ゼロベース思考
期末を迎える会社にとって、「来期こそ飛躍の年にしたい」と事業構想を練っている社長も多いことでしょう。ましてや、コロナという未曾有の困難の中、自社における戦略の見直しは喫緊の課題です。その際には、これまでの経験や常識からの「仮説思考」だけではなく、それらをいったん脇に置いた「ゼロベース思考」も取り入れてみましょう。
1 仮説思考とゼロベース思考
物事を考える際のスタイルには、大きく分けて「仮説思考」と「ゼロベース思考」があります。
前者は、これまでの自分の経験や知識、世の中で正しいとされている法則から、「たぶんこうだろう」と過去の延長線上で考えるスタイルです。
後者は、その名前のとおり、過去のことは考慮せずに何もない状態(ゼロベース)から思考していくスタイルです。
私たちは、通常、「仮説思考」をベースとして行動しています。何か問題が発生した際にも、また何か新しいことをはじめる際にも、過去の経験則から「こうすればうまくいくだろう」という仮説を立てて行動します。
仮説思考は、問題を構成している要素や枠組みが明確であり、どこにどのような手を打てば有効であるのかを分かっていることが前提となっています。
通常の状況においては仮説思考による問題解決のほうが効率的であり、また、科学的ともいえます。
しかし、現在のような「100年に一度の不況」「少子高齢化」「人口減少」など、かつて経験したことのないような劇的な環境変化のなかでは、従束の経験則に頼った仮説思考による問題解決法だけでは対応できないことも生じます。
その際には、従来の発想を取り払い、まったくのゼロベースで考えることも必要になってくるのです。
2 ゼロベースで飛躍的な成長を考える
たとえば、あるスーパーが「来期の売上をあと5%伸ばしたい」というときには、通常は仮説思考で過去の成功経験・失敗経験などを参考にして有効そうな販促策を立案します。
実際に過去からの積み上げでも5%成長は可能なことも多いでしょう。これまでのポイント制度の手直しなどが施策候補として考えられます。
しかしながら、これが「3年後に売上を倍にしたい」と考えるのであれば、経験則に基づく仮説思考だけでは不十分です。
これまでのやり方をがらりと変えて、ゼロベース思考で新たな戦略を見いだす必要があるでしょう。
同様のことは、
・今期の売上が前年対比95%に落ちた → 仮説思考で対応
・今期の売上が前年対比50%に落ちた → ゼロベース思考で対応
といった経営危機への対処方法に際しても当てはまります。
前年対比95%の場合の5%の落ち込みは仮説思考でさまざまな「たがを締める」ことで対応可能かもしれませんが、50%の減少は、明らかに市場環境と自社経営に構造的なズレが生じてきている結果であり、ゼロベース思考で事業そのものを再構築していく必要があるのです。
ゼロベース思考に必要な条件
1 過去をいったん否定する勇気も必要
ゼロベース思考はこれまで積み上げてきた自社や自分自身の常識・経験・知識・労力などをいったん否定することでもあります。
この「否定する勇気」、「切り捨てる勇気」をもつことがいかに大変であるかはいうまでもないでしょう。
たとえば、長年研究開発を行ってきた会社があり、Aという商品の商品化(実売上)までの道筋が見え始めてきているとしましょう。
これまでに相応の開発費と時間もかかっています。
しかし、現時点では競合の技術開発や市場ニーズの変化などが進んで、開発当初に見込んでいたほどの売上は望みにくい状況になっているとします。
市場の要求水準を商品Aの魅力度が上回っている期間が「売れる」回収期間です。実際に競合が厳しく、かつ開発に長期間かかるような商品ではこのような事態はよく起こります。
現時点で商品Aに対して考えられるスタンスは、大きく分けて以下の3つでしょう。
(1)もう少し開発を続ければ若干でも売上に貢献するのだからこのまま開発を続ける
(2)将来的にも売れ続けるように商品に改良を加えられないか検討する
(3)即時に開発中止を決定する
おそらく、多くの企業では(2)を検討すると思います。
もちろん、実際に改良に成功し長寿商品になればそれに越したことはありません。
しかし、検討の結果、改良のめどが立たないときでも、これまで使った開発費や時間を惜しむあまり、意思決定を先延ばししてしまうこともあるでしょう。
また、商品Aの開発責任者への配慮から、開発中止を決定できないかもしれません。
結果として(1)の選択に終わってしまうことが多いのです。
このような場合は、改良の可能性をできるだけ短期間に判断し、改良が難しいときにはゼロベース思考で開発を中止するという勇気をもつことが大切です。
環境変化が激しい現在、「開発中止」は珍しいことではありません。
また、開発責任者もしかるべき承認のもと開発を開始しているわけですから、開発プロセスに問題があった場合などを除き、その責を問われるべきではありません。
改良の見込みがない場合は、勇気をもって、たとえ回収までの期間が長くても、収益が見込めるまったく新しい商品Bの開発に注力していくことが必要です。
もっとも避けなければならない事態は、商品Aの改良のめどが立たないまま、さまざまなしがらみを払拭できずに、何となく商品Aの開発を続けていくことなのです。
また、新商品の開発段階だけではなく、現在販売している商品についても、将来的に市場の要求水準をどのように超えていくかについて常に検討しておくことが大切です。
2 ゼロベース思考のコツ
それでは商品Aの開発を中止して、すぐにゼロベース思考でまったく新しい商品Bの開発に着手できるかといえば、当然ながらそう簡単にはいきません。
これまでの経験・知識・しがらみなどをすべていったん脇に置いて文字通りゼロから考えるわけですから、ゼロベース思考での商品開発は仮説思考型のそれに比べて大変なエネルギーが必要になるのです。
また、ゼロベースで考え始めたつもりが、思案を巡らすうちに「常識のフィルター」を通過して、結局は商品Aと大差ないアイデアになってしまうこともよくあります。
実際にゼロベース思考を実践するために、どのような点に気をつければよいのでしょうか。
1 顧客志向を徹底する
一般消費者相手の事業でも、また、法人相手の事業でも、ビジネスには必ず「売り手」と「買い手」が存在します。
まずは、「売り手の事情」を忘れて、「買い手(顧客)」にとって何が必要かを徹底的に考えてみましょう。
ゼロベース思考が難しいのは、いったん顧客の立場に立って考え始めてみても、それを具体的な商品・サービスとして具現化させる段階で、どうしても自社や自部門の都合が入り込んでしまうところにあります。
「自社の事業規模」「保有技術」「各部門の力関係」といった事情を排除し、「一人の買い手」、「一人の素人」としての視点に徹するのです。
経営者のなかには、異業種から転職して革新的な手法で会社を大成功に導いた人がたくさんいます。その人達が共通して口にする成功要因は、「自分は業界知識がまったくない素人だった」ことです。
業界の常識などお構いなしで、ひたすら一消費者として「こんなお店があったらいいな」、「こんなサービスがあったらいいな」と考え続け、まさにゼロベース思考で成功しているのです。
最近では、形が不揃いな野菜やちょっとした傷がついた魚などいわゆる「わけあり食材」が人気を集めています。値段は2割~5割引程度と割安で、消費者の「(多少の不具合があっても)おいしくて安ければいい」というニーズに見事に応えています。
また、技術系の会社でも、社長が技術にはまったくの素人で、社長の「こんなことができたらいいな」という単純な思いを形にして成功している例がたくさんあります。
2 他業種の動向に注目する
同業他社の優れている点を学んで自社経営に取り込むことは多くの会社で実施されています。
単なるまねではなく、自社独自のノウハウに昇華させて活用しているケースも多いでしょう。
しかし、参考にできるのは同業他社に限ったことではありません。
むしろ、これまであまり注意を払っていなかった異業種の会社にこそ、新たな発見のチャンスがあるかもしれません。
商品開発以外でも、異業種の販促手法や人材育成策などにもゼロベース思考の参考になるような事例はたくさんあるはずです。
3 「どうしたらできるか」に発想を切り替える
斬新なアイデアを発想できても、あまり深く考えずに、「そんなことは無理だ」という結論を下してしまうことはよくあることです。四方八方から情報を集めて、「どうやっても物理的に無理」という判断なら仕方ありませんが、「常識的に無理だろう」という感覚的な判断で終わってしまうことがほとんどです。
問題解決において、やろうとしていることが「絶対に不可能である要因」のことをノックアウトファクターと呼びます。
アイデア実現が不可能と判断する前に、本当にノックアウトファクターが存在するのかどうか、何とかしてそれを解決することはできないかを十分に検討することが大切です。
さらに、高度な技術開発を伴わなくても「ノックアウトファクターもどき」を退治することは可能です。
ゼロベース思考によるアイデア創出は、まさにこのような「ノックアウトファクターもどき」との戦いになります。
「できない理由を探す」のではなく、「どうやったらできるか」に完全に発想を切り替えることが大切です。
逆に、「あらゆる検討をしたが、どう考えても解決できないノックアウトファクターが存在する」と判断した場合は、そのアイデアは、既に開発途中であっても即刻中止し、別のアイデア創出に着手すべきです。
ゼロベース思考による経営戦略
自社の経営戦略を考える際には、仮説思考だけではなく、ときにはゼロベース思考で考えて、これまで「無理」と考えていたことにノックアウトファクターは存在するのかどうか、さまざまな視点から検討してみましょう。
「そもそも」に立ち返る
ゼロベース思考とは、現在当たり前のように取り組んでいる施策について、「そもそもこれは何のために行っているのか」という原点に常に立ち返り、目的と手段を再確認することでもあります。
「(1)顧客志向を徹底する」というのも、「すべてはお金を払ってくれる顧客ありき」という商売の「そもそも」の原則に立ち返っているだけです。
このように考えると、毎日当たり前のように行っている業務についても、そもそも「何のために行っているのか」「その目的は正しいか」「目的達成のための手段は正しいか」について、定期的に確認してみるのがよいと思います。
日常業務についても、新たな目的や意義、最適な手段を見つけられるかもしれません。