技術の進化が導く経営戦略の未来

参考・引用

 現代は、人間一人ひとりの知的許容量と、その集団である組織が処理できる作業総量とが、情報の収集・伝達・処理を支援する仕組みや技術、そして、体系化された教育と学習のプログラムの普及によって引き上げられている。同様に、研究、開発、生産、販売、保守といった事業活動の一連の流れを実行する際、過去には想像すらしえなかった大規模なオペレーションを、高い効率で実現できる各種の技術が提供されてもいる。

 人間自身の許容量が異なり、また人間が用いる道具としての科学技術と、その結実である機械やシステムが異なるのであれば、それに基づく行動の形が大きく異なるのは当然であろう。

 未来予測は極めて難しい。また、長期的な技術動向を詳細に語るのは経営戦略の議論から大きく外れるところでもある。

 

 

3つの経路から考える 技術が経営戦略に与える影響

 技術は経営組織にいかなる影響を与えるのか。この問いを考えるとき、1988年、リネ・マーカスとダニエル・ロビーが『マネジメント・サイエンス』に寄稿した論文が参考になる。

 同論文では、情報技術は組織に対して、3つの経路から影響を与えると整理している。それは、(1)情報技術が直接的に影響する、(2)情報技術が間接的に影響する、(3)情報技術が偶発的に影響する、という3つである。

 

 

1 技術が直接的に影響する

 技術が直接的に影響する際の最も基本的な経路は、これまで困難であった活動を容易にすることである。その大きな影響は2つに分類できる。

 1. 投下費用に対して生み出せる成果を増加させる(効率性の向上)
 2. 期待した成果を期待通りに生み出す確率を改善する(不確実性の低減)

 効率性の向上の代表的な例は、紀元前4000年から3000年頃に生み出された車輪、西暦1700年から1800年頃に実用化が進んだ蒸気機関、1900年頃を境に急激に進化した内燃機関である。車輪によって数百キロの物資を限られた数の馬や人が運べるようになった。蒸気機関は、安定的、かつ、大きな動力をもたらした。内燃機関は、小型で取り扱いが容易であり、高出力化が進んだ。

 こうした技術によって、商取引の中核であるヒトとモノの移動の効率性が飛躍的に向上し、地理的により広い地域を組み合わせた事業展開が可能となった。取引相手を選択する際、より遠くの場所に存在する売り手や買い手も対象に入れることができ、組織が取りうる選択肢の幅が大きく広がった。また、物資を大量に輸送して、大きな動力を用いる生産設備を稼働でき、経営の効率性は大きく向上した。

 不確実性の低減も技術が果たす大きな役割である。最もわかりやすいのは情報の記録と伝達に関する手段の発展であろう。

 紀元前3400年から3200年頃までには、文字を記録する方法が体系化され、当初は石版など可搬性の低い媒体に記録されていた情報が、パピルスなど可搬性の高い媒体に記録されるようになった。同時期には伝書鳩による通信も実用化され、駅伝制の発展とともに、遠隔地の状況を確実かつ迅速に把握する手段が整った。18世紀には電信の実用化が進み、19世紀の終わりには海底通信ケーブルが世界中を結びつける世界的な通信網が完成した。

 こうした情報の記録と伝達の手段が普及したことで、巨大な組織の運営が初めて可能となった。できる限り確実に、過去と現在の時間を超え、また、地域間の距離を超えて、必要な情報を相互に伝達できたことにより、ローマ帝国やモンゴル帝国のような巨大国家の経営を実現したのである。

 このように、効率性を向上させ、不確実性を低減することで、技術は営利組織における活動の可能性を広げてきた。コンパス、六分儀、活版印刷、電気、無線通信、ジェットエンジン、コンピューター、インターネット、これら技術の積み重ねが、過去の経営戦略と現在の経営戦略の間に大きな差分をつくり出したのである。

 

 

2 技術が間接的に影響する

 技術の進化が経営組織にもたらす影響のうち、直接的な変化、すなわち、効率性の向上と不確実性の低減は目に見やすく、直感的にも理解しやすい。しかし、その影響が甚大である可能性があるのは、間接的な変化、すなわち経営環境の変貌である。

 新たな技術が登場し、それが普及することは、競争の前提条件を構築する要素を変える。それによって、経営戦略を検討するプロセスも、その結果としての意思決定もおのずと変化するのである。

 技術がもたらす最も大きな変化は、競争優位の源泉となりうる資源・能力・知識の変化である。進化した技術の登場と普及は、特定の資源・能力・知識がもたらす競争優位を低減させる。同時に、その技術の活用を前提とする資源・能力・知識の価値は高まる。

 たとえば、プロパンガスが普及する前の調理は、薪や練炭による火加減の調整をいかに上手に行えるかが極めて重要な調理の能力であった。しかし、プロパンガスという即時に着火可能で、かつ、火力を自在に調整できる技術の登場によって、その重要性は大きく低下した。火加減で勝負していた料理人の多くが その強みを失うこととなったのである。一方で、火加減を自在に調整できる前提で調理技術を磨き込んだ料理人が、競争優位を保持する可能性が提示されたとも言える。

 自動車の生産工程においても、鉄板をプレス機で圧迫して成形するプロセスが普及するより以前には、鉄板を叩き、引っ張り、溶接するという板金技術の水準が極めて重要な差別化要因であった。だが、プレス機の価格が下がり、その性能が向上するにつれて、そうした技術に長けた熟練技術者の雇用が競争優位につながる時代は終わりを告げた。

 これによって、熟練技術者による職人芸に依存した自動車メーカーの多くは、その競争力を失った。一方、プレス機の普及は自動車の製造コストを大幅に引き下げ、ベルトコンベア方式などの新しい生産方式や科学的管理法の普及と組み合わさり、大量生産・大量販売を実現する自動車会社に競争優位をもたらしたのである。

 このように、技術の発達によって、かつては花形とされた職業が消滅することが よく見られる。電話の交換手は人気職業であったが、自動交換機の登場でその職は失われた。エレベーターガールも同様である。安全性を確保できる自動エレベーターの普及により、その存在はほとんど見ることができない。ある時点では競争力の源泉となった要素も、技術進化によってその価値を失うのである。

 では、競争優位につながると見なされる要素が、技術の変遷とともに変化するのはなぜだろうか。VRIOフレームワークを例に挙げると、これは、「Variable(価値がある)」「Rare(希少性がある)」「Inimitable (模倣困難である)」「Organization (組織と適合性がある)」、という4つの要素を持つ資源が組織の競争優位に貢献するという考え方である。この考え方を用いれば、技術が進化することは、これらのすべてが変わることを意味するので、競争優位につながる要素が変化すると理解できる。

 たとえば、鉄の量産が実現したことで、青銅の実用的な「価値」は大幅に低下した。中東のバーレーンでは、かつて天然の真珠が産出され、高価な装飾品としての輸出競争力を持っていたが、日本のミキモトが真珠の養殖技術を確立して以降、その「希少性」は下落した。従来 模倣困難であった日本の和牛の肉質は、一部の個人や企業が生体や遺伝子を海外に流出させた結果、日本国外における「模倣困難性」が低下し、世界中で「Wagyu」と名のつく牛肉が量産される事態を迎えた。

 また、新しい技術基盤を前提とした組織運用を採用する組織が増加すれば、「組織との適合性」を持つ経営資源も変化する。近年の例でいえば在宅勤務が代表的であろう。ネットワーク回線の低価格化とビデオ会議システムの普及、パソコンを用いた業務プロセスが常識となり、電子データでビジネス文書がやり取りされる時代を迎えた結果、外出先からでも自宅からでも、仕事に関係する業務の処理ができるようになった。こうして、働き方が変化し、それに伴い組織構造が変化することで、経営戦略を検討するプロセスも その結果としての意思決定も影響を受けるのは想像に難くない。

 このように、技術が進化することで競争のルールは変わる。技術は直接的に効率性を引き上げ、不確実性を低減させると同時に、経営組織の生き残りに必要な要件を大きく変化させるのである。もちろん、単一の技術が競争環境を一変することもあれば、同時並行的に進展する複数の技術進化が、複合的に競争環境のあり方を変化させることもある。

 たとえば、国家間の競争を見れば、かつては人口の多さと土地の広さが国力に直結した時代であった。しかし、産業革命とそれに続く急速な技術進化によって、人間一人が限られた面積で生み出せる付加価値の可能性が飛躍的に高まったことで、科学技術の蓄積と一人当たりの生産性が国力に直結する時代へと変化した。また、企業間競争に目を向けても、たとえば腕時計産業では、技術進化が一定水準を超えたことで、耐久性と正確性が優位をもたらした市場から、デザインやブランドが重要とされる市場へと変化した。近年は、さらにウェアラブルデバイスが注目を浴びるようになり、デザインやブランドだけでなく、ネットワーク機能やソフトウェアが重要な時代へと変化しつつある。

 こうした複合的な技術要因の組み合わせで生じる競争のルールの変化は、日本企業による米国進出の事例を考えるとわかりやすい。ある特定の市場構造、競争のルールを前提として戦略を構築していた米国企業に対して、日本企業は、技術革新により、まったく別の競争のルールを持ち込むことで対抗した。なかでも、米国の自動車会社が、自動車は壊れるモノであるという前提で、手厚いサポートネットワークを競争優位の源泉にしていたのに対して、日本の自動車会社が、そもそも壊れないという製品の技術的優位で挑み、消費者の支持を得たのは有名な逸話である。

 このように、自社の経営戦略の未来を描くうえでより難しいのは、現在の延長線上に想起しやすい技術革新の直接的な影響ではなく、いっそうの劇的な変化につながりうる間接的な影響である。そして、その間接的な影響は、ときに組織の存亡までを左右する。

 

 

3 技術が偶発的に影響する

 技術が進化する過程では、偶発的に生じる事象が大きな影響をもたらすこともある。その最たる例は、技術進化により急成長した企業の中で生まれた独特の行動様式や、技術進化を通して成長した個人の言行が社会に変えるケースであろう。社会を変えるような技術が普及する背後には、それを成し遂げる組織や個人の存在がある。そうした組織や個人は時に偶像化され、彼らの実態が正しい、優れているといった評価を受けることで、それを多くの他者が暗黙的に認識するようになる。

 たとえば、近年では、グーグルの組織運営法が世界中で模倣されたり、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクの生き方が世界中で礼賛されたりしている。これらは、彼らが大きな技術革新をもたらしたという功績が、組織や個人に対するそれ以外の要素の評価をも自動的に引き上げた事例だと言える。ある特定の技術が進化する過程では、それに貢献し、着目を浴びた付随的な行動様式や考え方も、経営環境にも大きな変化をもたらすのである。これらは間接的な影響と捉えることができるが、それがどんな変化をもたらすのかが見えにくいため、偶発的な影響として理解するほうが適切であろう。

 世の中には優れた方法論が無数にあるため、それらの必然性を完全に否定することはない。だが、顕著な技術進化に付随した偶発的な要因があることも確かであり、それが意図せざる経路から社会と経済に大きな影響を残してきた。そして、市場で行動する実務家や企業の行動にも大きな影響を与えてきた。技術が社会に与える影響を考えるうえでは、論理的には予測することのできない要素が残るのです。

 

 

経営戦略の未来に訪れる3つの変化の可能性

 過去30年の技術発展は、次の30年の技術発展の礎をつくり出した。情報の記録・伝達・処理を支援する技術が急速に発展し、地球上のあらゆる場所をつなぐヒトとモノの輸送手段が整備された。世界中の組織と個人が密接に協業し、多くの技術革新を同時並行的に実現できる時代が訪れている。

 そして、今、インターネットとモバイルデバイスが普及し、次なる変化の可能性として、シンギュラリティや第4次産業革命という言葉が引用されることが増えてきた。少なくとも過去30年と同じ、あるいはそれ以上の変化が次の30年で生じるのではないか、という期待と不安が多くの人々の間に生まれている。

 では、現在注目を浴びる技術は経営戦略の立案にいかなる影響を与えるのだろうか。未来の事象を断定的に語ることはできないが、論理的に推察できる3つの可能性について論じる。

 第1に明確なのは、経営においてヒトが関与する部分が組織のあらゆる階層で小さくなることである。

 生産現場の変化はわかりやすい。相互にネットワーク接続されたロボットが、各所にあまねく配置されたセンサーからの情報を読み取り、ヒトの関与を経ることなく、自律的な判断を重ねることで、一定以上の作業改善を重ねるようになる。

 また、中間管理層の役割が限定的となる。地理的に離れた場所に点在する多数の人々とのコミュニケーション・コストが さらに低減されるため、組織内で情報を中継したり、一定のルールに基づいた判断のみを担ったりすることの価値は失われるからです。

 さらに、経営層においては、形式化された意思決定に割く時間が短縮化され、より非定形な創造的な意思決定に時間を使えるようになる。その結果として、経営幹部の数も絞り込まれる。単なる管理職に対するニーズは さらに低くなるだろう。

 これにより、組織のスリム化と相まって、コードによってデザインされるソフトウェアシステムと、それを構成するアルゴリズムの重みが増す。その結果、経営戦略を検討する際の「ヒトをどう動かすか」という問いに対して、「システムをどうデザインするか」という問いの重要性が相対的に高まることが予想される。

 第2に、個品開発や個品製造の普及が視野に入ると予想される。顧客に関する大量なデータを取得して処理することが可能となり、ソフトウェアが自動的に最適な答えを選び出すことの実用性が増すことで、顧客一人ひとりのニーズを分析し、理解できるようになる。それによって、個人に対応した製品やサービスが1つずつ開発され、それが低コストかつ迅速に生産・提供される時代が訪れるだろう。

 たとえば、3Dプリンティング技術の進化や、ロボットによる生産の自動化が発展することは、顧客ごとに大きく異なる製品仕様に対応して、低コストで大量に提供できる可能性を示唆している。スポーツ用品メーカーのアディダスが、3Dプリンターを用いて、アスリートごとの足の形状や歩き方の特性に合わせたソール提供しているように、多くの顧客が世界に1つだけの商品を手に取ることができるようになる。

 製造業だけでなく、サービス業にも同じような革新が起きる。過去一度しか来店していない顧客の情報を正確に記録できるようになり、その顧客の仕草や発言、その他の情報を多数のバックグラウンド・データから解析し、最適なサービスを提案できるようになる可能性がある。従来は、熟練スタッフの経験値に依存することでテイラーメイドされていたサービスが、システムの指示によって、また、ロボットの支援を受けることで、比較的経験の浅いスタッフでも堅実に提供されるようになるだろう。

 過去にも、特注品と特別なサービスの消費が許されていた時代は存在していた。ただし、その対象は一部の超富裕層に限ったものである。現代は、広く消費社会が確立されたことで、大量生産の既製品が社会の片隅まで埋めるようになってから久しい。次の時代の技術進化により、ごく一部の限られた顧客のみに提供されていた個別対応を、より幅広い顧客層に提供する原動力となるはずである。

 これにより、経営戦略の立案にも変化が求められる。これまでは、製品の仕様を事前に決めて、その製品を評価する顧客層にアプローチをするか、顧客層を先に絞り込み、その顧客に合わせた製品を開発するという2つのアプローチが一般的であった。だが未来には、製品のあり方を定義しきる必要も、ターゲットを絞り込む必要もなくなる可能性がある。

 顧客ごとに異なる付加価値を訴求できるようになり、顧客自身もそれを当たり前のように感じる時代が来るならば、より高次元での開発と販売のプロセスを設計しなければならない。すなわち、戦略検討の対象が、どのような商品をつくるのか、どのような顧客にアプローチするかではなく、商品開発を行うアルゴリズムや仕組み、システムとなり、同様に、顧客対応を行うアルゴリズム、仕組み、システムとなるだろう。

 第3に、製品・サービスを提供する相手が、必ずしも人間ではなくなることが予想される。消費者の意思決定は、少なからず人工知能と呼ばれるシステムの支援を受けるようになるだろう。経営組織も同様である。中間的な意思決定やデータの分析がシステムによって支援される時代になれば、そのシステムが購買意思決定に対して大きな影響力を行使できるようになる。

 現在も既に そうした現象は見られる。たとえば、インターネットのショッピングサイトで買い物をするとき、自分が興味を持ちそうな商品が自動的に推薦されることは代表である。検索エンジンで興味・関心のある事柄を調べ続ければ、システムが最適と信じる製品やサービスの広告が提示される。また、フェイスブックのタイムラインも、自分の検索履歴や「いいね!」の履歴などから、ユーザーがより楽しめるコンテンツが表示されるよう調整されている。

 グーグルの検索結果を見ても、自分にとって有益と思われる情報が、ときには国家の関与も受けながら、システムによって自動判断され、ある程度以上調整されている。それは、単に専制主義の国家が、自国にとって都合の悪い情報をシャットダウンするだけのシンプルな仕組みではない。さまざまな組織が みずからの主義主張の正当性を主張するために行われる活動である。たとえば、インターネット・ボットと呼ばれる特定のアルゴリズムに基づいて、米国大統領選挙で特定の候補者を支援するメッセージを書き込んで世論を操作したり、自社の製品やサービスに対して好意的なコメントを自動書き込みしたり、自社のフェイスブックページの「いいね!」ボタンを押させたりするなど、自動化されたタスクを行うシステムを通じて多面的に行われているのが実状である。

 組織と個人が、現在よりデータとシステムに依存した意思決定を、手軽かつ安価に活用できる時代が訪れることは明らかである。今後は、いっそう暗黙的な行動や感性に頼った意思決定を行おうとする人間に対して、システムがより合理的な判断を促す可能性が高い。

 ただし、たとえシステムがそれをしても人間が従うとは限らないため、予測が難しいという副作用もあるだろう。たとえば、雨が降っているという状況を考えもらいたい。そのとき、システムは傘を持っていくように指示するだろう。だが、人間は突如として雨の中を歩きたくなることもある。とても気分のよい日があれば、たまたま見つけた高価なバックを財布の中身を気にせずに購入してしまうこともある。このような人間の自然な行動に対して、普及が始まりつつあるパーソナルアシスタントが どのような影響をもたらすかは 未知数である。

 経営戦略を立案するうえでは、その相手が人間ではない可能性を意識した判断が求められるようになる。パーソナルアシスタント、すなわち、人工知能同士が相互に対話し、商品やサービスの詳細を意思決定する未来すら想定されるのである。

 マーケターが商品を売り込む対象は、将来、自動学習によって“個性”を持ち始めた「Siri(シリ)」や「Alexa(アレクサ)」、「Watson(ワトソン)」かもしれない。そうであるならば、それらを利用する顧客の人種、居住地、年収、年齢といった基礎情報と同じように、その人工知能はどの企業が提供する人工知能なのか、どのような学習を経たうえでの判断基準を持っているか、などを想定したコミュニケーションが必要となるだろう。

 これら3つの変化は、相互に密接に絡み合っている。

 第1の変化が示すのは、組織が人間とシステムの融合体となる未来である。ヒトが主体となる部分が減少すると同時に、システムが主体となる部分が増えるだろう。第2の変化が示すのは、人間がデータとシステムの支援を受けて情報分析と判断を行うようになることで、これまで以上に生産手法が高度化され、かつ柔軟性が高まることを背景に、人間社会が大量生産の既製品に我慢する時代が終わる可能性である。第3の変化が示すのは、人間が主体となって意思決定することが、必ずしも前提とならない社会が登場する可能性である。システムがより大きな影響力を持ち、その意思決定に経営組織のパフォーマンスが左右される。

 第1の変化によって第2の変化が実現する。また、第1の変化は生産活動における人間とシステムの融合であり、第3の変化は個人の生活における人間とシステムの融合である。そのため、第1の変化と第3の変化が第2の変化を加速させると同時に、第2の変化の加速が第1の変化と第3の変化を促進させる。そして、これら3つの変化の間に存在する正のフィードバックループが、大きな社会変化を ある時点から急加速させるのではなないだろうか。

 仮に、こうした変化が加速する状況を迎えれば、有効な経営戦略のあり方も大きく変わるだろう。1つだけ確実に言えることは、データとアナリティクス、そしてソフトウェアシステムを理解せずに経営戦略を語ることはできなくなるということです。経営戦略の議論はサイエンスとシステムからいっそう切り離せなくなる。

 組織運営の重要な部分がシステムによって担われるようになれば、それは、経営戦略の立案と実行における人間の認知限界を超えるであろう。そうした環境下においては、個別の意思決定を行うのではなく、メタレベル(高次元)の意思決定、たとえば、意思決定のやり方に関する意思決定が求められる。すなわち、個々の意思決定を毎回人間が行うのではなく、人間は意思決定の指針や そのやり方のみを提示し、システムに任せる範囲が広くなる。

 単純化した例で言えば、シナリオ分析はわかりやすい。シナリオ分析の特殊な点は、未来の可能性を1つの道筋で予測するのではなく、複数の可能性から捉え、それぞれに対していま取れる打ち手を複数立案し、それを同時並行的に実行する点である。決め打ちの予測に基づいて単一の経営戦略を立案するのではなく、複数の未来の可能性のそれぞれに対して、必要な経営戦略を実行する点が類似している。

 現在のところ、実務の現場におけるシナリオ分析は、少なければ2つ、多くて6つ程度のシナリオに未来の可能性を収斂させて、議論が進められている。しかし、未来の経営では、このシナリオを無限大に描ける事態が考えられる。そして、経営戦略として、そのシナリオの1つひとつに対して、一定の方策を立案しうる枠組みを立案する必要性に迫られるだろう。

 

 

企業は変化にどう対応すべきか

 これら3つの変化が加速した社会と組織が実現したとき、すなわち、ヒトとシステムの協業のあり方が変わり、個品開発と個品製造が当然となり、さらに、顧客がシステムの助けを借りて判断・行動するようになったとき、いかなる企業が競争優位を維持し続けるのだろうか。

 実際には、すべての産業領域におけるあらゆる経営組織が あまねく大きな変化に直面するわけではない。技術進化の影響が限られる産業領域もあるからである。たとえば、ごく小規模の企業のなかには、地域コミュニティに密着することで事業が安定し、昔ながらのやり方を続けることが、むしろその存続に資することも考えられる。

 とはいえ、多くの企業は、来たるべき新しい時代に向けて、組織と事業の構造を少しずつ転換する必要がある。たとえば、ゼネラル・エレクトリック(GE)が実施した近年の改革は参考になる。短期的な収益性の悪化によって一部の株主からは評価を得られなかったものの、「デジタル・インダストリアル・カンパニー」という壮大なビジョンの実現を目指した。野心的かつ大胆な取り組みではある。

 GEは、10年以上をかけたこの取り組みにおいて、ソフトウェアとネットワーク、そして、データを重視した事業設計に注力した。また、組織外部との連携をさまざまな手段で促進することで創造的な発想を促した。さらに、次世代の人材を育てるべく、形式的な期末評価を最小限にし、チーム内における相互のフィードバックをより重視する人材育成の仕組みを整えた。

 もちろん、どのような方向に変化させていくべきかについては、経営組織が持つ特性、置かれている状況、目指すべき方向性によって異なる。現時点で 一定の競争優位を保持できている企業の場合、あやふやな未来の可能性に大きすぎる先行投資をすることは、短期的な組織のパフォーマンスを引き下げる可能性がある。また、短期的な利益を追い求める株主との戦いを生むこともあるだろう。だがそれでも、現時点で必ずすべきことは、未来の変化が急速に進展した場合に備えた準備をすることである。

 企業は具体的に2つの行動を取るべきだと考える。

1つは、未来への種を植えておくことです。

 たとえば、人材面であれば、採用時に重視する項目に、データの収集や分析、システムを扱う素養を測る項目を加えることから始まる。社内の研修や勉強会に、未来に向けた取り組み検討させるようなプログラムを付加してもよい。ある程度の投資余力があれば、自社と密接に関連する技術領域に投資するファンドに出資して情報収集に努めたり、関連領域の有望企業への少額出資を検討したりすることもありうる。自社の製品を多くのデータを蓄積できるように改良を重ねたり、特定のサービスの提供に対して、そのサービスの提供を受けた顧客のフィードバックを ひも 付けたりすることができるように、顧客との接点やインタラクションのあり方を一部調整するなど、将来活用できそうなデータを現段階から蓄積されるようにするのも有効だろう。

 何より重要なのは、現経営陣と これから10年以内に経営を担う幹部候補が、みずから最新事情を理解できる機会に足を運び、肌感覚としてそれを掴むことである。そして、そうした取り組みを通して、現経営陣では現状の延長線上でしか未来を描けないと感じるのであれば、次の世代にバトンを渡す瞬間を意識すべきである。

 もう1つは、長期的には競争優位の源泉となりにくい点に関して、組織の柔軟性を確保することである。いますぐには実行できないとしても、将来的にこうした変化が起きることを前提として、いまから少しずつでも変革を実行できるように、それを阻害する要因を取り除いていく必要がある。

 企業内には、将来的には明らかに余剰人員を抱えると明確に予測できる部分は多い。たとえば銀行の場合、手作業で帳簿と突合していた時代の名残や、複数の銀行が合併した時代の非効率性がいつまでも解消されていない。現在の窓口業務の多くは顧客の来店を待たずに提供できるようになり、コールセンターへの需要も大きく軽減されうる。定型化された業務は、システムによって大幅に効率化できる可能性があり、近い未来における人員余剰は極めて大きい。こうした現実はすでに各行が意識しており、暫時的な人員削減の方針が発表され始めている。

 また、自動車会社の場合、内燃機からモーターへと駆動装置の入れ替わりを意味する電動化や、知能化と呼ばれる自動運転やネットワークを活用したサービスなど、情報技術を活用した付加価値の さらなる充実が進むことはほぼ明らかである。モーターを主機関として搭載する自動車のシェアが高まるほど、内燃機関の開発を超長期的には縮小せざるを得ない。そうなれば、工場で多くの工程を割く内燃機関の組立工程は、モーターの生産ではほぼ自動化され、多くの作業員の仕事が失われる可能性がある。各地のディーラーで行われている点検整備に関しても、モーターとバッテリーの時代になり、自動車に搭載された自己診断機能がさらに進化すれば、その多くが不要あるいは困難となる。反対に、情報システムには莫大な投資が必要となり、それに対応できる人材をいかに確保するかが至上命題となる。

 こうした現実を頭では理解できていたとしても、具体的に組織の形を変えるにはかなりの時間を要する。したがって、硬直化した現在の雇用規制と慣行のなかでは、投資と採用の抑制、非正規雇用や外注の活用によって、柔軟性の確保を進めるのが一番容易である。長期的に必要とされる改革を具体的に進める段階を迎えたとき、できる限り組織の形を迅速に調整できるよう、いまから少しずつでも柔軟性を高めておく必要がある。

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