大宇宙の豊かさのエネルギーを引く

お金持ちから「奪う」共産主義 豊かな人を「育てる」尊徳精神

 共産主義の開祖カール・マルクス(1818~83年)は、自身の人生経験から、「お金持ちを憎む宗教」を築きあげ、富裕層からお金を強制的に奪ってバラまく国家を構想した。エンゲルスとの共著『共産党宣言』には、「お金持ちへの憎しみ」がストレートに表明されている。

 「共産主義者は、これまでのいっさいの社会秩序を強力的に転覆することによってのみ自己の目的が達成されることを公然と宣言する。支配階級よ、共産主義革命のまえにおののくがいい」

 「強力的に」というのは、「暴力的に」お金を奪うことを意味した。この考え方で、ソ連など社会主義国の国家制度が構築され、現代においてはそれが日本で復活している。

 「宇宙の法」の視点に立てば、共産主義はレプタリアン的な価値観に近いものだといえる。

 貧しい人たちが集結して数の力を背景に「強者」になり、少数のお金持ちを「弱者」に位置づけて支配するのが共産主義だと見てよい。

 社会主義化を逆転させるのに必要なものは「与える愛」の思想である。

 例えば、豊かになるための日本の伝統的な考え方に二宮尊徳の精神がある。江戸末期の農政家として農村復興に活躍した尊徳は、「どんな人も一人ひとり強みがあり、それを育て、人に役立てることで繁栄できる」ということを啓蒙した。

 この思想について大貫章著『二宮尊徳の生涯と業績』はこう解説している。

 「荒地にも荒地なりの徳があります。荒地の徳を人間の徳(工夫や努力)が開発し発揮させることによって、実り豊かな田畑に変えることができます。人間には無限ともいうべき可能性が潜んでいます。しかも、一人ひとり独特の特有の徳(良さ、取り柄、持ち味)を備えています。自分も含めて、人間一人ひとりの個性豊かな徳をよりよく活かして、世のため人のために役立てていくことは無上の喜びといっていいでしょう」

 尊徳は、「徳」を発見し、それを育て、世のため人のために「与える愛」が実践できるよう人々を導いた。その尊徳精神を多くの人が学べるようにし、豊かになる人を国中に増やしていこうとした。

 明治維新後の日本は、尊徳の繁栄思想が底流にあったからこそ、欧米以外で初めて近代化国家を築くことができたのだった。

 

大宇宙の豊かさのエネルギーを引いてくる方法

 あるいは、ピーター・ドラッカー(1909~2005年)の経営学も、「与える愛」の思想の一つといってよいかもしれない。

 ドラッカーは、「これからの資本主義は経営資源として、人、モノ、お金、情報に加え、知識が加わる」と述べていた。その「知識」とは、経営資源を組み合わせて新しい価値を生む「セルフ・マネジメントの能力」だった。要は、一人ひとりが自分の「徳」を育てて、「経営幹部」や「企業家」のようになれると説いたものだ。

 尊徳やドラッカーの思想は、「宇宙の法」的に説明すると、大宇宙の豊かさのエネルギーを引いてくるということになる。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『愛の原点』で以下のように説かれました。

「たとえば、成功という考え方一つを取っても、実は、大宇宙のエネルギーのなかには、成功の要素は満ち満ちているのです。大宇宙の仏の心のなかには、繁栄という考え方も、発展という考え方もあります。富という考え方、富想念、富んだ想念というものが大宇宙には満ち満ちていて、この富んだ想念が、世界の各地で、いろいろなかたちを持って具現化しているのです。仏は、一定の実力がある者を成功させようとするのです。その人の心がけ、努力の仕方、そうしたものが一定レベル以上になれば、その人は必ず、成功の想念というもののなかに、その流れのなかに入ってきます。そして、あちこちでいろいろな成功が起きていくことになります」

 尊徳もドラッカーも、「一定の実力を持つまで努力すれば、大宇宙に遍満する成功、繁栄、発展、富を手にすることができる」ということを教えたのでしょう。

 ピーター・ドラッカー(1909~2005年)の経営学も、「与える愛」の思想の一つといってよいかもしれない。

 ドラッカーは、「これからの資本主義は経営資源として、人、モノ、お金、情報に加え、知識が加わる」と述べていた。その「知識」とは、経営資源を組み合わせて新しい価値を生む「セルフ・マネジメントの能力」だった。要は、一人ひとりが自分の「徳」を育てて、「経営幹部」や「企業家」のようになれると説いた。

 尊徳やドラッカーの思想は、大宇宙の豊かさのエネルギーを引いてくるということになる。総裁は『愛の原点』で以下のように説明している。

「たとえば、成功という考え方一つを取っても、実は、大宇宙のエネルギーのなかには、成功の要素は満ち満ちているのです。大宇宙の仏の心のなかには、繁栄という考え方も、発展という考え方もあります。富という考え方、富想念、富んだ想念というものが大宇宙には満ち満ちていて、この富んだ想念が、世界の各地で、いろいろなかたちを持って具現化しているのです。

 仏は、一定の実力がある者を成功させようとするのです。その人の心がけ、努力の仕方、そうしたものが一定レベル以上になれば、その人は必ず、成功の想念というもののなかに、その流れのなかに入ってきます。そして、あちこちでいろいろな成功が起きていくことになります」

 尊徳もドラッカーも、「一定の実力を持つまで努力すれば、大宇宙に遍満する成功、繁栄、発展、富を手にすることができる」ということを教えたのです。

参考

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