部下をやる気にさせるには

やる気は指示だけでは伝わらない 

 「もっとやる気を出せ!!」

 この言葉は、社長であれば誰もが一度は口にしたことがあるのではないでしょうか。

 しかしながら、繰り返しいって聞かせても、なかなかその社員の態度が改まることはありません。

 社長だけではなく、社員自身にとっても「やる気」をもって働いたほうが楽しいはずなのに、なぜうまくいかないのでしょうか。

 社員の「やる気」について考えるとき、社長として覚悟しなければならないのは、「やる気」とは基本的には社長自身の心のなかからしか湧いてこないということです。

 言葉で表現すると当たり前ですが、やる気のない社員を目の当たりにすると、ついこの当たり前のことを忘れてしまいがちです。

 社長としては、「給料を払っているのだから、その分やる気を出してもらわないと困る」といいたいところですが、問題はそんなに単純ではありません。

 やる気はあくまで気持ちの問題ですから、社長の指示によって一時的に態度が改まったとしても長続きはしないのです。

 

やる気のマネジメント

 では、どうすればよいかといえば、「やる気を出せ」という直接的な指示によるのではなく、社員が自らやる気を出すためにはどうしたらよいのかという具合に発想を切り替えることです。

 どのような環境が整えば社員がその気になるかを考えて、一つひとつ手を打っていくしかないのです。

 たとえば、会社の業績確保のためには、社長はありとあらゆる手を講じます。

 計画未達の可能性がある部門に対しては直接指導も必要でしょうし、日々の経営環境の変化にも早め早めに対応しなければなりません。

 つまり、業績確保のためには、きっちりとしたマネジメントが不可欠なのです。

 社員のやる気についてもこれとまったく同じことがいえます。

 社長や部門長には、自分が直接コントロールしている部下に対して、

 ・社長のやる気をどの程度高めておく必要があるか

 ・そのためにはどのような施策が必要か

 ・現時点で実際の社員のやる気はどの程度なのか

 ・あるべき水準までやる気を回復するにはどうしたらよいか

といった社員のやる気に対するマネジメントが求められているのです。

 会社の業績確保のためのマネジメントの場合も、「売上減少」という問題に対して、「売上回復」という裏返しの答えではマネジメントとはいえません。

 問題解決のためには、「なぜ売上が落ちているのか」という原因の絞り込みと、その解決策の立案が不可欠です。

 社員のやる気のマネジメントにおいても、単に「やる気を出せ」という叱咤激励だけではなく、やる気が出ていない原因究明とその対策を示したうえで、社員のやる気を引き出すように仕向けることが必要なのです。

 

適正なやる気度合い

 「社員のやる気をどの程度高めておく必要があるか」という表現をしました。この部分について、「全社員がつねに最大限のやる気でいるのがよいに決まっている」と考える方がいるかもしれません。もちろん、その状態が持続可能であれば それに越したことはありません。しかしながら、最大限のやる気をもって仕事をするということは、全力で脇目も振らずに仕事に邁進するということであり、全社員がそのような状態を続けていくことは通常不可能です。

 また、社員の資質によっては、通常は人並みだが、ここぞというときにはもの凄い瞬発力を発揮するという人もいれば、「突出することはないが、安定的に人並み以上のやる気を維持できる」というタイプの人もいると思います。

 さらに、役職の差においても求められるやる気の度合いは変わってくるはずです。たとえば、経営幹部であるのに、たまにしか人並み以上のやる気を発揮できないようでは不十分です。

 経営幹部には、社長に匹敵するようなやる気を常時発揮してもらわなければなりません。

 このように、やる気のマネジメントとは、社員の資質差、役職差なども把握し、個々の社員ごとに、そして部門や会社全体としてそれをどのように高い水準で維持していくかということなのです。

 

 

やる気を高める原則

 社員のやる気を高めるためには、さまざまな手法があります。

 仕事内容や社員個人の資質によって効果の度合いは若干異なってきますが、いずれにも共通するのが次の4原則です。

 ①経営理念の明確化と浸透

 ②仕事の価値の認識

 ③自己成長の認識

 ④平等で公平な評価

 どれも重要ではありますが、もっとも基本的な条件となるのが、①の「経営理念の明確化と浸透」です。

1 経営理念を明確化し浸透させる

 経営理念とは、「自分たちはこうありたい」、「社会に対してこのような貢献をしたい」といった会社が存在する意義を明文化したものです。

 私たちは、会社に限らずさまざまな組織に属しています。

 楽しむためだけの趣味の会もあれば、安心できる生活実現のための地域の自治会のような組織もあります。

 これらの会では、多くの場合、その会則の最初に「本会の目的」が示されており、会員は目的達成のために自分は何をすればよいのか、どのような心構えで臨むべきかを理解することができます。

 ところが、会社のなかには、この目的、つまり経営理念が作成されていないことも多く、またあったとしても非常に曖昧なもので、一般社員はその意味がわからない場合も少なくありません。

 社員のなかには、もっとも重要な組織のひとつであるはずの「会社」の目的がよくわからずに働いている人が多いのです。

 社員は人生の多くの時間を会社で使います。

 膨大な自分の時間を使っている会社は「いったい何をやろうとしているのか」、このことを社員が理解し、それに共鳴しているかどうかで「やる気」のベースに大きな差が生じることはいうまでもないでしょう。

 社長のなかには、「うちの社員は給料のために働くと割り切っているから仕方ない」と嘆く方もいるかもしれません。

 確かに、あえてこのような姿勢を示す社員もいますが、社員が魅力を感じるだけの理念を示せていないから、割り切るしかないのかもしれません。

 このように、経営理念が浸透しているかどうかは、社員のやる気を十分に引き出すための不可欠な条件といえます。

 それなしには、その他の施策の効果も限定的になってしまいます。

 経営理念に必要な条件としては、

・会社は社会全体に対して、顧客に対して、社長に対してどのような想いをもっているかを示すこと

・社長自身の考え・価値観で社長自身が作ること

・具休的なわかりやすい言葉で表現すること

などが考えられます。

 また、経営理念を浸透させるためには、その理念を作成するにいたった背景や理念実現のために どのような姿勢が必要か、などをきちんと伝えることが大切です。

 朝礼などで繰り返し説明したり、経営理念を書いた紙を事務所に掲げるなど、社員がつねにそれを意識する状態を作ることが有効でしょう。

2 自分の仕事の価値を認識させる

 たとえば、ある工場のラインで、毎日ひたすら「ねじ回し」の工程だけをやっている人がいたとします。いろんなパーツが流れてきますが、その人がやるのは「ねじ回し」だけです。最終的にそれがどのような製品になるのか、どのような使われ方をするのかはまったくわかりません。

 では、この人は長期間に渡って「やる気」を高い水準に維持することができるでしょうか? 

 いくら工場長が「もっと効率を上げろ」と怒鳴ったところで、それは難しいでしょう。

 一般の会社のなかでもこのようなことは起こっています。

 やっていることは毎日同じ定型業務で、その仕事を誰がどのように喜んでくれているのかまるでわからない。自分がやっている仕事の価値がまるでわからないのです。

 また、比較的仕事の価値がみえやすい営業マンについても考えてみましょう。

 ある営業マンは優秀で毎月1000万円の新規受注を決めてきます。

 ここでは、彼が自部門や会社に対して1000万円の価値をもたらしていることは明らかです。

 上司からも褒められて、それなりのやりがいを感じることはできるでしょう。

 しかし、それが長期間続き、もはや当たり前になったとき、彼のやる気はどうなってしまうでしょうか。

 このとき、彼に気づかせるべきは、社内的な価値ではなく、社外にもたらす価値です。

 彼が販売している顧客に対して、どのような価値をもたらしているのかをわからせることが必要です。

 さらには、顧客への価値提供を続けることによって、社会全体にも大きな価値をもたらしていることを認識させることで、営業マンのやる気は高まるのです。

価値の多重構造

 社長や部門長は、個々の社員がやっている仕事が社内的、社外的にどれだけ価値があるかを繰り返し説明することが必要です。

3 自分の成長度合いを認識させる

 アウトプットとしての仕事の価値だけではなく、社員自身の価値がどのように向上しているのか、つまり、社員の成長度合いを認識させることも重要です。

 人間は、「昨日できなかったことが今日はできるようになった」と実感したとき、大きな達成感を味わうとともに、さらに上をめざそうというやる気が高まるものです。

 この成長実感の度合いは、社員の保有能力によって変わってきます。たとえば、新入社員時代には、顧客とのアポが取れたことだけでも日々成長を感じることができます。ゼロからスタートした社会人としての基礎固めの段階ですから、日々能力向上が実感できるのです。ところが、中堅社員クラスになって一通りの仕事ができるようになると、「初めてできた」という仕事はどんどん減ってきます。

 「5年前の自分と今の自分は何も成長していない」と感じる人もいるでしょう。成長実感がなければ、「さらに上をめざそう」というやる気はなかなか湧いてきません。最悪の場合は、「こんなもんだろう」という具合に、淡々と仕事をこなすだけの習慣が身についてしまいます。

 社長としては、中堅以上の社員が「社会人平均レベル」の能力を発揮しているだけで満足できるはずはありません。彼らには、自分の右腕として経営幹部として奮闘して欲しいと考えて当然です。そこで、特に中堅クラスの社員に対しては、かなり意識的に自分の成長度合いを実感させる、「まだまだ成長できる余地があり、十分には成長していない」ことをわからせるために「刺激」を与える必要があります。

 そこで重要になってくるのが、会社として彼らに将来発揮して欲しい「会社(社長)の期待」と、社長自身が今後どのように成長していきたいのかという「個人の目標」を明確にして、擦り合わせることです。

 まずは、社長自身ができるだけ具体的にその期待像を示します。

 たとえば「3年後には現在の中堅幹部の誰かに営業部門を統括して欲しい」といった期待です。

 ここで、重要なのは期限をはっきりと示すことです。「そのうちに」、「将来的には」では現実味がありません。もちろん、無条件で誰かに任せるわけではありません。

 「営業部門を任せるためには、これだけの能力や実績が必要」とクリアすべきハードルを明確化したうえで、期待を示すことです。これは、会社(社長)として「こんな風に育って欲しい」という成長の方向性をはっきりと示したということです。

 次に重要なのは、社員自身の目標です。

 社長が密かに「彼であれば」と目星をつけていた社員がいたとしても、その社員の目標が「スペシャリストとして独立すること」として固まっていれば、彼の心に響くことはありません。

 しかし、「自分は営業のトップとして組織を動かしてみたい」と社長の期待通りの目標をもっている社員がいれば、その社員のやる気は強烈に刺激されるはずです。

 また、仮に漠然と「いつかは経営幹部になりたい」としか考えていなかった社員にとっても、めざすべき選択肢のひとつが明確に示されたことになります。

 自分の目標がクリアになり、大いなる成長のきっかけになるかもしれません。

 このように、特に成長とやる気が停滞気味の中堅幹部に対しては、会社(社長)としての成長期待を示し、彼ら自身に自分の将来の目標と真剣に向き合わせることが、非常に重要なのです。

4 平等で公平な評価を行う

 忘れてはならないのが平等で公平な評価です。

 「いくらがんばっても結局はあの人ばかりが評価される」「そもそも評価基準がさっぱりわからない」、こんな状態が続いていたら社員のやる気は高まるはずはありません。

 多くの中小企業では、社員の評価は社長自身の「さじ加減」で決めているのが現実です。

 社長としては、社員の能力や評価は十分に考慮しているつもりでも、それがあらかじめ明文化されていないために社長の恣意性が疑われるのです。

 社員も、多少の疑問を感じながらも「社長が決めたことだから」と最終的には納得します。

 しかし、決して好ましい状況とはいえないでしょう。

 中小企業のあるべき人事評価について、絶対に外してはならないポイントとして「平等」と「公平」の考え方について説明しておきましょう。

 「平等」とは、読んで字のごとく「全員が等しい」ということです。たとえば、社員10人に対する人件費の総枠が4000万円であれば、完全平等のなかでは一人一律400万円ということになります。しかし、経験や能力に差があるすべての社員に対して、一律支給は問題があることは明らかです。

 平等とは、「ある条件のもとで等しい」という意味です。たとえば、「男女雇用機会均等法」に規定されているのは、「他の条件が同じであるのに、男女という性別によってのみ差をつけてはいけない」ということ。能力の差による待遇の違いは禁止していません。また、会社の評価における「公平」とはあらかじめ決められたモノサシ通りに処遇する、つまりルールに基づいて差をつけるということです。

 重要なのは、「社長の頭のなかでは公平である」という理屈は通用しないことです。

 まとめると、社員のやる気を引き出すためには、たとえば、

 ・年齢の高低や社長との血縁開係の強さなどは考慮しない(平等)

 ・業績や能力の違いを十分に考慮して、ルールに従って評価に差をつける(公平)

という具合に、「何を考慮し、何を考慮しないか」というルールをあらかじめ示しておくことが重要になります。

 社員のやる気を十分に引き出すには、さまざまな工夫が必要です。

 そして、そのやる気を上手にマネジメントしていくことが求められます。

 不景気のなか、業績確保のために日々奔走している社長にとっては、随分と面倒に思えるかもしれません。

 しかし、長期的にみれば、会社の存続・成長には社員のやる気がもっとも重要な要素のひとつであり、その比重は時代とともに高まりつつあることも忘れてはならない。

 

戦前の経営者に学ぶ「情熱の灯し方」

参考

 部下がやる気になってくれず、実績が伸びない・・・そんな悩みを抱える上司は多いでしょう。

 ここでは、部下をやる気にさせる「リーダー学」について、松下幸之助や出光佐三など戦前の経営者の姿から学びます。

 

仕事の「先」にあるものを伝える

 妻と義弟を含め3人しかいなかった会社を、社員10万人を超える「天下の松下電器」へと成長させた松下幸之助。そんな経営の神様は、どんな小さな仕事の先にも「顧客の幸福」を描いた人でした。

 ある時工場を訪れ、つまらなさそうな顔で電球を磨く社員を見かけた幸之助は、「君、ええ仕事してるなあ」と話しかけ、こう続けたといいます。

 「この電球はどこで光っているか知っているか? あんたが磨いたその電球で町の街灯に明かりがつく。その街灯のお陰でどうしても夜遅くに駅から家に帰らなあかん女の人、いつも怖い思いをして帰っていた女の人が安心して家に帰ることができる。

 子どもたちが絵本を読んでいると、外が暗くなって、家の中はもっと暗くなる。そうなれば、絵本を読むのを途中でやめなあかん。でもな、あんたが磨いている電球1個あるだけで、子どもたちは絵本を読むことを続けることができるんや。凄いことじゃないか。あんたが電球を磨いていることで、子どもたちの夢を磨いているんや。子どもたちの笑い声が聞こえてこんか?」

 「物作りはな、物を作ってはあかん。物の先にある笑顔を想像できんかったら、物を作ったらあかんのやで。子どもたちの夢のために、日本中、世界中にこの電球を灯そうや」

 「雑務」だと思ってしまいがちな小さな仕事にも意味を持たせ、社員に誇りを感じてもらう。「我が社は人々の幸福に責任を持ち、すべての社員は共に幸福を生み出す仲間である」。そう信じていたからこその言葉でしょう。

 

トップの志に、社員が奮い立った

 「出光興産」の創業者・出光佐三も、大きな志で社員の情熱に灯をつけた人物です。

 石油市場の8割を欧米の石油資本が握っていた戦後当時。「日本再建にはエネルギーが不可欠だ」と考えた佐三は、自前のタンカー「日章丸(にっしょうまる)」を造り、イギリスによる経済制裁下にあったイランから直接石油を買い付けます。

 イランまでの航海は、イギリス艦隊から攻撃されかねない命がけの行為でした。たとえ無事帰還できても、欧米メジャーからの圧力で石油を売れない可能性も十分にありました。

 しかし、佐三から「石油国策確立の基礎を射止める」ための使命を託された乗組員は、「日章丸万歳! 出光興産万歳! 日本万歳!」という掛け声の下、果敢に職務に取り組み、イランの石油を積んで無事日本に帰還します。船長から乗組員一人ひとりまで、一致団結して勝ち取った成功です。

 その時の記者会見で佐三が語った言葉に、社員と共有していた思いが表れています。

 「一出光のためという、ちっぽけな目的のために五十余名の乗組員の命と日章丸を危険にさらしたのではない。国際カルテルの支配を跳ね返し、消費者に安い石油を提供するためだ」

 自分たちの利益のためではなく、より高次なる目的のために働いている。そうした使命感が、社員の情熱に灯をつけたと言えます。

 

 

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