宗教政党の志

 今の日本には、宗教政党が公明党一つしかないが、仏教の諸宗派の一つである日蓮宗のなかの大石寺系の一派の在家団体(講)がつくった政党であり、日蓮宗の持つ性質から排他的性質であるため、宗教政党を代表するには、器として足りない。もっと大局的で寛容な宗教政党が存在し、その他の宗教を信じる人たちがよすがとするような政党が必要である。

 幸福実現党は幸福の科学の信者が核であるが、それ以外の人々であっても、いわゆる「第三の極」として、仏法真理に賛同し、あるいは宗教をよきものと考える人たちの勢力を結集していきたいのだと。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『幸福実現党宣言』で以下のように説かれました。

 今の日本には、宗教政党が公明党一つしかありません。しかし、「公明党は、宗教政党を代表するには、器として足りない」と考えています。公明党は、仏教の諸宗派の一つである日蓮宗のなかの、大石寺系の一派の在家団体(講)がつくった政党ですが、その日蓮宗そのものは非常に排他的な性質を持った宗教なので、公明党にも性質的に非常に排他的なものがあります。宗教政党そのものの存在は否定しません。しかし、公明党は、あまりにも排他的なものを背景に背負っているので、やはり、もっと大局的で寛容な宗教政党が存在すべきであると私は考えます。そして、その他の宗教勢力、他の宗教を信じる人たちが、よすがとするような政党が必要なのではないかと思っています。幸福実現党においては、もちろん、幸福の科学の信者が核になることは間違いありませんが、それ以外の人々であっても、仏法真理に賛同する人たち、あるいは、宗教をよきものと考える人たちの勢力を結集していきたいと思っています。今の日本の宗教界は、宗教間の代理戦争を政治を通して行っていることが多いのです。例えば、公明党にはバックに創価学会が付いていますが、公明党が自民党と連立すれば、立正佼成会などの、創価学会に対抗する「新宗連」(新日本宗教団体連合会)のほうは、「従来は自民党を応援していたのに、今度は民主党のほうに付く」というかたちで、政治を使って代理戦争をやっていることが多いのです。しかし、これは、あまりにも不毛な選択です。やはり、政治は政治として、一定の合理性と、筋を通さなければならない面が必要なので、「宗教的に好きか嫌いか。敵か味方か」ということとは、また別の次元の考え方があろうかと思います。この世的になすべきことは、なしていかねばならないのです。  私たちは、『三国志』的に言えば、いわゆる「第三の極」として、今、現れてきているものだと思います。

 

「新・日本国憲法試案」から読み取る「宗教立国」の志

 大川隆法総裁は、2009年の立党直後に「宗教という精神的主柱を立て、新しい国造りを行う」という理想のもと「新・日本国憲法試案」を発表しました。

〔前文〕

 われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球すべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新・日本国憲法を制定する。

〔第一条〕

 国民は、和を以て尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。

 また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。

〔第二条〕

 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。

参考

幸福実現党の宗教思想

   「宗教立国」とは人々の幸福を願う神仏の理想に基づく国造り

生まれ変わりの仕組み

 人間はそれぞれの目的と使命を持ち、あの世からこの世に生まれ、さまざまな経験を通して魂を磨いている存在。この世の人生は、永遠の生命の中で、魂を向上させていく魂修行の機会です。

 幸福実現党は、神仏の存在を認めています。神仏はすべての人々の限りない幸福を願っており、「宗教立国」とはその願いに基づいて国造りをしていくことです。

 古代ギリシャの哲学者プラトンは、神仏の願いを体現した人物が政治を行う「哲人王」の思想を説きました。幸福実現党は、このプラトンの理想をも超え、国民一人ひとりが神仏の願いに目覚め、理想実現のために努力していく国のあり方を目指しています。

 その前提として、人間は「神仏の子」であるから尊いという考え方があります。これは仏教、キリスト教をはじめとする世界宗教の教義に共通する普遍的な人間観です。私たちは悪いことをすると後ろめたさを感じ、他人の役に立てるとうれしく感じるもの。こうした「良心」の存在が、「神仏の子」であることの一つの証明です。

 神仏の子が理想を実現していく中に、国の方向性が正しく定まり、平和と繁栄が実現されるのです。

 

理想的な「宗教立国」日本が地球の平和と繁栄を導く

 日本には古代から、神道をベースに、儒教、仏教、キリスト教など、多様な宗教を取り入れてきました。神仏を敬い、高い精神性を持つ国民が国力を高め、日本を大国へと発展させました。戦後の誤った教育で自虐史観が蔓延し、一時的に宗教心を失っているものの、日本は本来、理想的な「宗教国家」だったのです。私たちは、新時代の「リーダー国家」として責任を果たさなくてはなりません。

 

日本が国際社会で果たすべき役割

 地球全体の平和の実現には、「人は皆、神仏の子」という宗教思想がカギとなります。宗教の違いを超えた神仏の根源的な理想に心を合わせれば、言語や肌の色の違いを乗り越え、お互いに愛し合い、信じ合うことができるのです。

「宗教が争いの元になる」という意見もありますが、宗教のない国のほうが、迫害や粛清で多くの人が亡くなっています。宗教間の争いは、「他宗への理解」と「寛容の精神」で乗り越えられます。これを世界に教えられるのは、多様な宗教を受け入れ、融合させてきた日本以外にありません。「自由」や「民主主義」といった神仏が願われる価値観を持つ国が力を合わせ、野心を持った国に悪を犯させない仕組みも構築すべきです。

 地球規模の繁栄は、それぞれの国が、自立心と自助努力の精神を持つ優れた個人を多数生み出していくことで実現できます。日本のような先進国は、経済発展を成し遂げた「勤勉さ」や「他者への思いやり」といったマインドと高い技術を教え、途上国を導く「高貴なる義務」があります。移民を受け入れるなどして人材を育て、途上国が自力で発展できるようにすることも必要でしょう。

 そうして各国が生み出した製品を世界中に流通させる自由貿易を促進します。各国が強みを生かし、助け合うことで、地球全体を豊かにしていけるのです。

 

世界の繁栄

 自助努力や勤勉さ、思いやりといった、経済を発展させる正しい価値観が広がることで、各国の人材のレベルが上がり、高付加価値の製品やサービスが生み出される。

 世界のヒト・モノ・カネ・情報がかつてないスピードで各国を行き来する。たとえば、国のリーダーとなる人材を育てるために、先進国は途上国の移民を受け入れるなど、人材交流を活発にする。

 自由貿易が進み、各国の異なる強みを生かした製品やサービスの流通が活性化する。

 

「宗教立国」と「自由の大国」を地球レベルで実現する

 「自助努力」や「自己責任」をうたう幸福実現党の政策を、やや厳しいと感じる人も多いかもしれません。しかし、その根底にあるのは、「人間は神仏の子で、無限の可能性がある」という宗教的確信であり、「自由の中で自分の人生を切り開き、他人や社会に貢献する喜び、幸福感を味わってもらいたい」という愛の念いです。

 国家運営の土台に宗教を置く「宗教立国」、個人の可能性を開花させ、国力を最大化する「自由の大国」。これが世界を幸福に導く「国のかたち」だと考えます。

 幸福実現党の理想はすでに日本を超えています。地球すべての人の幸福を願っている、スケールの大きな神の願いを受けてつくられた政党だからです。

 「日本と地球すべての平和と発展・繁栄」(『新・日本国憲法試案』より)を実現することが、幸福実現党の活動の目的であり、究極の理想です。

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