「孫子・軍争篇(第七章)」に読むビジネスリーダー

損して得を取れ

 マーケットにおける後発の不利を克服するためには、「急がば回れ」の発想で、相手を油断させて、その間に自社に有利な展開に仕向ける戦略が必要になる。

ビジネスにおいて、一見損をしてしまうような選択こそ勝利への道であることが多々あります。勝利を急ぎ、利益を急ぐ人ほど利益が得られません。

 経営者には、長期と短期、全体と部分、プラスとマイナス、迂と直を見極める目が必要となる。現場の社員が焦って右往左往していても、泰然として進むべき道を示さなければならない。

 迂回して遠回りしているように見せかけておいて、実は先回りしているとか、後から出発したのに、先に到着するような、遠回りを近道に変える戦術を「迂直の計」と言う。  経営には正解はないから、それぞれの企業が一貫した考えを持って自社の経営を正解にしていくことを考えなければならない。他社がこうするから、競合がこう動くからと、相手の動きに合わせて右往左往しているようでは、「迂直の計」は実行できない。遅れて動いて、戦場に遅れて到着しているようでは戦いにならない。

『用兵の法は、将 命を君より受け、軍を合わせ衆を聚め、和を交えて舎まるに、軍争より難きは莫し。軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為すにあり。

 故に、其の途を迂にして、之を誘うに利を以てし、人に後れて発するも、人に先んじて至る。此れ迂直の計を知る者なり。』第七章 軍争篇

 軍の運用方法として、将軍が君主から命令を受けて、軍隊を編成し兵隊を集めて、敵軍と対峙して戦闘準備を終えるまでの間で、戦場への先着を争い、機先を制する駆け引きほど難しいものはない。その難しさは、遠回りの道を近道として、憂いごとを有利なものに変えていくことにある。だから、わざわざ迂回して遠回りしておいて、敵を利益で誘い出して動きを留め、後から出発したのに、敵より先に戦場に到着できるようにする。これができる人間は、遠回りを近道に変える『迂直の計』を知っている者である。

 回り道をしながら直進し、損をしながら得をする。たとえば、競争などの場合、回り道を迂回しておいて敵を油断させ足止めを食らわせておいて、こちらが速やかに行動すれば、結果的に相手より先に到着するといった具合です。

 それがなぜできるのか。全体観を持ち、長期戦略と短期戦術とが頭の中でつながっているからです。

 迂直の計という戦略は、おもに開発や販売競争で出遅れてしまったり、何かアクシデントが起きて不利な立場に追いやられたりした場合に応用できます。そのときの考えとして大事なのは、それまでの戦法を以下の3つの点で少し変えてみることです。

1 戦う場所を変える

 企業にとっての戦う場所には、生存領域・事業領域・販売領域があります。

2 戦う時を変える

 どの業界でも「よく売れる時期」というものがあります。しかし、後発メーカーの場合、同じ時期に戦っても、なかなか先発には勝てません。であれば、販売時期をずらすことを試みます。同業他社がこぞって売ろうとする時期をはずし、そこで独壇場を目指すのです。

3 戦うテーマを変える

 多くの会社は流行を後追いします。力のある会社なら、そこでも そこそこ勝負できますが、後発の会社は、多くのライバルたちの間に埋もれてしまうだけです。流行を別の観点から見て、付加価値を付け、流行の先取りをすることを考えなければいけません。 

『軍争は利たり、軍争は危たり。軍を挙げて利を争えば、則ち及ばず。軍を委てて利を争えば、則ち輜重捐てらる。

 是の故に、甲を巻きて利に趨り、日夜処らず、道を倍して兼行し、百里にして利を争えば、則ち三将軍を擒にせらる。勁き者は先だち、疲るる者は後れ、則ち十にして一以て至る。五十里にして利を争えば、則ち上将を蹶し、法は半ばを以て至る。三十里にして利を争えば、則ち三分の二至る。』第七章 軍争篇

 軍争はうまくやれば利となるが、下手をすると危険をもたらす。もし、全軍を挙げて利を得ようと動けば、組織が大きくなって動きが鈍くなり敵に遅れをとることになる。だからと言って、全軍にかまわず利を得ようとすれば、動きの鈍い輜重部隊が捨て置かれることになって、兵站の確保ができない。軍争においては、鎧を外して身体に巻き、身軽になって利を得ようと走り、昼夜を分かたずに行軍距離を倍にして強行軍を続け、百里も離れた場所で利を得ようとしても、上軍・中軍・下軍の三将軍とも捕虜にされてしまうようなことになる。強健な兵士は先に進むが、疲労した兵士は落伍して行き、結果として十分の一ほどしか辿り着かないようなことになるからです。これが五十里先の利を争うものであっても、先鋒の上将軍が討ち死にし、兵も半分程度しか到着しないようなことになる。三十里先の利を争うものでも、三分の二程度しか辿り着かない。このように、軍争を有利に進めようと思っても、後方支援部隊を失えば行き詰まるし、兵糧が続かなければ敗亡することになり、財貨がなければこれも結局は負けてしまうことになる。

 

変幻自在の進撃

 相手企業の戦略を読めなければ、協力関係は築けない。そのマーケットの状況を熟知しなければ、事業展開をすることはできない。そのマーケットに精通している案内役がいなければ、マーケットを活かした有利な戦略を立てることはできない。

『是の故に、諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。』第七章 軍争篇

 諸侯の思惑をつかんでいないようでは、事前に手を結び同盟するようなこともできず、山林や険しい要害や沼沢地などの地形を把握していなければ、軍隊を動かすことができず、その土地に詳しい道案内を使わないようでは、地の利を活かすことはできない。

 

先回りして待ち受ける

 巧みな指揮官は、敵が動かざるを得ない態勢をつくって自在に敵を動かす。敵の利益になるエサをちらつかせ、これを得ようとする敵を意のままに動かす。敵の利によって敵を動かし、知らずに動く敵を万全の準備で待ち受けるのである。

 顧客ニーズを考えてそれに応えれば、顧客は喜んでくれます。しかし、孫子に言わせれば、「顧客のニーズに応える」という発想で終わってはダメです。顧客ニーズに応えるのが目標ではなく、顧客が動いた瞬間をとらえ、次の行動を予測することが大事と語っています。相手の考えを越えよ ということです。周到な意図で、まるでエサでおびき寄せるかの如くニーズをとらえよと言っております。

 人は自分の思い通りには動きません。しかし、相手の立場を考え、「きっと こうしたいのだろう」とわかったら、そこへと進む流れをつくるのです。当然、相手はそちらに行くでしょう。相手が望むことを手助けする。すると、相手が思い通りに動く瞬間が自然に生まれる。そこへ先回りして仕掛けを用意しておく。相手をサポートしつつ、自分の望む態勢への流れをつくることが大切です。

相手の不意を突いて物事を有利に運ぶ

『其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。』第一章 計篇

『故に兵は、詐を以って立ち、利を以って動き、分合を以って変をなす者なり』第七章 軍争篇

 戦いは敵をあざむく事で始まり、有利な方向へ動き、兵の分散と集中を繰り返しながら変化する。『兵は詐を以って立つ』というのは、『計篇』で登場した『兵は詭道(きどう)なり』と相通ずる。戦争は騙し合いだという事を もう一度ここで強調しています。もちろん、「迂直の計」もその騙し合いの一つ。迂回したかと見せて直進したり、奇襲をかけたかと思えば正攻法で攻める。陰と陽、静と動、そうやって騙しながら戦いを有利に導いていくのです。

 一見こちらが損に思える事というのは、敵にとっては有利に思える事なので、当然それに食いついてきます。そこを、速やかに裏を返し逆転する。もちろん、これには相手の事を充分調べておかなければなりません。敵の思考や動向を知らなければ駆け引きはできません。敵の国の地理を知らなければ、そこへ自軍を向かわせる事はできません。

意外なところを誉め、相手が心を開くキッカケとする

 営業で仕事を取るときの成否のカギは、「相手の心をどこまでつかめるか」にかかっています。人は誰でも「他人に認められたい」という欲求を持っています。自分を認めてくれる人には親近感を抱くものです。誉め言葉は相手の関心を買うことになり、誉めてくれた人間に好意を抱き、心を開くキッカケともなります。お世辞もしかりです。

本人も気づいていないような点を誉める

 下心のあっての誉め言葉や、誰でも言うような当たり前の誉め言葉は効果がありません。言われて当然といった意識があり、嬉しくありません。それより、本人も気づいていないような意外な点を見つけて誉めるのです。

 孫子の言うところの「その備え無きを攻め、その不意に出ず」です。

 

「風林火山」の如し

 事業展開するには、その状況に応じて、風のようにすばやく行動したり、林のように冷静に静観したり、火のように積極果敢に攻めたり、山のように動じることなく泰然と構えたり、臨機応変に行動することが必要である。

 仕事に真面目に取り組む時もあれば、楽しんで陽気に話す時、静かに聞く時、明るく周りを盛り上げる時、周りを落ち着かせる時、そのように状況に合わせて自分を変化させたり、組織を変化させることができる人が名将です。

 ビジネスでは、有利な状況を作り出すためにポジショニングをします。市場のトレンドの反対側にがら空きのポジションはないか? と裏をかきます。ほとんどの競合が提供しきれていないニーズはないか? 出店できていない立地はないか? 通販にできないか? など、「真逆」にニーズがないかを探します。そして、有利な状況を作るのです。一見して遠回りのように見えて、最短距離を見つけるのです。

 いきなり遠回りを近道に変えよう(迂直の計)としても、そう簡単にはいかないことがある。事前に準備しておく、備えておく、よくよく考えておく、ということが必要である。企業経営において、戦略実現のために、他社とアライアンスを組み、ネットワーク化によって事業を進めて行こうとすれば、それぞれの企業がどういう利害と意図を持っているかを事前につかんでおかなければならない。自社さえ良いという自社都合、自社の勝手だけで進むわけではない。  企業経営は自社だけで進めて行くことはできない。事業を大きくし拡げて行くためには、他社の協力を得なければならない。周辺事業者の協力を得て、良き事業パートナーとして共に成長して行くためには、彼らのビジョンや戦略、長期展望などを理解し、共有しなければならない。

 相手の戦略意図が分かれば、こちらがどういう価値を提供できるかが分かる。充分価値があると思えば、誰を窓口にして、何を切り口にして、どう攻めるかをよく考えること。

 こうした提携や連携、パートナーシップ推進で問題となるのは、自社さえ良ければそれで良いという考え方である。たとえ、こちらが購買側であったとしても、お互いのビジョンや利害を踏まえて、Win-Win の関係を構築しなければならない。すぐに近道、安易な道、楽な道を進もうとするのではなく、遠回り、難儀な道、手間のかかる道を進むようであって、それが近道だったという展開に持って行くのが「迂直の計」なのである。 

『故に其の疾きこと風の如く、其の徐なること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如し。

 嚮うところを指すに衆を分かち、地を廓むるに利を分かち、権を懸けて而して動く。迂直の計を先知する者は勝つ。此れ軍争の法なり。』第七章 軍争篇) 

 「迂直の計」の具体例として登場するのが「風林火山」の一説です。疾風のように早いかと思えば、林のように静まりかえる。燃える炎のように攻撃するかと思えば、山のように動かない。暗闇にかくれたかと思えば、雷のように現れる。兵士を分散して村を襲い、守りを固めて領地を増やし、的確な状況判断のもとに行動する。敵より先に「迂直の計」を使えば勝つ。これが勝利への道である。

 

意思統一

 組織が大きくなると、トップからの伝令も、口頭や身振り手振りだけでは、十分に浸透させることはできない。様々な媒体を使って、伝令をすばやく隅々にまで伝え、組織を統率して、同じ目標に向かって行動させるようにしなければならない。

 情報伝達、情報共有と単純に考えずに、組織を動かす時には、全員が納得し、共感し、魅力を感じる旗印が必要だと考えたい。旗印とは、理念や目的、将来ビジョンである。自分たちは何者で、何をしようとしていて、それが実現することでどういう価値が生まれるのかを共有するということであると言ってもよい。それに対して、全員が魅力を感じ、共感共鳴していなければ、日々のマネジメントをいくら厳しくしたところで、有効な行動は導き出せない。この旗印もなく、仮にあっても共有されていない状態で、朝から晩まで「あれやれ、これやれ」「仕事なんだから頑張れ」「給料もらっているんだろ」と社員の尻を叩いても、イヤイヤ義務感で形式的に仕事をしているフリをするだけで、自発的かつ有効な行動は導き出せない。

 そして、「気」「心」「力」「変」によって敵を制する。これも現代の企業経営に通じる。

 社員の気力、モラル、モチベーションは日々変化し、ちょっとしたことで上がったり下がったりする。この「気」をどう扱うか、どう高めていくか、どう敵よりも良い状態にするかが戦いを左右する。  

 次に「心」。リーダーが泰然として、冷静かつ客観的に意思決定を行うことがピンチの時ほど重要である。危機的状況に陥って、慌てて騒いでみたり、人のせいにして怒り狂ったり、泣いたり落ち込んだりしていては、組織を維持し、統率することはできない。窮地に陥った時にこそリーダーの真価が問われる。  

 敵、味方の「力」、戦力、戦闘力、力量の見極めも重要であり、無駄なことに労力を浪費せず、備えを充分にして敵に当たる段取りが必要となる。  

 「変」とは、時の流れ、状況の変化を見極め、時機を待つ力である。一糸乱れず整然と旗印を掲げて迫ってくる敵に攻撃を仕掛けたり、堂々とした布陣で攻めてくる敵を攻めたりしてはならない。場合によっては、撤退の意思決定ができる人間が、勝機を待って勝ちを得る指揮官にふさわしいと孫子は言う。 

『軍政に曰く、言うも相聞えず、故に金鼓を為る。視すも相見えず、故に旌旗を為る。是の故に昼戦に旌旗多く、夜戦に金鼓多し。夫れ、金鼓・旌旗は人の耳目を一にする所以なり。人既に専一なれば、則ち勇者も独り進むことを得ず。怯者も独り退くことを得ず。此れ衆を用うるの法なり。』第七章 軍争篇) 

 兵法書には、『口で言ったのでは聞こえないので、鉦や太鼓を用いる。手で指し示しても見えないので、旗や幟を用意する』とある。だから、昼間の戦闘では旗や幟が多く使われ、夜戦では鉦や太鼓をよく使う。鉦や太鼓、旗や幟などは、兵士たちの耳目を統一し集中させるために用いるものなのである。既に兵士たちの意識が統一されていれば、勇敢な兵士も勝手に進むことはできず、臆病な兵士も勝手に退散することはできない。これが大軍を動かす時の秘訣である。

 

事業展開

 事業展開するには、ライバル企業の士気が高く勢いがある時は避けて、その士気、勢いが衰えたタイミングを見計らうことで、自社の勢いをつけることができる。

 大軍を動かす時には、高い丘に陣取っている敵に立ち向かってはならないし、丘を背にして攻めてくる敵を迎撃してはならない。敗走しているように見せかけている敵を追撃してはならないし、敵を包囲した場合には逃げ道を残しておいてやり、自国に引き上げようとしている敵を遮って留めようとしてはならない。これが大軍を運用する時の原理原則である。

『三軍には気を奪う可く、将軍には心を奪う可し。故より朝の気は鋭、昼の気は惰、暮れの気は帰。故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて、その惰帰を撃つ。此れ気を治むる者なり。治を以て乱を待ち、静を以て譁を待つ。此れ心を治むる者なり。近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。此れ力を治むる者なり。正々の旗を邀うること無く、堂々の陣を撃つことなし。

 此れ変を治むる者なり。』第七章 軍争篇

 軍全体においては、兵士の気力を奪い取ることができ、将軍についてはその心を奪い取ることができる。朝方の気力は鋭く、昼には気力が落ちて、暮れ時には気力が尽きてしまうものである。

 戦上手な者は、敵の鋭い気力の時を避けて、気力が落ちて、尽きようとしている時を狙って攻撃する。これが気力によって制するやり方である。

 整然と統率された状態で、混乱して統制を失った敵を待ち受け、冷静な心境で慌てふためく敵と当たる。これが心理状態によって敵を制するやり方である。

 戦場の近くで遠くからやってくる敵を待ち受け、ゆっくり休んでおいて、疲れた敵を待ち、充分に食べて満腹になった状態で、空腹で飢えた敵と当たる。これが戦闘力によって敵を制するやり方である。

 また、一糸乱れず整然と旗や幟を立てて向かってくる敵に攻撃を仕掛けるようなことはせず、堂々とした布陣で臨んでくる敵にも攻撃をしない。

 こうした判断ができるのは、相手の変化を待って勝機を探ることのできるリーダーだからである。

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