ジハード(聖戦)


  日本では、ジハードは「聖戦」と訳されてまるで「戦争」であるかのように理解していますが、これは何も「戦争」を意味しているのではなく、もともとの意味は「努力する」ということであって「神・信仰のために懸命の努力をする」というのが本来の意味です。ですから懸命な伝道活動もジハードと呼ばれます。

 ただし定められた戒律に努力することは「当たり前」のことなのでジハードとは呼ばれないわけで、ということになると「定められていないこと」「予期しないこと」に対して努力するということになってしまいます。こうして実態としては「異教徒のイスラームへの侵害に対して戦う」ということになって、ここに「ジハードとは聖戦」と訳されることになってしまったのでした。これは、もちろん侵略に対しての防衛が原則です。現在ジハードが攻撃型となっている場面は、「何らかの形で侵略された」という認識があって「その侵略が続いている時」という建前になっておりますが、イラクやアフガニスタンなどあまりの混乱に現在そのあり方が問題になっています。