人材を活かす

 企業の競争力を強化するためには、人材を適材適所に配した組織全体での最適化をはからなければならない。異なる組織構造をミックスし、指揮命令系統を多次元化するマトリックス組織や、複数の部門から多様なメンバーを集めて構成されるクロスファンクショナルチームなどのコンセプトが登場している。その本質は「能く人を択びて勢に任ぜしむ」に通じる。

 優れた経営者は、事業展開において組織を勢いに乗せることを重視し、個人の技量に頼らないのです。

 集団同士での戦いは、個々の人間のスタンドプレー、才能にだけ頼っていては勝つことはできない。人を選び適所に配置して、軍全体の勢いが生まれるようにすることで力が発揮される。良い戦い方とは、兵士一人一人の行動に期待するのではなく、勢いに乗じて一瞬で力を発揮するものであるからです。

 

呉越同舟

 ビジネス上でも、新しい仕事をやりたいと思っているメンバーがいても、今までと全く異なる業務をするのは不利でしょう。これまでの経験を活かして、その延長線上にある分野から進めるべきです。

 普段仲の悪い社員同士でも、助け合わないと自分が生き残れないとなると助け合うようになる。勇気を出して団結し成果を出させるためには、経営者の指導力と状況判断が必要である。優秀な経営者は、社員が団結せざるを得ない状況をつくることができる。

 多くの中小企業では、社長がひとり実力面で突出している場合が多い。そういう状態だと、社長が多忙なときには進歩が止まってしまう。もしも数名の実力者がいたら、社長がひとつのことに忙殺されていても、他の者が会社を進めることが可能である。万が一、社長が失敗しても、「社長、ご心配に及びません。他にも有効な手があります」と意見具申してくれるはずです。

 歴史のある大企業というのは、中小零細の時期にそういう人たちを育てたからこそ、今を迎えているのである。

 本気で人材育成や発掘に心血を注ぐことが将来の自社の発展につながるのです。

 

企業の宝

 仕事を我が事とし、「給料をもらっているから」とか「仕事だから」という義務感、やらされ感で動かない。まさにこういう人財は金では買えない「企業の宝」。自己発働研修を通じて、人材を人財化していきましょう。

 自分の評価のためでもなく、上司から怒られるからでもなく、ひたすら顧客のために何をすべきかを考え、結果として自社にも利益をもたらす社員は企業の宝である。

 社長の指示命令に、現場の管理者、マネージャーが背いても良いという教えになってしまうではないかと、懸念される経営者もいる。だから、孫子は そうした行為に条件をつけたのです。進撃する時にも、己の功名心によって動くのではなく、退却する時にも罰を免れようとするのではなく、ひたすらに国を守り人民の命を守ること考えて動くものであり、そしてその結果として君主の利益にも適うものでなければならない。そうした判断、行動がとれる将軍は国の宝であると説かれた。

 企業規模が小さくなればなるほど、人材の層も薄いから、肩書きが付いた管理者といえども相応の実力が伴わない場合が少なくない。年齢も上だし、経験も長いから・・・、といった理由で、役職に就いているような場合も多い。上から言われたことをただ下に伝え、下から突き上げられたことを上に伝えるだけの伝書鳩上司では役に立たない。下から上がってくる情報も、都合のいい情報だけは上に上げ、そうではない情報は握りつぶすという取捨選択をしたりするようでは問題である。

 

幹部を育てて勝つ

 大企業が子会社を作るとき、経営資源(人・金・物)は比較的整っている。一方、ゼロから創業する場合には、カネなし、モノなし、ヒトなし、さらに売り先も技術もないということの方が圧倒的に多い。この ないないづくし という悪条件を乗りきらなければ、弱者に明るい未来は来ないのである。

 経営資源がほとんどない小さな企業でも、資源は皆無ではないはず。第一に事業主がいる。この事業主が中心となって不足している条件を整備し、徐々に戦える状態を作っていかねばならない。

 事業主に賛同する人が徐々に集まってきて仲間が増え、企業は規模を拡大する。しかし、その後も永遠に成長し続けられるか否かは ヒトにかかってくる。

「社長のミスは社員のミス」と考える社員はいるか

 世の中には「経営の神様」とか「再建の名手」とか「〇〇社中興の祖」などと呼ばれる名経営者が存在するが、どんな社長も最初から優れていたわけではない。判断ミスもすれば大失敗して精神的に落ち込むこともあるし、何をしてもうまくいかないとヤケにもなる。そんなときに「企業は社長次第」なんて言われたら、自分が嫌になるだろう。

 もしも、社長の失敗を社員がカバーしてくれるような会社だったらどうだろうか。もちろん、権限の小さな社員がカバーしきるなど不可能だが、「社長、なんとか取り戻しましょう。こんな手をつかってみてはどうでしょうか」とか「私の知人が役に立つかもしれません。声をかけてみましょう」など、あきらめずに損失を取り戻そうとしてくれる者たちが社員に揃っていれば、事業主としてこんなに頼もしいことは無い。被害を最小限にくい止められる可能性が高まる。

 もしも、社員が社長と心を一つにして、「社長の失敗は放っておけない。これは私たちの失敗でもある」と考え、共に戦うならば、こんなに強い組織はない。中小零細企業の場合、仮に技術や才能の面で少数精鋭部隊を作るのは難しくても精神面で作り上げるのは可能である。

 

社員に活躍してもらおう

1 愛情を持って接しよう

 まずは、部下に対する愛情がないと始まらないということだと思います。愛情があるからこそ、安心して働くことができるし、厳しい指導も「自分のためを思ってのこと」と受け止めることができ、真摯に吸収しようとするのだろうと思います。

2 現場責任者を育成しよう

 現場責任者の育成については、どの会社も取り組んでいらっしゃいますが、どのような現場責任者像が望ましいのでしょうか? 「孫子」から学ぶと、有能な現場責任者の条件は以下のようになります。

知謀・・・テクニカル スキル、ロジカル シンキング などのスキルが備わっていること

信義・・・裏切らないなど人としての道徳が備わっていること

仁愛・・・お客様、部下、仕入先などに対する思いやり

勇気・・・困難な状況に直面しても逃げない、チャレンンジできる意欲や勇気

威厳・・・自分を律する厳しさ、部下を思いやりつつ厳しく指導する姿勢

 あなたが、もし大きな仕事をまかされそうになっていたなら、その仕事を分析して、自分や自分のスタッフが、果たしてその仕事ができるだけの能力があるのか、あるいは人員が揃っているのかを冷静に判断することが大切です。一度動き出したものを止めるのは難しく、また、結果が良くないことが分かっているのに手を出せば、大きな損失を生むことになるでしょう。「男は、負けると分かっていても戦わなければならない時がある」というような言葉もありますが、ビジネスの現場では、状況判断力を養うことが一番大切かも知れません。

 

組織活性化に不可欠な「主体性」

 やる気に満ちた人間というのは、自分の頭をフル回転させるものである。他人に言われなくても自ら創意工夫する。そういう人間が集まっている組織は強い。だからこそ、社員教育では「主体性」が重視されるのである。指示待ち人間が多くては会社の将来は暗い。

 言うまでもなく、経営者にもこの主体性が必須である。刻々と変化する経営環境にどう対応するか。365日、休みなく考え続けるのが経営者の仕事なのである。「ブラック企業」という言葉があるが、経営者の仕事とはまさにブラック。これをブラックと思うようならサラリーマンに戻った方がよい。

 ところが、中には考えることをしない経営者が存在する。誰しも起業して間もない頃はあの手この手を打ち、結果の出るやり方を探すものだが、ある程度の年月を経てベテランの域に達してくると、業績悪化の原因を環境のせいにする人が増えてくるのは残念なことである。

 では、創業時から幾度となく危機を乗り越えてきた経営者が なぜこうなってしまうのだろうか。危機を突破できた要因には内部要因と外部要因がある。つまり、自らの努力のみでなく外部からの働きかけによる場合も多い。助けてもらうことを繰り返すうちに、「また誰かが助けてくれるに違いない」という甘えた思考が自分の中に定着してしまうと、自社が存続できるかどうかは外部環境次第となってくる。経営者の主体性は失われてしまうのである。

 企業経営において、目的達成のための手段として日々の業務を行っている。目的を忘れたら業務は成果を生むか生まないかという単なるゲームと化す。

 自社の将来は外部環境次第と考えるようになった経営者の感覚はゲーム感覚に近い。ゲームは、条件設定がなされており、その条件の中でプレイしなければならない。ところが、実際の経営では、時として条件そのものを見直す、改めるという行為を経営者が主体的に行う必要がある。固定された感覚での条件設定の中で「条件が悪い、成果を出せない」と愚痴を言うようになってしまった経営者は もはや経営者ではない。

 

普段からの信頼関係が人を動かす

 企業は社員数が多ければよいというものではない。多ければ個々の兵士にトップの目が行き届きにくくなる。そのため中間管理職を置くわけだが、彼らにトップほどのリーダーシップはない。これが大手の弱点であり、中小零細の側からすれば唯一優位に立てる点である。自社を少数精鋭化し、有利な点をより強化することは勝つために必須です。

 中小零細でも、少数精鋭化し、得意分野に集中して事業を営み、顧客に愛される企業になれば生き残れる。それには、社長が頑張るばかりでなく、右腕、左腕となる幹部社員が社長と同じ気持ちで仕事に取り組まないといけない。社長の幹部育成能力が中小企業の成否を分けると言う。

 「自社は弱者だ」と語る経営者、ビジネスマンは多い。本気でそう思うならば、自分たちを「精鋭」と自信をもって言えるまでに高める努力が欠かせない。それを抜きに「弱者の戦法」はありえないのである。

 人海戦術で闇雲に猛進するのではなく、精鋭部隊で力を集中し、正しい状況判断に努めれば成功することができる。思慮を欠いて状況判断を誤れば失敗する。

 経営者が普段から正しく指揮命令をすれば、部下はそれに従うことができる。経営者の指揮命令が信用されていれば、経営者と部下との意思統一を図ることができる。

 経営者は、社員を成長させ、事業に貢献させるためには、時として逆境に立ち向かわせる状況に置いてやる必要がある。そうすることで、覚悟、闘争心、団結心を育むことができる。

 ビジネスでも、その人の持つ力量内の作業だけをやらせていても成長はありません。より高いハードルを設定することで、より成長するのです。特に最初が肝心です。簡単に達成できるハードルの仕事をやらせては、「こんなものか」という安心感から気が緩み、後々まで後遺症を残すことになります。ビギナーズ・ラックなどで最初に成功したりすると、その成功経験から発想を変えることが出来ず、その後の足かせとなることがあります。

 

背水の陣が勇者を生み出す

 逃げ場のない、絶体絶命の状態に置かれたら、誰しも一致団結し決死の覚悟で戦うようになると孫子は説く。

仕事は自分のものであり、自社は自分が作っているのだということを教えなければならない。目の前の仕事が自分の仕事であり、その仕事がうまく行くことが自分のためになるのだと確信すれば、自ずとその仕事に身が入る。だが、その仕事が会社のもので、給料をもらうために仕方なくなっているものだと思えば、なるべく手を抜いて楽をして給料をたくさんもらおうと考える人も出てくる。

 そこで、共有してもらいたい考え方が、「全個一如」というものである。全個一如とは、全体の中に部分があり、部分の中に全体があるという関係です。部分である個が集まって全体を作り、その個に全体がまた影響を与えるという状態を表す。それを会社に当てはめ、全体が会社で、それを支える部分が個人であると考えてみると、会社の中には個人がいて、個人の中に会社があることになる。会社の評価と個人の評価はつながっていて、全体と部分では相互フィードバックがあるということである。

 この全個一如という考え方を共有し、納得してくれる社員だけに残ってもらえば、各社員は自ら主体的に動く自己発働社員となる。後は、自分で自律し自発的に動くために、会社や本人が置かれている状況などをフィードバックしてあげることである。自ら考え、自ら動けと言っても、置かれた状況を教えてやらなければ、自律的な判断はできないからです。

 なお、背水の陣は、孫子ではなく、史記の淮陰侯列伝に出てくる。漢の韓信が趙と戦った際に、川を背にして退却できないように布陣し、兵たちが決死の覚悟で奮戦したことで不利な状況を活かして勝利したという故事に基づく。韓信は孫子の兵法を用いたと言われている。孫子の時代もそうだが、兵の大部分は、渋々駆り出された農民兵であって戦意が低かった。戦意もなく、いつ逃げ出そうかと考えているような兵を本気にさせるには、逃げ場をなくして、背水の陣を敷き、覚悟を決めさせることが必要だったのです。

 

部下に対する愛情や期待が伝わるからこそ部下は動いてくれる

 社員を赤ん坊のようにいたわり、我が子のように接すれば、困難な状況になっても共に行動することができる。手厚くするだけで十分な仕事が与えられず、可愛がるだけで命令することができず、規律を乱しても罰することができなければ、社員は権利ばかりを主張し、会社に貢献することができなくなる。

 上司の期待や評価が部下を動かし、厳しい環境に立ち向かう部下を育てることを忘れてはならない。

 普段は温かく交わり、ときに厳しく接する。あるいは、最初のうちは温かく接して部下の心をつかみ、彼らの信頼を十分に得たのちには、部下を厳しく律することをためらわない。リーダーの温情と厳格さはそのように発揮されるべきだと孫子は教えているのです。

 

正しい評価が威厳を作る

 人は報酬のために動く。それが仕事だと一般に考えられている。だが、実際に人を動かそうと思うと、ただ報酬を与えるだけでは、なかなか思うように動いてくれない。すぐに当たり前になってしまうのである。

 部下を上手に用いるためには、正しい方針に基づき、規律正しく信賞必罰を行わなければならない。むやみやたらに賞罰を与えると、モラルの低下やモチベーションの低下を招き、組織の規律を失うことにつながる。

 部下と親密になっていないのに、罰則ばかり厳しくすれば、部下は心を開かない。 心を開かなければ扱い難い。親密になったからと言って、違反しても罰しないでいると、これまたよろしくない

 

評価制度を運用

 高度経済成長時代は、組織がどんどん大きくなることで、ポストも増えていきました。このため、課長になると給料があがる、また、年齢を重ねると仕事もできるようになっていくので、年齢や役職に応じた給与体系でした。

 しかし、安定成長時代になると、組織の成長が止まり、ポストが増えなくなりました。このため、昔なら課長になれた社員が平社員のままということが起こりました。能力はあるがポストがないという事態に対処するため、職能資格制度という人事制度が生まれました。相応の能力があれば、課長になっていなくても、相応の給与を支払うというものでした。

 さらに、長期デフレで組織が縮小する時代になると、成果主義を採用する企業が増加しました。成果主義には、やったらやっただけ報われるということから、社員のモチベーションを向上させる効果もあると言われていますが、そのデメリットもある。

 現在の人事制度はどうなっているのでしょうか? 行き過ぎた成果主義への反省から揺り戻しではないでしょうけれども、ハイブリッド型を採用する会社が増えているようです。

一般社員(比較的若手):年功にウエイト

役職者:年功+役職で計算

ベテランの非役職者:専門職で処遇

 職能資格制度が開発された少し後に、複線型人事制度(専門職ルートの設置)が出てきましたが、その活用が依然としてあるようです。

 方法は様々ですが、評価制度や教育制度などの人事制度は、その背後に「会社をどうしたいか」という想いがないとうまく運用されないのが現実のようです。まずは、どんな経営をするか、どんな会社にするか、どんな人材が必要かなどの基本的なコンセプトが必要のようです。

 

人材育成

 新しい組織やなかなか成績の出ないチームでは以下のようなことはないでしょうか?

 「メンバーに部のミッションが伝わっていない」

 「危機的状況にも拘わらず全くメンバーに一体感がない」

 「営業メンバーがなかなか成長しない」 孫子は、兵士たちがまだ将軍に対して心を一つにして親しんでいないのに、処罰したりすれば彼らは将軍の命令に心服しないと説いています。

 ビジネス上でも、部下との信頼関係が不十分な時に一方的に叱りつけたら反発心が芽生え、ふて腐れてしまいます。まずは長所を褒めて信頼関係を築いていってはどうでしょうか。

 人材育成について、やたら賞金をあげても、やたら罰しても、人は育たない。最初に散々怒っておいて、後になってご機嫌を伺うのは マヌケ のすることである。

 部下と親密になってもいないのに、厳しくしてばかりでは部下は育たない。逆に、親密だからと言ってき厳しくしないのも部下は育たない。

 から、思いやりによって教育をし、厳しさによって統制を取らなければいけないのである。

 それらに基づいて教育をすれば部下は育ち、そうでなければ部下は従ってはくれない。上司と部下との関係はそうして作られるのである。

 頑張っている人とそうではない人とに差がつかないというのもおかしな話である。信賞必罰で問題はない。成果主義人事自体は悪くはないが、その際にも、結果ばかりを見ず、途中のプロセスにも着目するものにしなければならない。ビジネスには必ず相手(顧客・競合)があるから、どんなに頑張っていても成果につながらないことがあるし、どんなに手を抜いていても、たまたまうまく行くということもある。当然、結果も見るが、プロセスも見る。プロセスもきちんと見なければ正しい処遇はできない。

 

自分のために部下を指導するのではなく、顧客のために指導せよ

 企業は目的集団である。仲良しクラブでも家族でもない。顧客価値の増大を目指して共に戦う同志である。その目的に対して勝つために何の遠慮をすることがあるのか。顧客のためにやろうとすることに何の遠慮が必要なのか。自分のために指導するのではなく、顧客のために指導するのです。使命感を持って部下や社員に接すべきです。

 顧客のためにやるべきだと考えている仕事や業務を徹底しない、実行しない社員を許してはならない。業務命令違反だとか、ルール破りとか、社内の問題の前に、顧客に対する背信行為であることが問題である。会社に対する背信行為であれば、その経営者なり組織が許せばそれで済むが、顧客に対する背信行為を会社が許してしまったら、今度はその会社丸ごとが顧客からそっぽを向かれることになる。そうした問題行動をとる社員を処断できない弱腰なリーダーが、組織の崩壊、企業の倒産へと導く。

 機密情報の漏えいは競争上死活問題につながることから、企業の組織内における情報統制を厳格にすることは重要である。近年、企業におけるコンプライアンス導入の必要性が高まっているが、規律の遵守を徹底させなければならないことが組織の課題である。

 

人を生かすために

 他の人びとを生かしていくために必要なものは、一つは知力や知識、二つめには経験。

 自分にそれがなくとも、知識や経験を持っている人をアドバイザーとすればよい。そのためには、素直で謙虚に教えを受ける気持ちを持っていることが大切である。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』で以下のように説かれました。

「人を生かすというのは難しいことです。これには究極がなかなかありません。一対一で他の人を導くこと、その人にやさしくすることは、努力すればある程度は可能ですが、多くの人を導く場合には、指導力に上限はありません。
 いくら力があっても、なかなかすべての人を導いていくことはできないというのが、人間の真実の姿だと思います。
 他の人びとを生かしていくために必要なものは二つあります。
 一つは知力、あるいは知識です。頭がよいというか、いろいろなことを考えられるということです。
 「どうすれば、その人がよくなっていくか」を考えるためには、それだけの材料が必要です。そして、「その材料をどう使えば、どのようになるのか」という原因・結果が見えなければいけないのです。
 「こうすれば、その人はこうなる」「こうした教えを説けば、このような反応がある」「こうした努力をすると、このような結果になる」などという原因・結果のプロセスが見えないと、人を正しく導くことは難しいのです。
 それゆえに、幸福の科学で説いている「知」は、実は「原因・結果のプロセスを見抜く力」と言ってもよいでしょう。「こうした種をまけば、こうした実ができる」という関係を知ることが大事なのです。
 これは、書物を読んだり、いろいろなものを見聞することによって得られますが、こうした知識以外に、もう一つ大切なのは経験です。経験によっても、人間は知ることがあるのです。
 もちろん、経験は試行錯誤的になることがよくあります。最初は失敗が多く、「このやり方ではうまくいかない」ということを確認するにすぎない場合もあります。
 しかし、人間の考えることや行なうことには、ある程度のパターンがあり、その数は限られているため、いろいろなことを経験することによって、「こうした状況に置かれると、人間はこのようなことをする」ということが分かるようになります。経験を積むことで、他の人を導けるようになるのです。
 これ以外に方法があるとすれば、知識や経験を持っている人を、自分のアドバイザーとすることです。これが三番目の道です。自分には知識も経験もないならば、そうしたものを持っている人の力を借りるのです。
 それには、まず、知識や経験を持った人が援助してくれるような人間にならなければなりません。その原点は、素直な気持ち、謙虚な気持ち、他の人びとから教えを受けるという気持ちです。」

 

 常に高い目標を胸に抱いてチャレンジしていくことが非常に大切です。そういう精神性のないトップの下にいる従業員は不幸です。

 社長が高い目標を持ってチャレンジし、社員に夢と希望、未来を感じさせる。これが智慧の経営です。

 非常に発展している会社は、社員に感動を与えています。社員に会社や商品のファンになってもらう。あるいは社長のファンになってもらう工夫をしています。

 優れた会社は、お客様を幸福にするために、まず社員を幸福にしているのです。わが社の社員に感動を与えられずに、お客様に感動を与えられるでしょうか。それは言葉の矛盾にしかすぎません。暗い顔で「うちのお店に来ませんか?」と言っても、誰も行きません。本当に幸せそうな笑顔で、「うちにお買い物に来ませんか?」と言えば、「何かいいことがありそうだ。行こうかな」と思います。やはり、身近なところから幸福を広げていくことが王道なのです。

 ですから、売上がダウン気味であれば、社員に夢と希望を与えていないのではないかと疑ってみるべきです。そして、どうすれば夢や理想を与えられるのだろうかを考える必要があります。

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