動乱期に天変地異が起こる
大地震の発生や地震の頻発、大きな火山の噴火は「世の乱れ」と深く関係しています。
古代で言うと、ローマ帝国・ポンペイの滅亡が有名です。繁栄を誇っていたが、西暦79年にヴェスヴィオ火山の噴火によって一夜で町が消滅した。当時、町は情欲や享楽にふける人々に満ち、噴火に先立っては、首都ローマで暴君ネロがキリスト教徒を迫害・処刑するなど、政治も混乱を極めていた時のことであった。
源平合戦、蒙古襲来、応仁の乱や関が原の合戦、明治維新時や太平洋戦争時など、社会が大きく混乱しているときには決まって大規模な地震や火山噴火が起きていた。
10万人以上の死者・行方不明者を出した 1923年の関東大震災。当時、ソビエト連邦の成立を背景に、日本でも社会主義がにわかに台頭していた。大学ではマルクスやレーニンの書籍がテキストになり、震災前年には日本共産党が成立した。物質の平等を求める唯物論が蔓延する中、大地震が日本を襲った。
先の大戦中、日本では鳥取地震、東南海地震、三河地震などが相次いで発生した。
反日的な思想を持ち、先の大戦を侵略とする談話を出した村山富市政権や、中国に軍拡を許すなど国難を招いた菅直人政権など、左翼政権下で阪神淡路大震災や東日本大震災が起きたのは偶然ではない。
天変地異を「天罰」「警告」などと言うと、「不謹慎だ」「迷信だ」という反発の声が出てきます。しかし、記録に残るほどの甚大な天変地異が動乱期に重なって集中しております。人心の乱れや それに伴う政治の混乱に呼応したものだと考えるのが自然です。
平安末期や戦国時代、幕末など、時代を画するような戦乱の時代に天変地異が集中している。これらは旧い枠組みに対する神仏の警告であると同時に、新時代への胎動を促す意志の表れでもある。一見 戦乱のない時代に起きる天変地異でも、後から振り返るとその意味が見えることが多いのです。
以下に、日本の歴史の中で、政治の混乱を左側に、数千・数万規模の死者が出たと推定される天変地異を右側にして、年代順に並べてみました。(数年にわたる出来事は発生年を記載 犠牲者数はいずれも推定)
1086年 院政の開始
1096年 永長地震(東海・東南海) 死者推定1万人
1099年 康和地震(南海) 大津波が発生 死者は推定 1108年 浅間山大噴火 上野国で大きな被害
1156年 保元の乱
1160年 平治の乱
1180年~85年 源平の合戦
1181年 養和の飢饉 死者は京都市中で4万2300人
1230年 寛喜の飢饉
1235年 霧島山噴火
1274年~81年 蒙古襲来
1293年 鎌倉大地震 死者推定2~3万人
1459年 長録・寛正の飢饉
1461年の最初の2ヵ月間、京都で8万2000人の死者
1467年~1477年 応仁の大乱
1471年 桜島大噴火(文明大噴火) 溶岩流出で死者多数
1471年 桜島大噴火(文明大噴火) 溶岩流出で死者多数
1498年 明応地震(東海・東南海) 死者3~4万人
1586年 天正大地震(美濃) 歴史的に確認できる人物が多数死亡
1592年~1598年 朝鮮出兵
戦国時代?
1596年 慶長伏見地震(淡路島) 京都だけで死者4万5000人
1596年 慶長伏見地震(淡路島) 京都だけで死者4万5000人
1596年 浅間山噴火
1600年 関ヶ原の戦い
1605年 慶長大地震(南海トラフ) 大津波が発生 死者推定1~2万人
1611年 慶長三陸地震(三陸沖) 津波が発生 死者推定2000~5000人
1614年~1615年 大阪の陣
1680年~1709年 5代将軍綱吉の統治 「生類憐みの令」など悪政
1703年 元禄大地震(房総南端) 大津波が発生 死者1万~数万人
1703年 元禄大地震(房総南端) 大津波が発生 死者1万~数万人
1704年 浅間山噴火
1705年 桜島、霧島山噴火
1707年 宝永地震(南海トラフ) 死者数万人
1707年年 宝永大噴火(富士山)
1716年~1843年 江戸の三大改革
1732年 享保の大飢饉 冷夏などによる凶作 餓死者数万人
1741年 北海道西南沖地震 津波が発生 死者推定2000人
1751年 越後・越中地震(高田地震) 死者推定1500人
1771年 八重山地震 明和の大津波を誘発 死者・行方不明者1万2000人
1782年 天明の大飢饉 全国的に十万人の餓死者
1783年 浅間山大噴火
1792年 島原大津波 雲仙普賢岳の噴火で発生 死者推定1万5000人
1833年 天保の大飢饉 江戸では救済施設に数十万人
1847年 善光寺地震(長野) 死者推定1万3000人
1853年 黒船来航
1854年 安政東海地震 死者推定2000人
1854年 安政南海地震 死者1000~3000人
1855年 安政江戸地震 死者は町民だけで推定4700人
1867年 大政奉還
1891年 濃尾地震(岐阜) 死者7273人
1894年~1905年 日清・日露戦争
1896年 明治三陸地震 巨大津波が発生 死者・行方不明者2万1959人
1922年 ソ連成立
1923年 日英同盟破棄
1923年 関東大震災 死者・行方不明者10万5000人
1924年 アメリカで 排日移民法成立
1927年 北但馬地震(兵庫県北東部) 死者2925人
1931年 満州事変
1933年 昭和三陸地震 大津波が発生 死者・行方不明者
3064人
1941年~45年 太平洋戦争
1943年 鳥取地震 死者1083人
1944年 昭和東南海地震 死者・行方不明者1223人
1945年 三河地震 死者・行方不明者2306人
1946年 昭和南海地震 死者・行方不明者1443人
1948年 福井地震 死者・行方不明者3796人
1991年 雲仙普賢岳噴火 火砕流で死者・行方不明者43人
1993年 北海道南西沖地震 死者・行方不明者230人(
1994年 村山政権誕生
1995年 阪神淡路大震災 死者・行方不明者6437人
2009年 民主党政権が成立
2011年 東日本大震災 死者・行方不明者約2万人
人心や政治の乱れに合わせて起きる天変地異
歴史上有名な天変地異と当時の時代背景を照らし合わせると、天変地異は人心や政治の乱れ、時代の転換期に合わせて起きていることが伺える。
預言者の語る神の言葉が地上の人間に受け入れられず、天変地異などによって その国や民族を滅ぼすところまでいったことも人類史上数多い。
〇神の怒りに触れた人類の堕落
・ノアの大洪水
地上で大洪水が起き、生命が全滅したという 旧約聖書のノアの箱舟の話を知る人は多いでしょう。
旧約聖書に伝えられる「ノアの方舟」伝説では、現在の人類の祖先とされるノアが生まれたころ、地上では悪が横行していた。ヤハウェが、自身を信じない人間たちの不信仰に怒り、大洪水を起こそうとした。「洪水があるから方舟を造れ」というヤハウェの言葉を受け止めたノアはそれを広く伝えたが、他の人々は信じなかった。方舟に乗って生き延びたのはノアの家族と動物たちだけであった。
〇信仰者への迫害・享楽的生活
・ローマ・ヴェスヴィオ火山噴火
1世紀、繁栄を誇っていたローマ帝国・ポンペイが滅亡したのは、火山の噴火が原因であった。ヴェスヴィオ火山のふもとの町ポンペイは、情欲にまみれ、享楽に酔いしれる人々であふれていた。
さらに、暴君ネロはキリスト教徒を迫害。64年に首都ローマ市で起こった大火の罪をキリスト教徒に着せて、彼らを残虐な方法で処刑するなどした。
人々の堕落と信仰者への迫害が突然の火山の大噴火を引き起こしたのか、町は一夜にして消滅したとされる。
日本では、1100年頃、藤原氏や源平が勢力争いを繰り広げた京阪神に大地震が集中し、鎌倉に政権が移った。
1200年前後には関東、政権が京都に戻った南北朝から室町時代にかけて再び京阪神に集中。政権の中心地、特に人の心が乱れる政権交代の時期に地震が多発したのです。
鎌倉時代の「元寇」では、モンゴル軍が攻めてきたタイミングで 2回とも台風が通った。1回目の襲来である「文永の役」は11月半ばのことであり、台風の季節ではなかった。
〇無神論・唯物論思想の流行
・関東大震災
1923年に発生した関東大震災は、首都を中心に死者・行方不明者が10万人以上となる大災害だった。
その6年前にはロシア革命が起き、その後世界初の社会主義国家であるソビエト連邦が成立。日本でも社会主義が一大ブームとなり、多数の出版物が発行された。最高学府である東京帝国大学などでは、マルクスやレーニンの書籍がテキストになり、大学の授業で「天皇制を廃止しなければ日本の近代化はない」と暴論が講義されるほどだった。震災前年にはマルクスの教えを信奉する日本共産党が成立した。
神仏を否定する思想が日本に広がる中起きた大地震だったと言える。
1923年、関東大震災が発生して未曾有の被害が生じたとき、近代的な教養を備えた多くの人たちが それを天罰、すなわち「天譴」だと感じた。
この時代は、日本が国際的に孤立し、昭和の悲劇への路線が敷かれていた時期。大震災は充分な危機感のない日本社会への警告だったのではないかと思われます。
宗教思想家の内村鑑三も天譴論を唱えた一人です。内村鑑三は、震災について「我らの説教をもってしては到底行うことあたわざる大改造を、神は地震と火をもって行い給うた」と語っている。
「日本資本主義の父」と評される渋沢栄一も、震災について「何か神業のように考えられてならない。すなわち、天譴というような自責の悔を感じないわけにはいかない」と述べている。
近代日本をつくった偉人たちが天譴論を支持しているのは、人類の歴史において むしろメジャーな考え方であり、天変地異を単なる自然現象だと考えるのは 現代の一部の唯物論者たちの例外的な思考なのです。
決して天譴論を説く人が非情なわけではない。内村鑑三は、神が犠牲者たちの魂を癒していると信じ、残された人々は希望をもって より正しい国をつくっていくべきだと訴えた。
人間の魂は永遠であり、この世は一時的な魂修行の舞台に過ぎない。この世が堕落し、人間の魂にとって害にしかならないと判断すれば、神仏は時に厳しい処断を下す。しかし、人間心を超えた大きな視点から見れば、やはりこれも愛なのです。
〇マスコミ権力の増大
・雲仙普賢岳噴火
1991年6月、長崎県の雲仙普賢岳で発生した火砕流により、消防関係者を中心に43人が犠牲になった。
噴火の3年前、バブル絶頂期の日本でリクルート事件が起きた。当時、未公開株の譲渡が贈賄罪に当たるという法律はなかったものの、マスコミは そろって創業者の江副浩正氏を糾弾。こうした成功者への嫉妬に基づくマスコミの報道が、バブル崩壊、そして日本経済低迷の原因の一つになった。
この時期に重なる普賢岳噴火は、マスコミ権力が肥大化して、言論の自由を濫用するようになったことと つながっているようにも見えます。
〇左翼政権の樹立
・阪神・淡路大震災
1995年1月、阪神・淡路大震災は左翼政権下で起きた。
震災の半年前の1994年6月、社会党の村山富市委員長が首相に指名され、村山内閣が発足。村山氏は自身の著書で、「日の丸の掲揚を強制してはいけない」と主張。在任中には先の大戦を侵略行為と断じた「村山談話」を発表して、日本を貶めた。
愛国心を否定し、神仏への尊崇の念が薄いこの政権は、慣例であった新年の伊勢神宮の首相参拝も見送り、その直後に震災が起きた。1995年3月にはオウム教による地下鉄サリン事件も起き、畏れを抱いたのか、村山氏は4月に伊勢神宮参拝を行った。
〇国防・経済の弱体化
・東日本大震災
未曾有の被害を生んだ東日本大震災が起きたのも、左翼的な政策を打ち出した民主党・菅直人政権の時であった。
2011年3月、東日本大震災が起きた。津波も発生し、2万人近くが犠牲になり、福島第一原発では事故が起きるなど、未曽有の大惨事が日本を襲った。
震災に先立つこと1年半前、鳩山由紀夫氏を首相とする民主党政権が誕生。民主党政権は、沖縄の米軍基地の県外移設を主張し、日米同盟に亀裂を入れ、中国の覇権主義を許すなど、国防や外交で国難を招いた。国内では、子ども手当といったバラマキ政策を推し進めるなど、民主党の政策は国を衰退させるものばかりだった。
後任の菅直人首相も左翼的で唯物的な思想の持ち主。菅政権下で起きた東日本大震災は、経済成長を否定したスローガン「最少不幸社会」が現実化したものと言える。
天照大神は、2010年6月の神示『最大幸福社会の実現』で、当時の首相である菅直人氏が掲げた「最小不幸社会の実現」という目標に対し、「神なき物質社会が求められるということ、『この世の命が、全てに優先する』という考えが打ち立てられるであろう」と不快感を示し、「神罰が近づいている」と警告を発した。
この警告が実現したかのように、2011年3月に M9.0 を記録した東日本大震災が起きたのです。
阪神・淡路大震災も東日本大震災も、神仏を否定する実質的な左翼政権の時代に起きている。
幸福の科学大川隆法総裁は、1995年に社会党の村山富市首相(当時)が正月慣例の伊勢神宮への参拝をしなかったところ、1月17日に阪神・淡路大震災が起き、村山首相はそれでようやく参拝に行ったことに触れ、以下のように断じた。
「二大災害は共に、実質上の左翼政権が立ってるときに起きていることを知らなくてはいけない。仏や神を軽んずる風潮、唯物論的な風潮が勝利したと宣言しているときに、こうした天変地異が起きている。宗教的には天の警告だと見るべきです」
阪神大震災発生時は社会党を中心とする村山政権であり、その後左翼的な考え方の強い菅民主党が政権の座にあったことは決して偶然ではない。東日本大震災の際には、「震災はこの国への天罰」という発言に批判が集まった。その時と比べると、「天変地異は単なる自然現象ではなく、天の意志の現れだ」という認識が、国民の間で広まり始めていることがうかがえる。
大規模な天変地異の原因について、総裁は『逆境の中の希望』の中で以下のように語られました。
「『阪神・淡路大震災』と『東日本大震災』という二大災害は、実質上の左翼政権が立っているときに起きています。そして、その背景には、やはり、仏神、仏や神を軽んずる風潮、唯物論的な風潮があります。
そういう風潮が「勝利した」と宣言しているときに、こういう天変地異が起きているのです」
大川隆法総裁が次に小笠原諸島沖地震を起こした霊存在を呼ぶと、「人間の持っている基本的人権のレベル内で、『神の言葉』を扱おうとしているということに対する不快感は、とても大きいものがあります」と、信仰を軽んじるマスコミ勢力の増大に不快感を示し、さらなる天変地異の可能性を示唆した。
霊は『日本書紀』に登場する神である大日孁貴(おおひるめのむち)と名乗った。大日孁貴は、今回の地震で47都道府県全てで震度1以上を観測したことについて、「警告として、『いざとなればこういうことは、日本の下でも起こせないわけではないんだ』ということを日本全土に言っている」と語った。今回の地震はM8.1の「巨大地震」。震源が浅ければ、東日本大震災に匹敵する被害を招いた可能性もある規模である。
大日孁貴は「東日本大震災の意味が分かっていない」「神仏を軽んじる勢力が、この日本列島に跋扈しているということは、やはり穢らわしい」と述べ、近年起きている一連の天変地異が、マスコミや政治家の判断の間違い、そして、日本人の信仰心の薄れに対する警告だと明かした。
国民の考え方が変わらなければ、富士山噴火などさらなる自然災害が待ち受けていると警告された。
神への愚弄は許せない
2014年9月には御嶽山が噴火し、登山客が亡くなる事故が起きた。その2ヵ月後に阿蘇山が噴火した際、火山噴火に関係する霊存在のリーディングを行うと、「地球の地軸意識」と名乗る霊が出現。「神を愚弄してるのよ。許せない。絶対に許さない!」と、日本人を中心とした人間側の信仰心の薄さに対する怒りが、世界の天変地異の背景にあると発言した。この霊は、次は富士山噴火が起こりうると警鐘を鳴らしている。(『異次元パワーに目覚めよ』より)
2014年11月に阿蘇山噴火、2015年6月に小笠原諸島西方を震源地とするマグニチュード8.1の地震が起きた。
大川隆法総裁は、エドガー・ケイシー霊などの支援によるリーディングを行った。これにより、両災害が「信仰心が欠如している日本人」に対する神々の警告であったことが明らかになった。「生かされている」という謙虚な気持ちを忘れた時、人間の文明の儚さを知らせるように、大きな自然災害が起こるようです。
自らを「地球の運命」と名乗った霊存在は、「『神の言葉を信じないっていうことが、どれほどの罪か』ということを、徹底的に知らしめてあげる」と、噴火の原因が人間の不信仰や傲慢さにあると怒りを露わにした。さらに、「『西』に警告して、『東』に警告して、『真ん中』の御嶽が噴火し、長野で地震があって、阿蘇が噴火し、そろそろ分からんのか」と、一連の天変地異が全てつながっており、最後は富士山噴火があり得ることも示唆した(『阿蘇山噴火リーディング』)。
過ぎたことですが、2012年には、尖閣諸島を中心に台湾や上海、香港など尖閣に向けて漁船を出すと言っている所に台風がたくさん行った。
中国は、操作した情報を外国に発信して よく思わせようとしているが、台風が一つ来たら手抜き工事をたくさんやっていたため、インフラが脆弱で、町が水で溢れ苦しんでいた。
日本の神々のなかには、台風をコントロールできる方がおられる。
日本の関東地方を直撃しようとしている台風26号が、最初は台湾や中国に向かっているように見えたのに、グーッと関東地方に向けてコースを変えたのは、西から東に吹いている強い偏西風の影響と考えれば、逆に何も不思議はない話なのかもしれません。
なぜ、日本の神々は、「過去10年で最大級」というこの強い台風の進路を、台風23号のように変えては下さらなかったのでしょうか。そこには何か深い神意が現われているように感じられます。
日本は戦後体制を見直すべき
2013年11月、フィリピンを襲った台風「ハイエン」。その台風の意識は、フィリピン近海に出没する中国船への警戒感を露わにし、「中国が攻めてきたときに、『向こうの海軍を海に沈める練習』を今しているところ」とその意図を明らかにした。ハイエン発生直前に日本に上陸した台風についても、「戦後体制を見直し、アジアのリーダーとして、アジアの諸国を守るだけの自覚があるか」を日本に迫る、という神の意図を明かした。