「未来創造学」が世界を救う

  ザ・リバティ より引用しました

1 「大きな政府」を克服できるか

世界の諸問題に学問は答えを出せるか

 政治や経済、国際政治で、世界的な課題というのがいくつかある。

 一つは、どの先進国でも「大きな政府」となってしまったことが問題で、社会保障を成り立たせられるか悩んでいる。日本も公的年金がもう成り立たないと分かってきているのに、安倍政権は消費税の増税で何とか賄えると考えている。

 社会保障による巨額の財政赤字は先進国共通で、欧州のある国王は「福祉国家は持続不可能」とさじを投げたほどだ。

 こうした深刻な問題に何かしらの「答え」を出すのが、学問としての役割だろう。

 幸福の科学大川隆法総裁は、これまで説かれた教えをもとに「人間幸福学」という新しい学問をうち立てている。文字通り「どう生きたら人は幸福になるか」ということを探究する学問で、ここから「未来創造学」という学問も派生している。

 「未来創造学」は、既存の学問分野で言うと、政治学や法学、国際政治学、経済学なども含む。この新しい学問は、世界の諸問題にどんな答えを出そうとしているのだろうか。

 

幸福とは、後世への最大遺物を遺すこと

 「人間幸福学」で言う「人間」は、この世限りの存在ではない。人間の本質は魂であり、あの世とこの世の間を転生輪廻している存在。地上での人生は魂修行であり、その生き方が善か悪かで、死後の行き先が天国か地獄かに分かれる。

 大川総裁はこれまで何百人、何千人というあの世の霊と対話し、その善悪の価値判断を蓄積してきた。それを学問的にも学べるようにしようというのが「人間幸福学」だ。

 近代の学問は17~18世紀、あの世や神の存在を追い出すことで成立した。それ以前、中世ヨーロッパの人々はキリスト教会に価値観を縛られていたため、それを打ち破る啓蒙思想が登場したこと自体は時代的要請が明確にあるものだった。ただ、「神やあの世を学問と分けよう」と考えることが、「神やあの世はない」という無神論・唯物論へ堕落しているのが、現代の学問の姿だ。その結果、あらゆる学問から、何が正しく何が間違っているのか本質的な価値判断がなくなってしまった。

 日本の場合、西洋的な「神なき学問」に加えて、戦後の日本的な「政教分離」が加わった。もともとは「国家神道による他の宗教への弾圧を禁ずる」というものだったが、一つの宗教を名指しすることができないので、「すべての宗教が政治や社会に関与してはならない」と捉えられ、宗教が社会の裏側に閉じ込められたようになった。そのため、日本の場合は特に善悪の価値判断が極めて弱くなってしまっている。

 しかしそもそも学問は、人生における善悪を判断し、何が人間にとって幸福か答えを出ことが役割だった。学問の祖とされる古代ギリシャの哲学者ソクラテスも、魂が抜け出して霊界に行っていたエピソードが伝わっている。その“見聞”をもとに「善く生きるとは」「魂における幸福とは」を説いたことも、大川総裁と同じだ。学問の本来の役割に立ち返ろうというのが「人間幸福学」だと言える。

 大川総裁は「幸福とは何か」を問われた質疑応答で、こう答えている。

 幸福の第一段階は神仏への信仰心を持って日々生きること、第二段階は他の人々に愛を与えて生きること。そして第三段階として、こう述べた。

「死んでから後に影響力が出て、後世まで大きく遺るもの、『後世への最大遺物』を遺すことができる人々は、幸福論で言うと、次の段階に行っているのではないかと思います」(『幸福の科学大学創立者の精神を学ぶ 2』より)

 

この世に生きた証を遺す「活動=アクション」

「自由の創設」が政治の最高の理想だと説いたアーレントの政治哲学は、「未来創造学」の基本理念に近い。

 この考え方は、20世紀の哲学者アーレントの言う「活動=アクション」に通ずるものだ。

 アーレントは、「自分がこの世に生きた証を後世に遺したい」という気持ちが実現する過程で、人は幸福を味わうことができると考えた。単に家庭内などの私的幸福だけでなく、自分たちの手で法律や憲法、政府をつくって、公的幸福を創り出していくことは「自由の創設」であり、政治の最高の理想だとした。

 冒頭の「大きな政府」の問題は、マルクス主義が先進国でもかなりの部分実行されているために起きている。共産主義の生みの親であるマルクスは、貧困を解決するために「あの世も神も存在しない」という唯物論を持ち出し、「資本家に搾取されている労働者は、今すぐその富を資本家から奪い返さなければならない」という革命理論を打ち立てた。

 それを政府が“代行”し、税率がどんどん上がり、政府の役人の“命令”によって国民の生活が圧迫されているのが、今の先進国の姿だ。実際、厚生労働省の年金課長の計算によって、年金生活者の生活レベルが決まっている。これは官僚による巨大な「命令社会」だ。人々はその“命令”に従う「檻の中の動物」として生きることを強いられる。

 「自分たちの手でより良い社会をつくり出していこう」という自由があるアーレントの理想とは正反対の位置にある。国民の側から見ても、「政府に面倒を見てもらおう。お金をできるだけたくさん配分してもらおう」という精神性は、アーレントの言う自由とは正反対のものだ。

 

人間はみな、唯一の存在

 アーレントは主著『人間の条件』で、「活動」の背景にある人間の「複数性=プルラリティ」についてこう語っている。

「多数性(複数性)が人間活動の条件であるというのは、私たちが人間であるという点ですべて同一でありながら、だれ一人として、過去に生きた他人、現に生きている他人、将来生きるであろう他人と、けっして同一ではないからである」

「人間は一人一人が唯一の存在であり、したがって、人間が一人一人誕生するごとに、なにか新しいユニークなものが世界にもちこまれる」

 アーレントは、人間は誰一人として同じ存在はいないからこそ、政治や言論などの「活動」によってオリジナルの「生きた証」を後世に遺していくべきだと考えたのだった。「大きな政府」の下での画一的な生活とは、やはり正反対だ。

 またアーレントは同書で、「『活動する』というのは、最も一般的には、『創始する』、『始める』という意味である」と述べている。

 神仏に創られた一人ひとりの魂が、何かしらの「人生の目的と使命」を持って生まれてきて、地上で“今までにない新しい何か”を始めるというのが人生だ、と解釈できる。

 この点について、大川総裁は『政治の理想について』でこう述べている。

 「『自分の人生を使って、この世に一石を投じ、この時代に自分が生きた証となる、何らかのモニュメント、記念碑を遺したい』という気持ちです。『この時代に生きた証を、自分の活動を通して遺したい』という気持ちがあり、それが実現される過程において、人間は真なる幸福の一つを味わうことができると思うのです。この幸福は、やはり否定できないものです」

 

松陰の人生は「アクション」の極致

 明治維新の思想的源流だった吉田松陰は、30歳の若さで斬首される3カ月前、弟子の高杉晋作に手紙でこんな言葉を遺した。

「死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」

 晋作が「男子はどこで死ぬべきですか」と問うたのに対する松陰の答えだった。その後、処刑の直前に書いた遺書でもある『留魂録』では、「終(つい)に事を為すこと能(あた)わず今日に至る」と悔しさをにじませている。

 松陰が目指したのは、天皇を擁した幕府との全面対決。そして、植民地主義の欧米に対する攘夷と富国強兵的な開国政策という一見矛盾する外交・国防政策。これらは松陰が生きている間には実現せず、松陰の人生だけを見れば、挫折ばかりの人生だった。それが「終に事を為すこと能わず」という言葉に表われている。

 しかしながら、松陰の死後、長州藩は幕府との戦争に突入し、王政復古も実現した。さらに欧米への攘夷は、その後80年以上にわたって、日露戦争、大東亜戦争を通じた植民地支配からの解放という形で成就した。

『留魂録』に記した辞世の句「身はたとい武蔵の野辺に朽ちぬとも、留め置かまし大和魂」の通り、松陰が遺した大和魂が、アジアでの人種差別主義を一掃したと言える。

 地上の人生を駆け抜けた松陰の生き様は、アーレントの言う、自分がこの世に生きた証を遺す「活動=アクション」の極致と言っていいだろう。

 

「未来創造学」が先進国を「大きな政府」から救う

 現代の巨大福祉国家の源流となったマルクスは、「あの世も神もないから、この地上で救われなければならない」と考えた。一方、アーレントは「永遠の生命を持つ人間が、地上の人生で何を遺せるか」を考えた。人間は弱々しい存在ではなく、それぞれ主体的に自分の人生を切り開いたり、より良い社会を創り出していける自由がある、という思想だ。

 アーレントは、人間は一人ひとりが異なる個性を持って生まれ、この世に“新しい何かを”を付け加える存在だと定義したわけだが、これは誰もが「自分は何者なのか」「人生の目的と使命は何か」を考え続けなければならないことを意味する。

 宗教の教えをバックボーンとする学問や大学に対しては、「自由がない」とか「洗脳される」という印象を持つかもしれない。しかし実際にはその反対だ。

 例えるならば、ソクラテスが「ソクラテスより賢い者はいない」というデルフォイの神託を受け、それが本当なのかどうか世間で智者と言われる人たちと問答を重ねたようなものだ。ソクラテスは「神の言葉をどう受け止めたらいいのか。どう実践したら幸福になるのか」を考え続けた結果、学問の祖となった。

 大川総裁は、『政治哲学の原点』でこう指摘している。

「宗教の多様性を認めると、個人として人格を陶冶することや、教養を深めること、それから、精神レベルを高めることを促し、先ほど述べた、“Thinkable Man”『考えることができる人間』を、多数、輩出することができます。宗教と学問が協力して、『考えることが可能な人間』をたくさんつくることができます。それは『自由人』を生むことになるでしょう」

 逆に宗教の多様性を認めない、排他性の強いイスラム教やキリスト教の原理主義の下では、「考えることができない人」がたくさんつくられ、テロや戦争、圧政が続くことになる。

 「正しさとは何か」「人間の幸福とは何か」を考え続ける中に、「未来創造学」が形づくられていく。ゆえに、「未来創造学」は自由のない全体主義から最も遠いところにあるべきものだ。当然ながら、何か特定の政治制度を作ればそれでうまくいくというものでもない。一人ひとりが、自分の人生や未来社会を創っていこうという自立した個人になることが、この「未来創造学」の目的の一つだろう。

 「未来創造学」はこうした「自由からの未来創造」が基本理念であり、アーレントの政治哲学と重なる部分がかなりある。この学問の発展が、先進国をマルクス主義的な「大きな政府」から救うことになるだろう。

 

2.資本主義の終わりを乗り越えられるか

資本主義経済は終わった?

 日本経済は長期の需要不足とデフレで、「失われた20年」が叫ばれている。アメリカやヨーロッパも日本を後追いしているようだ。こうした先進国を中心とした長期停滞論から、「資本主義の限界」が指摘されるようになっている。

 大川総裁は、法話『未来創造の帝王学』で、「資本主義経済が終わりを迎えようとしています」と明言した。

 その理由として、どの先進国も超低金利の時代が長く続きそうであることを挙げた。2014年9月時点で、日本は、長期金利の指標となる10年国債の利回りが0・5%前後。アメリカは2%程度に回復してきているが、ドイツは1%未満。これだけ金利が低ければ、企業が銀行からお金を借りて新規の事業を展開してもいいわけだが、なかなか民間の投資が復活していかないということは、「簡単には果実は生まない」「投資額の2~3%以上の回収も難しい」と見通し、国債を買ったほうがいいと判断しているからだ。

 日本はバブル崩壊、他の先進国はリーマン・ショックの後、「また痛い目にあうのではないか」という「恐怖症」で思い切った投資ができないまま。日本の上場企業は300兆円以上の内部留保を抱え、立ちすくんでいる。仕方がないので政府が「借金して公共事業をやりましょう」ということが、日本やアメリカ、中国でも大々的に行われている。

 要は、「お金がたくさん余っているが、投資しても儲からなくなった」という状態だ。

 こうした投資機会が枯渇する長期停滞の原因として言われているのは、大きく以下の3点だ。

(1)欧米は15世紀末からの植民地主義以降、途上国から資源や原材料を安く輸入し、それをもとに工業製品を輸出して富を蓄積した。しかし現在は中国やインドなど新興国が台頭し、先進国にとっての“フロンティア”がなくなった。

(2)新興国や途上国も先進国のような豊かな生活をするようになると、世界的なエネルギー・食糧不足になり、戦争や大量殺戮が頻繁に起きる。

(3)実物経済の何十倍のマネーが各国の市場に出入りし、バブル発生と崩壊を繰り返している。その結果、中流階層の所得が減る一方、一部経営者層が莫大な収入を得て「格差」が拡大している。

 この現状に対して経済学者が何かしらの処方箋、解決策を出さないといけないわけだが、出ている議論は「成長を諦めるべきだ」という脱成長論ばかり。現在、世界の人口は70億人を突破しているが、2050年に90億人を超え、100億人に迫ると国連は予測している。今の時点で飢餓に苦しむ人たちが8億人以上いる中で、「脱成長」は、貧困と飢えをさらに拡大する路線となる。

 その中で大川総裁は同じ法話で、以下のような方向性を示している。

「こうして終わった経済主義のなかで、次の新しいものをつくっていかないといけない時代に今、入っていこうとしています」

「『未来人類から感謝されるような仕事とは何であるか』ということを考えて、それをやっていくことが、これからの経済を大きくしていくための道なのです」

 

企業家を中心に置いたシュンペーター経済学

「未来人類」が少なくとも50年とか100年先の人類を指すならば、大きなリスクを取る勇気ある企業家や銀行家、投資家が必要不可欠となる。

今の経済学の枠組みでは、そうした大胆な行動をする企業家や銀行家の存在をあまり重視していない。

 新古典派の標準的な経済学では、企業家や労働者が利潤や賃金の最大化を目指し、「同じ条件下では同じような行動をする」としている。つまり、同じ環境を与えられたら、それを合理的に判断して似た行動をとる、型にはまった「経済人」「経済的人間」を想定している。

 現状で言うならば、経営者たちが「資金はたくさんあるが、今の社会状況ではどこに投資しても儲からないからやめておく」と“合理的に”判断しているということだ。

 マルクス経済学になるともっと極端で、労働者が「貧しさを生み出す環境が悪いから、お金持ちからお金を奪い取らなければ救われない」と“機械的に”判断する。

 だが、本来、企業家はこうした種類の人間とは正反対で、人間の意志、努力、そしてまさに企業家精神によって与えられた環境や自分たちの運命をも変えていこうと考え、行動を起こす人たちだ。

 主流ではないが、そうした企業家についての経済学を理論化したのが、20世紀初頭のオーストリアの経済学者シュンペーターだ。「企業家の不断のイノベーションが新しい価値を生み、経済を発展させる」というオリジナルの理論を組み立てた。

 シュンペーターは『経済発展の理論』で、企業者について「新結合の遂行を自らの機能として、その遂行にあたって機能的要素となる経済主体」と定義した。簡単に言えば、「新しいことを行ったり、既に行われてきたことを新しい方法で行う人」。それは「機能」なので、一平社員であっても「企業家」の役割を果たすことはできる。

 シュンペーターは、「企業家」を突き動かす動機として、「私的帝国をつくり上げたいという意志」「何としても成功するという勝利者への意志」「創造の喜び」の3つを挙げた。先のアーレントが重視した「自分がこの世に生きた証を後世に遺したい」という気持ちを、企業家に置き換えると、この3つの動機になると言っていいかもしれない。アーレントの「公的幸福」や「自由の創設」の考え方は、政治参加についてだったわけだが、ここでは、企業活動も多くの人に自由をもたらすので、あえて「公的領域」として解釈したい。

 困難な中で新しい商品やサービスを創り出し、何としても大成功を成し遂げることが「生きた証」だ。このモチベーションは、損得について合理的に判断して動く「経済人」とは対極にある。

「次の新しいもの」「未来人類から感謝される仕事」を生み出し、「資本主義経済の終わり」を乗り越えるためには、不断のイノベーションを起こす企業家を中心軸とした新しい経済学を立ち上げる必要がある。

 

未来の基幹産業の方向性

 企業家にとって「この世に生きた証」は自らの事業を大企業に発展させることだろうが、その究極の形は、その後何十年にもわたって人類を食べさせられる基幹産業を生み出すことだ。

 現代の主要産業の多くは、19世紀後半から20世紀の初めにかけて生み出された。

 1870年代、トーマス・エジソンが発電機や白熱電灯を発明し、電気機械産業が誕生した。1880年代、カール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーがガソリンエンジンを乗せた自動車を初めて走らせ、自動車産業が始まった。

 今は日米欧ともに成長率の低いデフレ期の中にあるが、これらの新たな基幹産業が生まれた時代も、大デフレ期(グレートデプレッション)だった。その真っただ中で、「何か稼げる事業をつくらなければ」と奮起した企業家が次々と出現したのだった。

 大川総裁は『成功の法』で、経済繁栄について以下の定義をしている。これは、未来の基幹産業を構想するうえで、大きなヒントとなるだろう。

「人間というものを、『ある所から、この地上に生まれてきて、何十年かの有限の人生を送り、そして、地上を去っていくもの』というように考えるならば、『この地上生命に輝きがあるときである。地上生命のあるあいだに光が出ているときである』と言ってよいでしょう。また、『魂が非常に喜んでいるときである。『深い経験』という名の価値、『躍動に満ちた経験』という名の価値が、魂に刻印されるときである』とも言えるでしょう」

 つまり、本来、霊的存在である人間が地上に生まれ、魂としてどれだけ躍動した経験ができるか、ということが「経済繁栄」だと述べている。

 19世紀後半、電灯が生活を明るく照らし、自動車で移動できる範囲が広がったことは、まさに人類に「躍動に満ちた経験」をもたらした。新しい基幹産業についても、この考え方の先にあると言っていいだろう。

 

2050年の人類に「躍動に満ちた経験」を用意する

 例えば、リニア新幹線で日本の主要都市が1時間程度で結ばれるならば、日本人はより密度の濃い経験ができる。関西から東京に通勤したりその逆をやったりする社会が目の前まできている。宇宙空間を利用した旅客機を開発できれば、東京-ニューヨーク間は2時間で結ばれるという。こうした交通革命による「時間短縮」が、人類全体の一生の持ち時間を何倍にもする。

 魂修行の経験を考えた時、人間の経済活動や住空間として、海洋開発や宇宙開発を進めることは、未来人類から見て必要なことだろう。

 人口約4500万人を抱える東京圏は世界で最も躍動的な都市だが、港区など中心部でも容積率はニューヨーク・マンハッタンの10分の1程度。高層ビルを建てる余裕はまだまだあり、さらに巨大都市へ大改造することは可能だ。

 「躍動に満ちた経験」の最たるものは、ニューヨークのように多様な人種・民族が混じり合って生きる経験だろう。「移民」と言うと、日本人には拒否感が強いが、「魂の経験」の視点から積極的な考え方を導き出すこともできる。

 2050年以降に人口100億人時代を迎えるということは、それだけ多くの魂が「現代に生まれ、人生経験を積みたい」と考えているということだろう。100億人がある程度豊かに生活できるためには、食糧増産革命やエネルギー革命がどうしても必要になるし、これらの人たちの生活を支えるたくさんの仕事も生み出しておかなければならない。

 2050年以降の人類に「魂として躍動に満ちた経験」を用意するということが、今の時代の企業家の使命だろう。

 これらの人類の新たなフロンティア開拓や新時代の基幹産業づくりを通じて、「資本主義の終わり」の原因とされる、先の(1)や(2)の問題は解決することができる。

 

政府にも企業家精神とバンカー精神を

 シュンペーターは、イノベーションを通じて経済発展をもたらす企業家だけではなく、企業家に資金を供給する銀行家の役割についても重視した。「銀行家は、新結合を遂行しようとする者と生産手段の所有者との間に立っている」と述べている。

 企業家には強い意志やあふれる情熱はあるが、たいていお金を持っていない。それを支えるのが銀行家だ。

 銀行と言えば、土地や建物などの担保を押さえたうえでお金を貸すのが日本では一般的。しかし、本来の銀行家の仕事は、担保なしでも見込んだ企業家に資金を投じ、20年30年とかけて大企業を育てていくクリエイティブなもの。リスクは大きいが、成功すれば大儲けできるダイナミックな仕事でもある。

「10年間の投資をして1%の利益も得られない」という日本の現状は、企業家だけではなく、銀行家の人材不足を示している。

 これは政府がお金をどう使うかという点でも同様だろう。かつて明治政府は、製糸や製鉄など当時の基幹産業を日本に輸入し、欧米と競争できるところまで育てあげた。ところが今では政府は、国民一人ひとりへの年金と医療のバラマキに“専念”してしまっている。

 世界的な金余りと言われる今こそ、日本の政府には、明治期の殖産興業以上の仕事を世界規模で興していく企業家精神とバンカー精神が求められる。政府が100兆単位で交通革命や海洋開発、宇宙開発、都市の大改造などに投資すれば、世界の余剰資金を呼び込むことができるだろう。

 国民にバラまく社会主義的な政府から、新しい基幹産業をつくる企業家的な政府へのイノベーションも、これからの新しい経済学の柱となる。

 

「企業が善である」としたドラッカー経営論

 経済学者ではないが、経営学者のドラッカーも「企業家」について理論化し、シュンペーター以上に「一社員であっても『企業家』になれる」という考え方を徹底した。

 ドラッカーの経営論の核心は、「企業は、イノベーションとマーケティングを通じて市場に新しい商品・サービスを提供する公的な使命を果たしている」としたことにある。

 つまり、企業は常に新しい価値を生み出し、社会に奉仕しているがゆえに、善きものとして認められ、利潤がもたらされるということだ。

 これと正反対の考え方が、経済学者マルクスがつくり出した共産主義思想だ。「労働者から搾取し、利潤の最大化を目指す資本家は悪だ」として、私有財産を廃止する社会主義国家を誕生させた。未だにマルクス主義は先進国にも根深く残っており、大企業や利潤を目の敵にし、重い税金をかけようという圧力が常にある。

 これに対しドラッカーは、悪徳企業でない限り「企業は善である」としたうえで、そこで働く社員一人ひとりも、社会に奉仕する善なる存在であると位置づけた。

 一社員であっても、その個性や強みや才能を生かし、世の中に新しい価値を生み出すことによって、「この世に生きた証を遺す」ことができるということを意味する。

 ドラッカー経営論は、“合理的”で“機械的”な既存の経済学やマルクス経済学を乗り越え、企業家精神を重視する新しい経済学の柱となる。

 

自由意志を最大限尊重したハイエク

 シュンペーターやドラッカーは、新しい価値を生み出し、環境や運命をも変えていける人間の企業家精神に厚い信頼を置いた。同じように、20世紀の経済学者ハイエクも、現在の繁栄した文明が、自らの運命を改善していこうとする人間一人ひとりの自由意志から生まれたと考えた。

 人間の自由意志を最大限発揮するためには、「小さな政府」でなければならない。ハイエクは主著『隷属への道』でこう述べている。

「自由はそれ自体、至高の政治目的である」

「活動を秩序づけるためには、社会それ自体が持っている自生的な力を最大限に活用すべきということ、そして強制は最小限に抑えるべきだ」

「小さな政府」は、細かい規制をなくし、最低限のルールだけを事前に決め、それに逸脱しなければ構わないという「法の支配」。そして、お金持ちを狙い撃ちするような重税をかけない「安い税金」が必要不可欠だ。

 ハイエクは『自由の条件1 自由の価値』で、人間の「多様性=プルラリティ」についてこう述べている。

「人間の性質には無限の多様性があるということ、つまり個人の能力と潜在能力の広い範囲にわたる差異が、人類に関するもっとも顕著な事実の一つである」

 ハイエクの哲学の根本には、「人間は一人ひとり違う個性を持っていて、人のことを簡単に分かるわけではない。だから、人の人生に命令することなどできない」という“謙虚さ”があったのだ。

 逆に社会主義国では、一握りの官僚が国民の生活レベルや仕事の内容を“命令”できた。その“実験”の結果は90年代初めのソ連の崩壊とその後の経済の混乱として現れた。

 ハイエクは、一人ひとりの個性や自由意志を最大限尊重することで初めて、強みや才能を発揮し、目の前の環境や運命をも乗り越え、長い目で見れば文明を発展させていくことができると考えたのだった。

 この考え方は、アーレントの言う「複数性=プルラリティ」や「活動=アクション」に通底しており、新古典派の経済学の型にはまった「経済人」「経済的人間」などというものは存在しないということになる。

 企業家にとって「この世に生きた証」は自らの事業を大企業に発展させることでしょうが、その究極の形は、その後何十年にもわたって人類を食べさせられる基幹産業を生み出すことです。

 現代の主要産業の多くは、19世紀後半から20世紀の初めにかけて生み出された。

 1870年代、トーマス・エジソンが発電機や白熱電灯を発明し、電気機械産業が誕生した。1880年代、カール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーがガソリンエンジンを乗せた自動車を初めて走らせ、自動車産業が始まった。

 今は日米欧ともに成長率の低いデフレ期の中にあるが、これらの新たな基幹産業が生まれた時代も、大デフレ期(グレートデプレッション)だった。その真っただ中で、「何か稼げる事業をつくらなければ」と奮起した企業家が次々と出現した。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『成功の法』で経済繁栄について以下の定義をしている。これは、未来の基幹産業を構想するうえで、大きなヒントとなる。

「人間というものを、『ある所から、この地上に生まれてきて、何十年かの有限の人生を送り、そして、地上を去っていくもの』というように考えるならば、『この地上生命に輝きがあるときである。地上生命のあるあいだに光が出ているときである』と言ってよいでしょう。また、『魂が非常に喜んでいるときである。『深い経験』という名の価値、『躍動に満ちた経験』という名の価値が、魂に刻印されるときである』とも言えるでしょう」

 本来、霊的存在である人間が地上に生まれ、魂としてどれだけ躍動した経験ができるか、ということが「経済繁栄」だと述べられた。

 19世紀後半、電灯が生活を明るく照らし、自動車で移動できる範囲が広がったことは、まさに人類に「躍動に満ちた経験」をもたらした。新しい基幹産業についても、この考え方の先にあると言ってよい。

2050年の人類に「躍動に満ちた経験」を用意する

未来産業投資 へ

「仏法真理」へ戻る