長く継続させることで成果を最大にできる

   未来への羅針盤 No.295

 渡部昇一先生も『知的生活の方法』などに書いてあったと思いますけれども、普通、作品というのは、”量は書けない”のです。絵だって、書だって、小説だって、脚本だって、映画だって、マンガだってそうです。量が書ける人、ずうっと書き続けている人、ものすごく書けている人は、一定以上書き続けられると「質」に変わります。「量」を送り出せるということは、それだけのものがあるということです。

 それだけのシステムが自分のなかにできていて、さらに、”貯蔵庫”があるということなのです。そこから上げてきて、「高炉」でつくっては、送り出せるシステムができている。

 これは「大作家」、あるいは「大何とか」に当たるものがあるということなのです。この辺まで、やはり見なければいけないのです。

 

一定期間の成果だけで「頭の良し悪し」が決まるわけではない

 とにかく、嫉妬したりとか、いろいろなことがあると思いますが、小さなことにこだわっている人は、目先の嫉妬で、例えば、英検なら英検一級、二級でも、三級でも、「彼のほうが一年早く受かった」とか、そんなことがあると思います。

 ただ、それで頭の良し悪しが決まるわけではなくて、長い人生でいけば、十八で受かろうが、二十二で受かろうが、二十五で受かろうが三十で受かろうが、実際、その後の仕事との関係性で、それがどういうふうに有効に機能するかどうかが決まってくるのであって、それで「頭の良し悪し」が全部決まるわけでは、決してないのです。

 高校を卒業して大学に行かないで、旅行関係の専門学校みたいなところに二年ぐらいいて、英検の対策コースがちゃんとあるところでやっていて、二十歳で英検一級に受かっている人だっています。だけど、東大生だってほとんど受からないでしょう。受かる人はちょっとしかいないですよね。商社に行っても、受からない人はたくさんいます。

 だから、頭の良し悪しといっても、そんな簡単に一概に言えるものではないのです。「投下時間」と「集中力」と、「才能」もあるけれども、でも、それだけでは判定はできなくて、他のものもたくさんあります。

 目先の競争と、中距離の競争と、大距離の競争とを考えてみてください、ということです。小さいことで、あまり「勝った、負けた」など、競争しているようだったらあれだと思います。

 曽野綾子さんなども、かつて邪教の判断基準を書いたとき、全部私に当てはまるように書いてありましたが、しばらくして、他に悪い宗教がたくさん出てきたりしたあたりで、何かまずかったかなあと思ったらしくて、NHKの教育か何かに出ている時に、「私って思い込みが激しくて、勘違いが早くて、間違うことが多くて」と前置きしながら言っていることが、どうも謝罪をしているらしいな、というようなことがありました。

 他の変な宗教がいっぱい出てきたのを見て、「何か言いすぎたかなあ」と思ったらしくて、遠回しにそんなことを言っているのもありました。

 

問題を起こさず事業を続ける難しさ

 そういうもので、作家は分かると思います。ずっと本を出し続けられ、講演し続けられ、教団の活動を三十年以上ずっと続けられるというようなこと、大きな問題を起こさないで、世間的な小さなことは引っ掛かることは多少あるかもしれないけれども、大勢の人がいたら、交通事故を起こす人も免停になる人もいるかもしれないし、ちょっとしたトラブルを起こす人はいますけれども、教団の規模から見れば、極めて少ないです。

 国税庁が入ったときも、過去五年分に遡って経理資料を調べて、誤差が百万円もないということは、「どんな大企業に入ったとしてもありえない」と言われました。宗教でこんなことは信じられない、五年分遡って誤差が百万円も出てこない というのです。

 要するに、使途不明金がないということですよね。大会社ほど、使途不明金がたくさんあるわけです。

 首相官邸に行けば「官房機密費」といって、要するに使途が分からなくて、領収書を取らなくてもいい金が今、安倍さんにも十二億何千万かあります(説法当時)。

 これを公開すべきではないかと、今突かれているけれども、これは野党に寄付しても構わないわけです。野党を黙らせようとして、「その質問、やめてくれないか」と言って、「絶対明日質問してやる!」と言ってきたら、秘書が五百万円持って、「まあまあまあまあ、これ官房機密費で足がつかないから。選挙で必要なときもあるだろう」「盆暮れには自民党のほうにもみんな配っているから、引き取ってくれ」というふうに、入っているかもしれません。でも、これは買収にならない。絶対に証拠が出ないから。使っているかもしれません。これは想像です。分かりません。

 でも、首相だって12億円以上、使途不明金を使えるのです。外に出たらまずい金が結構ある。野党対策や、街宣でワアワアと悪口を言うような人々を黙らせるのに必要な資金として使っているはずです。

 会社にもあるのです。某出版社大手とぶつかった時がありますが、うちが抗議運動をしていた時に、三日目に警視庁の人が向こうから紀尾井町ビルに来て、「そろそろ、会社は必ず暴力団を雇いますので、三日きましたらそろそろ出て来る頃ですから、身の回りに気をつけてください」と、ご親切に、「宗教の皆様方は真面目なので一生懸命やると思うけれど、三日目でそろそろ出てくる頃ですから、身の回りに気を付けてください。『出版社はけしからん』とか言っているけど、そろそろ出てきますから」と言うのです。

 それは午前中に聞いたのですが、その日の夕方から、暴力団風の人があちこち、アジっている人たちのところにいっぱい出てき始めたのです。本当に。警察はよく知っています。

 会社が雇うのに使う、これがいわゆる使途不明金です。領収書を取れるようなものではないから、そういう金を持っているわけです。そういうものを使って邪魔をする。「某社は悪い」と言っていると、「何かまだやるんか。明日もやるんか。いつまでやるんだあ」みたいに、こう絡まれると、やっぱり怖いから止めるのではないでしょうか。こういう、派遣要員を雇うわけです。会社は皆、そういうものを持っているわけです。たいてい持っています。だいたい、暴力団系などいろいろなものを使うために、あるいは警察を黙らせるために握らせる金まで持っています。警察も一部、買収できるところもあります。田舎のほうならできるところがあるし、兵庫県警ぐらいになりましたら、暴力団と持ちつ持たれつやっているところがあるので、何とも言えないところがあると思います。

 

長く継続させることで成果を最大にできる

 とにかく、「大・中・小」を考えて、いろいろなことをその間に勉強しながら、量をたくさんこなすことです。

 秋元康さんのように、自分が本来、作詞家できていると思ったら実際は違っていて、チームをつくったり、競争させたり、いろいろな原理をつくっていて、実は企業家なのです。企業家として企業をいっぱい立ち上げてやっているような人もいるから、そういうふうに思っている人は成功が終わらない。ずっと長く続く方法をちゃんと知っているわけで、それは、いかに長く継続させて成果を最大にするかっていうことを知っている人たちです。

 こういう人たちから見たら、一曲当たってヒットしたかどうか、みたいなことで嫉妬したりしているのはバカバカしく見えるはずです。だから、やはりスケールが大きいのです。

 うちも、作家となど競争なんかしていません。作家は自分で出版社はつくれないし、自分で雑誌を作っても「三号雑誌」で終わります。

 だから、宗教の教祖というのは作家より偉いのです。それで大勢の人が食べていけて、さらに万能でいろいろな活動ができるし、月刊誌も三号で終わらない。本だって出せる。ですから、すごい負担能力はあるのです。これについてはだんだん認めざるをえないところがあります。

 そういうふうに、目標をもう少し大きく持って、遠大な目標と、十年ぐらいかけてこのぐらいまで行きたいという目標と、目先の「卒業まで」とか、「今年中に」とか、それはそれで効果ははっきり出るので。そういうものも持ってやれば、小成しないで、天狗にならないで済む。

 嫉妬心とか競争心もあるかもしれませんが、「大目標」まで持っていたら、勝敗がつくのはずっと先の話なので、気にしないで済むと思います。

参考

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