南極・ミュートラム文明

 南極は氷の島のように言われていますが、その南極大陸の厚い氷の下に標高3000mに達する山脈や川が存在し、古代の水が流れています。

 幸福の科学大川隆法総裁の『太陽の法』によれば、ラムディア文明のさらに前、今から15万3千年前という遥かなる昔に、ミュートラム文明が存在していたとされています。この頃は、地球の地軸が現在の位置とはかなり変わっておりました。現在の南極大陸を多少変形したような大陸、それがミュートラム大陸でした。この大陸は、ムー大陸やアトランティス大陸のように海中に消えたわけではありません。15万年あまり前の地軸の変動によって、気候温暖だったミュートラムが寒帯となったのです。そのため、地表が氷に覆われて地上に住む人類と生物のほとんどが死滅してしまった。これがいまでも伝説として残っている氷河時代です。南極大陸の氷のなかには、古い文明の遺産がたくさん遺っております。  

 ニュートラム文明は、今から30万年から15万年3千年前頃迄栄えた。ミュートラム大陸は、現在の南極大陸と8割までが重なっていました。ただ、地軸の位置が現在とかなり異なっていたため、ミュートラム大陸は南極と違って気候は温暖な地であった。そのため、この大陸では小麦によく似た穀物が非常によくとれ、農耕中心の文明を築いていました。  このミュートラム文明で特に発達した文明は、食生活文明が盛んで、どういった食物を食べれば人間の気質が穏やかになるとか、どういう魚肉を食べると筋肉に瞬発力が付くとか、どういう乳製品を食べると長寿が得られるとか、どういうアルコール類が、脳細胞の活性化に役立つのかといった食生活と人間の精神生活との関連が徹底的に研究されていたのでした。ミュートラム文明は平和的ではあったのですが、食生活に関心の重点が移ってしまい、霊的なものを軽視し、人間の本来の使命である魂の研究、魂の修行が疎かにされてしまったのです。ミュートラムの最盛期の16万年前には、モーリヤ大師(モーセ)、当時の名はエミューラ大師が、「食生活から心の生活へ」というスローガンのもとに、一大精神革命が起きました。しかし、エミューラ大師は食生活文化を愚弄した罪で非常な迫害を受け、この精神革命は成功しなかったのです。

 このミュートラム文明は唯物論が蔓延したため、ポール・シフト(極移動)によって温帯から寒帯に変わり、折しも降りしきる雨が雪に変わり、文明は氷の下に覆い隠されてしまったのです。  

 ミュートラム文明の最後は地軸の変化が原因でした。今から15万3千年前のある夕暮れ、人々は空が異常に赤いことに気づきます。まるで血のような赤さで空全体が染まってきた。識者のもとへたくさんの人からの問い合わせが殺到しましたが、誰一人としてその現象に答えることはできませんでした。

 その夜、10時ごろ、夜空の星がすべて流れ落ちてゆくのを見た人々がいました。しかし、人々はそれが流星でないことに気づきます。地球が揺れているのです。地球がその首を振り、位置を変えたのでした。  

 それから数ヵ月たつうちに、その影響が地上にはっきりと出始めました。温暖なミュートラムに雪が降り、大地が凍り始めたのです。ミュートラムは農耕を主体とする文明だったのですが、この現象は致命傷となりました。たちまちにして人々は飢えとの闘いが始まったのです。地下の町を造って生き延びようとした人もおりましたが、彼らも僅か2~3年で死に絶えました。ちょうど季節が雨季だったことも災いして、降り続いていた雨が雪と変わり、地上は2週間ぐらいのうちに5メートルを越す大雪に埋まりました。ミュートラムの首府・ラミュートはこの時全滅してしまったのです。

 しかし、一部の人々は舟に乗ってインド洋上にあった日本列島くらいの島に逃れました。そして、次の文明となるラムディア文明へと引き継がれていったのでした。

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