「孫子・虚実篇(第六章)」に読むビジネスリーダー

主導権を握る

 敵より先に戦場に行き、敵を迎え撃てば余裕を持って戦える。逆に遅れて行けば、戦いは苦しくなる。であるから、名将は人を致して人に致されず。「人を致して人に致されず」とは、「相手に左右されず自分が相手を左右する立場に立つ」ということ。つまり、主導権を握るという事です。

 ビジネスの世界の戦略でも、競争相手に主導権を握られるのと、こちらが主導権をもつのとでは、結果に大きな違いが出る。

 主導権を握るための戦略とは何かという観点から、二つのパターンを孫子は考えていると思われる。

 一つは、チャンスが到来したときに主導権を握れるように、自分の準備を整えておくという戦略である。敵がやって来ないことをあてにするのではなく、いつ敵が来てもいいような備えを自分がもつことを頼みとするべし というのである。その備えがあれば、敵が来たときにも主導権を握るような戦術をとれる余裕があるであろう。

 主導権を握る戦略の第二は、変幻自在に敵の裏をかき、スピーディーかつ徹底して自分の戦術を変化させることで、相手を翻弄し、疲れさせ、そこから相手の虚を多くすることである。そうして生まれる虚をつけば、主導権を握れるし、一気に勝てることもある。

 軍事の戦略の場合は、戦場の敵が「致す」対象としての「人」となるわけだが、企業の戦略の場合は、人とは二種類ある。競争相手と顧客である。

競争相手という人に対しての、「致して致されず」というのは、競争相手に対して主導権を握るということである。

 顧客に対して「致して致されず」とは、顧客に対して主導権を握るということである。それは、積極的に顧客に対して働きかけ、発信していって顧客の潜在ニーズに訴えかけるということになる。顧客に対して「致す」企業とは、顧客に対して自分の主張をする企業である。顧客に「致される」企業とは、ご用聞きのように顧客の言いなりになる企業である。孫子の戦略からすれば、自分の主張をして主導権を握ることのできる企業が大きな成功を収めるということになる。もちろん、その主張が顧客の真のニーズに合致しているという大前提はあるが。

 こうして、競争相手に対しては競争の主導権を握り、顧客に対しては大いに主張して顧客を導くような企業が大きな成功を収める。その両方の意味での「人に致して人に致されず」が戦略の真髄の一つなのである。

 仕事や人間関係で主導権を握りたいのであれば、何よりも先手必勝が大事です。先にマーケットに参入すれば有利に事業を進めることができ、後れてマーケットに参入すれば不利な競争を強いられる。ゆえに、優れた経営者は、ライバルに先んじて、ライバルの戦略に乗せられることなく、ライバルが自分の戦略に有利な行動に出るように仕向けて、主導権を確保する。

 先回りして先手を打っていれば楽に余裕を持ってできるのに、ギリギリになって、後手後手となり、慌てて手を打っても結局手遅れとなることがある。先行管理ができていないのである。先行管理とは、1ヵ月後、2ヵ月後、3ヵ月後、できれば半年後くらいまで見通して、今何をすべきかを考えていくマネジメントを言う。商談が成立するのに3ヵ月程度かかるのであれば、最低でも3ヵ月後か4ヵ月後までの受注見込を把握して手を打っておかなければならない。当月の売上が足りないからと言って、焦って手を打っても、商談成立までには3ヵ月かかるわけだから、時すでに遅しである。3ヵ月後、4ヵ月後の受注見込、売上見込が少ないことが把握できた時点で手を打つ。ここで手を打っておくから、3ヵ月後、4ヵ月後に成果が出る。前月の売上結果を集計して、あれが良かった、これが悪かったと結果管理をしているようでは話にならない。

 営業部門がこうした先行管理にシフトできると、仕入購買から生産計画、資金繰りまでが先行管理で、先手を打てるようになる。会社に余裕が生まれ、経営の質がかなり上がる。

先行管理、先行指標によって受身経営から脱却せよ

 受注や売上などは、結果として出てくるものであって、これを見ているだけでは結果指標による管理だと言える。実際、受注や売上の前には、新規の見込創出数や、そのために行われる営業マンの訪問件数や電話本数などの活動がある。先行指標とは、これら結果が出るまでのプロセスにおける指標のことを言う。

『先に戦地に処りて、敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。』第六章 虚実篇

 先に戦場に着いて敵軍を待ち受ければ、余裕を持って戦うことができるが、敵より遅れて戦場に着き、休む間もなく戦わなければならないとしたら、苦しい戦いになる。それは分かり切ったことなのだから、戦上手は先手を打って敵を思うように動かし、決して敵の思う壺にはまったりはしないのだと孫子は説いた。

 大切なことは、敵の考えを読むことである。敵が何を考えているか、どういう判断をするかが分かれば、自ずからこちらは先回りできる。

『能く敵人をして自ら至らしむる者は、之を利すればなり。能く敵人をして至るを得ざらしむる者は、之を害すればなり。故に、敵、佚すれば能く之を労し、飽けば能く之を飢えしめ、安んずれば能く之を動かす。其の必ず趨く所に出で、其の意わざる所に趨く。』第六章 虚実篇

 敵軍をこちらの思うように動かすことができるのは、敵の利になることを見せて誘うからである。敵軍が思うように動けなくなってしまうのは、動けば敵の害となるように仕向けて動けなくさせているのである。だから、敵が優位な状況にいれば、それを切り崩してその兵力を減殺することもできるし、敵が充分な食糧補給ができていれば、その補給を断って飢えさせることもでき、休息している敵には、動かざるを得ないようにさせることができる。敵が必ずやってくるであろう地点に先回りして出撃し、敵が予期していない地点に急襲をかけるのである。

 交渉ごとで自分の利益や都合を出すのは厳禁です。相手を思い通りに動かしたいときや説得したいときは、そうすることによって相手が得られるメリットを強調することです。

 先行指標をマネジメントすることで、マネジメントのサイクルを速くすることができる。

 経営が先行管理になって、余裕ができたら、今度は顧客のニーズを先回りし、顧客をこちらのペースに巻き込んでいくことを考える。顧客がまだ気付いていない時点で、顧客がまだ感じていない時点で先回りする。顧客が予想していない、そこまで期待していないニーズを創造し、そこを急襲するのである。

 先行指標を設定することで、結果が出た後で反省するのではなく、途中段階で早めに手が打てるようにマネジメントサイクルを短縮して行きます。行動修正機会が増え、そのタイミングが早まることで、達成可能性が大幅にアップします。

 企業の力がその市場の中で強ければ、シェアを拡大してトップの座を守り、ライバル会社の商品と競合させて競争し、力が同等であれば全力で戦い、シェア拡大がむずかしい場合は、その市場から撤退し、その「すきま市場」をねらう。  技術力に自信があるからと、小さい企業なのに強気の戦略をたてるのは、営業力のある大企業に利用され乗っ取られるだけである。

 企業のあり方も、ライバルの優位なところ(商品・マーケット等)で競争するのを避けて、ライバルの手薄なところで競争するようにして、主導権を握るべきである。

 

差別化戦略

 困難に見える事業でも、ライバルの参入していないマーケットで展開すれば、失敗の恐れは少なくなる。ライバルの弱点を逆手にとって事業展開すれば、新規参入しても成功できる。

 ライバル会社が強大で、資金も人員も相手が優っているようであれば、真正面から対決することは避けるべきです。「強者」に対しては、マーケティングでもよく使われる「差別化戦略」をとることです。

 強者は弱者を潰してさらにシェアを広げるために、真正面からの対決を挑みます。この戦略は特に「ミート」と呼ばれています。弱者としては、この強者の「ミート」をできるだけ避けるような戦略をとらなければ生き残れません。

 それには、まず相手の動向を探り、観察することによって基本戦略を知り、差別化する必要があります。先行したヒット商品の二番煎じで売り出す戦略もありますが、これは一時的な売上しか見込めません。長く生き残るには、マネではなく、違いを出すために敵情を探るのです。

 自軍が近づいても敵が静まり返っているのは、相手が自らが位置する地形の有利さを頼みとしている。

『千里を行きて労せざる者は、無人の地を行けばなり。攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻むればなり。守りて必ず固き者は、其の攻めざる所を守ればなり。故に、善く攻むる者には、敵、其の守る所を知らず。善く守る者には、敵、其の攻むる所を知らず。微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな 神なるかな、無声に至る。故に能く敵の司命を為す。』第六章 虚実篇)

 千里もの長距離を遠征しても危険な目に遭わないのは、敵のいないところを進むからである。攻撃すれば必ず奪取できるのは、敵が防御していない所を攻めるからである。守る際に堅固であるのは、相手が攻めてこない所を守っているからである。だから、攻撃が巧みな者に対すると、敵はどこを守ってよいかが分からないし、防御が巧みな者に対すると、敵はどこを攻めてよいのかが分からないのである。微妙な戦いの妙は、無形であり、神業のような戦いは音もない。それによって、敵の生死を自在に操ることができるのである。

 事業展開するときに、ライバルの意表を突けば、ライバルは対抗できなくなる。撤退するときに迅速にすれば、損害は少なくてすむ。

『進みて迎う可からざる者は、其の虚を衝けばなり。退きて止む可からざる者は、速やかにして及ぶ可からざればなり。故に我れ戦わんと欲すれば、敵、塁を高くし溝を深くすると雖も、我れと戦わざるを得ざる者は、其の必ず救う所を攻むればなり。我れ戦いを欲せざれば、地を画して之を守るも、敵の我れと戦うを得ざる者は、其の之く所を膠けばなり。』第六章 虚実篇

 こちらが進撃しても、敵が迎え撃つことができないのは、こちらがその敵の隙(弱点)を衝いているからである。こちらが退却しても、敵がそれを阻止できないのは、それが素早くて追いつくことができないからである。そこで、自軍が戦いたいと思えば、敵が仮に土塁を高く積み上げ、堀を深くして籠城戦に持ち込もうとしたとしても、出撃して来ざるを得なくなる。それは、こちらが敵がどうしても救おうとする地点を攻撃するからである。自軍が戦いたくないと思えば、地面に線を引いて仕切っただけの陣地であっても、敵はこちらと戦うことができない。それは、敵の進路を欺き判断を誤らせるからである。

 困難に見える事業でも、ライバルの参入していないマーケットで展開すれば、失敗の恐れは少なくなる。ライバルの弱点を逆手にとって事業展開すれば、新規参入しても成功できる。

 相手が守っていない虚を撃てば、攻めに成功する。相手が攻めてこない虚を守れば、守りにも成功する。物理的な兵力の集中という実を避ける戦略である。そして、こうした戦略を変幻自在にとっていくうちに、相手が困惑してくる。敵は、自分たちのどこが虚でどこが実か、自身にも分からなくなってくるのである。そうすると、「敵 其の守る所を知らず。 敵 其の攻むる所を知らず」ということになる。そうして戦略の混乱した敵は、潜在的に力があったとしても、その力を現実には発揮できなくなって、敗れていく。

 

相手の出方がわかれば強気に交渉できる

 戦争においては、敵の意図や出方を察知することが肝要です。そのため、諜報活動を行い、さまざまなデータを分析し、情報として役立てます。敵の動向がわかれば、先回りして防御を固めたり、待ち伏せして迎撃したりすることができます。

 敵の意図を探るには、敵の立場に立って物事を考えることが重要です。

 ・今、自分が相手の立場だったらどのような心境になるか

 ・どのように戦況が映るか

というふうに、視点を変えることです。

 これを徹底すれば、自分だけの視点からでは決して見えないものが見えてきます。これは、ビジネスでも人間関係でも同じことが言えます。うまく人間関係が築けない人は、自己中心にしか世の中を見ることができないところに大きな原因があります。いわゆる空気が読めないというのは、自己中心的で視野が狭いため、自分が置かれた立場がわからないのです。

 常に相手を意識し、相手の意図がわかれば、自分がどう行動すれば有利になるか読めてきます。ビジネスでも、ライバル企業がどのような商品を開発し、どのような販売戦略を立てようとしているのか、どこに支店を出そうとしているのかが把握できれば、先回りして対策を立てられます。

交渉が決裂して困るのはどちらかを見極める

 相手の意図を探る重要性が如実に現れるのが、交渉の場においてです。交渉に臨むにあたっては、自分と相手の立場をよく理解しておかなければなりません。立場が強いほうが より強気な態度で臨むことができ、立場が弱ければ下手の態度に出て、相手の立場を引き出すようにしなければなりません。これを見誤ると、有利な立場にあるにもかかわらず、不利な交渉をしてしまいかねません。

 

選択と集中

 ビジネスの世界においては、不利な状況のまま競合相手との競争を強いられる場合もあるでしょう。そういうときは、ランチェスター流の局地戦や集中戦などの「弱者の戦略」が有効になってきます。兵力に劣る弱者が資本や規模で上回る強者と戦うときは、全面対決を避けて、相手の弱い部分をこちらの総力で叩く。このような一点集中型の戦いを選択すべきです。そこに いわゆる「選択と集中」が必要となってくるのです。

フォーカス戦略 小が大を制す

 競合があまり力を入れておらず、自社が得意で、しかも顧客ニーズの大きい分野に特化する ことが出来れば、その分野では勝てる可能性が出てくる。

 仮に敵の店が20人、こちらの店が5人で運営しているとすれば、敵はこちらの4倍の勢力であり、販売スペースも品ぞろえの規模でも圧倒され、勝ち目はほとんど無い。

 しかし、敵がⅠからⅣまで4分野を扱っていて、そのうちのⅣは20人中2人で細々とやっているとする。自社がもしこのⅣの分野に強ければ、こちらの5人すべてを集中させることで、Ⅳという局所では勝てる可能性が出てくる。

 小売業でいえば、大手は総じて顧客への目が行き届いていない。上得意客に対してはきちんとデータをとって接客しても、その他の大半の客には顔も名前も覚えぬまま、雑なサービスをしている。中小零細店はその弱点を突くべきなのです。

 こちらは、大企業の「ここだ!」と思う一点に狙いを定め、一点集中攻撃をかけるわけです。

 アイデアで勝負? サービスで勝負? 技術で勝負? 何か一つ相手に勝る物に戦力のすべてを賭けて勝負すれば、勝機が見出せるかも知れません。

 どんなに強大な相手でも、必ず守りが薄い場所があり、つけ込む隙があります。

 「ここが狙い目」という「時と場所」を定める事ができたなら、たとえどんなに遠くまで遠征しても勝てるし、それを見抜けなかったら戦力が分散され、お互いに協力し合う事もできないようになるのです。

 社員100人の会社が10万人の大企業と勝負する時は、1つの ニッチ な分野に戦力を集中させれば勝利できます。

 大企業は、10万人と言ってもいろんな製品を扱っていて、数多くの部署に人材を分けて配置しているので、某製品を扱う大企業の課は10人前後ということがあります。そのため、某製品に特化した100名の中小企業は、その分野においては大企業の10名の課よりも多くの戦力を保有しており十分に戦うことが可能です。

『善く将たる者は、人を形せしめて我に形無ければ、則ち我は専りて敵は分かる。我は専りて一と為り、敵は分かれて十と為らば、是れ、十を以て其の一を攻むるなり。我寡なくして敵衆きも、能く寡を以て衆を撃つ者は、則ち吾が与に戦う所の者約なればなり。』第六章 虚実篇

 戦上手な将軍は、敵には陣形を露わにさせ我が軍は秘匿して無形を維持するから、我が軍は(敵の動きが分かっているので)兵力を集中させることができ、敵軍は(こちらの動きが分からないので)兵力を分散させることになる。我が軍は、一点に兵力を集中させ、一方の敵軍は、分散して10隊に分かれたとすると、敵の10倍の兵力(敵が自軍の10分の1の兵力)をもって攻めることができる。我が軍の兵力が全体としては少なく、敵軍の方が多かったとしても、その小兵力で大兵力を打ち破ることができるのは、個々の戦闘において、兵力を集約させ、集中して敵に当たるからである。

 相手はどこから攻撃されるかわからないわけですから、当然あぶない所を全部守備しなければなりません。たとえば、その守らなければならない場所が10ヵ所あったとしたら、兵を10に分けて守る事になります。  こちらと相手のもともとの戦力がほぼ同じ場合、その10ヵ所のうちの1ヵ所に、こちらの戦力をまるまる使うとすれば、10の戦力で1を攻撃するという事になる。その場所に関しては、相手の10倍の戦力で攻撃できる事になります。

 自社と競合の経営資源を冷静に見極め、敵に味方の兵力を悟られないようにしながら、フォーカス戦略をとることが重要である。 

『吾が与に戦う所の地は知る可からず。則ち敵の備うる所の者多し。敵の備うる所の者多ければ、則ち吾が与に戦う所の者寡なし。故に、前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なく、左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なく、備えざる所無ければ則ち寡なからざる所無し。』第六章 虚実篇

 我が軍が兵力を集結させて戦おうとする地点を敵は知ることができない。したがって、敵が多くの地点に兵力を配備しなければならなくなる。敵が備える地点が増えるほど、それぞれの地点で我が軍と戦う兵力は小さくなる。すなわち、前方に備えようとすると後方が手薄になり、後方に備えようとすると前方が手薄になる。左翼に備えようとすると右翼が手薄になり、右翼に備えれば左翼が手薄になるのであり、すべての方面に備えようとすると、すべてが手薄になってしまう。

 敵が大軍であっても、兵力を分散させてしまえば、恐れるには足らないと孫子は説いた。こちらは一点集中、一点突破である。

 

主体的に戦略ストーリーを描け  

 主体性を持って経営に取り組むこと。競合先や親会社や景気などに左右され、受身の経営をしていては、いつまで経っても儲かるようにはならない。仮に規模が大きくなっても、守りで兵力が分散して、一点集中で攻めてくる新興企業に撃破されることにもなりかねない。

 自社が主導し、構想し、主体的にビジネスモデル、戦略ストーリーを構築することができていれば、どんな競合企業とも有利に戦いを進めることができる。そもそも不利な戦いには近寄らないようにしていけば良いことになる。

『寡なき者は人に備うる者なり。衆き者は人をして己に備え使むる者なり。故に、戦いの地を知り、戦いの日を知らば、千里なるも戦うべし。戦いの地を知らず、戦いの日を知らざれば、左は右を救うこと能わず、右は左を救うこと能わず、前は後を救うこと能わず、後は前を救うこと能わず。況んや、遠き者は数十里、近き者は数里なるをや。以て吾れ之を度るに、越人の兵は多しと雖も、亦た奚ぞ勝に益せんや。故に曰く、勝は擅ままにす可きなりと。敵は衆しと雖も、闘うこと無からしむ可し。』第六章 虚実篇

 兵力が分散して薄くなってしまうのは、相手からの攻撃に備える受身に回っているからである。兵力を集中させて優勢にできるのは、相手がこちらの出方に備えるように仕向けた主体的な立場だからである。もし、戦闘地点も分かっており、戦闘開始の時期(日時)も分かっていれば、仮に千里も離れた遠方であっても、主導権を持って戦うことができる。戦闘地点も戦闘時期も予測できず、受動的に戦わざるを得ないような場合には、左翼が右翼を救援できず、右翼も左翼を救援できない。また、前衛が後衛を救援することもできず、後衛が前衛を救援することもできない。一つの軍であっても、このような状態であるから、遠く数十里、近くても数里離れた別働の友軍支援などできるはずがない。

 

手段と目的を履き違えてはならない

 ビジネスにおいて、元々は手段として取り組んでいるものなのに、いつの間にかそれを行うこと自体が目的化してしまうことがある。たとえば、売上を上げるために受注を増やす。受注を増やすために新規訪問件数を増やす。新規訪問を増やすためにアポをとる。しかし、アポをとることばかりに集中していては受注につながらない。新規訪問件数を増やそうと決めて、それを評価指標にしたりすると、今度は訪問数ばかりを増やそうとする。受注を増やすためなのだから、そこから次へつないで、提案書や企画書を提出したり、相手のキーマンを攻略したりと深耕していかなければならないのだが、新規訪問を回る時間を優先してしまって、肝心な商談進捗が後回しになる。

 生産性ということを正しく理解しなければならない。生産性とはインプット分のアウトプット。インプットを増やすばかりでアウトプットが増えなければ生産性は低下することになる。インプットを人件費として、アウトプットをその社員の行動量だと考えれば、「同じ給料を払うなら、より多くの行動をしてもらった方が得」ということになるが、そのような部分最適を是としていては、会社全体の生産性が落ちてしまうことになりかねない。  

孫子は、局地戦で勝利したり、狙った領地を奪ったとしても、結果としてその戦争目的の達成ができなければ、「骨折り損」「時間の無駄」に過ぎないと斬って捨てた。企業経営においても同じである。経営者、リーダー、マネージャーは、手段と目的を履き違えてはならない。

 戦争、軍事行動はあくまでも手段であって、目的ではない。国益をもたらさない軍事行動は起こすべきではなく、勝算がなければ兵を動かしてはならず、危急存亡のやむを得ない状況でなければ戦争を仕掛けてはならないと、孫子は慎重論を貫く。敵に勝ったり、領土を拡張したとしても、そもそもの目的を果たすことが出来ていなければ、それは凶であると言う。目先の勝利に一喜一憂し、目的を見失ってしまう愚を指摘したのである。

 

相手の意図をつかむ

『之を策りて得失の計を知り、之を作して動静の理を知り、之を形して死生の地を知り、之に角れて、有余不足の処を知る。』(第六章 虚実篇)

 敵と対峙した時には、ただ敵の動きを見張るのではなく、敵に揺さぶりをかけ、軽く攻撃してみたりして、相手の行動基準や、いつ動き、いつ動かないかの判断基準をつかめと孫子は説いた。それができれば、敵の動きを先回りして攻撃したり、敵の狙いを逆手にとって、敵をこちらの思うように動かすことができるようになる。相手の動きを見てから動き出していては後手を踏むのである。

 

 

経営は水の如くあれ

 

 「手厚い場所を避けて、守りの弱い部分を攻めよ。水に形がないのと同じく、戦い方にも決まった形はないのである」と言っています。

 企業経営も、水の如く、柔軟に時代に合わせ、マーケットに合わせ、顧客に応じて形を変えなければならない。100年、200年と続く老舗企業も、創業時とまったく変わらない事業スタイルではない。時代に合わせて必要な変化を遂げて来たからこそ、世紀を超えて存続できている。

 水に形が無いように、軍は形を変える。敵の強いところでの戦いは避けて、弱いところを攻めましょう。水のように自由に形を変えながら攻めるのが効果的です。例えば、企画や提案を採用する立場の決裁者の人がなかなか攻め落とせない時は、「その決裁者の信頼している右腕の立場の人を攻めてその右腕から説得してもらう」「決裁者が可愛がっている孫が喜ぶプレゼントを贈る。孫に好かれる」など、攻めやすいところから攻めていく。

 経営方針も営業戦略も去年と変わらず、同じものであるとしたら、その方針や戦略に意味があるでしょうか。毎年毎年同じことしか言わないのであれば、それは方針でも戦略でもない。

 現場の個々の社員の仕事も、ルーティンな定型作業に陥っていないか再考してみる必要がある。毎度ワンパターンのお決まり業務になっていないか。5年、10年と同じことを繰り返していないか。大企業病にならないはずの中小企業なのに、官僚組織のような前例主義、形式主義に毒されていないだろうか。

 状況というのはあるものではなく、作るものだということです。ビジネスにおいても、競合が弱い部分、弱いニーズ、弱い商品、弱い地域、弱い手法を攻める事によって勝つのです。そうした有利な状況を生み出すのは自分であり、そうした状況が整っているわけではないのです。

『兵の形は水に象る。水の行は高きを避けて下きに走る。兵の勝は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて行を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に、兵に常勢無く、常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。』第六章 虚実篇 

 軍の形は水に喩えることができる。水は高いところを避けて、低いところへと流れる。軍も敵の兵力が充実した「実」の地を避けて、手薄になっている「虚」の地を攻めることで勝利を得る。水が地形に応じて流れを決めるように、軍も敵の動きや態勢に応じて動いて勝利する。したがって、軍には一定の勢いというものもないし、常に固定の形というものもない。敵の動きに応じて柔軟に変化して勝利をもたらすことを神業(神妙)と言うのである。これは、五行(木火土金水)にも常に勝つものはなく、四季(春夏秋冬)にも常に一定のものはなく、日の長さにも長短の変化があり、月にも満ち欠けがあるようなものである。

 態勢は水の流れように変化させなければならない。水が高い所を避け低い方へ低い方へ流れていくように。充実した部分を避けて守りの薄い所を攻撃する。水に一定の形がないように、戦い方にも決まった形はないのである。

 うまく敵情のままに従って、変化して勝利を勝ち取ることのできるのが、計り知れない神業というものである。

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