ビジネスコーチングによる部下育成
ビジネスコーチング
ビジネスパーソンの間では、「ビジネスコーチング」という言葉が広く浸透しています(広く一般的には「コーチング」といいますが、ビジネスシーンで使う「コーチング」は「ビジネスコーチング」といいます)。
多くの雑誌でビジネスコーチングが取り上げられ、ビジネスコーチングをテーマとしたセミナーが数多く開催されています。
ビジネスコーチングとは、主に1対1で行う人材育成・指導方法の手法の一つです。
ビジネスコーチングを行う相手のよさを引き出し、能力を伸ばすことに重きを置いているのが大きな特徴です。
このような特徴を持つビジネスコーチングは、ビジネスコーチングを実践する側と相手との十分なコミュニケーションが不可欠です。
ビジネスコーチングを実践することで、ビジネスコーチと相手との人間関係が深まり、信頼関係を築くことができるというメリットがあります。結果として、相手は前向きに、そして気持ちよく業務に取り組むことができるようになります。
このように、ビジネスコーチングの実践における最も大きな効果は、相手が気持ちよく業務に取り組むことができるようになることにあります。
ビジネスコーチングの実践は、「一人ひとりが気持ちよく業務に取り組める働きやすい職場環境を実現する」という大きな意味を持っているといえるでしょう。
また、気持ちよく業務に取り組むことができれば、業務を覚えるスピードが速くなります。
相手がより速く業務を覚えれば周囲の人の業務負担が軽減されるようになり、周囲の人はその分ほかの業務を遂行することができるようになり、職場全体の生産性向上につながります。
ビジネスコーチングの基本ステップ
人によってノウハウは異なりますが、一般的に、ビジネスコーチングは以下の4つの基本ステップに沿って実践します。
1 準備する
準備する段階で実践したほうがよい点は、主に、
・ビジネスコーチングの目的と方法について計画を立てる
・相手のことをよく知る
といった2つです。
(1) ビジネスコーチングの目的と方法について計画を立てる
ビジネスコーチングを実践する際には、行き当たりばったりで行うのではなく、初めに「何について、いつまでに、どこまでできるようにビジネスコーチングを実践するか」という目的を決定し、その目的を達成するための方法について具体的な計画を立てることが重要です。
(2) 相手のことをよく知る
ビジネスコーチングでは、相手のことをよく知り上手にコミュニケーションを図る必要があります。
そこで、事前に、相手の性格・考え方・長所と短所・得意分野などを把握しておくと、スムーズです。
性格や考え方だけではなく、相手の学び方の特徴を把握し、その特徴に合ったビジネスコーチングの方法を選択するとより効果的でしょう。
学び方の特徴とは、まず、自分で実践してみて、そこから業務を身に付けていく「まず実践してみるタイプ」、説明を聞き頭の中で筋道を立てて業務を理解して身に付けていく「まず考えるタイプ」などがあり、それぞれ、より業務が身に付きやすい方法、あるいは能力が伸びる方法が異なります。
仮に、「まず実践してみるタイプ」の相手に対して、実践する機会を与えず業務を何度も言葉で説明するだけでは相手の理解が不十分な可能性があるでしょう。
一方、「まず考えるタイプ」の相手に対して、業務の流れを軽く説明しただけですぐに実践させてみようとすると、頭の中でうまく整理できておらず混乱を来してしまう恐れがあります。
また、相手が、「ある程度説明した後は放っておいたほうが能力を発揮しやすいタイプ」なのか、「多くの助言や指導があったほうが能力を発揮しやすいタイプ」なのか、などによっても効果的なビジネスコーチの接し方や業務の任せ方が異なるでしょう。
2 説明する
準備が整ったら、ビジネスコーチは、実際にビジネスコーチングする業務の内容について相手に説明することになります。
このとき大切なのは、相手が自発的にやる気になるようにすることです。
そのためには、ビジネスコーチは、
・相手が、自分が必要とされていると実感できる状態
・相手が、自分でその業務の遂行の必要性を納得できる状態
を実現する必要があります。
人は、多くの場合、「自分は周囲に必要とされている」、あるいは「自分がこれを成し遂げるのは必要なことである」と実感できると、自発的にやる気になるものです。
そこで、ビジネスコーチは、相手に対して初めに、
a.その業務を遂行すること(身に付けること)が職場全体にとってどのような意味があるか
b.その業務を遂行すること(身に付けること)が相手自身にとってどのような意味があるか
をきちんと説明することが大切です。
例えば、ビジネスコーチングの目的が「新商品のプレゼンテーション能力を身に付けること」である場合、a.を考慮して、「営業部門では新商品の売り上げを伸ばしたい。そこで、君がプレゼンテーション能力を身に付けて商品販売力を向上させれば、売り上げ増につなげることができる」といったように説明します。その上で、今度はb.を考慮して、「君の立場から考えると、今ここで新商品のプレゼンテーション能力を身に付けることによって、君自身のプレゼンテーション能力を向上させることで営業力強化を図ることができ、結果として業務の幅を広げることにつながるし、一歩ステップアップすることになる」といったように、相手自身にとっての意味を説明するようにします。
これによって、相手は、自分が業務を遂行する(身に付けること)の意味を理解し、「自分がこの業務を遂行すること(身に付けること)は、周囲から必要とされていることである」「自分自身の能力向上という、自分のためになることである」と実感することができます。
相手自身にとっての意味を伝えるためには、ビジネスコーチは常に相手の立場に立って業務遂行の意味を考えるようにすることが大切です。
3 任せる
十分に説明し、相手が自発的にやる気になったら、今度はその業務を任せる段階にあります。
この段階でのポイントは、
・思い切ってやらせてみる
・必要なときにはアドバイスを行う
ことです。
(1) 思い切ってやらせてみる
「思い切ってやらせてみる」からには、基本的にはビジネスコーチは相手の言動を見守る黒子に徹します。
相手にも、その業務についての主役は自分自身であるという自覚を持ってもらい、できる限り自力で業務に取り組んでもらうように工夫します。
例えば、相手の新商品のプレゼンテーション能力の向上を図るのであれば、ビジネスコーチは、顧客訪問時に相手を顧客と相対する位置に座らせるようにします。
さらに、新商品の説明は相手が行い、どうしても足りない部分だけをビジネスコーチが補足するなど、常に相手がメーンとなるように心がけます。
(2) 必要なときにはアドバイスを行う
任せる段階では、思い切ってやらせてみると同時に、必要なときは適宜アドバイスを行うことも重要なポイントです。
「任せる」という行為は、「任せっぱなしにして放っておけばよい」というわけではありません。
ビジネスコーチは、口は出さないものの常に相手を見守り、必要だと判断した場合はアドバイスを行うようにします。
ビジネスコーチが必要だと判断する場合とは、例えば、
・納期(期日)が近づいている場合
・相手が行き詰まっているような場合
などです。
納期(期日)が近づいている場合には、進捗状況を確認し、それに応じて今後の進め方をアドバイスします。
このほか、相手に「進み具合はどう?」などの声をかけ、行き詰まっているようならアドバイスをします。
このとき、「○○の部分は、~という観点から改良の余地がある気がするのだが」などのような言い方でヒントを与えるだけにとどめておき、相手が自分で考えるようにさせたほうがよいでしょう。
このように、任せる段階では、思い切って業務をやらせてみる、その上で相手を見守り、適宜アドバイスを行って全面的にサポートすることが大切です。
4 評価する
業務を任せた後は、評価する段階です。
この段階では、相手自身にとって今後につながるように評価することがポイントとなります。
そのため、評価する際には、
・相手が納得できるよう客観的な事実を挙げて評価する
・課題を挙げて評価する
ことを心がけます。
(1) 相手が納得できるよう客観的な事実を挙げて評価する
相手が業務を遂行したときには、まず「よくやった」とほめ、認めることが大切です。
それによって相手のモチベーションは高まるでしょう。
ただし、ほめる場合でも、「何がよかったのか」が分かるような客観的な事実を挙げて評価するようにします。
例えば、「今日行ったプレゼンテーションの中で、○○について述べたとき、お客様は大きくうなずいて費用について質問をしてきたね。君の案がお客様のニーズに即していたんだと思うよ」というような言い方で、ビジネスコーチ自身が思ったことだけではなく、ほかの人からの評価を伝えるようにすると相手は納得することができます。
(2) 課題を挙げて評価する
ほめるだけではなく、課題を挙げることも大切です。
例えば、「今回は綿密な計画を立案し、それに沿ってよくがんばったと思う。ただし、この部分については、もう少し工夫が必要ではないかと感じた。君はどう思う?」というような言い方であえて課題を挙げることで、相手は次につなげることができます。
自らがメーンとなって業務を遂行した後、相手は、達成感を感じているはずです。
その達成感を大切にしながらも、一つひとつの業務は遂行したらそれで終わりというわけではなく、自ら振り返って改善点などを考える習慣をつけてもらうようにしましょう。
課題を挙げる際には、相手の性格や考え方などを十分に考慮することが大切です。
例えば、相手が打たれ弱い性格である場合、業務遂行後すぐにビジネスコーチが次に改善すべき課題を挙げてしまうと、相手が自信をなくしてしまう場合があります。
そこで、相手が打たれ弱い性格である場合には、ビジネスコーチから評価したり課題を挙げる前に、「まず、自分ではどう思った? うまくいった点・改善点を考えてみようか」というような言い方で、相手に自己評価してもらうようにします。
自己評価の中で相手自身が挙げたよくなかった点を次の課題にすれば、相手は「自分自身が考えた課題である」と認識することができるため、自信を失うことはないはずです。
このように、評価する際には、相手の性格・考え方についても考慮することが重要なポイントとなります。
4つの基本ステップを繰り返し行うことで、ビジネスコーチと相手との間で業務に対する考え方・進め方・姿勢・時間などを共有することができます。
これは、ビジネスコーチと相手との間の信頼関係の構築につながります。
基本ステップを効果的に行うための話法
1 「質問」と「発問」
4つの基本ステップ、「準備する」「説明する」「任せる」「評価する」を実践する上で、ビジネスコーチには、相手に対して上手にコミュニケーションを図る話法が求められます。
ビジネスコーチは、単純にビジネスコーチ自身の考えや業務遂行のノウハウを一方的に相手に教えるだけではなく、相手に「自分自身の頭を使って考えてもらう」ようにしなければなりません。そこで重要となるのが「ビジネスコーチから相手への問いかけ」です。
ここで、ビジネスコーチから相手への問いかけの方法として、「質問」と「発問」の違いを考えてみます。
一般的に、「質問」と「発問」は次のように整理されます。
(1)質問
相手がすぐ答えられる「事実」などを聞くもので、単純にビジネスコーチが答えを知ることを目的に行う問いかけ
例:「午後に業務の説明をしたいのだが、時間はある?」
「この業務、何時に終わる予定?」
「明日のプレゼンテーション資料の準備は整った?」
(2)発問
相手がすぐには答えられない「考え」などを聞くもので、ビジネスコーチが相手に考えてもらうことを目的に行う問いかけ
例:「この業務を遂行するために最も重要なポイントは何だと思う?」
「今、私が君にこの業務を依頼しているのはなぜだと思う?」
「もっと短時間でこの業務を遂行するとしたら、どのような点を改善したらよいだろうか?」
ビジネスコーチングで重要なのは、相手に考えてもらうことを目的とした「発問」です。
ビジネスコーチは、「発問」を上手に活用することで、「相手が自発的にやる気になるようにする」や、「相手が業務を振り返って改善点などを考えること」を実現することができます。
2 肯定形・未来形の「発問」
「発問」は、肯定形の言葉で行うことが大切です。
業務が相手の うっかり したミスでうまくいかなかったときや、相手がいよいよ切羽詰まってから相談してきたときなど、ビジネスコーチは、つい「なぜできなかったんだ?」「なぜもっと前に聞いてくれなかったんだ?」と言いたくなるでしょう。
腹を立てたビジネスコーチがそう言ってしまうのは仕方のないことです。
しかし、相手の立場に立って考えると、「なぜできなかったんだ?」などのように言われると、「発問」ではなく「詰問」と感じ、相手は、ただ「申し訳ありませんでした」と謝るだけになってしまうでしょう。
そこで、こうした場合、ビジネスコーチは、肯定形・未来形の「発問」への変換を行ってみましょう。
「なぜできなかったんだ?」「なぜもっと前に聞いてくれなかったんだ?」は、どちらも「~しなかった」という言葉が入っているため、否定形・過去形です。
それを肯定形・未来形にしてみると、
「なぜできなかったんだ?」→「どのようにすればうまくいくのだと思う?」
「なぜもっと前に聞いてくれなかったんだ?」→「どのようなフォローがあればうまく進めやすい?」
のように、「発問」に変換することができます。
3 「聞く」と「聴く」
ビジネスコーチングでは、「発問」することと同時に「傾聴」が重要といわれています。
ビジネスコーチングを実践する上で「傾聴」は、どのように実践すればよいのかを考えるために、ここではまず、「聞く」と「聴く」の違いを考えてみます。
一般的に、「聞く」と「聴く」は次のように整理されます。
(1)聞く
音や声などを耳で感じて知ることで、人の話を「耳に入れる」状態
(2)聴く
注意して耳にとめる・耳を傾けることで、人の話を「理解しようと心を入れている」状態
ビジネスコーチは、「発問」した場合や、相手が相談してきた場合などに「聴く」ことを心がけるようにします。
ビジネスコーチングで重要とされる「傾聴」は、注意して耳にとめる「聴く」を さらに発展させて「耳を傾けて熱心に聴く」という行為です。
つまり、相手が言っていることを耳に入れると同時に、表情・話し方・声のトーンなどにも注意し、言葉だけではなく、考え・感情までも含めて
「相手を理解しようとする」こと、それが「傾聴」です。
4 「傾聴」のポイント
「傾聴」は、相手の話に相づちを打ったり、「質問」や「発問」をはさむなどして実践します。
ただし、「傾聴」で大切なのは、そうした話の聴き方だけではありません。
ビジネスコーチングにおける「傾聴」のポイントは、
・「相手の話を聴こう」という気持ちを持ち、それを伝える
・沈黙を恐れない
ことにあります。
(1)「相手の話を聴こう」という気持ちを持ち、それを伝える
ビジネスコーチは、「自分は話を聴く用意があるから、いつでもどんなことでも気軽に相談してほしい」ということを相手に伝えることが大切です。
さらに重要なのは、外出や会議の直前など、ビジネスコーチが時間がない場面で相手が相談などをしてきたときの対応です。
時間がない場合には、「申し訳ないが、今、外出前で時間がない。でも2時間後に戻ってからなら時間が 取れる。それでもいいか?」と尋ねてみるとよいでしょう。
そうすれば、相手は「今は時間がないが、後で時間を取ってちゃんと話を聴こうと思ってくれているのだな」と理解するはずです。
また、相手がどうしても今、緊急にお願いしたいということであれば、「申し訳ないが、今、外出前で10分間しか時間が取れない。だから、要点だけまとめて話してもらえるととても助かる」というように言ってみましょう。
大切なのは、「聴こうという意思があることを表現する」ことです。
(2) 沈黙を恐れない
「傾聴」のもう一つのポイントは、沈黙を恐れないことです。
相手に考えさせるために「発問」をすると、相手は考えてから答えるため、沈黙が続く場合があります。
このとき、ビジネスコーチが沈黙を恐れて、あるいは、相手を助けようと思って「自分だったら」「例えばね」と話し出してしまうケースがあります。
ビジネスコーチは、なるべく、「発問」した後、沈黙を恐れて答えを急かせてしまうことのないよう、相手の表情などを観察しながら相手にペースを合わせることを心がけましょう。
相手は「自分が考える時間を待ち、話を聴いてくれようとしているのだな」と感じ、ビジネスコーチへの信頼が強まるでしょう。
ビジネスコーチは、「発問」「傾聴」以外にも、相手の性格・考え方に応じて問いかける方法や話の聴き方などを工夫していく必要があります。
そのため、ビジネスコーチは、常に相手を観察し、相手の立場に立ったコミュニケーションを心がけなければなりません。
ビジネスコーチングを成功させる重要なポイント
ビジネスコーチは、
・相手が自発的にやる気になるようにすること
・相手に「考えさせる」こと
・常に相手の立場に立つこと
などを心がける必要があります。
こうしたことを心がけるために、ビジネスコーチは、答えはビジネスコーチではなく常に相手が持っている(相手の中にある)ことを肝に銘じておくことが大切です。
ビジネスコーチングは、ビジネスコーチの思う通りに相手の考え方や行動を修正しようとするものではありません。
ビジネスコーチは、「自分の役割は、相手が持っている答え・能力・素質を引き出すサポートをすることである」と認識しましょう。
また、ビジネスコーチングは、一朝一夕に完結するものではありません。
「準備する」「説明する」「任せる」「評価する」という基本ステップを進めていくのは、手間も時間もかかります。
ビジネスコーチングは、ビジネスコーチにとって大変な負担となる業務でもあり、重荷に感じることがあるでしょう。
そのようなとき、ビジネスコーチはビジネスコーチングがもたらす次のような効果を思い出してみましょう。
・相手が成長するだけではなく、相手の成長を手助けすることによってビジネスコーチ自身も成長することができる
・相手とビジネスコーチの信頼関係が強固なものとなり、互いに気持ちよく業務を遂行できるようになる
相手とビジネスコーチが互いに気持ちよく業務を遂行できるような環境が整えば、お互いのモチベーションの向上・生産性の向上にもつながるはずです。
また、このような環境が職場に浸透することで、職場全体の生産性の向上や雰囲気の活性化が実現できるでしょう。
ビジネスコーチは、ビジネスコーチングが相手だけではなくビジネスコーチ自身のため、ひいては職場全体のために必要な取り組みであり、そしてそれを実践するビジネスコーチ自身は、相手のため、職場全体のために不可欠な存在であることを忘れてはなりません。