人事システムの設計

人事システムの全体像

 人事システムは、次の5つのサブシステムから構成されており、それぞれのサブシステムの主要な課題は以下の通りとなっています。

・採用システム:どのような人材を採用するか

・配置システム:採用した人材にどのような仕事を与えるか

・評価システム:組織メンバーの能力や成果をどのような基準で評価するか

・報酬システム(報奨システム):評価結果に基づいて組織メンバーに給与等でどのように応えるか

・能力開発システム:業務遂行のために組織メンバーの能力をいかに開発していくか

 人事システムは、これら5つのサブシステムが協働して機能することにより、経営戦略の実現に貢献しているのです。

 これらのサブシステムから構成されている人事システムの目的とは どのようなものでしょうか。

 

人事システムの目的

 人事システムの主要な目的は以下の2点となります。  

戦略の実行を推進する

 トップ・マネジメントにとっての重要な仕事は、組織メンバーの意識を一定の方向に向けさせ、共通する組織の目的を達成できるように行動を起こさせることです。 

 マネジメントは、そのために様々な制度や施策を作っていきますが、それらの中でもとくに重要な役割を果たしているのが人事システムです。

 経営戦略の実現のための人事システムに関連する制度や施策としては、大きな施策から小さな施策までさまざまなものが考えられます。大きな施策の例としては、例えば、地方へ事業を全国展開するために営業力を強化しようとした時に、中途採用の人数を増やしたり、採用説明会を増やしたりという施策が考えられます。また、業績回復を図るために、管理職クラスを大幅に入れ替えるという施策を取ることも考えられます。全般的な営業力の強化のために、営業成績との連動部分の割合を高めるように報奨制度を変更するという施策も考えられます。小さな施策の例としては、組織メンバーのモチベーションを引き出すために、日常的なコミュニケーションの取り方・頻度を変えてみるというケースが考えられます。

 このように、組織構造に変更を加えたり人事システムを工夫するなどして、マネジメントは様々なレベルから組織メンバーの行動をコントロールしようとします。

 その目的は、経営戦略を実行に移し、実現していくことにあるのです。

 

長期的に人材を育成する

 企業組織を取り巻く環境は常に変化しており、そのスピードも速いのですが、一方、組織メンバーは一度その組織のメンバーになると、長期間在籍することのほうが多いようです。

 特に、日本企業では、その傾向も薄れてきているとは言え、「終身雇用」という言葉の通り、新卒で入社した企業組織に定年まで30年〜40年の間、勤め続けるという人が多くいます。

 その間、経営戦略は経営環境の変化に合わせて、適宜変更が加えられていきます。ある特定の戦略の実行にのみ適した人材を採用することにより、その戦略が変更になった時には、戦略と人材のミスマッチが発生してしまいます。そのため、経営戦略と人材の関係性は固定的に考えるべきではありません。

 短期的な視点では、経営戦略を実行する能力のある人間を採用、あるいは育成していくことは重要ですが、同時に、長期的な視点で、企業組織の将来を担うような新しい戦略を構想・実行していく潜在能力を持った人材を採用することも必要なのです。

 特に、長期的な視点で、組織の将来を担うことのできる人材を確保し、活躍の場を与えることができれば、その企業組織が将来も存続していく可能性は高まっていきます。

 人事システムには、短期的には戦略遂行力を高める人材の確保、長期的には戦略自体を構想できる人材の確保という2つの視点が必要となります。

 企業組織が将来にわたって存続し続けていくためには、自律的な行動・判断ができるマネージャを長期的に育成していくことが、人事システムの運用における大きな目標となります。

 人事システムの運用において、特に注意が必要な点としては、人材の教育・育成は能力開発システムだけに依存するものではなく、その他のシステムにも依存しています。

 例えば、配置システムを通じて、その人材に対してどのような仕事を割り当てていくかどうかも、人材の育成にあたっては大きな影響を与えます。

 また、評価システムの中に能力開発の視点を盛り込むことによって、組織メンバーの成長は促進されるのです。

 

トレンドの影響

 人事システムの目的は、社会のトレンドの影響も受けています。

 例えば、1985年に男女雇用機会均等法が施行される以前は、男性と女性で採用方法が異なっているという企業は多く存在していました。

 しかし、同法の施行により、性別の違いによって、差別的な取扱いをすることが禁止されたため、男女の区別によって採用区分を変えるのではなく、総合職・一般職という区分で分けるようになりました。

 社会のトレンドの変化に応じて人事システムも変化してきていますが、近年のトレンドとなっているものは、企業やその社員は良き企業市民であることを期待されているという点です。

 企業の社会的責任を考えるときに、法令等の遵守は当然のこととして、より積極的に社会へ貢献することが求められるようになっています。

 企業組織自体も社会を構成する一員であり、社会環境が整っているからこそ、企業組織はその目標を達成できていることを考えれば当然のことと言えるでしょう。

 例えば、トヨタ自動車では、2006年にそれまで複数の部署に分散していた社会貢献に関する部署を一つに取りまとめて「社会貢献部」を発足させました。同社の持つ技術やノウハウを活用しながら、「環境」「人材育成」「芸術・文化」や「交通安全」等の面で積極的に社会貢献を推進していくことが紹介されています。

 このような社会貢献活動を実際に行っているのは、一人一人の組織メンバーです。そのため、担当する組織メンバーが職務としての義務感で取り組むのではなく、自らが進んで社会貢献を行いたいという、自発的な意欲があることが望ましいのです。

 そこで、マネジメントには、組織メンバーの一人一人が良き企業市民としての意識を持つことができるように配慮する必要があります。計画に従って仕事が進められるようにするだけでなく、社会貢献活動に取り組みやすい職場作りが求められるのです。

 人事システムは、「採用」「配置」「評価」「報酬」「能力開発」の5つのサブシステムから構成されており、それらが相互に影響しながら機能を果たしています。

 人事システムも経営戦略実行のための機能の一つであり、環境や時代の変化に合わせて、その目的なども変わってきているのです。

 

人事システムの設計

 人事システムを設計するにあたっては、様々な要素を考慮に入れる必要があります。イアン・ベアードウェルらによると、人事システムの設計で前提とすべき事項には次の3点があります。

1 経営戦略

 人事システムは、経営戦略を実行に移していくために必要なものであり、経営戦略との整合性が求められるものです。 

 しかし、実際、営業力を強化したいという方針があるのに、事務職の応募者が多かったため事務職を多めに採用してしまったというケースや、欲しい人材ではなく、人事担当者として採用しやすい人材を採用してしまったというケースが見受けられます。

 このようなケースは、「人事部としての経済合理性」を優先させてしまった結果、会社全体の経済合理性を損なってしまっているということができるでしょう。

2 組織と人材のマネジメント戦略と財務状況

 経営戦略を実行していくために、必要だからと言って、自由に人材を採用できるわけではありません。

 人材を採用し、雇用を維持していくためには、充分な財務基盤が求められます。

 採用の場合であれば、企業組織の置かれている財務状況に応じて、採用人数やどのような人材を採用するか(若手かベテランか、即戦力優先か将来性優先か)、どのように採用を行うか等について考慮に入れる必要があります。

 また、どんなに人材を採用したいと考えていても、全社的な方針がリストラ実施であったり、アウトソーシングの推進であった場合、人材の確保は難しくなります。

 このように、企業組織の財務状況によっても、人事システムは制約を受けることになります。

 以前は、不況時のリストラとなると、能力開発のための研修は真っ先に削られる「費用」として考えられてきましたが、近年では、人材こそが競争力の源泉となるとの考え方が浸透し、「投資」として、コスト削減の対象から外す企業が増えてきています。

3 労働市場(内部・外部)

 人材の確保にあたっては、まず、企業組織内である内部労働市場に確保を求め、それが難しいようであれば、企業組織外部にある外部労働市場からの確保を試みることとなります。

 内部労働市場に人材を求める場合、考慮すべき点としては、組織内の人材は既に他の部署で仕事に従事しているということです。

 そのため、異動の手続きが必要となり、所属部署の上長との調整をする必要があります。

 また、どんなに欲しい人材であっても、本人に移動の承諾を得ることができなければ、人材を確保することはできません。

 企業組織の内部に獲得したい人材がいないようであれば、外部に人材を求めることになりますが、自社の求める人材が外部労働市場に存在し、かつ、転職可能な状態になければなりません。

 また、自社の提供する仕事内容が採用候補者にとって魅力的なものであり、かつ、自社内においても採用について納得してもらう必要があります

 当然、長期的な視点に立って内部で人材を育成していくという考え方もあります。この場合、特定の経営戦略の実行との整合性ではなく、将来実行される戦略を遂行できる対応力や、柔軟性を身につけるために より総合的な能力を開発できるようにする必要があります。

 このように、人事システムの設計にあたっては、全社的なバランスを考慮に入れる必要があります。同時に、全社としての組織と人材のマネジメント戦略との整合性を保たなければなりません。特に、事業を多角化し、たくさんの事業部門を抱えているような企業組織においては、こうした整合性が保たれなければ、企業組織全体のバランスが崩れてしまう可能性があります。

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