波動方程式とは 詳しく

参考

因果関係を超えて

 物理学に限らず、医学や経済学や心理学でも、「原因に法則が作用して結果を生じる」と考えるのが普通です。 いわゆる「因果関係」という考え方です。 この「原因→法則→結果」の形式は、「入力→作用素→出力」と一致しています。

 ほとんどの近代科学が、「結果には必ず原因がある」という前提の上に成立しています。 そして、原因が結果へと変換される「法則」がどのようなものであるかの研究に邁進します。 法則さえ解明できれば、望ましい結果が得られるように、物事をコントロールできるようになるからです。

 ところが、固有状態というのは、原因(入力)と結果(出力)が一致する状態です。 これは、「因果関係」という枠組からみると、想定外の事態です。

 しかし、これが「量子の世界」の原則です。 原子の外側では「原因→法則→結果」があたりまえですが、原子より内側には、それと異なる世界が存在します。

 モノとは違って、抽象概念については、それが「原因」なのか「結果」なのかさえ、判然としないことも多いものです。 そもそも「抽象概念」というものは、多数の概念との関係性の強弱が生み出す「波」のようなものです。 さらに、それが物質の波動ではない点でも、「量子」と似たところがあります。

 「量子力学」と「抽象概念」には、親和性が存在します。 抽象概念を「量子系」と捉えて、量子力学系の数理を、そのまま応用できます。

 量子力学は、文系にも革新をもたらすものです。  

 

科学観の転換

 原因が法則に作用して結果を生むというパラダイムは、近代科学の父であるニュートンの考え方そのものです。 経済学も、医学も、社会学も、消費者行動論も、現在の近代科学は、文系、理系を問わず、このニュートン物理学の影響を受けています。

 ガリレオやニュートンの本当の業績は、物理の世界ではなくて、中世のキリスト教的世界観から、近代科学観への、大転換の礎を提供したところにあります。  量子力学は、その近代科学から、更に次の時代への、きっかけとなるものです。

 近代科学は「法則」を研究します。法則が「未知」だからです。 しかし量子数理では固有状態の方を探すのですから、「未知なもの」が逆になります。

 近代科学では、データ(原因)を、計算式(法則)に入れると「結果」が得られます。これに対して、データを量子系として扱いたい場合には、作用素の位置に置いて、その固有状態を求めることになります。 固有状態は「結果」と似ているようですが、入力とも一致している点で大きく異なります。 作用素(データ)から固有状態を「計算する」ことはできません。 それが固有状態かどうかの「検算」ができるだけです。

 データを置く位置が違うだけではなくて、「計算式」が存在しないことも量子系の特徴です。 近代科学では、計算式(法則)を考え出すのは人間です。 量子系では、その必要がありません。強いて言えば、作用素のデータの裏側に、見えない形で法則が存在しています。

 量子数理は、近代科学から「次世代」へと、科学観を転換します。

 

線形代数との深い関係

 「線形代数」というのは数学の一部門で、行列の計算などを扱います。 線形代数と量子力学は、別の学問ですが、両者にはとても強い関連があります。

 行列は、単に数が沢山並んだだけのものと思いがちですが、実は作用素と同じ働きをもっています。行列は、あるベクトルを入力として受け取り、それを別のベクトルに変形して出力します。行列に並んだ沢山の数字が、その変換規則を指定します。

 ベクトルを行列に作用させることを、数学の世界では、ベクトルに行列を「掛ける」といいます。 その結果は「別のベクトル」になります。 行列を「掛ける」ことは、作用素を「作用」させることと、同じことです。

 そして、特殊な場合に、掛けた結果が入力ベクトルと同じになることがあります。 この入力ベクトルは、その行列に対して固有状態になっているわけです。 このような特別なベクトルのことを、「固有ベクトル」と呼びます。

 ある行列の固有ベクトルを求めるための、上図のような形の方程式を、固有方程式と呼びます。 ご覧のとおり、この式は、量子力学の波動方程式と同じ型です。

 式の形だけでなくて、意味も同じです。 固有ベクトルを求めるには、上から任意のベクトルを掛けてみて、その結果が同じになるものが見つかるまで、どんどん探索を続けるのです。 そして、固有ベクトルを見つけることが できれば、それが行列のデータの「本質」を表してくれるという点も同様です。

 行列の固有ベクトルは、行列の本質を「昇華された形」で表します。

 

固有方程式とは?

 線形代数における固有方程式とは、与えられた行列に対し、掛けても方向が変化しないような特別なベクトル(固有ベクトル)を求めるための方程式のことです。

 行列「A」と、ベクトル「x」と、普通の数「λ」があって、これらの間に「Ax=λx」という式を満たすような、「x」と「λ」を求めるという方程式です。この方程式での未知数は「x」と「λ」の2つです。「A」だけが判っていて、「x」も「λ」も未知です。未知数が多すぎて、解けないのではないかと感じられるかもしれませんが、解くことができます。

 「Ax=λx」の「λ」をちょっと無視して、「Ax=x」だと考えると、この式の本質がよくわかります。つまり、ある行列「A」が与えられたときに、それに掛けても(作用しても)方向が変化しないようなベクトル「x」を探す(「x」の長さは無視して)わけです。そして「x」の方向さえ決まれば、そのとき「x」の「長さ」がどのくらい変化するのか、その変化倍率を表す「λ」(これを固有値と呼びます)も、自動的に決まるのです。

 量子力学の波動方程式も、これと全く同じ構造になっています。

 初めて方程式を見たとき、どうして左右両辺にψ(波動関数)が登場するのか、違和感を感じるかもしれません。 ψ(波動関数)がH(作用素)に作用した結果が、ψ(波動関数)の形と同じで変化しない、そういう関数を見つけられれば、 それがψ(波動関数)です。 そのψが示す「状態」において、E(固有値)という観測値が得られます。

 線形代数と量子力学は、数理構造が同じなのです。

 

量子と概念の世界

 これまでの各項目をまとめると、次のように要約できます。

 世の中のすべてが「原因→法則→結果」の図式に従っているわけではなくて、「固有状態→作用素→固有状態」という形式の系も存在するということです。

 そして、固有状態は作用素の本質を表します。 作用素自体ではなくて、作用素の「本質」を表すというところが重要です。

 原子より内側の量子の振る舞いを規定する「波動関数」は、 ちょうど、この固有状態となっています。そして、量子の世界の本質を表す最も重要な関数です。

 「原因→法則→結果」の図式では説明できなかった量子の世界のミステリーは、量子を、「モノ」としてではなくて、「状態」と考えることで解決されます。概念(コンセプト)も「モノ」ではありません。それなら、「固有状態→作用素→固有状態」の量子数理を、 概念の世界にも、そのまま適用できるのではないか、というアイデアが生まれます。量子系の固有状態として、抽象(コンセプト)の本質を可視化する方法です。

 量子数理は、単に「原子より小さい物理の世界の法則」ではなくて、より広く、モノ以外の、状態全般の法則であると考えてみるのです。

 電子は「モノ」ではない、だから、モノのように因果法則には従わない。 電子の波動関数を知るには、因果法則とは異なる「量子数理」が必要でした。

 「概念」というのも、「モノ」ではないという点で、電子と共通点がある。 ならば、量子数理を、概念の世界にも適用することができるのかもしれない。