アンゾフの成長戦略

 企業ビジョン及び中期経営目標と現状のギャップを把握した後、このギャップを埋める方法を検討することになります。このギャップを埋めるためのシナリオ、方法が経営戦略です。
 経営戦略は、基本戦略と個別戦略(機能別戦略等)からなり、代表的な基本戦略として、成長戦略競争戦略が挙げられます。

 

成長戦略

 経営者は自らが策定したビジョンを見据えて、「いつまでに、どうなりたい」ということを念頭に、経営計画を推進するというスタンスに立たねばなりません。そのためには、自社が今後どのような市場で成長していくのかを決定し、事業のポートフォリオを考え、企業全体の中における経営資源をいかに有効配分していくのか ということを戦略として策定する必要があります。これが「成長戦略」というもので、基本的な企業戦略です。

 成長マトリクスは、「経営戦略の父」と称されるイゴール・アンゾフが出版した「企業戦略論」の中で提唱されています。企業が成長するための方向性を示す戦略モデルです。

 アンゾフは、ランド研究所で米空軍の調達戦略やNATOの戦略分析などに従事した後、ロッキード・エアクラフトの経営企画部に移り、同社の副社長に昇進。そして、大学教員として道を歩めた方です。豊富な経験を背景として戦略の概念を企業経営の中核に応用しました。

 「企業戦略論」で、アンゾフは、事業の多角化による成長には戦略性が必要だと訴えました。製品・市場という点から、事業成長の分析を行う方法論として成長マトリクスを生み出したのです。

 成長マトリクスとは、縦軸に「市場」、横軸に「製品」を取り、それぞれ「既存」「新規」を区分して4象限のマトリクスとします。

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 企業の事業ドメインについて、経営戦略上の位置づけを行うために、市場と製品の二軸を設定し、それぞれ既存・新規と分けることによって、成長戦略を「市場浸透」「新市場開拓」「新製品開発」「多角化」の4つに分類しています。

 各企業は、これからどのような資源配分を行うのが適切かを検討し、戦略を決定します。

 

A 市場浸透戦略  既存商品×既存市場

 既存の製品を投入し、既存市場で成長を目指す場合、企業は、消費者とのコミュニケーション強化を図り、認知拡大や興味の誘引を行うなど、積極的な販売促進活動から市場シェアの拡大を目指します。だだし、市場が成熟し飽和状態にある場合や市場シェア率が既に高い場合などには、将来性のない施策となる可能性が高く、成長が困難であると言えます。
 成長が困難な状況にある場合は、既存製品に対し他社にはない圧倒的優位なサービスで差別化を図る、または、既存顧客のブランド・ロイヤルティを今以上に高める施策として、既存製品のリブランディングなどが考えられます。
 例えば、パソコンを開発・販売するメーカーがカスタマーセンターをさらに充実させ、セットアップからソフトウェアのインストール、さらには使用までをサポートすることで、製品の販売を後押しするなどがあり、そのサービスを製品のブランドイメージに付加することで、新たなブランドとして市場への浸透を図るなどが一例として考えられます。

 「顧客の購買数を増やす」「顧客1人あたりの購入金額を上げる」「リピート顧客を増やす」のように、既存の商品やサービスの売上を拡大させる手法を取ることで、企業を成長させやすくなります。

 たとえば、清涼飲料水を販売している企業が「のどが渇いたら飲もう」と消費者にアピールしていたとします。それを、「いつでもどこでも手に取って飲もう」のように飲用する場面を広げれば、より多くの消費者に手に取ってもらいやすくなります。

 また、「初回購入者に次回以降使えるクーポンをプレゼント」のように、リピートを促す施策を実施すれば、リピート率を増やして店舗の売上を伸ばしやすくなるでしょう。

 具体的には、従来製品をブラッシュアップして品質を向上させる、アフターフォローの充実など、サービスの質を高める、買い替えの促進や割引などのキャンペーン、といった施策が挙げられます。

 顧客と製品・サービスは変えずに、いかに効率よく事業を展開していくかということがポイントです。それは、現状の事業運営の方法を徹底的に見直していくことで、売上と利益を確保・拡大していこうとする戦略、つまりビジネスモデル・ビジネスシステムを変革していくタイプの戦略になります。

 見直す対象は、製造・販売・仕入・物流など、事業の各段階における運営手法や組織形態などです。

 これは、CVCC分析において、業務オペレーションなどの面で独自能力が発見された企業に適した戦略ということができるでしょう。

 

B 新製品開発戦略  新規商品×既存市場

 新規製品を投入し、既存市場で成長を目指す場合、企業は市場への積極的なプロモーション活動を図り、既存製品よりも新製品の方が魅力的であることをいかにして消費者に伝えることができるかが肝要です。次々と新製品を市場に投入する、清涼飲料水、ビール、インスタントラーメン、製菓などがこの現象に当てはまります。
 成否を分けるポイントは、既存市場への浸透に向けたコンセプト策定とコミュニケーション戦略にあります。いかにして市場ニーズを掴み、トレンドを先読みできるかのマーケット分析も不可欠です。
 既存商品の関連商品や付属品、機能追加品の販売も、成長マトリクスにおいては「新規商品」として考えます。

 具体例として、インスタントラーメン事業が挙げられます。新たな味付けのインスタントラーメンを発売したり、地域限定の商品を開発して情報を広めたりすれば、自社のインスタントラーメンを購入したことがある人から得られる売上をさらに伸ばせるでしょう。

 スイーツ店を例にすると、定期的に新商品を開発したり季節限定の商品を販売したりするといった戦略が考えられます。既存顧客をうまく囲い込む戦略を実践できれば、他社に顧客を奪われることを防ぎつつ売上を維持できるでしょう。

 製品開発・技術開発面での能力やノウハウよりも、いかに既存の顧客を知り抜いているかという顧客管理・分析能力のほうが重視されます。既存の顧客の考え方や業務プロセス、ニーズや購買能力などを十分理解していなければ新製品の提供はうまくいかないからです。

 これは、CVCC分析において特定の顧客セグメントに対して優位性が発見できた企業に適した戦略といえます。

 

C 戦略  既存商品×新規市場

 既存の製品を投入し、新規市場で成長を目指す場合、企業は自社製品のポジショニングやセグメンテーションの見直しを行い、コアターゲットのペルソナを設定するなど、マーケティング戦略の再定義が必要となります。また、ブランドコンセプトやブランドメッセージの再構築を行い、従来にない、新たなコミュニケーション戦略で市場拡大を目指します。
 新規市場の開拓では、今までターゲットとしてこなかったターゲット層への販路拡大を目指すことから、従来あるブランドイメージに固執することなく新たな切り口を企画し、市場ニーズを念頭にブランドの再構築を図るとともに、消費者インサイトに響くようブランド・バリューを打ち出すことが大切です。
 具体的には、他地方や海外に売り出したり、今までとは異なった顧客層(顧客の業種や業態、属性など)にアプローチしたりといった施策が挙げられます。

 この戦略の場合に重要な要素は、自社製品・サービスの「提供価値」です。

 自社の製品・サービスが、既存の顧客に対して どのような価値を提供していることが要因で採用されているのかを徹底して分析する必要があります。
 自社が提供している製品・サービスのメリットを分析し、そのメリットを認めてもらえるような新たな顧客層を探索することが成功の鍵になります。
 そして、そのような新たな顧客層(見込み客層)を開拓していくための営業戦略の構築と実施がポイントとなります。

 たとえば、「北海道限定で飲食店を展開していたが、東京に出店して地元の素材を使った料理をより多くの人に味わってもらう」「若年層に向けて開発したツールをシニア層に向けて販売する」といった戦略が考えられます。

 どれだけ魅力的な商品やサービスを提供していても、市場のニーズが飽和すれば売上を伸ばすのは難しいでしょう。また、本来は需要の高い商品やサービスであっても、参入する市場や設定するターゲットが間違っていれば、期待する売上を出すことはできません。

 新市場の開拓はリスクも伴いますが、市場のニーズや売上によっては大きな成果を出せる可能性があるため、慎重に検討して経営戦略を立案しましょう。

 

D 多角化戦略  新規商品×新規市場

 新規製品を投入し、新規市場で成長を目指す場合、徹底したマーケティングリサーチから自社のポジショニング、ターゲットセグメントの策定、そして、経営資源の集中投下と最も緻密な戦略を要する「多角化」となります。新規製品での新規参入には、予期せぬ多くのリスクが潜む一方、大きなチャンスを掴むことができるとも言えます。
 多角化では、企業は市場への積極的なコミュニケーション強化を図り、認知の拡大、関心・興味の誘因、そして、共感へと導くことが大切です。全く未知の領域に参入するのではなく、主事業の周辺事業を模索し、現在ある人材や知識を応用して新規参入することのできる新規製品を開発することで、リスクを大幅に低減することができます。

 今までのやり方は通用しないので、「一から新しい会社や事業を立ち上げる」くらいの感覚で臨む必要があるでしょう。

 子会社を設立して専用の設備や専門のスタッフを揃える、あるいは、M&Aで行おうとしている事業の知見がある会社と吸収合併する、といった「多角化」を行っている企業も少なくありません。

 この戦略は、これまで自社に存在しなかった事業分野への進出となるわけですから、経営環境分析を徹底して行った上で、新たな事業モデルを構築して参入する必要があります。

 また、既存事業から得たノウハウや能力面を何らかの形で有効に機能させる必要があります。
 基本的に、非常にリスクの高い戦略なので、経営資源に限りのある中小企業の場合、実行に移す前に十分な検討を重ねる必要があるでしょう。

 戦略によっては想像したように収益を出せない場合があるので、「新市場開拓」よりもリスクが高くなりやすい傾向があります。多角化戦略を成功させるには、ゼロから事業を手がけるのではなく、企業が持つ強みを活かしたり、他社との差別化を図ったりすることが大切です。

 4つの事業領域の中で市場、製品構成目標を設定するにあたって、どの分野を選択していくべきかの判断基準は下記の3点です。

 ・成長分野であること

 ・自社の得意分野であること

 ・大企業の参入可能性が低いニッチ分野であること

 成長が見込まれれば どんな事業にでも進出を計画したらよいかというと、必ずしもそうではないが、まず得意分野であることが必要です。

 得意分野とは、自社が得意としている市場分野あるいは技術が活用できる分野のことです。得意という意味は、生産技術の面でもよいし、また、販売ノウハウという意味での得意分野でも構いません。場合によっては管理システムなどが応用できるものでも構いません。現在まで培ってきた事業のノウハウが新しい事業展開に活用できることが前提ということです。

 刃物メーカーで成長している貝印は、もともとヒゲソリ用のカミソリ専門メーカーでした。刃物の製造技術をベースに、現在 あらゆる刃物製造に着手し、およそ刃物については進出していない分野はないと思われるほどの刃物の総合メーカーとなって、世界市場を相手にビジネスを拡大しています。典型的に生産技術を得意分野に市場を広げた例です。

 ニッチ分野は、いわゆる隙間産業のことで、たとえ成長企業分野であっても、大企業の進出する可能性の高い分野は、資本力のうえで経営格差がつきやすく、成長は難しくなります。
 現在は、大企業と中小企業の棲み分けができにくくなっているとはいうものの、大企業の進出しないような、また、大企業にとっては魅力のない隙間分野こそが中小企業分野としてふさわしいと言えます。

 成長戦略には「垂直統合」「水平統合」という戦略もあります。
 垂直統合には、製造業者が卸売業者や小売業者を統合するような「前方統合」、製造業者が原材料メーカーを統合するような「後方統合」があります。この場合のメリットは、需要と供給への対応力の向上と、既存の買い手と売り手に対しての自社の交渉力アップによる収益率改善が挙げられます。

 水平統合は、同一製品やサービスを提供している複数の企業が一体化することで、その市場における規模の経済性を実現しようとするものです。

 このような成長戦略を実現するためには、ヒト・モノ・カネといった自社の経営資源を どのように有効に配分していくかということを考えなくてはなりません。特に、人的資源の活用は重要で、組織体制の見直しをしなくてはならない場合もあります。

 「自社がとる戦略をどのような組織で展開していくか」を決めないことには、戦略が『画餅』になりかねません。

 

市場の変化を意識する

 近年、企業の合併や買収、IT技術の発展やAIの登場など、ビジネスに変化を与える要素がたくさんあります。企業によってはいくつもの事業を抱えているため、明確に事業を分類するのが難しくなりました。

 そのような状況で企業が取るべき戦略を正しく練るには、市場の変化を意識しながらアンゾフの成長マトリクスを活用しなければなりません。

 たとえば、「カメラ付きの携帯電話が発売されたから、将来的には高品質な画像を撮影できる携帯電話の需要が伸びると考えられる。自社は画質のよい小型カメラの製造を得意としているので、携帯電話の開発事業に参入しよう」といった戦略が考えられます。

 アンゾフの成長マトリクスでは、複雑化する事業を分類・整理し、可視化させて有効な戦略を考えられますが、一時的な活用になると時代の変化に対応できなくなる可能性があります。自社だけでなく、競合の動きや消費者のニーズの変化を考えて定期的に戦略を見直すことが大切です。

 

コストパフォーマンスを考える

 アンゾフの成長マトリクスでは、参入する市場や開発する商品・サービスを考えて戦略を立案することが大切です。

 しかし、計画を実行するためには費用や時間も気にしなければなりません。戦略によっては、コストパフォーマンスが悪く、労力をかけたにも関わらず思ったような成果を得られないかもしれません。

 小型カメラ事業を例にすると、「高品質な小型カメラを製造する技術を活かせるので、携帯電話市場へ参入コストを抑えて高い売上を出せそうだ」「自動車開発事業への参入は費用だけでなく時間もかかるので辞めておこう」といった考え方をすることが大切です。

 企業が売上を伸ばし続けるためには、事業の将来性が明るいかどうかを慎重に検討したうえで戦略を立てる必要があります。

 ただし、短期的なコストパフォーマンスが悪いからといって、戦略を変えるのが正しいとは限りません。

 たとえば「自動運転車の開発競争が国内外で活発化している小型カメラのノウハウを活かせば自動運転車のセンサー開発に活かせそう」のように、一時的に多くの参入コストがかかっても、事業によっては長期的に見ると大きなシェアを獲得できる可能性があります。

 戦略のコストパフォーマンスを考える際は、どれだけ成長性が期待できる事業なのかを長期的な目線で考えることも大切です。

 次に、各戦略の実行しやすさの順序を考えます。ここでは、市場浸透戦略→新製品開発戦略→新市場開拓戦略→多角化戦略ということになります。考え方として、市場・顧客の軸を検討すると、既存顧客と新規顧客では商品を購入してもらうのはどちらが容易でしょうか。当然、既存顧客となります。一般的に、営業活動を行って新規顧客を開拓するコストは既存顧客に販売するよりも約5倍掛かると言われています。

 次に、製品軸を検討すると、既存商品と新規商品を販売するのはどちらが容易でしょうか。これも販売実績のある既存商品となります。この2点から導くと、市場浸透戦略→新製品開発戦略→新市場開拓戦略→多角化戦略となります。

 

アンゾフの成長マトリクスの活用場面

 アンゾフの成長マトリクスは、自社の既存事業が成熟、縮小、伸び悩みなどしていて、打開する方法を知りたいときに活用できます。
 事業のポートフォリオの範囲を視覚的に整理し、考えられる4つの戦略のうち、どこに注力するのが企業にとってより有益であり、潜在的にもリスクが少ないかを検討することが可能です。
 また、「ズームイン・ズームアウト」という3つのステップで検証・修正を繰り返し、ビジネスモデルをブラッシュアップしていく方法としてアンゾフの成長マトリクスを使用することも可能です。

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