核兵器についての善悪

 核兵器について、宗教的にはどう考えればよいのでしょうか。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『愛、悟り、そして地球』で、原則、核兵器を持つべきではないし、使うべきでないという考えを示している。核戦争で大量の人たちが亡くなると、あの世への旅立ちやその後の生まれ変わりに大きな支障が出るためである。

 一方で、宗教的に「悪」である核兵器によって、当面の平和がつくり出されているという逆説がある。冷戦時代、核兵器を持った米ソの直接的な戦争は起こらなかった。一定のコントロールがされていれば、核兵器が平和をつくり出すことがある(ただ、東アジアではこの核のバランスが著しく崩れている)。世界の人々にとって、「核による平和」は、大戦争が起こるよりもはるかに望ましい。

 また、大川隆法総裁は『国を守る力』で、こう指摘している。

「『軍隊や核兵器は、それがアメリカのものであろうと、ロシアのものであろうと、中国のものであろうと、どれも悪である』という考えもあるかもしれません。しかし、『人類の共通遺産としての智慧』には、『正義』というものがあるので、軍隊や核兵器についても、やはり、『国際的に正義と認められるかどうか』ということが検討されるべきです」

 人類は智慧でもって平和を維持しながら、長期的に核廃絶を目指していかなければならないということになる。

 アメリカ国内では、まだ「原爆投下が戦争を終わらせた」と正当化する世論が強い。しかし、唯一の核兵器使用国であるアメリカが、戦後何年たっても原爆投下を正当化し続けたことによって、中国や北朝鮮などの独裁国家が核開発を押し進める口実を与えたともいえる。

 大川隆法総裁は、大阪府・大阪城ホールにて「信仰と繁栄」と題した講演を行い、オバマ氏の広島訪問について、次のように述べていた。

「私も、世界から核がなくなったら平和になるので、ぜひともそうなってほしいと心から願っています。しかし、オバマ氏が広島に行き、『核兵器を世界から廃絶しよう』と述べ、日米がそれを誓い合ったら、『日本は、核武装が絶対にできないようにしましょう』、『アメリカの核の傘は、今後なくなります』ということを、世界に発信することになるはずです。

 今の中国・北朝鮮という、核の装備を強大化している国にとっては、逆にアメリカが決定的に衰退、あるいは孤立主義の方へ向かおうとしているというシグナルに映るはずです」

 世界で唯一の被爆国である日本にとって、「核のない世界」は理想である。しかし、現実に、日本の周辺にはアジアに覇権を広げようと目論む中国や北朝鮮が核兵器を持ち、日本を含む他の国を威嚇している。こうした「核のない世界」に賛同しない、話の通じない国に対してこそ、核兵力の軍縮を求める必要があるのではないか。

 

日米で核を「使わせない」ための協力を

 日本は戦後、原爆投下の荒廃の中から立ち直り、現在の平和と繁栄を手に入れた。この平和と繁栄を守るためにも、いざというときには日本がアメリカの核兵器を使えるようにする「核シェアリング」などを進め、抑止力として日本も核装備を持つことが必要である。

 今こそ日米が力を合わせ、核を保有する独裁国家に「核を使わせない」ことを徹底するべきである。その先に真の「核のない世界」への道が開ける。

 問題は、独裁国家が核兵器を持つ場合である。民主主義国家のように国民や国際世論のチェックが効かないため、明確に「悪」になる。権力者一人の判断で、核のボタンが押されてしまう危険性がある。それが中国、北朝鮮では起きようとしている。

 「いつでも核を使う」と考える国が間近に2つもあり、両国とも日本に対する憎悪をあおっている。中国はかつてチベットやウイグルなどに侵略し、同じ国民となった人たちを虐殺してきた。その矛先が日本に向かってこようとしている。日本はまるで悪魔に呪われているかのようです。

 大川隆法総裁は、悪魔の存在に関する質疑応答で以下のように述べている(ザ・リバティ2016年3月号)。

「人間に、『「善悪とは何か」を学び取れ。感じ取れ』ということを教えているのだと思うのです」

「悪人が出てきたように見えたり、自分を妨害したりするように出てくることもあるし、積極的な魔というものがあるようにも見えます。けれども、これもまた、人類に大いなる反省を起こさせたり、自分たちの文化レベルや哲学等をもう一回反省させたり、宗教観の弱さを反省させるための力でもあるのです」

 中国や北朝鮮の核の脅威から「善悪とは何か」を学び取り、「善」つまり「正義」を打ち立てることが日本人にいま求められている。でなければ、「悪魔の支配」が実現し、日本の国の未来がまさになくなってしまう。

「正義」とは、中国、北朝鮮が核を使うという「悪」を犯させないこと。そして、長期的に核兵器という「悪」を取り去ることです。

 日本にとって頼みのはずのアメリカが「日本は自力で戦ってくれ」という戦略を出してきている以上、日本は自力でも国を守れる戦略を立てていくしかない。  

 以下は、大川隆法総裁の提言を受けた、日本として中国と北朝鮮の核から国民を守る「核抑止・核廃絶プラン」である。

 

日本として独自の核を持つ

 さらに踏み込んで日本独自の核兵器を持つとなったら、かなりハードルは高くなる。アメリカは「日本には核を持たせない」という政策を採っているからです。

 ただ、そのために「国が滅びるリスク」が世界一高くなっている。日本政府として、国民の安全を守る義務を果たすためにアメリカを説得すべき時期がもう来ていると言ってよい。

 フランスのド・ゴール大統領(在任1959~69年)は、「核を持たない国は、核保有国にもてあそばれる状態になる」と米大統領を説き伏せ、独自で潜水艦発射の核ミサイルを持った。

 その際、ケネディ米大統領に対し、「ソ連がパリを攻撃してきたら、アメリカはソ連と核戦争をするつもりなのか」と問い詰め、押し切ったという。1961年のことです。

 ケネディは、後に「パリが破壊されたからと言って、ニューヨークがソ連の核攻撃で破壊されるリスクを取ると思うか」と語っており、フランスに対して「核の傘」を提供するつもりがなかったことが明らかになっている。

 近年では、インドが ド・ゴールと同じことを実現した。インドは、70年代から核実験を行い、国際的な非難を浴びていたが、アメリカを説得し、2006年、核保有国の地位を認めさせた。

 アメリカは、米英仏露中の国連常任理事国以外の核保有を認めない立場である。その意志を核不拡散条約(NPT)の形で世界に通用させている。インドはこのNPTの枠外での核保有を押し通したのだった。

 NPTがうたう「核不拡散」は国際正義のように見える。ただ、この条約は米英仏露中5ヵ国の「核軍縮」をうたっているのだが、どの国も堂々と違反している。特に中国は核兵器を大量に増産しており、重大な「NPT違反国」である。

 一方で、核を持たない日本はNPTのルールをまじめに守ってきた優等生。核を持つとなったら、インド以上にアメリカにとって「安心できる平和的な核保有国」になるでしょう。

 

明治期以上の「不平等条約」の克服

 アメリカの「日本には核を持たせない」という方針は、日本が自力で国民を守れないということなので、「日本を独立国家としては認めない」ということに近い。明治時代に関税自主権がなかったり、領事裁判権を認めさせられたりした以上の「不平等条約」を強いられている。

 これを打破するには、日本の首相はアメリカ大統領に、「2つの軍事独裁国家の核兵器に脅される中で、アメリカだったら核を持たないで国民を守ることができるのか」と直談判するしかない。アメリカ自身なら絶対やらないことを日本に押しつけるダブル・スタンダードは明らかに不道徳である。最後にアメリカを説得するのは、「国民の生命と安全を何としても守る」という政治家としての気概である。

 日本の防衛を固めることがアジア全体の安定と繁栄にもつながり、アメリカの利益にもなる。「日本が核抑止力を持てなければ、アジアは完全に中国の勢力圏に落ちてしまいますよ」と主張していくべきです。

 明治期に圧倒的な文明格差がある欧米に対し、条約改正を認めさせていったとき以上の交渉力と胆力が求められる。

 イランは、1年間ほどで核爆弾を作ることができる能力を温存しているという。日本も「いざとなったら数ヵ月で核爆弾を持てる」というあたりで寸止めにしておくという考え方もある。「核保有国にはならないが、これ以上、中国や北朝鮮が日本の安全を脅かすならば、核保有に踏み込むしかないですよ」とけん制し続けるというスタンスである。そうした戦略性も必要でしょう。

 

インドとの同盟、ロシアとの協商が一気に進む

 日本の核保有について、アメリカを説得し得た場合でも、核弾頭だけでなくミサイルや潜水艦も含め、機能する核抑止体制をつくるには10年から15年はかかるとされる。

 中国は1956年に核開発を決断し、10年で核実験に成功。約25年でアメリカに届く弾道ミサイルが完成。約30年で潜水艦から核ミサイルを発射できるようになった。日本の技術レベルからすれば、中国ほど時間はかからないだろうが、長い道のりになることは間違いない。

 同時に、いくつかの条約や法律、政策判断を変える手続きも必要になる。

 NPTは脱退することになる。と言うと、2003年の北朝鮮の無謀な行動のようなイメージがあるが、NPTは、「自国の至高の利益を危うくしていると認める場合」には脱退する権利があると定めている。日本は「国が滅ぶ危機」にあるわけだから、逆に正当な権利として行使しないほうがおかしい状態にある。

 また、インドと同じ立場に立つということでもある。インドはNPTに入らないまま、アメリカと原子力協定を結び、核保有国として国際的に承認された。これと同じ形で今ある日米原子力協定を改定することを目指すことになる。

「核を持たず、作らず、持ち込まず」の非核三原則の見直しも必要になる。これは法律ではなく政治的な宣言なので、まさに宣言するだけで緩和・撤廃の手続きとなる。

 日本がフランスやインドのように核保有国となる場合、インドとの同盟やロシアとの協商が一気に具体化するでしょう。インドは「中国がパキスタンをけしかけて攻撃してこようとしている」と考えているので、日本が核を持てばインドは真っ先に「同盟したい」と言ってくると予想される。インドと核・ミサイル技術で密接に協力することもある。

 インドは、2006年の日印原子力協定でアメリカと実質的な「準同盟」を結んでいるので、アメリカに気兼ねする必要もない。

 また、ロシアは今も余った核兵器の処分に対して日本が資金援助しているぐらいだから、日本がロシアの核を買うことは十分あり得る。同盟までいくと、アメリカとの関係に支障が出るので、協商の形で幅広い連携を模索することになりそうです。

 

唯一の被爆国として核を持つ権利はある

 これらのプランは、中国や北朝鮮が核開発や核兵器の増産をエスカレートさせるならば、日本としては、これらのステップを「一つひとつ進むしかないですよ」という駆け引きの一環でもある。「いざとなったらミサイル開発、核開発をやっていきますよ」と宣言するだけでも大きな抑止力になる。

 その際、国際的な非難も起こるでしょう。特に当の中国と北朝鮮は猛反発する。自分たちの持つ核兵器のパワーが相殺されていくことになるから当然です。

 日本としては、「日本は世界で唯一、原爆による市民虐殺を経験した。今、3回目の原爆投下の危機が迫っている。それを回避するために核を持つ権利がある」と主張し、一歩一歩圧力をかけていくしかない。

 日本政府は、憲法解釈上、1957年の岸信介内閣での国会答弁などで、自衛権の範囲で核兵器を持つことは可能だとしている。

 安倍首相も2006年に同様の答弁をしている。

「純法理的な問題として申し上げれば、我が国が自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法第9条によっても禁止されているわけではなく、たとえ核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、それを保有することは必ずしも憲法の禁止するところではないと従来から解してきている」

 憲法9条の改正論議が高まってきているが、それ以前に中国と北朝鮮の核兵器に対し、打てる手がたくさんあるということになる。

 その一つひとつのステップを、最終的には中国、北朝鮮の核兵器をなくすことにつなげるのが理想である。

 

核兵器を無力化する技術を開発する

 「核の刀狩り」を現実のものにするためには、核兵器を無力化するような新技術の開発がカギを握る。

 例えば、超強力なレーザー兵器ができ、宇宙空間や上空から攻撃すれば、核兵器を無力化したり、消滅させたりすることができるとされている。アメリカのレーガン政権時代には「スターウォーズ計画」として、こうしたレーザー兵器の開発が進められていたから、技術的には完成に近づいているとされる。

 あるいは、理論的には、巨大な加速器で強力なニュートリノ・ビームをつくり出して照射することで、核爆弾の「未熟爆発」を起こすことができるのだという。つまり、世界の核兵器が次々と使いものにならなくなるということだ。問題は、膨大なエネルギー量を必要とすること。だから、現時点では机上の計算にすぎないが、追求すべき方向性の一つではある。

 これらの画期的な技術によって核兵器を無意味なものにできたならば、今の時点ではあり得ない中国や北朝鮮との軍備削減交渉や、その先の米英仏露も含めた「核の刀狩り」の実現性が増してくる。

 

核兵器の善悪

 世界の国々と協力して核のない世界を目指すのは大切なことだが、核兵器の善悪について考える必要がある。中国や北朝鮮など、国際ルールを無視する独裁国家が核兵器を持つことは絶対に「悪」と言える。しかし、現時点では、国防のために「必要悪」の核兵器が抑止力となっているのも事実です。

 日本は、アメリカの「核の傘」で中国や北朝鮮の核兵器から守られていると一般的には考えられているが、最近はアメリカも世界の警察官の役割から退いて行っており、「核の傘」は期待できなくなりつつある。

 中国が「アメリカ軍が介入してきたら、アメリカにも核ミサイルを発射する」と威嚇した場合、アメリカが国内の主要都市に何十発も核爆弾を撃ち込まれる危険を冒してまで、日本を守るかは疑問である。

 

「核廃絶」の理想に向けた「抑止力としての核」という現実

 日本が今考えるべきは、「二度と原爆を落とさせない安全保障体制を固めること」である。

 中国や北朝鮮などの独裁国家が核兵器を保有しているにも関わらず、「核廃絶」という理想を求めているだけでは、それを無視する国に有利な環境を整えてしまう恐れもある。

 世界で唯一の被爆国である日本こそ、抑止力としての核装備を持ち、二度とあの惨禍を繰り返さないための守りの姿勢を固めることが必要なのではないでしょうか。

 

核兵器を宗教的にどう考えるべきか

 核兵器を宗教的にどう考えるべきか。幸福の科学大川隆法総裁は、原則核兵器を持つべきではないし、使うべきでもないという考えです。核戦争で大量の人たちが亡くなると、あの世への旅立ちやその後の生まれ変わりに大きな支障が出るためである。

 一方で、宗教的に「悪」である核兵器によって、平和がつくり出されているという逆説がある。「核による平和」は、大戦争が起こるよりもはるかに望ましい。

 だからこそ、総裁は、核兵器は、智慧をもって消していかなければならないと思いますと述べている。

 問題は、独裁国家が核兵器を持つ場合です。民主主義国家のように国民や国際世論のチェックが効かないため、明確な「悪」と言える。権力者一人の判断で、核のボタンが押される危険性がある。それが中国、北朝鮮では起こり得る。そんな国が隣に2つもある日本は、まるで悪魔に呪われているかのようである。

 総裁は、悪魔の存在に関してこう述べている。

人間に、『「善悪とは何か」を学び取れ。感じ取れ』ということを教えているのだと思うのです

 中国や北朝鮮の核の脅威から「善悪とは何か」を学び取り、「善」つまり「正義」を打ち立てることが日本人にいま求められている。(『愛、悟り、地球』 より)

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