念いが実現する
人間というものは霊的な存在であって、念いが人間の本質であり、肉体は、それを実現するための乗り物、手段にしかすぎない。
霊界は、怖いほど時間・空間に隔たりのない世界であるが、この世は物質の世界であるため、念いが実現するまでに、多少、時間がかかる。
しかし、やはり「念いの法則」というものがあって、この世においても結局は、十年、二十年、三十年と時間をかければ、それが善なる念いであっても悪なる念いであっても、人は自分の念いを実現していく。
幸福の科学大川隆法総裁は、『幸福の法』で以下のように説かれました。
「基本的には、人間というものは、やはり霊的な存在であり、霊の世界というものは、念いの世界、念いが実現する世界であると言えます。地獄的な念いを持っている人は、あの世で、大勢が集まって、ほんとうに地獄界を展開しています。地獄界において、悩みや苦しみのなかで、“サドマゾ”をやり、お互いに苦しめ合って生きているのです。一方、天上界は、お互いに支え合って生きている世界です。あの世では、念いの世界が展開していて、そちらが、ほんとうの世界なのです。したがって、念いが人間の本質であり、肉体というものは、それを実現するための乗り物、手段にしかすぎないのです。この世は物質の世界であるため、この世においては、念いが実現するまでに、多少、時間がかかります。この世では、「ある所から別の所へ行くために、車に乗って移動しなくてはいけない」というようなことがありますが、それと同じで、念いを実現するためには、この世的に、いろいろな物質や物体を使わなくてはならないのです。霊界においては、たとえば「東京から名古屋に行きたい」と念えば、念った瞬間に移動できます。ほんとうに一瞬です。「一念三千」といいますが、天上界から地獄界まで、念えば一瞬で行けるのです。ほんとうに、怖いほど、時間・空間に隔たりのない世界なのです。この世においても、結局は、人は自分の念いを実現します。それが善なる念いであっても、悪なる念いであっても、実現するのです。それは、天国・地獄が展開しているのと同じ理由によります。天国的な念いも実現し、地獄的な念いも実現し、どういう念いであっても実現するのです。みんなが「人を幸福にしたい」という念いで生きていると、事実上、そこに天国ができてきます。そういう人の数が増えてくれば、天国が現れてくるのです。ところが、みんなが人の不幸を願い、「人を不幸にしたい」と念っていたら、それが地獄なのです。そういう世界です。この世においては、三次元的な妨げにより、それが、多少、鈍る面はあります。他人がいろいろ介在してきたりするため、なかなかストレートにはいかないことがあるのです。しかし、長期的な意味において、十年、二十年、三十年と時がたてば、人の念いは必ず実現してきます。それは流れていく溶岩のようなものであり、だんだん固まっていきます。程度の差や、多少の色合いの違いはあっても、やはり、人は自分の念った方向で物事を実現します。よいものも悪いものも実現します。「念いの法則というものがあり、善なる念いも悪なる念いも実現する。あるいは、悪なる念いを持ったら、悪なるものを引き寄せ、善なるものを念えば、善なるものを引き寄せる」ということです。これは、霊界の法則により、必ずそうなるのです。」