老年期うつ病

 老年期うつ病とは、老年期(65歳以上)の方がかかるうつ病のことで、「気分がめいる」「物事に対する興味や喜びがない」「食欲がない」「よく眠れない」「いつも体がだるい」「集中できない」などといった症状が2週間以上にわたってほとんど毎日続く状態です。

 症状がとても重いと死んでしまいたいと考えてしまうこともあります。

 とくに老年期うつ病の場合、老化に伴う身体の機能の低下も伴ってふらつき、しびれ、頭が重い、肩こり、腰痛、便秘などの身体症状が前面に出ることがあります。

 高齢者のうつ病の場合、体の状態についての配慮と認知症との区別が大切です。実際、認知症の初期の症状として、しばしばうつ症状が出ることがあります。うつ病により、気力や集中力が落ちてしまうため、記憶力や知的機能が低下し、一見認知症のように見えることもあります。

 うつ病になってしまうきっかけとして、とくに高齢者の場合は病気やけが、配偶者の死などがあげられます。今後高齢化に伴って、老年期のうつ病は増加する可能性が高いと考えられます。

 

高齢者での特殊事情

 老年期に新たに発症する場合の症状の特徴は、体系的な妄想(訂正がきかない誤った思い込み)が主症状であり、幻覚は伴うことも伴わないこともあります。

 妄想の内容としては、「いやがらせをされる」「家屋や敷地内に侵入される」「物を盗られる」などといった被害関係妄想が最も多い。その他、心気妄想、嫉妬妄想、誇大妄想などがみられます。若年発症の統合失調症に比べると、高齢者でみられる妄想の主題は現実的、具体的であることが特徴です。その人の日常生活状況に即した、いかにもありそうな内容がみられます。妄想の対象も、隣人や家族、配偶者など身近な者がなりやすいといわれています。

 幻覚はについては、幻聴が最も多く、音楽や壁や床を叩く音などの非言語性の幻聴、あるいは自分のことを批評したり話しかけてきたりする幻聴などがみられます。また、体に電気やレーザ一光線をかけられるといった体感幻覚もしばしば認められます。

 一方、若年発症の統合失調症でみられるような思考障害や感情の平板化、自閉などの陰性症状を伴うことはまれです。また、人格の崩れは目立たず疎通性も良好であり、警察に訴えたり近隣とトラブルになったりするなど、幻覚・妄想に左右された行動がみられる以外は、社会適応も比較的良好であることが特徴です。発症に男女差があり、女性に多いことが指摘されています。

 

老年期の心理的要因が関与する身体疾患に対する心理療法的接近や向精神薬療法

Ⅰ.老年期の心理と身体疾患

 自分にとって大切なものを失う体験を喪失といいます。自らが愛着をもち欲求を向けていた対象や自己価値を支えてきたものが失われることが、老年期にもしばしば起こりえます。自分が馴染んできた環境や、自分を裏付けてきた自己像が揺らぐ背景には、青春時代をともにしてきた仲間が次々といなくなり、孤独感を強める出来事が多くなることがあります。社会的には、定年を迎えることによって自分を支えていた価値観が変わり、生活リズムが変化を起こします。孤独を解消するための子どもとの同居がそれまでの生活習慣を変え、違和感をもつことになります。

 これらの現実に対し、心理的否認が身体疾患の悪化や、身体的・心気的訴えに変化を来すことがしばしば観察されます。

Ⅱ. 老年期の心理的アプローチ

 高齢者への心理療法は、不安が低く、動機づけが可能である場合には洞察療法が可能でありますが、不安が高い場合には支持療法が望ましい。高齢者には今までの人生に裏付けられた人生哲学があり、治療者が洞察的、教育的にかかわることによってそれ自体が切り崩されることは、高齢者の著しい自己価値観の低下を招く恐れがあり、危険です。むしろ、高齢者の人生を1つの物語として尊重していく姿勢が必要です。身体的・心気的訴えに固執する患者への対応方法として、医師は診断を下す前に傾聴と身体所見の説明の両者を含めた患者との共通の理解を見出すことが重要です。

Ⅲ. 老年期の向精神薬療法の原則

 高齢者では多くの症状が概して非特異的です。さまざまな疾病状態から似た症状が生じます。さまざまな症状が重複すると、薬物を処方することによってすべての症状をカバーしようと考えがちでありますが、これは危険です。

 

必要な検査と疑われる病気

 現在のところ、うつ病を検査で診断することはできません。高齢者の場合、認知症や脳梗塞、慢性硬膜下血腫、その他の内分泌器官や心臓をはじめとする体の病気を伴ったうつ状態でないかどうかを、血液検査や脳のMRI、脳血流シンチ(SPECT)などで調べておく必要があります。体の病気を伴ったうつ状態の場合、うつ症状の治療に加えて、原因となっている病気の治療が重要です。

 

家庭での対処のしかた

 前述の症状が続いている場合、まずはかかりつけ医に相談しましょう。

 検査をしても異常がないのに症状が続くとか、ふらつきやおなかの症状などに対する薬をのんでも改善しない場合は、精神科、神経科、心療内科のいずれかを受診するようにすすめてください。

 うつ病であることが明らかになれば、十分な休養が必要になります。一般的に、「がんばれ」とか「気持ちのもち方だ」といった励ましは、病気を悪化させてしまうことがあります。

 自殺のおそれが強い時や、外来治療でなかなか改善しない時、ご家族の人が看病で疲れきっている時などは、入院治療が望ましいと考えられます。

 

治療とケアのポイント

 治療には、まず、十分な休養、食事、睡眠に加えて、適切な薬を服用することが大切です。

 老年期精神病に対する治療の中心は、抗精神病薬による薬物療法です。薬物代謝能力が低下している高齢者では副作用が生じやすいため、できるだけ少量から始めることが基本です。主な副作用としては、表情が乏しくなる、体の動きがぎこちなくなるなどの錐体外路症状や起立性低血圧などがあります。

 近年、より副作用の少ない非定型抗精神病薬と呼ばれる薬が登場し、高齢者に対しても第一選択薬として使われるようになっています。リスペリドン(リスパダール)、クエチアピン(セロクエル)、ペロスピロン(ルーラン)、オランザピン(ジプレキサ)、アリピプラゾール(エビリファイ)などといった薬物がです。ただし、これらの薬物は血糖値上昇を来すことがあり、クエチアピン、オランザピンは、糖尿病や糖尿病の既往がある方には禁忌になります。

 再発にも注意する必要があります。よくなったからといって、急に薬をやめてしまうのは問題があります。回復してからも、一定期間は薬をのみ続け、徐々に減らしていくのが一般的です。

 ケアのポイントとしては、基本的に休養が必要なので、無理に気分転換をすすめず、ゆっくりできる環境をつくってあげることです。重要な決断や仕事はひかえ、活動を再開する時はリハビリテーションをするような形で、ゆっくり行うことが大切です。治療が長引き、ご家族の負担が大きい場合、主治医とよく相談したうえで、入院したり、デイケアやホームヘルパー、訪問看護などの介護サービスを利用することも助けとなります。

 幻覚・妄想への対応は、頭ごなしに否定もしない、といって同調もしないということが基本です。訴えの真偽に焦点をあてるのではなく、本人が感じている不安やよりどころのなさに共感をもって、耳を傾ける必要があります。本人自身には病気という自覚が乏しく、自ら病院を訪れたり薬物療法を希望したりすることが少ないため、医療に結びつけるためには、本人とそれを取りまく家族、知人、医療者との間にしっかりとした信頼関係を築くことが重要です。また、社会的孤立状況や経済状況の悪化も発症要因になりますので、家族との同居や老人ホームへの入所、ヘルパー導入などといった環境調整が有効な場合もあります。

 高齢人口の増加とともに、高齢者の罹患疾患の多様化や増加が注目されるようになって数十年が経過しました。多くの高齢者は健康でありたいと願いつつも、加齢に伴うストレスに適応しているのが現状です。高齢者は、若いときと同じように活動したい、若くありたい、と素朴に思う一方、ときには若さに対抗しようとするために葛藤が生じます。心理的負担が身体へ影響して新たな身体疾患が発生することがあります。

 高齢者の心身症を取り扱う際、背景の不安が表現される場合と全く表現されない場合があります。機械的に身体疾患や身体症状にのみ対応していると、症状は慢性化しやすく改善をみません。高齢者が不安を言語化するのを助けるために、高齢者の生活史に関連した話題を選んだり、家族と行った旅行や会食、地域での活動について対話することは、閉ざされていた感情表現が具体化されることにつながります。これらの感情を共有することにより、身体のみに固着していた平板化した感情が解き放たれることになります。身体的訴えを現実の症状として理解し、病歴を聴き取る際に、心理的、社会的要因への聴取が大切です。患者がもっている信念を確認し、それを保証したうえで教育的説明を繰り返します。また、感情的ストレスと身体的症状を関連づけることが大切であり、心理的要因にはカウンセリング技法および必要であれば薬物による管理を行い、ケアは慢性疾患に対応する方法を応用するのがコツです。