心の平和

 仏教的幸福のなかには、非常に静かな穏やかな境地に幸福を感じる、非常にクワイエット(静寂)な面がある。

 これは、忙しい現代人にとって、まったく正反対の価値観のようにも見えるが、本能的にはだれしもそれを求めてはいる。

 霊界には、四次元から九次元まで、何重にも次元構造があり、各次元のなかに、さらに精妙に分かれた段階があるが、この次元構造の壁をつくっているのが、そこに住んでいる人たちの心の平和を維持する能力である。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『大悟の法』で以下のように説かれました。

「三次元的に言えば、あるいは現代的に言えば、「これをやって、これだけの成果があがった」「これをして、〇〇を手に入れた」ということが、勝利感、達成感であり、幸福感であることが多いと思いますが、幸福はそういうものだけではありません。仏教的幸福のなかには非常にクワイエット(静寂)な面があります。それは、「非常に静かな、穏やかな境地に幸福を感じる」というものです。ちょうど、山のなかの澄んだ湖面のような静寂です。「澄んだ湖面のように、波一つ立たず、鏡のようになっている、そういう心の状態に対して幸福を感じる」というところが、非常に大事なポイントなのです。これは、忙しい現代人にとって、まったく正反対の価値観のようにも見えますが、本能的には、だれしも、それを求めてはいるのです。「非常に忙しく仕事をしているなかにあって、オアシスのような一時を求めている。しかし、手に入らずにいる」という人が大部分でしょう。心の平和というものは、非常に深い価値を持っています。霊界には、四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元と、何重にも次元構造があり、各次元のなかに、さらに精妙に分かれた段階があります。この次元構造の壁、あるいは次元の大地をつくっているものこそが、実は心の平和の部分なのです。  その世界に住んでいる人が、どれだけ平和な心を持っているかによって、次元が分かれているわけです。平和な心とは、別の言葉で言えば、揺れない心、不動の心です。そこに住んでいる人たちの心の波動、心の波長が一定しているところに、その霊界の階層ができてくるのです。したがって、たとえ七次元の住人であっても、心が非常に揺れ、喜怒哀楽が大きくぶれて、まるで地獄の鬼さながらの心境になったような場合には、たちまち、足元の大地がパカッと開いて、その人は下の次元まで落ちてしまいます。まるでエレベーターで降下するように、あっというまに転落してしまい、元の世界には住めなくなるのです。そのように、心の平和を維持する能力が次元の壁をつくっているのです。そのため、一定のレベル以上、心の平和を維持する力がないと、その世界にとどまることができません。下の次元に行くほど、想念は荒れ、心の波長が非常に荒れています。四次元世界は三次元世界に近い所にあり、非常にこの世に近い波動を持っています。四次元世界に住んでいる人たちには、肉体がないのに、この世とほとんど同じような生活をしている人が多いのです。また、地獄界にいる人たちは、ほとんど、この世的な価値観に惹かれている人ばかりです。彼らはこの世の地面への執着が取れず、そこから逃れられないでいます。」

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