うつ病と自殺

うつ病が原因で増える自殺者

 日本の自殺者数は平成23年現在で3万651人です。以来3万人台の高止まりの状態が現在も続いています。3万651人の自殺者数は交通事故死者数の約6.6倍にも達し、1日あたりの自殺者数は約84人、17分に1人、尊い命を絶っていることになります。さらに、自殺未遂者は少なくともその10倍はいると言われます。自殺者や自殺を考えている人はすぐ身近にいることになります。この背景にはバブル崩壊に伴う経済不況があり、倒産やリストラなどが暗い影を落として、生き甲斐が奪われ自殺のリスクを高めている大きな要因の一つです。  

 うつ病と自殺の関係はどうでしょうか。WHO(世界保健機関)が精神疾患と自殺との関係について調べた調査によると、自殺者のうち約3割がうつ病に該当したという結果を報告しています。

 

自殺の原因や動機

 人間はどんな時に自殺をするのか、という研究はあっても定説があるわけではなく、一般的には、「追い詰められ、追い込まれ、もはや逃げ場がない」という心境のときとされています。その心の底流には、「苦しみに支配され、逃れる術が見えず、その事に苦しんでいる自分自身を消したい」という心理なのかもしれません。  

 人を自殺に追い詰める促進因子については、平山正実『分裂病と自殺』にて、7つの因子を挙げています。

①病的体験因子
 罪責妄想や「死ね「」という幻聴などです。

②衝動因子
 内的衝動をカタルシス(一時的に衝動発作や希死念慮を解消)するための手段として行われます。これは苦しい衝動を楽にするという意味です。

③感情障害因子
 これが特にうつ病と関連する因子で、抑うつ気分・不安・焦燥感が強くなる状態をいいます。

④労働因子
 仕事に関する絶望や、会社での孤立によるものです。

⑤社会家族因子
 社会やまた家族との亀裂や孤立、疎外などが因子となります。

⑥薬物因子
 薬物への依存やアルコールへの依存によります。

⑦実存因子
 自分の生命を悲劇的に絶つことによって、自己を救済しようとする態度です。これらの因子が増強されることによって、自殺という手段を選ぶことになるというものです。

 警察庁の「自殺の概要」では、自殺の動機の順位として、第1位は健康問題(主に身体に関する病気の苦しみ)、第2位はアルコール依存症やうつ病などの精神障害、第3位は家庭問題、第4位は経済・生活問題、第5位は勤務問題でした。この他に、男女問題や学校問題も、自殺動機としては上位を占めています。このような要因が、幾つか重なって、自殺の動機となっている場合も少なくありません。  

 また、この動機は、男女別や仕事別、世代別などでも違います。働き盛りの中年男性であれば、仕事上の問題が大半です。最近過労死がマスコミでも報じられているように、残業量や仕事量が多すぎて心身に過重な負担がかかり、過労が原因で自殺をはかるケースがあります。主婦であれば家庭や家族の問題、若者であれば異性問題、就職や受験問題、将来への不安などが大きな悩みになっています。子供であれば、学校でのいじめや家庭内トラブル、老年期になれば病気などが考えられます。しかし、これらの動機だけで自殺に直接結びつくかというと、必ずしもそれだけではありません。自殺に追い込まれるには、その状況が強化されたり、新たに形成されたりする要因が考えられます。例えば、うつ病や統合失調症などの精神疾患、社会や環境などの激変、性格や人間関係の歪みなどが自殺への引き金にもなっています。

 

自殺のサインを見抜く

 自殺のサインは、注意して観察していると必ずあるものです。

 次のような言動が挙げられます。

1 自殺をほのめかす言葉や行動が現れたとき

 うつ病の患者が「死にたい」「自殺したい」と口に出して言う時は、それ自体が自殺へのサインです。死にたいということは、「生きたい」ことへの強い願望の表れでもあります。そのことについてよく話を聞いてあげる必要があります。さらに注意が必要なのは、日頃「死にたい」と口にしていた患者が「死にたい」と言わなくなった時です。これは生きたいという願望に対して、受け止めてくれなかったことへの強い反応でして、死にたいと言っていた時よりさらに危険です。また、遺言を書いているとか、自殺の計画をしているとか、自殺をほのめかす行為を口にしている時も要注意です。

2 苦しさを伝える強い言葉や行動が現れたとき

 抑うつ症状の苦しさを、強い言葉で表現しているときです。「死ぬほど辛い」「言いようもない苦しみだ」などと口にし、じっとしていられず、あたりをうろうろ動いたりしている時は自殺のサインです。また、強い焦りやイライラ感を見せている時も危険です。あまりの苦しさが消えないので、苦しさごと自分自身を消してしまいたいのです。

3 絶望感を表す言葉を発言したとき

 もはや生きていても意味がない、といった強い絶望感の言葉を口にした時は危険です。たとえば、「もう、どうにも生きられない」「生きていても苦しいだけで、生きる意味がない」「将来は何の希望もなく、生きていれば家族を苦しませるだけだ」「もはや取り返しがつかない」といった前途絶望的な言葉を発したときは要注意です。

4 自分を責める言葉を発言したとき

 いたずらに自分を責める言葉を発したときも危険です。「家族を苦しめたのは自分の責任だ」「自分は罪深い人間で死ぬしかない」「自分のせいで会社に迷惑をかけた」「自分は人間ではない」「だから死んでお詫びするしかない」などの発言をしたときは、自殺行為に走る可能性があります。

5 別れの言葉や身の回り品の整理をしたとき

 病状が決して良くなっていないのに、感謝の言葉を述べたり、身辺整理をしだしたりすると、自殺企図の可能性が高い状態です。「今まで大変にお世話になりました」「今までのことに対し感謝しています」と言ったりします。また、この世と別れるために、身辺にある写真や手紙を整理したり、思い出の品を人にあげたりします。

6.ものを言わなくなり静かになったとき

 密かに自殺を決意すると口数が減って妙に静かになります。そして、引きこもって全てのことに無関心になります。このような場合はプライドが高く、重い責任を負わされているケースがほとんどです。

7 周囲の人間関係が悪化したとき

 これまで近くにいつもいて、苦しいときに話を聞いてくれていた家族の誰かが亡くなったり、自分の気持ちを理解してくれていた家族や周囲の人との人間関係が悪くなったりしたときも危険です。自殺への念慮を感じたら、家族などに詳しく聞くことが大事です。

8 その他

 薬をたくさん飲もうとしたが、途中でやめたといった自殺未遂的な行為があった時も要注意です。そして、自殺のために薬をため込んでおく行為が日頃ないかどうか、治療者は注意を払う必要があります。また、高いビルに登るといった行動や、不自然な交通事故なども自殺願望の表れです。絶望のあまり、記憶が曖昧になって「ボー」としているときや、大事な人を失ったときの「早く母に会いたい」「好きだったあの人に会いたい」などのように、いわゆる対象喪失のときも自殺が心配です。このほか、攻撃的、衝動的な行動にでたり、突然興奮して泣き出したりするような感情が不安定なときも注意を要します。

 

自殺防止の基本は人間関係

 自殺願望の高い患者に対する対処方法はいろいろ考えられますが、やはり、自殺防止の根本は治療者と患者との人間関係にあります。それは信頼おける治療関係でもあります。この関係をいかに構築できるかによって、自殺の遂行はかなり防げるものと考えます。同時に、治療者を含めて周囲にしっかりとサポートできる人がいるかどうかが、生死をわけることにもなります。