コトラーの競争戦略

 競争戦略とは、競合の動向や市場における地位から、自社が行うべき最適な戦略を導き出すことです。

 マーケティングの主役は、その名の通りあくまでも市場であり、企業はマーケティングを駆使する際には、市場にいる顧客を中心に考えなければなりません。市場や顧客を無視した企業本位の戦略や施策は、マーケティングの本質を無視したものであり、いくらマーケティング部門を立ち上げても、市場調査を行っても、期待される効果は得られないでしょう。もっとも、市場や顧客ばかりを重視しすぎても、企業は成長することができません。どの市場にも必ず競合他社が存在していますし、たとえ今はいなくても、これから参入してくる可能性は否定できないのです。そのような競合他社との競争に勝ち抜くことができなければ、いずれは市場からの撤退を余儀なくされることでしょう。そこで必要なのが「競争戦略」という考え方です。

 自社が、業界内でどのようなポジションに属しているのかを理解することで、これから目指すべき地位や目標を見定めていきます。そうすることで、構築すべき戦略の方向性が明らかになり、マーケティングをどのように実践すればよいのかがわかるのです。

 

コトラーの競争地位戦略

 フィリップ・コトラーは、「同業界内における競争上の地位によって、とるべき戦略の定石が異なる」という考え方を提唱しています。

 コトラーは業界内の地位を4つに分類しました。

1 リーダー

 業界の市場シェアがトップの企業であり、経営資源が豊富にあり、その質も良質な企業を指します。

 競合企業が新たに市場に参入してこないように参入障壁を作る戦略をとります。

 代表的な企業として挙げられるのは、自動車業界におけるトヨタです。

 リーダー企業の戦略方針は、全方位的に事業を推進することです。

 市場の発展にも寄与します。同市場が拡大すれば、シェアトップであるリーダー企業が最も恩恵を受けるためです。また、競合他社から優れた技術や製品が出てきた場合は、迅速に同様の技術や製品を展開するようにします。既に市場で獲得しているブランド力や生産力が優位に働くため、後追いでも利益を確保することが可能となります。一方、価格競争に陥ってしまうと、業界全体が縮小してしまいます。そうなると、最もシェアの高いリーダー企業は、最も損失が大きくなる可能性があります。リーダー企業がとる戦略は、「需要の拡大」「同質化」「非価格競争」「最適シェアの維持」が挙げられます。

需要拡大

 リーダー企業は市場全体の規模が拡大することで自社が得る利益も増えることになります。市場全体を成長させていくために、新規ユーザーの探索と新用途の開発や使用量(消化)の増加が考えられます。 

同質化

 同質化競争は、経営資源の質・量ともに豊富な方が有利に働くため、リーダー企業は同質化対応することも考えます。シェア下位の企業が有益な商品を開発した場合、リーダー企業は迅速に模倣して商品を導入することで利益を確保することができます。

非価格対応

 リーダー企業が値引きすることで、競合他社も追随する可能性があり、結果的に業界全体として低価格となって自社が獲得できる利益は減少します。

最適シェアの維持

一定以上のシェアを獲得しても、独占禁止法に抵触する恐れや多大なコストがかかるなど、必ずしも利益が向上しない場合もあります。そのため、リーダーは最も利益率が良いシェアを維持しようとします。

 

 競争戦略を考える際、重要なのは、市場あるいは業界全体を俯瞰して、どのような分類ができるのかという発想です。それぞれの企業を分類し、自社や競合他社のポジションを把握することができれば、もっとも最適な戦略を構築することができるようになります。そうした分類なしには競争戦略を模索することはできません。

 市場における競争状況について大きく分類すると、業界トップの「リーダー企業」とそれ以外の「後続企業」に分けることができます。トップ争いが熾烈な業界もあれば、トップが明確な業界もありますが、いずれにしてもトップは1社のみ1社のみ。それ以外はすべて後続企業に分類できますので、分け方としては非常に明快と言えるでしょう。

 どの業界においてもトップ企業以外の後続企業が圧倒的に多数を占めています。しかし、必ずしも自身がトップ企業に属していなくても、トップ企業がどのような戦略を採用しているかを知ることによって、その他の後続企業に属している方が戦略を構築する場合にも役に立つのです。むしろ、それを知っていなければ後続企業の戦略構築はできません。

 また、現在は後続企業に甘んじているかもしれませんが、近い将来トップ企業の座を狙える地位につけている企業もあることでしょう。そうした企業の場合には、トップになった瞬間から徐々に戦略を移行していかなければなりません。

 いつまでも後続企業の時代と同じ戦略で事業を遂行していると、瞬く間に王者から陥落してしまう可能性もあるのです。

 ところで、トップ企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。まず、高いシェアを保持することによって規模の経済が働き、収益性が高まるというメリットがあります。製造業で考えてみるとわかりやすいのですが、規模が大きくなることによってコストが下がり、収益力・競争力がともに高まるのです。また、顧客からの認知度という点においてもトップ企業は有利です。

 「業界トップ企業」という言葉だけでも、購買には大きく影響しますし、実際に購入を検討している顧客以外の人からも幅広く世間にその名を知られるというメリットがあります。業界トップということが そのままブランド形成につながるのです。

 さらに、業界内に存在する関連企業との関係性においても、有利な立場から交渉を行うことができます。自ら関係性を構築しなくても、トップ企業というだけで流通業者などが集まってきますので、コネクションを形成しつつ地盤を強化することが可能となります。業界におけるデファクトスタンダードになれれば、さらに地位は補完されます。

 トップ企業の競争戦略は、おおむね次の3つに集約されます。

 ・市場規模の拡大

 ・シェアの拡大

 ・シェアの維持

 いずれも、企業が目標とする収益の最大化に対して直接的にアプローチする手法です。

 「市場規模の拡大」ですが、これは業界をリードするトップ企業が率先して行わなければならない施策です。市場規模が拡大することによって多くの恩恵を得られるのは、つねにトップ企業です。もちろん、その他の後続企業にもメリットはありますが、シェアのうえで有利なトップ企業には及ばないのが実情です。

 「シェアの拡大」ですが、こちらは市場内において影響力を高めるために行うものです。競合他社である後続企業からそのシェアを奪うことになりますが、それなりの経営資源を投下しなければならないという事情もあり、そう簡単にはシェアを奪えません。また、シェアを拡大することによって、事業全体の方向性が不明確になってしまうという危険性もあります。

 ただ、いたずらにシェアを拡大し続けていると、それだけ体力を奪われることになります。いくらトップ企業だからとは言っても、すべての後続企業に攻勢を強められたら、立場的に危うくなることもあるでしょう。だからこそ、今のシェアを維持するための施策が必要となります。拡大だけがすべてではないのです。

 トップ企業がとるべき戦略は、どれも王道のものばかりですが、企業が行うべき基本的な施策を網羅していることもあり、学べる点が多いでしょう。とくに、まだ誰も参入していない市場があれば、そこでの競争にリーダー企業の戦略が生かせるはずです。

 業界内におけるトップ企業はごく一部です。しかし、リーダー企業がとるべき戦略について学ぶことは、そのまま後続企業の戦略立案にも役立つということを忘れてはなりません。トップ企業がどのような戦略を構築しているかを知ることで、それぞれの立場から最適な目標を選択することができるようになるのです。

 

2 チャレンジャー

 市場で2番手のシェアを持つ企業群に位置づけられ、リーダー企業を追い抜こうとシェアの拡大を目標にしている企業です。

 リーダーが強化することが難しい分野(新規分野など)で競争力を高めて、リーダーの座を狙うことを目標にしています。自動車業界で考えると、日産やホンダがチャレンジャーの位置づけだと言えます。

 チャレンジャーは、リーダー企業と同じ戦略をとると、経営資源の量・質の差で競争で劣ってしまいます。

 チャレンジャーがとる戦略は大きく2つあります。

 1つは、リーダー企業が未着手な領域で新技術や製品を市場にだしていくことです。

 2つ目は、自社よりもシェアの小さい企業のシェアを奪うことです。例えば、M&Aによって他社のシェアを自社に取り込むことなどが考えられます。

 チャレンジャー企業の戦略立案のポイントは、差別化戦略をとることになります。差別化を図る内容は、製品内容や価格面、輸送面など様々あります。

 現在、業界の中でどういった立ち位置につけているのか。あるいは、これからどういう企業を目指していきたいのかなどを判断基準として、自社がとりうる戦略を模索してみてください。複数の戦略を組み合わせつつ、臨機応変に採用していくということも大切になります。

 業界の2番手3番手につけている「チャレンジャー企業」は、リーダー企業に対して競争心があり、かつ、リーダー企業と競争することで自社を成長させていこうと考えている企業です。

 リーダー企業を打ち破り、業界のトップに踊り出ることができれば、シェアだけでなく収益力も大きく拡大することでしょう。そのためには、正しい戦略を模索しなければなりません。

 とりうる戦略としては、次の3つがあります。

 ・リーダー企業との直接対決

 ・背面からの攻撃(競争範囲の拡大)

 ・後方からの攻撃

 最もイメージしやすいのは「直接対決」でしょう。リーダー企業が攻めている分野にかかんに挑戦し、新しい施策に対して追随し、そのなかで独自性を発揮しつつシェアを奪っていく。事業者としても、取り組む意欲がわいてくる戦略かと思いますし、勝てば気持ちがいいでしょう。しかし、実際には、リーダー企業の壁はなかなか越えられるものではありません。既存の業界におけるリーダー企業を思い浮かべていただければ分かるとおり、トップ企業は、トップということだけでブランド化してしまうこともあり、その牙城を崩すことは容易ではないのです。仕方なく、コバンザメにあやかっている企業も多いことでしょう。そうした時に取りうる戦略が「背面からの攻撃(競争範囲の拡大)」「後方からの攻撃」です。リーダー企業がまだ手を伸ばせていない分野に攻め込んだり、あるいは、リーダー企業以外の他社に攻勢をしかけるなどしつつ、徐々に成長していこうとするものです。リーダー企業からの報復を心配する必要が少なく、成功すれば大きなリターンが得られるというメリットがあります。

 2014年度のPC業界において、シェアNo.1企業は中国Lenovo社となっています。2位は米国HP社(ヒューレッド・パッカード社)、3位が米DELL社となっています。現在、3位のDELL社は1984年創業と同業界内では比較的若い企業となります。

 DELL社が創業された1980年代は、IBM社(現、Lenovo社)が世界シェアNo.1のリーダー企業でした。当時のIBM社は過剰な設備、過剰な人員など、オーバースペックとなってしまっており、PCの生産・販売体制で高コスト体質となっていました。そのIBM社に対して、DELL社は、ニッチャーでもフォロワーでもなくチャレンジャーのポジショニングをとります。DELL社がチャレンジャーとして打った施策は、受注生産・直販型を採用するということです。それによって、PC生産で従来行われてきた見込み生産による過剰生産、過剰在庫、陳腐化した在庫の廃棄といったことを回避できるようにしました。直販型についても、従来のPCメーカーは卸業者、小売業者が仲介となるため、その分コストが掛かる仕組みとなっていました。DELL社は、その仲介企業を排除して、自社で生産したPCを直接購入者へ届けられるようにしました。生産方式や輸送方式でIBM社との差別化を図ったことになり、それが業務の効率化に大きく貢献しているために、IBM社に比べて安価にPCを販売することができていました。これによって、DELL社はIBM社やHP社を抜いてPCシェア1位の座を奪取することに成功しました。しかし、立場がリーダー企業となったDELL社に対して、IBM社やHP社かチャレンジャーのポジショニングをとりました。チャレンジャー戦略を採用できなかったDELL社は、2006年にシェア首位の座をHPに明け渡すことになります。また、サーバー市場においてシェアが首位ではないDELL社は、チャレンジャー戦略を仕掛けることになります。

 このように、チャレンジャー戦略は、業界内の2番手以降からリーダーに昇る過程において、非常に効果を発揮する戦略であると言えます。

 

3 ニッチャー

 同業界内の市場シェアが上位の企業群(リーダー企業やチャレンジャー企業群)とは一線を画しており、特定領域に絞り込んで事業を推進している企業となります。

 リーダーやチャレンジャー企業群が参入してこない(参入できない)規模の市場で独自の立ち位置を構築し、競合の参入障壁を築きます。

 自動車業界で例えると、軽自動車で国内トップシェアを誇るスズキが該当します。

 ニッチャーは、同業界内でリーダーやチャレンジャーを脅かすようなシェアを確保することは、経営資源の量の側面から難しいが、特定領域に経営資源を集中させます。つまり、集中戦略を取ることになります。経営資源を特定領域に集中投下することで、独自の立ち位置を確保することになります。

 リーダー企業やチャレンジャー企業が参入していない、独自のニッチ分野に攻勢をかけるニッチャー企業は、いかに事業ドメインを絞り込めるかが勝敗のカギを握ります。たとえ市場は小さくても、その分野でトップに立つことができれば、成長できる可能性はあります。ただ、無闇に手を広げすぎたり、リーダー企業の参入には注意しなければならないでしょう。

 

4 フォロワー

 リーダーの動向に追随する市場シェア下位の企業となります。

 チャレンジャーのような動きもできず、ニッチャーのように特定市場での立ち位置を確保できていない企業群がフォロワーとなります。

 フォロワー企業は、量、質ともに経営資源が乏しいため、基本的な戦略として既に成功している上位企業の模倣化が挙げられます。

 リーダー企業やチャレンジャー企業と競争するのではなく、模倣しながら効率的に事業を推進します。

 リーダーに挑戦せず、チャレンジャーの取り残しを狙いながら、市場での地位を確立していきます。戦略としては、上位企業に対しての「模倣戦略」や「低価格化戦略」となります。

 よく挙げられる事例として、製薬業界のジェネリック医薬品に特化した企業があります。新薬開発には莫大な研究費用が掛かる為、そこはリーダー企業に負担させておいてフォロワーは模倣して低価格で同じ成分の薬を提供していくことになります。

 リーダー企業と競争せず、業界の中でなんとか収益力を高めようと画策するフォロワー企業は、できるだけリーダー企業を刺激しないような方法で戦略を構築する必要があります。真っ向から勝負しても勝ち目はありませんので、たとえうまみが薄い分野でも積極的に参入し、コストを削減するなどして生き残りをかけることが大切です。

 自社がリーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワーのどの地位に位置しているかをしっかり把握し、地位にあった戦略を採用することが重要です。コトラーの競争地位別戦略は、企業の事業戦略だけではなく、商品戦略やマーケティングなどでも応用が可能なフレームワークです。

 「ポーターの3つの競争戦略」と「市場地位別の競争戦略」を比べてみると、リーダーの戦略はコスト・リーダーシップ戦略に、チャレンジャーの戦略は差別化戦略に、そして、ニッチャーの戦略は集中化戦略に近いことがわかります。

 いずれの戦略をとるにしても、自社の競争する領域を明確に定めて集中化できるかどうかが中小企業にとっては重要といえるでしょう。
 競争戦略の決め手は、いかに集中できるか、いかに必要でないものを切り捨てられるかにあるのです。

 

 中小企業が必ずしも市場で弱い立場であるとは限りませんが、多くの場合は劣性です。大企業と同じ戦略では対抗することは困難です。小さな居酒屋が大手の居酒屋チェーンやファミリーレストランと競争していくには、特徴のあるメニューへの絞り込み、1つの鉄道路線での支店展開、地元農家との連携、地域限定の折り込み広告、といった経営資源を集中した戦略を立て、それを実行していくべきです。

 

4つのポジションと競争戦略

 ここで重要なのは、自社とライバルがどういう位置関係にあるかを明確に把握することです。米国の経営学者であるコトラーは、市場での地位でリーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーの4つのポジションと、それぞれ取るべき戦略を想定しています。

 市場でのトップ企業であるリーダーは、2番手以下を意識して市場シェアを防衛していく必要があります。また、成長するためには市場規模自体の拡大も考えなければなりません。2番手グループのチャレンジャーは、リーダーの弱点を分析し、そこを突いた攻撃を行うとともに、より小規模のフォロワーが支配する市場を切り崩していく戦略が求められます。市場での立場の弱いフォロワーは、リーダー製品の模倣や改良などで市場での地位を確保していくか、ニッチャーへの転換が必要です。ニッチャーとは、商品、顧客、価格、品質、立地、流通チャネルなどが限定された小さな市場を発見し、あるいは自ら育てている企業のことで、小規模市場のリーダーといえます。まずは、自社がリーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーのどれに当たるのかを考えてみてはいかがでしょうか。もっとも、多くの中小企業は、大きな市場では大企業に比べて弱い立場にならざるを得ません。従って、ニッチャーすなわち小規模市場でのリーダーとなるべく市場を細分化していくことも、中小企業の取るべき重要な戦略のひとつといえます。

 

競合相手の業界における地位や、強み・弱みなどがわかっているか

 「敵を知って自分を知っていれば百戦しても負けない」という孫子の言葉は重要です。競争に打ち勝つには、例えば、品質、価格など、自社が相対的に強いところを戦略的に活用していくことが求められます。そのためには、ライバルの競争上の地位や、強み・弱みなどを知っておく必要があります。それを自社の強みや弱みと比較することで、初めて戦略を立てることができるのです。

 

競合相手と直接競合しないための工夫(すみ分けや協調)ができているか

 競争相手が非常に有力で、自社の商品やサービスではなかなか対抗することが難しいケースもあります。その場合、思い切ってライバルが優位な市場からは撤退するなど、すみ分けを図ることも検討すべきです。もちろん、カルテルや談合はルール違反ですが、営業区域が重ならないようにして、他社地域の顧客を斡旋したり、商品を互いに融通して品揃えを増やしたりするなど、これまでのライバルと協調していくことも一つの戦略といえるでしょう。

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