アドバンテージ・マトリックス

 ビジネスは、どの領域に参入するかである程度収益性が決まります。収益性の低い領域では どんなに頑張っても限界がありますし、収益性の高い領域では工夫次第でいくらでも事業を拡大できるのです。事業の目的は利益だけではありませんが、利益を無視して事業をすることはできないでしょう。

 

競争上の戦略変数

 競争上の戦略変数とは、その業界・企業が扱う製品・サービスの差別化ポイントの多さのことです。消費者が製品やサービスを購入する際に、どれくらい多くの観点で決定しているかを示します。

 例えば、インターネットプロバイダーを例にとって見てみましょう。プロバイダを選ぶ時は通信速度と料金によって選ぶ方が多いと思いますが、現代の通信速度はどこも大差ないため、料金だけで比較する方も多いと思います。料金だけで比較できるので、競争上の戦略変数は少ないです。一方、スマホはどうでしょうか。料金はもちろんのこと、メーカーやサイズ、RAMやROMといったスペック、カメラの性能など様々な点を見ながら選ぶと思います。最近では顔認証か指紋認証かで選ぶなど、チェックするポイントがどんどん増えています。

 比較するポイントが多いので、競争上の戦略変数は多いのです。

 

優位性構築の可能性

 優位性構築の可能性とは、大量生産でコストを下げられる可能性です。「規模の経済」性の働きやすさとも言えます。

 例えば、パンを100個焼いて売るのに、10個作る時の10倍のコストはかかりません。材料は10倍必要ですが、大量に購入すれば割引交渉できますし、人件費や水道光熱費も10倍にはなりません。1個あたりのコストが下げられるため、利益が大きくなります。ただし、大量に材料を仕入れるには、在庫を保管する場所や管理のコストがかかる上に、大量に作ると売れ残るリスクも高くなります。製造コストや人件費だけでなく、広い視野で規模の経済性が働くか考えましょう。

 自社が属する業界毎に市場に特徴があります。そうした市場の特徴と各事業ごとの打ち手の方向性について把握するためのフレームワークが「アドバンテージ・マトリクス」です。

 アドバンテージ・マトリクスとは、コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が考案した業界の競争環境を分析する手法です。

 企業推進している事業において、競争優位性を保てるか否かを分析し、競争環境を勝ち抜くための戦略を考えるフレームワークです。

 「競争上の戦略変数」と「優位性構築の可能性」を、それぞれ縦軸と横軸に表すことで、事業領域を4つに分類します。2軸で検討して事業のタイプを4つに分類して考えますが、軸は「競争要員が多いか少ないか」「優位性を確保できる可能性が高いか低いか」です。

 事業の4つのタイプは、「特化型事業」「規模型事業」「分散型事業」「手詰まり型事業」です。

特化型事業

 「競争上の戦略変数」も「優位性構築の可能性」も高い右上の領域。

 製品やサービスを差別化しやすい上に大量生産によるコストダウンも可能です。差別化により特定の分野で地位を築けるため、規模の大小に関わらず優位性を構築できるのが特徴です。

 代表的なものに出版業界があります。出版業界の商品は書籍です。書籍にはファッション誌や漫画、参考書、ビジネス書など多数の種類があります。それぞれの種類の中にも、若い女性向けや中年男性向けなど さらに細かいカテゴリーに分けられます。そのため、差別化も容易で、ヒットすれば小規模な出版社でも利益をあげることが可能です。また、大量生産によるコストダウンも期待できます。たくさん印刷すればするほど、一冊あたりのコストは下がるうえに、パンと違って腐ることもありません。そのため全国で売ることもできる上、出版直後に売れ残ったとしても長期に渡って売れることもあるのです。

 

規模型事業

 

 「競争上の戦略変数」は低く、「優位性構築の可能性」が高い右下の領域。

 製品やサービスの差別化が困難なものの、大量生産によるコストダウンが可能な領域です。規模を大きくすればするほど収益を上げられます。

 半導体や鉄鋼事業が該当します。鉄鋼や半導体事業で収益をあげようにも、製品の機能性やデザインで差別化するのは難しいため、大量生産によるコストダウンを期待するしかありません。そのため、鉄鋼や半導体における研究や製品の付加価値を高めるよりも、製造プロセスの改善に重きが置かれているのです。

 

分散型事業

 「競争上の戦略変数」は高く、「優位性構築の可能性」が低い左上の領域。

 製品やサービスを差別化すれば利益を得られますが、大量生産によるコストダウンに向いていない事業です。そのため小規模ではうまみがあっても、大規模になると収益性の維持が難しくなります。

 例えば、町のパン屋やカフェなどが挙げられます。パン屋を選ぶ時は価格以外に様々なポイントを見て選ぶはずです。パンの味や価格、素材にこだわっているか、焼き立てかどうかの他、店の立地や雰囲気、店員の接客など多数に上ります。そのため、パン屋は製品の差別化ポイントが多いので工夫次第で収益を挙げられるのです。ただし、大量生産してコストダウンしようにも、利益を高めるのは難しいでしょう。大量に原料を仕入れれば多少のコストダウンになりますが、大勢のお客さんがいなければ売れ残ってしまいますし、大勢のお客さんが来ればそれだけ人件費もかさみます。そのため、町のパン屋は大量生産してコストダウンするよりも、多少高くても質の高さや差別化を狙うのが得策です。

 

手詰まり型事業

 「競争上の戦略変数」も「優位性構築の可能性」も低い左下の領域。

 成熟産業に多く、差別化も大量生産によるコストダウンもやりきったために、これ以上差別化も大量生産によるコストダウンが期待できない状況です。

 例えばガソリン業界を見ていきましょう。ガソリンを給油する際にチェックするポイントと言えば、ガソリンスタンドの立地と価格ぐらいしかありません。ガソリン業界は販売会社で在庫を補完し合うシステムがあるため、商品で差別化できるポイントはゼロです。一方、ガソリンを大量生産しようにも、コストダウンは期待できません。ガソリンを大量生産するには莫大な設備投資が必要なうえ、エコカーなどが普及し始めた昨今、需要が縮小することはあっても拡大することは見込めないからです。費用対効果の高い投資は既にやりきっているといえるでしょう。

 事業が成熟して手詰まりになっている以上、これ以上打つ手はありません。今の収益を維持するか、もしくは撤退を検討しなければいけない領域です。

 

アドバンテージ・マトリクスの活用方法

 アドバンテージ・マトリクスはどのような場面で活用するのでしょうか。

業界特性を知る

 例えば、ある生活用品メーカーが自社の資源を活用して掃除機やオーブンを開発し新たに家電業界に参入するとします。家電業界は、大量生産で製造コストを安くすることで他社より優位となる規模型事業の傾向が強い業界です。そのため、ある程度大量に販売することを見越した値付けや、広告などのマーケティングが効果的な事業戦略といえます。

 また、業界特性を知ることで、新規事業の参入業界選びにも役立ちます。

 例えば、差別化しにくい領域の小さな小売店を開くとすると、近くに安くて何でも揃う大型スーパーがある場合は、規模は小さいことだけで負けてしまう可能性があります。一方、分散型事業のレストランであれば、規模によらず顧客に気に入られれば成功する可能性は高まります。

 特性を知った上でどの業界でどんなビジネスをするか考えることができます。

自社の事業特性を知る

 もう1つの活用方法は、自社の事業特性を知る活用方法です。

 自社の事業特性を知ることで、自社における適切な打ち手を考えることができます。

 また、業界タイプは、ある程度工夫次第で移行させることが可能です。

 例えば、理髪業界は一般的には分散型に属しています。しかし、1,000円カットで知られている理髪店、「QBハウス」はビジネスモデルを工夫し、規模型事業に転換しました 。

 このように、自社の事業特性を知ることが、戦略を考えるうえでのヒントに繋がります。

 

アドバンテージ・マトリクスの活用事例

規模型事業から特化型事業に変わりつつあるコンビニ業界

 従来のコンビニ業界は、典型的な規模型事業でした。置かれている商品はどのコンビニも大差ないため、より多く好立地に出店することが事業成功の鍵だったのです。セブン-イレブンは、特定地域に高密度に出店する「ドミナント戦略」で配送コストなどを抑えてきました。「規模の経済」が働く市場では、最も出店数の多いセブン-イレブンが業界トップを走っていたのです。しかし、近年コンビニ業界に大きな動きがあります。他社と差別化するために、独自のカフェメニューを提供したり、オリジナルスイーツに力を入れています。これまで「どこのコンビニも同じ」だったのが、「ローソンのスイーツが食べたい」「セブン-イレブンのコーヒーを飲もう」とブランドごとのカラーが生まれてきたのです。その中でも、特に差別化戦略に力を入れているのはローソンでしょう。コンビニ業界を規模型事業と捉えれば、セブンイレブンよりも多く出店しなければ業界首位は狙えません。となれば、特化型事業と考えて競争優位性を確保する必要があるのです。ローソンは、通常のコンビニの他、低価格に特化して「100円ローソン」や女性をターゲットに健康的なライフスタイルを提案する「ナチュラルローソン」も展開しています。2014年には成城石井を買収し、富裕層に特化し従来のコンビニエンスストアとは異なった客層で事業成長を狙ったのです。

 コンビニ業界は、規模が大きければ大きいほど収益力が高くなる典型的な規模型事業です。

 その業界においてリーダー企業であるセブンイレブンは圧倒的な収益力を誇っています。

 一方、業界2位のローソンは、100円ストアやナチュラルローソン、また、2014年には成城石井を買収しています。これらの動き方はセブンイレブンとは一線を画しています。「規模の経済」が働きやすいコンビニ業界において、ローソンがセブンイレブンの収益力を追い抜くためには、同様に規模を拡大していかなければなりません。しかし、セブンイレブンも黙っているわけではありませんので、各地に出店を行い、規模の拡大を進めます。ローソンが同じ規模型事業のタイプでセブンイレブンに対して競争優位性を確保することは非現実的であると言えます。そこで考えるべきことは、業界のリーダーでない場合、規模型事業のタイプではなく特化型事業のタイプで競争優位性を確保するということが重要になります。

 特化型事業は、特定分野にフォーカスして競争優位を確保します。ローソンは、通常のコンビニエンスストアだけでなく、低価格に特化した「ローソンストア100」や女性を中心に、「美しく健康で快適な」ライフスタイルを提供することに特化した「ナチュラルローソン」を展開してきました。そして、2014年に成城石井を買収したのは、富裕層に特化し、従来のコンビニエンスストアとは異なった客層で事業を伸ばす狙いがあったためです。成城石井は東京都内に100店舗以上を展開する高級スーパーであり、高級品の品揃えが充実しているという特徴があります。2020年の東京オリンピックも見据えると、関西発のローソンが東京でローソンブランドで出店を増やすよりも成城石井として店舗を増やす方が効果が高いと考えられます。

 ローソンは、特化型事業タイプを企業としてのポートフォリオに加えることでセブンイレブンとは異なった手法で収益力を高めています。

 

分散型事業から抜け出したQBハウス

 理髪業界は一般的に分散型事業に分類されます。理髪店の魅力は美容師に属人化されやすいため、差別化が容易な反面、多店舗展開してもコストを下げることができないため、「規模の経済」が働きません。

 そんな中、1,000円カットでフランチャイズ方式を持ち込んだのがQBハウス。駅ナカや繁華街で見かける「ヘアカット10分1,000円」の青い看板が目印の理髪店です。属人化されやすい理髪店の魅力を、マニュアルとシステムによりどこでも変わらない高品質なサービスが受けられるようにし、規模型事業を実現しました。しかし、理髪店の規模型事業を切り開いた以上は、競合の脅威も覚悟しなければなりません。近年、QBハウスに続いて「1,000円カット」を提供する競合他社が増えているのです。QBハウスは、それらの競合と差別化するために、2019年に「1,200円カット」へ値上げしました。値上げ分を原資に人材に投資し、業界全体で問題となっている「スタイリスト不足」を解消するのが狙いです。理髪業界で新たなビジネスモデルを作り上げたQBハウスが、次はどのような改革を起こすのか注目が集まっています。

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