前に、戦争をするべきか避けるべきか、被害の大きさなどを考える

参考・引用しました

「孫子・計篇(第一章)」に読むビジネスリーダー

孫子の兵法 

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