統合失調症の歴史的経緯

 現在の統合失調症という病名になるまでの、およその歴史的経緯を見ておきます。精神病に対する昔の人々は、多くは普通の人とは様子が違って見えたため、恐れや奇異な感じを抱いており、また、捕らえられたり隔離されたりした人もいました。19世紀末、ドイツの精神医学者であるエミール・クレペリンが、精神病をその症状と経過から分類しようとしました。そして、妄想などを特徴とする病気は、長期間において自発性が低下し、対人関係が維持できなくなって、社会適応が困難になる傾向が見られることから、これを「早発性痴呆」と呼びました。この名称を初めて提唱したのは、フランスのモレルでした。その後、20世紀に入って、スイスのオイゲン・ブロイラーが、いろいろな精神機能の分裂がもっとも重要な特性であると考え、いくつかの分裂した病気からなる症候群としてSchizophrenie(精神分裂病)という病名を提唱しました。

 そして、この病気はその経過中に必ずみられる基本症状として、次の4点を挙げています。
 ①自閉症状(現実から空想へ引きこもる)
 ②感情鈍麻の症状(感情が鈍くなる)
 ③連合障害の症状(考えにまとまりがなくなる)
 ④両価性の症状(同じ対象に対して、まったく反対の感情を同時に抱く)

 これらを基本の症状とし、幻覚・妄想・緊張興奮状態などの症状はみられないこともあることから、副症状としました。  

 そして、その後、ドイツのクルト・シュナイダー(精神医学者)は、診断上重要な症状を1級症状としました。

 1級症状として挙げたのは、
 ①考想化声(自分の考えが他人の声で聞こえる)
 ②批判性幻声(自分を批判する声が聞こえる)
 ③対話性幻声(自分の悪口をいい合っている)
 ④考想伝播(自分の考えが周囲に知られている)
 ⑤考想奪取(自分の考えが抜き取られている)
 ⑥思考干渉(自分の考えが干渉される)
 ⑦妄想知覚(2本の交差する箸を見て、十字架にかけられると確信する)
などです。

 それ以外の症状を2級症状としました。

 診断では、患者に1級症状が確実にみられ、器質的な原因がない場合を重視しています。このシュナイダーの提唱した1級症状は、現在の統合失調症の診断基準であるアメリカ精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM)や、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)の診断基準にも重視されています。

 統合失調症は「早発性痴呆」から「精神分裂病」へと変わり、日本でも最近まで「精神分裂病」と呼ばれていました。しかし、精神が分裂する病気という語感が、患者の人格を否定する印象があることから、偏見と差別を助長するとして、日本精神神経学会は2002年に「統合失調症」という病名に変更したのです。「精神分裂病」はSchizophrenie(スキゾフレニア)を直訳した言葉で、精神が分裂するという意味ではありません。もともとは、思考の内容にまとまりがなくなり、物事を関連づけて考える働きが障害された状態をさしています。したがって、統合失調症という病名は、病気の概念を変えずに、より病気の実態に近い病名になったことになります。この病名の変更は、この病気に対するイメージを大きく変え、人々に受け入れられるようになったのです。臨床現場においても、これまで避けられることが多かった病名の告知が、普通の病気と同じように告知できるようになり、患者や家族においても、回復可能な病気として受け入れられ、病気を正しく理解し、自主的に治療に取り組もうという姿勢に変わってきたことは大きな進歩といえます。

  疾病概念の比較

 

精神分裂病(旧)

統合失調症

疾病概念

一疾患単位 (早発痴呆が中核)

特有の症状群 (多因子性)

指標

脳の発症脆弱性で規定

臨床症状群で規定

疾病と人格

不可分

別の次元

原因

不明

神経伝達系の異常 成因に異種性が存在

重症度

重症

軽症化

予後

不良

過半数が回復

病名告知/心理教育

困難

容易

治療

主に薬物療法

薬物療法と心理社会療法