人間の正体というのは「思い」なのです

 「どういう思いを持っているか」ということが、人間の正体であるので、「自分の思いは天国的か、それとも地獄的か、天使的か、悪霊、悪魔的なものであるか」ということを見極めていくことが大事なのです。  やはり、幸福に生きるのは人間として誠実に、できるだけ透明性のある生き方をすることが大事なのです。人生を生きていく最中において、「どのような思いを持っていれば天使たちの加護を受けるような生き方ができるか、どういう思いであれば、悪霊、悪魔と親和性ができ、そういうものが寄ってきて自分に取り憑くか」という智慧を身に付けるが大事であり、それが悟りを得るということなのです。自覚的にそれができるようになれば、「悟りを得た」と言えるわけです。ある程度、修行が進んでくると、「地獄的な思いであるのか、天国的な思いであるのか」ということが分かるようになってきて、自分で判断を調整して心のコントロールができるようになってきます。お金は価値中立であると教えられていますが、本来の人間の心なるものも、天国から生まれてきたときは無色透明であり、善なるものであったと思うのです。ただこの地上に生まれて魂修行をしているうちに、その心に、貪欲、怒り、愚かさ、憎しみ、嫉妬、疑い、恐怖心などの傾向を身につけてしまうことで悪なる傾向性に傾き、不幸になっていってしまうのです。そして、死後、地獄というところに自ら赴くというのが真実なのです。その反対に、愛、智慧、反省、発展や感謝などという善なるおもいの傾向を身につけ、そういう想いで生きていくならば幸福になってゆくのです。お金もその使い方によって、人間を幸福にも不幸にもするように、あなたを幸福にするか、不幸にするのかは、あなたの“おもい”の使い方次第なのです。

 自分の思いが悪魔的なものか、天使的なものかを見極めていくことが大事である。

 生きていくなかで、どうすれば天使の加護を受ける生き方ができるか、どういう考え方を持てば悪霊が取り憑くかを見分ける智慧を身につけることが大事であり、それが、「悟りを得る」ということである。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『死んでから困らない生き方』で以下のように説かれました。

「結局、人間の正体というのは、「思い」なのです。「どういう思いを持っているか」ということが、人間の正体であるので、「自分の思いが、悪霊的なものであるか、悪魔的なものであるか、あるいは天使的なものであるか」ということを見極めていくことが大事なのです。生きているさなかにおいて、「どのようにすれば天使たちの加護を受けるような生き方ができるか。どういう考え方を持てば悪霊と親和性ができ、そういうものが寄ってきて自分に取り憑くか」ということを見分ける智慧を身につけることが大事であり、それが、「悟りを得る」ということであるのです。自覚的にそれができるようになれば、「悟りを得た」と言えるわけです。ここが非常に大切なポイントです。ある程度、修行が進んでくると、「地獄的な思いであるのか、天国的な思いであるのか」ということが分かるようになり、自分で判断して調整をつけていくことができるようになります。地獄に長くいる人は、結局、「どういう思いのあり方が天国的なのか」ということ自体が分からないため、自分の持っているドロドロとした想念をストレートにぶつけ、発信し続けていることが多いのです。」

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