高齢者のうつ病

 高齢者のうつ病も、最近の高齢化に伴って決して少なくありません。いうまでもなく、高齢化すると身体的な機能が低下し病気になりやすく、また、配偶者や親しい知人が亡くなったりすると、生き甲斐をなくしたりします。こうしたことがきっかけになってうつ病を発症しやすくなります。ただ、高齢者の場合は、認知症など他の病気もたくさん抱えていて、うつ病の診断が難しいこともあります。65歳以上の老人の10~20%がうつ病ではないかとみられ、70歳以上の人の30%に抑うつ症状がみられるようです。  

 高齢者のうつ病を把握することは、そう容易ではありません。気分が落ち込んで不活発になったのを見て、家族も「年のせいで元気がないだろう」と考え、本人も身体的な病気のせいだろうと考えてしまい、うつ病を見逃しているケースがあります。

 紛らわしいのが、高齢者のうつ病と認知症です。この2つはよく似ているところもあり、認知症だと思っていたら うつ病だったり、あるいはその逆であったりします。両方が合併している場合もあります。さらに、高齢者の場合、一人暮らしの人も多く、家族のサポートがないため、病気を見逃し、放置して重症化することもあります。それが自殺につながることも少なくありません。本人や周囲の人達を含めて、いかに早く高齢者のうつ病を発見し、正しく鑑別するかが大切です。

 

要因

 高齢者のうつ病の場合、原因を断定することは難しく、さまざまな要因が複雑に絡み合って発症します。

 主要因の一つにあげられているのが、加齢に伴う器質的変化です。うつ病を招く原因の一つに、脳の神経伝達物質の関与が指摘されていますが、加齢に伴って神経伝達物質の分泌量に変化が起こり、高齢者うつ病の発症に影響しているものと思われます。このほか、副腎皮質ホルモンや甲状腺ホルモンなど、ホルモン系の分泌不全も心の変化に関与していると考えられます。また、脳卒中などの病気をした後は、意欲や気分の部分に障害が生じることがあり、それによって抑うつ症状が現れることもあります。病気をしたというストレスなども発症の要因になります。以前にうつ病を患った人の場合も、再発・再燃することがあります。  

 このほか、心理的・社会的要因も関与しています。配偶者や友人との死別、経済的なものを失ったことへの不安、身体能力の低下など、喪失体験がストレスとなって心に大きくのしかかります。生活環境の変化では、入院や手術、リハビリテーションも要因になることがあります。

 

認知症との鑑別

 高齢者のうつ病で、症状がよく似ていて間違われやすいのが認知症です。認知症と勘違いされやすい高齢者のうつ病は「仮性痴呆」と言って、反応や動作が鈍く見えたり、物忘れがひどくなったり、自分がどこにいるのかわからなくなったりすることがあります。仮性痴呆は うつ病が改善すれば消えていきます。両者に共通している点は、「活気がなくなり引きこもりがちになる」「物事に興味を示さなくなる」などの症状です。違う点は、うつ病の場合は気分変化として憂うつ感がありますが、認知症ではありません。また、物忘れについては、認知症が進んでいる患者の場合、物忘れをしている自覚がありませんが、うつ病患者の場合は物忘れの自覚があり、記憶力の低下に悩んで、積極的に訴えようとする傾向があります。周囲でよく観察していれば、これらの違いはわかります。「認知テスト」でも、認知症かうつ病かを知ることはある程度できます。また、うつ病と認知症を合併している場合もあります。認知症による脳の変化が うつ病を発症させることもあり、認知症とわかったことで、そのショックから うつ病を発症することもあります。また、うつ病が重症化すると認知能力が劣り、認知症に似た状態になることもあります。うつ病は治療することによって症状が改善し、同時に、うつ病で低下していた認知能力の回復もします。認知症と診断されていても、一度うつ病の有無を調べる必要があります。

 

症状

 症状は、若年層や壮年期の人と基本的には変わりませんが、高齢者としての特徴もいくつかあります。

 うつ病のサインとしては、「家の中に引きこもりがちになる」「好きなことをしなくなる」「食欲が低下する」「眠れなくなる」「探し物が増える」「家事をしなくなる」などがあります。特徴的な症状といえば、抑うつ症状がそれほど強く前面に出ないことです。うつ ではない感じがします。そして体の不調が気になって心気症状が目立つことです。精神面よりも身体的な症状がよく見られ、特に痛みや腹部の不快感を訴えます。訴え方も大げさで、身振り手振りで「痛い」「辛い」「しんどい」などとヒステリックです。また、時には妄想を伴うこともあります。妄想内容もいろいろで、被害妄想、罪業妄想、貧困妄想、虚無妄想などが見られます。  

 体の変化では、体重減少や食欲低下の症状も見られます。がん や糖尿病、甲状腺機能低下症など、うつ病の背後病気が隠れていないか、内科的なチェックも必要です。また、不安や焦燥感、悲哀感が強いのも特徴です。

 

検査と治療

 うつ病と思われても、他の病気が原因していることも十分考えられますので、血液検査、尿検査、心電図、胸部エックス線検査などの一般的な検査を行って、体の病気がないかチェックします。また、脳の検査も必須で、CT検査やMRI検査、PEA(ホスフォエタノールアミン)やBDNF(脳由来神経栄養因子)などの血液検査も行います。さらに、脳梗塞や認知症や脳腫瘍などの病気がないかを鑑別するためにも、SPECT検査も必要と思われます。これらの画像検査を行っても、なおかつ、うつ病か認知症かを見極めるのが難しい場合は、ひとまず抗うつ薬による治療を行って、症状が改善されれば、うつ病があることを確認できます。もちろん、認知症も疑われる場合は、精神科医と脳神経内科医との連携も重要となります。  

 高齢者の治療も基本は薬物療法です。抗うつ薬のほか、不眠があれば睡眠薬などを使用します。高齢者は一般に、薬を代謝する肝臓や腎臓の機能が低下していますので、薬の種類や量は少ない量から始めます。同時に、薬の飲み合わせの問題がありますので。特に注意を要するのが、緑内障や前立腺肥大症、排尿障害の場合で、多くの抗うつ薬はこれらの病気を悪化させる可能性があります。治療に使われる抗うつ薬が限られます。抗うつ薬が十分に使えない場合は、薬物療法以外の治療法も選択されます。たとえば「通電療法」や「経頭蓋磁気刺激療法」などです。