「孫子・九変篇(第八章)」に読むビジネスリーダー

物事の利と害、表と裏、メリットとデメリットの両面を考えて判断する

 ビジネスでは、常に状況、ケースに応じて条件が変わるため、確実な方法というのは存在しません。「このケースならこの方法」と局面に応じて戦術の決定や、判断をしなくてはいけない。ハウ・ツウ ものの本に書いてあったから、著名な人が言っているからと言った理由で判断をしてはいけない。それがたとえ社長や上司の命令であっても、理にかなっていないものはおかしいということです。

 企業経営においても、蓄積された先人たちの智恵があり、過去の経緯などから訪問してはならない顧客があったり、やってはいけないことがあったり、攻めてはいけない地域があったりする。それを予め教えておけば、余計なトラブルも、無駄な手間もなくなるのだが。ろくに教えもしないものだから、新人や中途入社の人間が知らずに失敗することがある。

 智将は、常に物事の利と害、表と裏、メリットとデメリットの両面を考えて判断するものだと孫子は言う。有利なことがあっても、それで気を緩めたりせず、その不利な面も合わせて考えて手を打つから、成し遂げようとしていることを実現させることができる。悪いことがあっても、その裏の利点を考え生かそうとするから、思い悩むこともなく困難を乗り越えることができると説いた。敵が攻めて来ないだろうという憶測をあてにするのではなく、自軍に敵がいつ攻めて来ても良いだけの備えがあることを頼みとせよと説いた。

『用兵の法は、将、命を君より受け、軍を合わせ衆を聚むるに、圮地には舎ること無く、衢地には交を合わせ、絶地には留まること無く、囲地なれば則ち謀り、死地なれば則ち戦う。第八章 九変篇

 軍の運用方法として、将軍が君主から命令を受けて、軍隊を編成し兵隊を集めて進軍するにあたり、圮地(低地で足場の悪い不安定な場所)には布陣、宿営してはならず、衢地(交通の要衝)では諸国・諸侯との通信・親交を図り、絶地(敵国に入り込んで進退が難しい地)には長く留まらず、囲地(三方を囲まれて動きにくい地)では包囲されないように計謀をめぐらし、死地(四方を塞がれて逃げ場のない土地)では必死に戦うしかない。

 積み重ねられた過去の智恵を軽視してはならない。時間の経過、時代の変遷を経てもなお、有効なやり方やノウハウというものがある。過去の蓄積を活かしてこそ、現在の自分がそれを土台として更に積み上げていくことができる。

 組織にあっては、上司の命令は絶対的に近い大きな力をもっている。しかし、その中にも現場の状況にそぐわない誤った判断はある。そういうものに むやみに従ってはならない。現場を率いるリーダーの責任において、敢然と拒否すべきである。孫子は、そう説いて、上役の意向を忖度ばかりせず、ときには命に背く勇気や覚悟を持てと叱咤激励しているのです。 

『塗に由らざる所有り。軍に撃たざる所有り。城に攻めざる所有り。地に争わざる所有り。君命に受けざる所有り。』(第八章 九変篇

 たとえ君主の命令のもとに戦いを指揮しているとしても、軍には清軍してはならない道がある。攻撃してはならない敵軍がある。せめてはならない城がある。争奪してはならない土地がある。受けてはならない君命がある。

 これを経営やマネジメントに当てはめてみます。

 セオリー通りに事を進めればいというものではない。人とは逆のことをやった先に成功が見えてくる。独自の道を開拓したい。 

 ライバル会社を蹴散らすばかりが能ではない。自社の緊張感を維持するためには、ライバルはむしろいたほうがよい。自社の力量を切磋琢磨する大事な存在と捉えたい。

 ライバル会社の本丸を攻めて勝つのはよい方法とは言えない。悪戦苦闘は必至。そのために費やす時間とエネルギーを冷静に計算して事に臨みたい。 

 成長企業だからと安易に乗り出してはいけない。既に成熟市場になりつつあれば、あとは衰退に向かうだけ。金とエネルギーを投入する価値のある市場かどうかしっかり見極めたい。

君命

 上の命令に異議を唱える社員をむやみに斥けてはならない。それが会社の利益を思う心から処分覚悟で申し出たものなのかどうかを吟味するべきである。社員に対して聞く耳を持つリーダーでありたい。 

 企業経営においても、常に裏と表、プラスとマイナスの両面を見ることが重要である。こちらを上げれば、あちらが下がる。あることに力を入れれば、他が疎かになる。トレードオフの関係になっていて、それらが複雑に絡み合っているのが経営である。客数を増やそうと思えば、客単価が下がる。受注率を上げようと思っても、案件数、見込数が落ちれば意味がない。利益率を上げても、それによって売上が下がれば利益額は維持できない。将来のために人を採用すれば、人件費が増える。ある社員を登用すれば、他の社員はふて腐れる。客数が増え売上が増えたと喜んでいたら、それに伴ってクレームも増えたりする。しかし、クレームだと思ってガッカリしていたら、その中に新商品のヒントがあったりする。

 さらに、表と裏、利と害を見ようと思えば、定量情報と定性情報を合わせ見るということも重要である。たとえば、定量情報である売上高、販売実績データだけを見て、良い悪いを判断するようなことをしてはならない。仮に売上が増えていても、顧客が喜んで買ってくれているとは限らない。他社の商品が欲しいのに、それが欠品していたから自社商品が売れたのかもしれない。自社商品に不満があるのに、他にないから仕方なく買っていただけかもしれない。もしそうなら、他社が類似商品を出してくる前に、顧客不満足を消す商品改良を行わなければならない。それなのに、売上実績だけを見て喜んでいるようでは、「事実」はつかんでいても「真実」をつかんだことにはならない。

 

臨機応変

 「九変」とは、「その時々に応じて形を変える」という意味です。言い換えれば「臨機応変」という事である。

 孫子の中では色々な原則が語られます。その原則を充分に心得ておいて、臨機応変に応用する事が重要なのです。

『将 九変の利に通ずる者は、兵を用うるを知る。

 将 九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖も、地の利を得ること能わず。

 兵を治めて九変の術を知らざれば、五利を知ると雖も、人の用を得ること能わず。』第八章 九変篇

 この九変(九つの対処法)の効用をよく知っている将軍こそが、兵の運用法を弁えていると言える。将軍とはいえ、この九変をよく理解していなければ、戦場の地形を知ることができても、その地の利を活かすことはできない。軍を統率しながら、九変の術策を知らないようでは、五つの地の利を理解していたとしても、兵を充分に働かせることができないのである。

 臨機応変の効果に精通している将軍は、軍隊を上手く指揮することができる。臨機応変の効果に精通していなければ、地の利を得ることはできない。

 臨機応変に意志決定できる経営者は、部下を上手に働かせることができる。臨機応変に意志決定できない経営者は、マーケットの優位性すら利用することが難しくなる。

 

智者は利と害の両面で考える

 知恵のある経営者は、意志決定の際にメリット(利益、成果等)とデメリット(費用、リスク等)の両面から検討する。メリットになりそうな事でも、そのデメリットの大きさ、回避可能性、縮小可能性等を慎重に検討する事で目標を達成する事ができる。デメリットになりそうな事でも、そのメリットの大きさ、実現可能性、拡大可能性等を検討する事で、無用な心配がなくなり、ビジネスチャンスを逃しにくくなる。

『智者の慮は必ず利害を雑う。利に雑うれば、而ち務は信なる可し。害に雑うれば、而ち患いは解く可し。』第八章 九変篇

 智将が物事を考え、判断する時は、必ず利と害の両面を合わせて熟考するものである。有利なことにも その不利な面を合わせて考えるから、成し遂げようとしたことがその通りに運ぶ。害になる事でも、利益の面からも考慮すれば、無用な心配がなくなり、困難を乗り越えることができる。

 

他社との協力

 他社を利用するためには、共同事業をし、他社を奔走させるためには、利益を与える。人を動かすための極意とも言える。この仕事をする事が、多少利益があっても、害が大きいと判断すれば人は動かない。利があるような話をすれば、頼まなくても、自分で情報を集めるだろうし、具体的に利益を提示すれば、黙っていても動くものである。自身は動かず、他人に仕事をさせる為のテクニックである。

『諸侯を屈する者は害を以てし、諸侯を役する者は業を以てし、諸侯をはしらす者は利を以てす。』第八章 九変篇

 諸侯を屈服させるのは、受ける害悪を強調して意識させるからであり、諸侯を使役して疲弊させるのは、事業の魅力や利点を意識させ、マイナス面から目を背けさせるからであり、諸侯が奔走し右往左往するように仕向けるのは、目先の利だけを見せて害を意識させないからである。

 

戦略実現手段としてM&Aを考える

 企業経営で、敵の経営資源をうまく活用することができれば、何倍もの効果、価値を産むことができると考えられる。  たとえば、競合企業だからと言っても、すべてにおいて利害が反しているわけではない。新商品や新規事業を開拓しているような場合には、敵でもあるが、一緒に認知度を上げ、啓蒙を進める同志とも言える。  競合がいて価格差、製品差があるから、顧客に説明しやすいこともある。競合先よりも自社の方が相対的に優位に立っていれば、比較対象にすることで自社を引き立てることも可能である。もちろん、こちらが劣位にあれば、領域、分野を絞り込んで優位な面を浮き立たせる。それも比較対象があればこそである。

 競合が新製品を出してきたり、低価格を実現した時には、「どういう意図や狙いで新製品を出してきたのか」「なぜ低価格を実現することができたのか」「なぜ今なのか」と一歩踏み込んで考えてみる。すると、競合企業の研究開発やマーケティングや仕入、調達などが自社に智恵やヒントをもたらしてくれる。参考になるのは競合だからこそである。それで単に後追いのモノマネをしたのでは、孫子の兵法を活用することにはならないが、自社にはないリソースを活用できるという点では、敵地での食料調達に通じるものがある。自社の代わりにいろいろ考えてくれていると思えば有り難い。

 「敵を殺そうと思うのは怒りの気持ち。敵の物を奪おうと思うのは恩賞がもらえるから」という事ですが、やる気を出させるためには、成果に見合った正当で公平な評価をしなければいけない。ビジネスの世界の人事管理に通じることです。

 自社の利を考え、冷静かつ客観的に事業を継続させ、発展させる道を探るべきである。

 孫子は、勝つこと、すなわち目的を達成することに集中し、ズルズルと戦いを長期化させてはならないと説いた。そうした戦いの本質を理解している経営者こそが、企業の命運を握る守護者であり、社員をリードし、企業を存続させる統率者であることを許される。  人口減少によるマーケット縮小で、じわじわとデフレが続く厳しい環境の中、競合とガチンコでぶつかりながら、特に智恵もなく小手先の値引き商法でなんとか切り抜けようとしても無理である。日本国内の人口減少はずっと続く。新興国マーケットの成長も地球環境や資源問題で限界がくる可能性が高い。勝たなければ生き残ることはできない。敵の資源を取り込むくらいのことは平然とやってのけなければならない。

 競合企業を憎んで叩き潰そうと考えるのではなく、貴重な経営資源として取り込むことを考えるべきである。

 M&Aで吸収した企業の社員とかの扱い。優秀な者は抜擢して昇進させ、充分な処遇を与える。こうすることによって企業の経営基盤を強化できる。

 

リスクマネジメント

 企業は様々なリスクに囲まれているが、リスクが発生しないことを期待するのではなく、リスクが発生しても対応できる準備をすることが経営管理の上で重要である。リスクマネージメントは、人の見えないところで地道に行い、事業展開する時は積極果敢に活動すべきである。

『用兵の法は、その来たらざるを恃むこと無く吾が以て待つこと有るを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻む可からざる所有るを恃むなり。』第八章 九変篇

 用兵の原則としては、敵がやって来ないだろうという憶測をあてにするのではなく、自軍に敵がいつやって来てもよいだけの備えがあることを頼みとする。また、敵が攻撃して来ないことをあてにするのではなく、自軍に敵が攻撃できないだけの態勢があることを頼みとするのである。

 敵が攻撃してこない事を願うのではなく、敵がしてこないように、こちら側が仕向けるという事ができるのです。たとえば、敵が「これは無理だ」と思うような強固な守りを固めたりしておけば、決して攻撃される事はないのです。

 

リーダーは五危に気をつけよ

 リーダーとして人を率いるためには、表と裏、利と害、長所と短所を使い分け、または同時に表出させて、マイナス面を消す胆力が求められる。そういうリーダーであってこそ、マイナスをプラスに転じながら、物事を成就させていくことができるのである。臨機応変に対応するものこそ優れたリーダーである。

 『九変篇』の最後に、将軍が過ちを犯す危険=間違い例として、『五危(ごき)』という5つを示しています。 

『将に五危あり。必死は殺され、必生は虜にされ、忿速は侮られ、廉潔は辱しめられ、愛民は煩わさる。凡そ此の五者は、将の過ちにして、用兵の災いなり。軍を覆し将を殺すは、必ず五危を以てす。察せざる可からざるなり。』第八章 九変篇

 将軍に五つの危険がある。過度に必死になると殺されやすくなる。過度に保身になると捕虜にされやすくなる。過度に短気で怒りっぽいと侮られて策にはまりやすくなる。過度に清廉潔白であると侮辱されて勝敗より名誉を重んじてしまうようになる。過度に思いやりが強すぎると心労が絶えなくなる。この五つは将軍が冒しやすい危険であり、軍隊を指揮する上で災いになる。

 これら5つは、将軍としての過失であり、軍隊を運営する上で災害をもたらす事柄である。軍隊を滅亡させ、将軍を敗死させる原因は、必ずこれら5つの危険のどれかにある。充分に明察しなければならない。

1 必死(保守的)

  決死の勇気だけで思慮に欠ける者は殺される

2 必生(怒りっぽい)

  生き延びることしか頭になく勇気に欠ける者は捕虜にされる

3 忿速(まじめ)

  短気で怒りっぽい者は侮辱されて計略に引っかかる

4 廉潔(やさしい)

  清廉潔白で名誉を重んじる者は侮辱されて罠に陥る

5 愛民(情熱的)

  兵士をいたわる人情の深い者は兵士の世話に苦労が絶えない

 経営者においても 五つの危険がある。利を追いすぎるとリスクが見えなくなる。保身に走ると弱みを握られることになる。短気になると冷静な判断ができなくなる。清廉潔白すぎると大義にこだわり過ぎて実利を失うことになる。思いやりが強すぎるとストレスが絶えなくなる。この五つは経営者が冒しやすい危険であり、企業経営において大きなリスクになる。

 何事もバランス感覚が大事。「まじめ」なのは結構ですが、「くそまじめ」では困るという事です。こだわり過ぎると、逆にそれが弱点となる。経営者に求められるのは、広く浅く、総合的に判断する能力であって、一つの事に集中して力を注ぐ事は、かえってマイナスになるという事を教えている。

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